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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第七話 村の星読み

 星読みの歴史は非常に古く、この大陸の中央に位置し、星の始まりの地とされている神聖ルーティア王国。そこに眠る最古の石碑にも記述がなされている。

 太古の昔より星読みとは、星を観察しその道筋を記録する行為を指すものに変わりはない。しかしながら、長い歴史の中で、星読みという行為が持つ神秘的な響きを、政治的あるいは宗教的に利用しようとした者が多くいた。そういった者達が己の利欲の為に、星読みを飛躍した解釈、もしくは歪曲し創造した内容を加えて人々に広めた事は、星読みの真実を人々に誤認させるに至っている。

 今、星読みと聞くと多くの人々は勘違いをしている。

 それは、星読みをする者が、あたかも星を見ることで人の運命や吉凶、ましてや未来予知などをする事が出来ると思い込んでしまっているのである。


 しかし、私はそれが酷い誤解であることをこの話の最初に強く述べたいと思う。

 星読みは、人の運命や吉凶、未来予知を出来るようなものではない。

 星読みが出来るのは、この惑星表面上の自然に左右されない、いうなれば『純然たる時間の流れ』を導き出し、読み解くことだけなのである。


 星読みがなぜ始まったのか。それを知れば本来の星読みをご理解いただけると思う。


 普段、自然の中で暮らす人々にとって、千差万別に変化する自然の流れを大まかに感じ取ることはたやすいことだ。そして、それら自然を感じ取る行為は、生活にとても重要な役割を果たしている。たとえば、作物の苗を植える時期であったり、冬篭りの準備をする時期であるといった目安となる。

 しかし、それらは自然の中にあるがゆえに、不意の出来事が起きた場合、簡単に調和を乱し人々を襲うこととなる。それが自然災害だ。

 この自然の猛威を乗り切る有効な手段としては、あらかじめ予想し、対策を講じるよりない。

 だからこそ、人々はそれら自然の移り変わりに、何かしら不穏な点がないか。正確に読み取ることに力を入れてきた。生物の移動、植物の栄枯、風や川の流れや温度、五感で感じ取ったすべてのものを参考に、複数のものを掛け合わせて吟味してきた。

 そして、未来に起こるであろう事柄を想像予測し、回避することに努めてきたのである。

 

 星読みは、そういった過程の中で生まれたものに過ぎない。

 

 星読みは、言うなれば永久不変の時間基準を読み取る行為である。太陽の動き。衛星の動き。星の動き。永遠ともいえる時の流れの中、一定のリズムを刻み続けるものを対象としている。

 人は、その星々から周囲の自然の影響を受けることのない、純粋な時間や時期を得ようと試みてきた。そして、得られた時より、過去の自然の流れと比べることで、より詳細に自然を観察し不穏な点を見つけ出そうとしたものである。

 それが星読みの始まりである………………


「………………過去に起こったすべての歴史を刻む石があったとしたならば、星の動きと共に詳細に記録すべきだ、そうすれば過去に起こった厄災を回避する有力な手立てとなる。 ギィミドパシィ魔法学校 魔法科4年 ~クルク・バー・ティレン~」


