第13話「誘拐犯を救出する勇者の伝説」
「神託が来ました……」
とある国の古城の奥深くに存在する祭壇。
世界には一般市民に秘匿とされている秘術が存在する。
神聖術、魔術、占術、巫術、呪術、超能力等々である。
それらは現代にいたるまで研鑽を積まれ、代々受け継がれてきているがいかんせん科学に比較するとその効果は小さいとしか言えなかった。
そのため中世では権威の象徴として珍重され、近代では『伝統文化』として保護されていた。
その理由は、例えば『火を起こす魔術を習得するのに10年以上の専門修練』が必要になることからも分かる通り、費用対効果が釣り合わなかったからだ。
過去より火起こしは技術として存在し、それは『10年以上の専門修練』を必要としない。また魔術などの奇跡の力は稀少な技術と才能が必要となる。そもそも多くの人間は『そのような技術』に触れる機会がない。さらに近年ではその程度の事象であれば簡易の道具が開発されている。故に一般市民はその技術を知らず、奇跡とも思わなくなったため存在も知らない。
しかし権力層はその対象外だ。
過去の生活リソースが限られていた時代では、発明や科学などは権力者が独占されていた。そもそも生活に伴う余力がない。民衆が発明や科学に熱中してしまうと、社会のリソースが減少し飢饉の元になってしまう。意外に江戸時代ですら発明などは禁止されていた。科学もそうだが、奇跡の力は王侯貴族が自らが特別、選ばれた存在であり民衆を導く資格であると考えられていた。奇跡の力に効果はないかもしれないが『自分たちの代表者は奇跡の力を行使できる選ばれたもの』と思わせることで民衆の心の支えとなっていた。
振り返って現在、ここ200年の科学進化により奇跡の力はオカルトとされ、一部の権力者以外認識しない技術となった。
だが信心は存在する。存在しないかもしれないが神を信じる。敬意を表することで万が一、億が一に救われるのであれば極少数でもそれをすべきだと考えている。
だが小さな力だが、先ほど挙げた奇跡の力は存在する。
それは僅かな力だが奇跡の力として信心を深めることに使われる。……いや、世界のほとんどでは権力闘争に使われる。多くは暗殺の道具として。呪いや毒として近年を生き残ってきた。
彼らが居るこの祭壇も呪いの儀式場である。
過去の話である。この呪いの儀式場で定期的に行っていた儀式の最中のこと、いつの間にか彼らは神と名乗るものと繫がっていた。
神とは何者なのか? 彼らにはわからなかった。だが彼らこと、この宗教関係者は神の存在を政治の道具とすることを選んだ。それは功を奏し、神への反逆者として多くの血が流れた。初めの神託は病への対策や生活向上、精神安定のための言葉だった。
しかしその言葉には多くの宗教関係者の利益が肉付けされていた。
民衆は神を信じ、喜ぶとともに宗教関係者を『聖人』とあがめた。
その結果彼らは多くの富を、権力を得た。
現在、裏の世界で世界的な影響力を持つこの宗教組織は未だ年に数度『神託の儀式』を行っていた。
数百年神からの連絡はない。
幾万の人間が悲劇の中で死のうとも神は何も言わない。
しかしこの儀式は権威の象徴の為やめられない。
いや都合の良い『神託』として使う為にやめられない。
そんな現状に神託が下りた。
儀式場は上層部が決めた『お言葉』を何時ものように承る場として準備されていた。
だが巫女のその一言で場が騒然とする。
神の奇跡に感謝する者。自分達に都合の良い『お言葉』を政争の結果決めていたのに覆されたと激昂する者。神聖なる儀式場は騒然としていた。
「……静まりなさい」
この宗教組織で一番偉い老人が、普段温厚な老人が冷たい目で迫力と殺気がこもったような鋭い言葉で場を制する。
「本物の『神託』であれば全文を『巫女』が部分部分を『補佐』が受けているはずです」
数回行われた過去の『神託』で都合よく自分の言葉を利用されることを嫌った神が小細工をした仕組みである。
この宗教組織幹部たちは欲に支配された輩ばかりだが教義や原典をしっかりと収めている者ばかりである。
その為老人の言葉にその場に居た者たちは閉口した。
「しかし!」
声を上げたのは政争を勝ち抜いた派閥の首領。
「……」
派閥の首領は次の言葉をつなげることができなかった。
「神託への無礼は万死に値する……」
「あ……が……が……が…………」
派閥の首領は老人にひと睨みされると喉を抑え苦しみ、やがて血を吐くとその場に倒れて動かなくなった。
これが彼らの神聖術である。
対抗手段は多くあるし、発動条件は難しく効果範囲も狭い。
しかし老人は現在でも最も神聖術を使いこなす術師であり、狂信的な信者であった。
「……かたずけなさい。神聖な場が汚れます……」
派閥の首領の遺体はすぐさま儀式場から運び出される。
その間誰も音を立てず、運び出す作業をする者どもも極力音をたてぬように慎重に、しかし迅速に作業するのであった。気が弱い人間であれば卒倒するような空気感がつづき、やがて老人は言葉を続ける。
