第12話「誘拐犯と邪神様」
「というわけで、親戚の子供を預かりました」
勇者正は疲れ切った表情で駄菓子屋主人の冴子に子供たちを紹介する。
ちょうど冴子が現在同居している息子家族の長男、冴子の孫である総一郎と同い年の9歳程度の2名だ。もちろんその子供とは邪神様と正義の神である。
「……どういうわけだい?」
冴子さんの正しい反応。
「そっちのジャンがよく知っている……というか、ジャン! 温泉宿は託児所じゃねーぞ」
仮にも正義の神は勇者正が仕える神の上司のさらに上司に当たる存在なはずなのに……勇者正の正義の神に対する扱いは『迷惑客』であった。
「ジャンさん?」
「……私も社長の御親戚がいらっしゃるとしか伺っておらず……」
「いや、こっちの外国人はお前の親せきだろ?」
即座に被害者ポジションに移る魔王。
しかしジャスという外国人の子供も一緒にいるので逃げられない。
何度でも言おう。 ジャスという外国人の子供の姿を取っているのは勇者正の上司筋である。この人間関係上ほぼ魔王と邪神様は被害者である。尻拭いすべきは勇者正である。
「……はて? 白人と見たら十把一絡げに見るのはやめていただけますか?」
魔王はきっぱりと否定する。しかし魔王にも正義の神の我儘を聞く義務があった。なぜならば部署違いとは言え魔王もそっち(神様)側の人間であるからだ。
邪神様小声(……おいおい、シナリオ通りやりなよ……)
魔王の態度に少し呆れの邪神様。
正義の神小声(……邪神。これはなんぞ?)
駄菓子屋に興味津々な正義の神。
邪神様小声(……きな粉棒だな。水あめときな粉のお菓子だ)
正義の神小声(きな粉? 合法薬物か?)
邪神様小声(どこの世界に駄菓子屋にヤク置く店がある! 大豆原料の健康的な食品だ)
駄菓子好きの邪神様憤慨である。
正義の神小声(そもそも駄菓子屋とは何ぞ?)
邪神様小声(子供が帰る価格のお菓子を置いてる店だ。だいたい30~100円……1ドル未満のお菓子ばかりだ)
正義の神小声(すごいな! このきな粉棒はいくらだ?)
信じられないのか目を剥いて驚く正義の神。
邪神様小声(30円だな)
正義の神小声(ふむ……1ドルで5本か! やすいな!)
値段を聞いて「あれは? これは?」と興奮気味の正義の神。
邪神様小声(だろ? 日本の子供は駄菓子屋があるところではこうやって自分の予算に合わせ、お菓子を買って帰るんだよ)
正義の神小声(そうやって経済を学ぶのか……なかなか深いな!)
納得しながらも物色の手を止めない正義の神。
邪神様小声(……そんなに頻繁に買い物しないがなw この体の幼いときは週に一回100円未満のお菓子を買うのが贅沢だったよ……でもそんな駄菓子屋も最近じゃめっきり見なくなったけどな。この店だって冴子さんが10年前に買い取って再オープンさせた店だしな)
正義の神小声(……なぁ勇気の、こざくら餅とはなんぞ?)
過去を懐かしむ邪神様だが、おっさんの昔語りなんぞ今子供になっている正義の神にスルーされる。
邪神様小声(……それはな……まてお前籠を持て。あと200円までだ、それ2つで60円だからな)
正義の神小声(大丈夫だ。大人の方の体では数十億ドルもっているのだ数百円などとケチなこと……)
ダメな大人の発言である。
邪神様小声(お前さん、キャッシュでいくら持っている?)
正義の神小声(キャッシュ? カードや電子マネーは?)
ダメな子供の発言である。
邪神様小声(あると思うなよw あと俺たちみたいな子供が、上限なしで買い物すれば心配されるぞ)
正義の神小声(ないのか!? あと心配される?)
