第15話「正義の神とお泊り会」
「でさ、覗きってやつ……してみね?」
ひそひそとそんなことを話しているのは正義の神(子供バージョン)と仲良くなったタイチと言う悪ガキだった。
「……聞こうか」
正義の神ことジャスはタイチに体を寄せる。
『どうしょうもねーな』と思いながらも他の人たちに聞こえないように2人に体を寄せる邪神様。
この3人が現在何をしているかと、言うと勇者正が運営する邪神様封印温泉で昼ご飯をいただいた後、休憩スペースの端でひそひそと話をしていた。
邪神様の本体はここに逗留しており、今の子供モードの分体、仮の名を『英比轟介』として勇者正の訳ありの親戚として勇者正が運営する邪神様封印温泉に宿泊している設定である。同様に正義の神の子供モード分体ことジャスも正義の神本体の親族という設定でこの宿に居る。さほど違和感がない……はずである。一方タイチは普通の町の子なので宿に居るのは違和感がある。
「そろそろ、いくぞー」
引率の勇者正が子供たちを連れて行く、女の子たちを引率するのは勇者正の妹、灯ちゃんだ。
この状況だが、サッカーでめっきりジャスと仲の良くなった子供たち。不本意ながら仲良くなった英比轟介ことゴウちゃん。それぞれの保護者が『せっかく仲良くなったのだからお泊り会したらどうだ?金なら出すぞ』と提案して開催された会である。そんな事情で食事会の後、宿の浴場へ向かっている。
なおこれは正義の神が日本での子供体験をいたく気に入ったらしく、明後日離れねばならない日程を惜しみ『せっかくならば』と押した提案だった。
当然と言えば当然ながら、突然の『お泊り』など半数の親御さんから許可されず、『昼食会ならば』と言う話になり現状に至っている。
「でさ、どうよ?」
「あほか……」
「ふむ。犯罪はいかんぞ?」
完全に舞い上がっているタイチと完全に引いている邪神様と正義の神。
当然ながらこの2柱は人間ではない。
その為性欲的なものはない。
その上まだ9歳の設定である。性に目覚めるには早い。
「……なんでそんなことしようと?」
「兄ちゃんが……修学旅行でそんな話を聞いてきたってさ、楽しそうに言うんだよ」
年の離れた兄がいるタイチ。服を脱ぎながら邪神様に答える。そう『女性の肌をみたい』ではなく子供特有の考えなしで『スリルのあるミッションをやってみたい』の方であった。『壁があるのだから超えたい』とかいう漢気以外皆無な理由である。
「……今この話はやめよう……風呂で話そう」
全員服を脱いでハンドタオル片手に風呂場に向かうところだった。
「ソーちゃん(賢者)、こいつ(ジャス;正義の神)を頼む。一応マナーを教え込んではいるけど……自由人だから……」
「……なぜ俺?」
冴子さん命令で宿泊までお付き合いが確定している『前世:賢者ラーカイル』ことソーちゃんが不満の声を上げる。せっかく邪神や同格の面倒そうな奴にばれないよう、存在感を消していたのにと……。
「わからない?」
「……貸1だからな」
格好つける『前世:賢者ラーカイル』ことソーちゃん。しかし逃げ腰で潜んでいた姿勢なので格好悪い。
「恩に着る。今度(ラーカイル式魔術を習得し始めた宗教を紹介することで)返すよ」
頷く『前世:賢者ラーカイル』ことソーちゃん。
邪神様のお返しが何かなどあまり期待もしていない。
前世の教訓からここで釘を刺せればよかったのだが、『前世:賢者ラーカイル』ことソーちゃんもまだ9歳。そんなことに配慮などできないのであった。
「おーい、ジャス。風呂場のルールはソーちゃんに従えよ。間違っても大浴場に泡を持ち込むなよ」
「了解した。任せろ!」
今にもハンドタオルを振り回しそうな勢いの正義の神。大人数でお風呂に入る経験がないので大はしゃぎである。その横で目付け役のソーちゃん(賢者)が嫌そうな顔である。
「お客さん少ないけどあんまり騒ぐなよ」
「「「はーい」」」
素直な子供たちと素直じゃない子供たち。