「『神託』を受けた者たちは『巫女』の前に……」
老若男女問わず信心深い者たちが6名、『巫女』前に並んだ。緊張感で脂汗をかいている者。歓喜の表情で祈りをささげる者。無表情の者などさまざまであった。
「では『巫女』よ『神託』を……」
「はい……」
『神託』を受けた疲労と先ほどの人死に心身ともに疲弊していたが、この宗教組織の『巫女』として最高の栄誉である『神託』を伝えねばならないと気を張り直し言葉を紡ぐ。
「まず『日本の北の地、至上の神が2柱降臨する』です」
「……日本ですか……信者がほぼいない土地ですね……検証するのは全て聞いてからにしましょう。さてここまでを巫女同様に『受けた』者はいますか?」
老人が促すと無表情の少女が手を挙げる。この少女は巫女の補佐として儀式の小間使いをしていた少女だ。
「間違いありませんか?」
「はい! 一字一句違いはございません。神を感じられる至福のひと時でした……」
無表情だった少女はまるで薬物に侵されたように恍惚の表情で声高に反応した。その少女を儀式場にいた者ども、その中でも『神託』に触れられなかった者どもは『嫉妬』の視線を強烈に投げかける。
「……神聖の場にそぐわぬ感情を持ち込むものが多いようですね……」
老人がそう呟くと『嫉妬』の視線を投げかけていた者どもが儀式場に頭を打ち付けるような勢いで下げ、震える。
「……次はありません……。ご家族共々生きて居たいのであれば場を考えるように……」
老人も自分の時代に『神託』が下りるとは考えておらず、正直言えば『嫉妬』を感じていた。
だが老人や幹部たちは自分たちの時代、取り仕切った場で『正式な神託』が下りたことに感謝もしていた。
なぜならばこのことは数百年ぶりの快挙である。
言い換えれば今の宗教組織が神からお言葉を賜るに値する組織だと認められたことに等しく誇りであった。
同時に政治に強く影響させることができるのだ。
それ以上望むべきではない。
老人はクルクルと変わる己の感情を表にはおくびにも出さず場を取り仕切る。
「つづけなさい……」
緊張した巫女と神託を受けた者たちの確認作業が続いた。
要約すると以下の内容だ。
・日本の北部地方に偉大な神が2柱降臨する
・偉大なものは子供の格好をしている
・XX月XX日に2柱はそろう
・YY市●●小学校に注目せよ
・日本人の子供の姿で降臨されるので、その子供に天の座に戻るように説得せよ
・くれぐれも粗相がないように、本当にお願いね。冗談じゃないよ。本気だからね。絶対だよ。下手を打つと冗談抜きで滅びるからね、人類。私も降格するのやだよ。でも上司からどうしてもやれってプレッシャーかけられて……
最後の一文が非常に長い。
老人は正直がっかりした。これほど世界へ影響がない神託があろうか? そう考えた。
そして老人は疑う。『この者共が団結して神託を偽装しているのでは?』と、しかしそれにはメリットがない。しかも足がかりのない日本へ干渉しろとか何の利益があろうか……そう考えた末、老人は宗教組織の『特殊部隊』を派遣することにした。
これがおよそ2カ月前の話である。
そう2カ月前、正義の神が俳優業と社長業を休業して雲隠れを決意したタイミング。
日本の神々に渡りをつけて邪神様がいる温泉に遊びに行こうと動き出したタイミングであった。
この神託は『正義の神を受け入れるそのタイミングを狙い弱き者たち(人間)に接待させる』作戦だったのだ。
神託を下した神も、その上司も、まさか誘拐までするとは考えもしていなかった……。
そして現在、誘拐現場に話は移る。
「さて話、聞こうか?」
邪神様は暗い地下室に縄で縛られ転がされている。だが余裕な対応である。
『かまうな、言葉で確認など不要。術で情報を引き出せ』
『……それはこの子供が廃人になってしまいます……再考していただけないでしょうか……』
『私は「かまうな」と言った。どうせ殺して山中に捨てるのだ情けなどかけるな』
『わぉ。君たち狂信者か……ああ、あの子の宗教ね……目的は何となくわかった……接待しろとか言われなかった?』
自分たちの国の言葉で話に割って入ってきたことに特殊部隊員たちは言葉を失う。
『……ほう、これは驚いた。日本の子供が我が国の言葉を話せるとはな……。冥途の土産として答えてやろう。私が受けた命令は「子供をさらい、確認しろ」だ。情報さえ抜ければ任務達成だ。そして情報を抜いたお前は用済み、いや我らを見てしまっては処分する他ないと言うことだ。心配するな苦しいのは一瞬で終わる』
邪神様はガッカリしたとばかりに溜息を吐き出す。それと同時に特殊部隊員たちの神聖術が発動される。当然邪神様には通じない。
『……なぜだ……なぜ何も起こらない……』
「はい。全員集合~~~~」
質の悪い呪術を目にして冷たい目になった邪神様が間の抜けた掛け声でそう言うと、目を焼くような光の柱が何本も現れたのだった。