邪神様小声(そういう場所なのだよ)
駄菓子屋、そう昭和の時代に戻れる希少空間。
でも商売っ気がないので数は少ない。
最近であれば観光客向けにコンビニチックに並べている場所がほとんどである。
ここのように冴子さんの趣味で運営してくれているところは少ない。
「おばちゃん! きな粉棒2つもるらうよ!」
「おばちゃんじゃなく、おねーさんな。60円な」
「ほい。じゃあ、2つ貰うねおばちゃん」
「食べるなら外のベンチで食べな!」
「「はーい」」
しっかり子供している邪神様と正義の神。
「……夕方迎えに来ますね」
「……責任は取らないよ」
「大丈夫です。責任は100%ジャンがとりますんで」
と言うことで勇者正は防犯用の色々を邪神様と正義の神に持たせ、遠くに行かないように言い含め駄菓子屋から出て行った。
その後200円分の買い物をしたあと店の外に置いてあるベンチに座りワイワイと選んだ駄菓子で盛り上がる2人。
普通の子供のように見えるが神様、その中でもかなりの高位神であった。そんな神様、現在の姿は生意気盛りのクソガキである。
「……」
駄菓子を食べ終え、暇つぶしに魔王でも冷やかそうかとクソガキ全開の2人の前にとある人物が走りこんできた。
「あ、賢者ラーカイル」
不憫なスタイリッシュ賢者こと呪文詠唱と魔法ポージングの始祖、賢者ラーカイル……の転生体中村総一郎、愛称「ソーちゃん」である。
「……げ、邪神」
「なんぞ? 知り合いか? 正体を知っているとは俺にも紹介しろ」
正義の神の何気ない一言にトラブルの予兆に気づき、思わず一歩下がるソーちゃん。
そしてその声の正体、面倒な神の存在に気付く。
「貴方様は……正義の神様……。アメリカでアメコミみたいなことやってるはずじゃ……」
正義の神は賢者ラーカイル時代に加護をいただいた神の上司の上司である。
賢者ラーカイルにとって邪神様と並んで面倒事の総本山みたいな存在であった。
思わずソーちゃんは『やだな……』とか呟いたところで駄菓子屋の中から冴子さんが顔を出してきた。
「総一郎。そこの2人とあそんでやりな」
『勝手に動かれても面倒だから連れてけ』という副音声が聞こえる賢者ラーカイルことソーちゃん。
これが普通の子供であれば『しゃーねーな』とか思うところであるし、何より賢者ラーカイルことソーちゃんは人数が足りなくなったので人員探しに来たのだ、渡りに船と言う奴になるはずだった……邪神様と正義の神でなければ……。
「……じゃ、私は出かけてくるから頼んだよ」
店番を魔王に、面倒そうな子供を孫に押し付け、冴子さんは颯爽と出かけて行った。
「……」
残されたのは4人。
そのうち1人、魔王は店番と会社側の業務をしているので一番先に難を逃れた。
そんな魔王は賢者ラーカイルことソーちゃんの助けを求める視線に笑顔で返している。
一方問題児2人はこの時代の子供の遊びに参加できるとワクワクした笑顔である。
(……いや、やるのは公園でのサッカーとかくれんぼぐらいなんだがな……)
『ご期待に沿えず申し訳ございません』とか定型文を発したい賢者ラーカイルことソーちゃん。
「さぁ、行こうぞ! 賢者ラーカイルとやら!」
正義の神はノリノリである。
「……賢者ラーカイルは前世の名前です。今は中村総一郎です」
「了解。よろしくなソーちゃん」
「ほう、ソーちゃんと言うのか。私もよろしくなソーちゃん」
「正しいけど……なんかむかつく……」
「……勇気の、なんか現地ガイドの機嫌が悪いぞ……」
少し空気を読んで不安になる正義の神。
「大丈夫だ。呪文の詠唱とか、かっこいいだけのポーズとか褒めてあげれば、喜ぶから大丈夫。結構チョロいから安心して」