いったん邪神様たちも素直に……いや、騒がしく体をあらい。その後内風呂につかる。
勇者の湯は中規模の内風呂と露天風呂で構成されている。
この規模の宿では十分に広いお風呂が売りの一つであった。
「でだ……」
みんなより先に壁一枚で隔たれら露天に出たタイチと邪神様。これでタイチと邪神様だけで話ができる。
邪神様、子供の体で露天風呂を堪能する。大人と違って熱の伝わりが違う。それもまたよし、と現実逃避。
「覗きは犯罪だ」
「しってる。でもさ、やってみたいじゃん」
「……多分確実に見つかる。そして見つかったら性犯罪者だ。母ちゃんにぶん殴られた挙句、泣かれるぞ……」
「うぐ……」
「きっついぞ~。母ちゃんも父ちゃんも絶望した顔で泣くんだ。そのあとお前はづっと世間様から冷たい目でみられるんだ。……転校しなきゃいけないかもなぁ……まぁ、行った先でも噂ってのすぐ広まるから針のむしろだぞ。……きっとお前の想像の100倍辛いぞ。特に肉親の悲しむ顔はきついぞ……」
正直ノリで言ってみただけのタイチ。想像以上のプレッシャーにドン引きである。
「それはいやだな……」
「しかも、見えるのは男と変わらない同級生と灯ねーちゃんだぞ?」
壁と、育った壁である。
「見たければ親父に……ん、もしかしてお前エミちゃんのことが……」
慌てるタイチ。もはやのぞきどころではない。そして邪神様は知らない。ここでの会話がしっかりと『勇者正に聞かれている』ことを。そう、シスコン勇者に。
「あ~、のぼせて来た~。ゴウちゃん、俺内風呂行ってくるよ」
ダイチは逃げた。
「……若いって良いな」
興味本位で突っ走れるのは若さの特権である。リスクを知らないからこそできることではある。だが、今回のようにつまらないことでリスクを負わせないように調整するのは大人の責任である。
「……邪神。『壁と、育った壁』について話をしようか……」
「……え、声に出てた?」
いつの間にかシスコン勇者正が横にいた。邪神様にとってはホラーであった。
その後のぼせる寸前まで詰問された邪神様をみてタイチは『のぞきってリスクが高い』と学習した。こうして邪神様は危うい価値観の子供を1人救ったのであった。
「絶壁とは言っていな「それは灯の胸に興味があると言うことか?」……いやそうはいっていな「なんだと、体に興味があるのかゲスめ」……いや……」
・否定する→「妹を侮辱する気か」
・肯定する→「いやらしい目で妹を見るな性犯罪者」
シスコン勇者正による無限ループは続く。そして邪神様は学ぶ。下手なことは発言してはいけないと……。
◆◇◆◇◆
子供会はお風呂を上がり食堂で灯がつくったお菓子をいただきながらおしゃべりをして15時近くになり解散した。ジャスが明後日の土曜日に帰る為、明日会えない子供たちが残念がっていた。つられて思わずほろりとしている正義の神。
楽しい時間の終わりを惜しむように別れが過ぎ、邪神様が確保した子供部屋で宿泊組の部屋でトランプをしていた。お風呂の後の疲労感と、別れの後のほろ苦い感情、普段口数の多い子供たちが静かにゲームをしている。ちなみに両サイドに魔王と邪神様と正義の神の部屋なので子供たちが騒いでも問題の内容にしている。
「晩御飯食べたら何する?」
「うーん。ゲーム大会?」
邪神様にとっての戦犯タイチが口を開き、気だるげソーちゃん(賢者)が無難な回答をする。それに対し正義の神は不満げだった。
「格ゲーならオンライン対戦できるではないか。せっかくなのだ日本でしかできないことをしたい」
正義の神の発言に全員頭を悩ませる。
「……枕投げ」
エミちゃんがつぶやくように言う。
「漫画とかでよく見るやつ! ここベッドじゃなくてお布団だし……やれそうじゃない?」
「……怒られない?」
「バレたらやめればいいんだよ!」
「面白そう! やろう!」
こうして子供たちは晩御飯を迎える。そして大人に秘密で枕投げ大会が開催されるのだった。