前世を見ていた邪神様の感想である。
「なんと! あれか! 魔法とかいう超能力の高速化、高威力化に貢献した『呪文詠唱とポーズ』という発明を施した天才であったか! 『賢者ラーカイル、その美技』は私も持っていたぞ!」
「……」
賢者ラーカイルことソーちゃんは悪い流れを感じ取った。
そう、正義の神が発したキーワードに呼応して邪神様が動き出そうとしていたのだ。
「これからサッカーするけど一緒にやろう!」
思い切り空気をぶった斬る賢者ラーカイルことソーちゃん。
これには駄菓子屋の奥で仕事中(逃避中)であった魔王も賞賛の視線を送る。
「ふむ、よかろう!」
「……これは必殺シュートの予感! ブルー〇ック! イナ〇レ! キャ〇翼!」
邪神様の興味がそがれたようでなによりと息を吐く賢者ラーカイルことソーちゃん。
しかし魔王は知っていた現世の賢者はどちらかと言うとアオ〇シの脳内チート全開の中二病であることを。
(新たな黒歴史の扉は開かないよ。よかったね)
魔王は思い出す。
過去、何時からか人間たちが短い杖を使い、魔法詠唱とポーズを付け始めたことを。
杖は長物や触媒となる装置が付いた方が良いし、効率的に威力を増すのであれば魔法陣などがおすすめなのだが『それすると取り回しが悪いので……あと地味だし……』と魔王が王様代理をしていた時代に、当代の賢者に言われたことを……。『え? 振付の方が大事なの?』とか『詠唱に合わせた動きじゃないとだめなの? どんな原理?』と思わず突っ込んでしまい『空気読まねーなこの王様』とか当代の賢者から冷たい視線を向けられた過去を……。そしてなぜだが効果があってしまったことを……。
(いや、今世も黒歴史作ってほしいかな……)
内政で重機代わりに必要だった魔法に関し負担が少ないよう効率化を進めようとした際、『ラーカイル信者』と呼ばれる頑強な抵抗勢力に苦しめられた経験を思い出した魔王。
賢者ラーカイルことソーちゃんがこれから楽しいことにならないかな……とか思ってしまった。
「普通の子供のサッカーだ。あ、思いっきりけるなよ?」
などなど賢者ラーカイルことソーちゃんが注意を促しながらも岡上にある小学校へ厄介者2人を連れて行く。
小学校の校庭につくと20人近くの子供たちが集まっていた。
「ソーちゃんお帰り、その2人は?」
「菅原さん家に来てた親戚の子で……」
『そーいや、この体での名前を聞いてなかったな……』思い出す賢者ラーカイルことソーちゃん。
「英比 轟介(えいび ごうすけ)。気軽にゴーちゃんって呼んでくれ」
「私はジャスウィンダー・メイソン。ジャスでヨロシク!」
楽しそうな邪神様と今さら片言キャラを装おうとする正義の神。
「ゴーちゃんにジャスね。私は佐藤詠美。エイミと呼んでね。……これで24人か、はーいみんなチーム分けして始めるよ!」
とんとん拍子でサッカーは始める。周辺3校から暇な子供を集めて始まったサッカー。真面目なサッカーではないのでスーパープレイはできない。……というかやろうとしたところで賢者ラーカイルことソーちゃんは邪神様に封じられる。
「甘いな。切り裂くようなスルーパスとか芸術的な回転のパスとか……させねーよ」
テンション上がって本来の悪役を演じる邪神様。
どちらかと言うとスルーパスの後の残心が中二感たっぷりだし、パスを受けた仲間の行動に対するリアクションが面白いのだが……。
邪神様は中盤の潰し屋として単純にサッカーを楽しんでいた。
「はははは!」
一方正義の神は不便な人間の体で一生懸命駆けていた。
そしてなんとか2ゴールを決めており、すっかりチームの中心となり子供たちの中で楽しんでいた。
「へいっ!」
賢者ラーカイルことソーちゃんがボールを呼び込み、ワンタッチで反転しそのままするパス……を出させない……そこには邪神様が居てパスコースを読まれていた。
賢者はコンマ数秒とまどうとそれを読んだように邪神様に近寄られ体を当てられる。
こうされると前進はできないし前向きにボールも出せない。
『後ろに……』と…賢者ラーカイルことソーちゃんが半身ずらしたタイミングも読んでいた邪神様は事前に重心移動をして準備をしていた加速をすることでボールを奪取、前線に居た正義の神にボールを放り込んだ。
「……アンチフットボール……」
賢者ラーカイルことソーちゃんの負け惜しみである。
邪神様大満足。
しかし賢者のポーズを見る為にはプレーを成功させる必要があるのだが……。
そんな2人を一緒に編んでいた周りの子供たちは特に気にしていなかった。
ジャスこと正義の神が楽しそうに盛り上がっていたのでその空気感をみんなで楽しんでいた。
「あ、おれ用事あった!」
賢者vs邪神。正義の神+その他で楽しむ構図が、子供の1人が校庭の時計をみて焦ったように叫んだことで終わりを告げた。
「やっべ、ごめん。俺これで帰るね。ジャス! まだしばらくいるならまたやろうぜ! 今度はゲームでもいいし!」
そう言って去っていく子供。すっかり敵味方関係なく仲良くなっていた正義の神。賢者ラーカイルことソーちゃんに粘着していた邪神様とは大違いである。
その後『そういえば』とか『じゃあ俺も』的な感じで1人また1人と人が減っていった。
「……この人数じゃサッカーはきついね……このままかくれんぼしよう!」
リーダのエイミが声を上げるとおよそ半数が残り遊びが継続される。
誰となくルールや範囲を教えられてもらえる正義の神。
邪神様には『当然お前が教えるんだよ』とみんなからの視線が賢者ラーカイルことソーちゃんに刺さる。邪神様(子供ver)は賢者の親友ポジとみられているようだ。
キャッキャと盛り上がるかくれんぼ。
相も変わらず賢者vs邪神。正義の神+その他で楽しむ構図であった。
だがその楽しい時間もやがて終わりが来る。お昼ご飯の時間である。11時40分ぐらい解散で13時再集合の約束をして子供たちは散っていった。
当然邪神様と勇気の神と賢者ラーカイルことソーちゃんの帰宅先は一緒である。
駄菓子屋に戻り扉を開けるとそこには昼食づくりにいそしむ魔王と店番をしながら株価を眺める冴子さんが居た。
「総一郎、お帰り」
今日、賢者ラーカイルことソーちゃんのお昼は祖母の所でいただくことになっていたので不本意ながら邪神様と勇気の神を引き連れ帰ってきた。
「……ジャスと……もう1人はどうしたんだい?」
冴子の発言から『殺しても殺せない邪神様』『存在感だけは1人前、邪神様』が居ないと気づいた賢者ラーカイルことソーちゃんは『面倒だな……』と思いながらも迷子の邪神様を捜索する。
まずは校庭に戻り確認する……誰もいない。
その時にいた面子でスマホを持っている奴らへ片っ端から電話を掛ける……駄菓子屋の方に3人で歩いているの見送った話が聞けた。
賢者ラーカイルことソーちゃんは焦燥感を感じながら駄菓子屋に戻ると勇者正と魔王と冴子さんの3人に事の次第を報告した。
「……まずいね。何かしら事件に巻き込まれたかもしれないね……」
子供にやさしい冴子さん。本気で邪神様を心配していた。
他3人も心配していた。
「「「(犯人が)心配ですね。(邪神様に)何かされていないとよいのですが……」」」
邪神様。寝起き悪い他ミングで人類を一度滅ぼした実績のある神様である。
神様の世界でも高位の神様である。
3人の不安はもっともである。
ここで立場の違う邪神様被害者3人が誘拐犯の無事を祈るのであった……。