「ワゾク長老~声に出して読まれると恥ずかしいですよぉ」


 闇に覆われた森の夜景に、突如としてボコボコと飛び出した大岩から二つの声が聞こえる。

 一つは老獪だが深い渋みを帯びた老人のもの。

 もう一つは若い少年のものだった。


「あまりに星がきれいだったものでな」


 ワゾク長老と呼ばれたものは目を細めながらそう答えた。


「星が綺麗なのはとっても同感できるのですが、書き上げた論文を音読なさるご理由にはなっていません」


 反論する若者の声は高く、少女のようにも思える。その声は、少し恥ずかしそうであるからか、本来よりも余計に気弱でかわいい印象を与えられる。


 ワゾク長老は無数に広がる星空を指差し、その中に一際大きく光を落とす月を指差した。


「“クルク”よ。月明かりで本が読めるのじゃよ? 気分も高揚するというものじゃ」


 クルクを見て老人はとても楽しそうに笑う。


「そうですね~これほど良い条件の良い日は早々ありませんね」


 クルクと呼ばれた少年は空を見上げて同じく笑みを浮かべた。


 しばらく沈黙したワゾク長老は、手に持った論文を眺めながら言葉を発した。


「そうじゃの。事実をありのまま記録することが重要じゃぞ。それをもう少し書き押したほうがいいのぅ」

「むぅ~そうですか」


 それを聞き漏らすまいとクルクは手にしたメモに文字を刻んでいた。

 ワゾク長老からの意見ももらいつつ、クルクは岩場をまわっては星々の位置を記録している。ちょこまかと動く影は小動物のように小さく、愛らしいものを感じさせる。


 しばしして、東の空がぼんやりと明るくなり始めた頃。


「今日はこのくらいにしておこう。もうそろそろ来る頃かと思うのじゃが」


 ワゾク長老は持っていた論文をクルクに手渡しながら立ち上がり、村の方を見渡した。

 村のある森の方角から、二つの光がこちらへ向かってきていた。

 それを見たワゾク長老はと首をかしげるとクルクも同じく首をかしげた。


「はてな?」

「二人向かってきているのでしょうか? 走ってますね」

「ルシャだけだと思うたのじゃが。他の村人が手伝いに……というのも考えにくいのぅ。何事かあったのやもしれん」


 ワゾク長老は少し首を傾げながらそう呟いた――。





○●○●○●






 星明りが遮られた漆黒の森を、クロイツとルシャは走っていた。

 二人は、石や木々などが時々横たわっている獣道のように悪路を、棒の先に魔鉱石をつけた、特性の松明の光だけを頼りに疾走していた。しかし、その動きは少ない光の中とは思えないほど、無駄もなく軽やかな動きを見せている。だが、その片方はどうやら限界が近いようだ。


「ちょ、ルシャ……」


 息も絶え絶えにそれを追うクロイツは限界を感じていた。


「クロイツの寝起きが悪いのが原因だろう? 走れば間に合うと聞いたとたん、またすぐに寝入った罰だ。しっかり反省するといい」


 先を行くルシャは、クロイツに容赦ない言葉を浴びせかける。速度を緩めるという選択肢はさらさら無いようだ。

 グゥの音も出ないとはこのことか、異世界にきてそれを思い知らされるとは。

 クロイツは前方に空間把握能力を広げながら最短で木々の合間を抜けていく。

 

 先を行くルシャには空間把握能力など使えないはずだが、この深い闇の中、この松明の明かりだけで先が見えているのだろう。クロイツと同じく最短ルートで駆け抜けている。

 体の基礎スペックがさすが異世界人というか、さすがルシャというかは悩むが、どっちにしてもすごいのは変わらない。


 風の鎧を使えば追いつくのはたやすいが、クロイツも男だ。

 負けられない戦いがそこにあった。



 じりじりと引き離されはしたが、クロイツは何とかルシャについていった。

 すると、クロイツが前方に広げていた空間把握の感覚が前方の拓けた土地を確認した。と同時に、人の丈十倍程もの大きい大岩がらそそり立っているのを感じる。


「着いたぞ」


 大岩について走るのをやめたルシャが振り返りながら言った。少女のその額には汗がうっすらと浮かんでいた。

 それからほんの少し遅れて、クロイツも到着した。深い呼吸を繰り返すクロイツの姿を見てルシャが笑う。


「置いてくるつもりで走ったんだがな」

「ふぅ」


 着いたばかりで深呼吸を繰り返すクロイツに言葉は無い。しばしして「疲れた」とだけ誰にでもなく一言呟いた。


「こっちだ」


 大岩の間にある隙間へ歩きながらルシャがクロイツを促す。

 クロイツはそれに従って付いていった。



 拓けた場所に在る岩場は森の中よりも見通しがよく、月明かりと東の空の明るみによって松明なしでも辺りを見渡す事ができた。

 山の斜面からは複数個の大岩が無造作にそそり立ち、朝の静けさも相まって荘厳な雰囲気をあたり一体が醸し出している。

 いうなれば神のご在所といっても差し支えない雰囲気だ。


 ルシャはその中でも遠目に目立つ、三つの岩が一箇所から生えてきたような形をした岩場へ歩いていく。


「この岩場は三大岩といって、村の天文台なんだ。あの三つに分かれている大岩で星読みをしているワゾク長老という方の手伝いが今日の最初の仕事だ」


 横に並んで歩きながらルシャの話を聞いていたクロイツは感嘆の声を上げた。


「ぉ~」


 クロイツは岩の大きさに圧倒される。でかい……。


 そんなこんなで、三大岩にたどり着くと、クロイツはその岩の中央に二つの人影を確認した。


「おはようございます。ワゾク長老。クルクさん」

「おはようございます」


 ルシャが凛とした声で挨拶をするので、クロイツもあわててお辞儀をしながら挨拶をした。


 挨拶をされた当人達は目を丸くしながらその声に答えた。


「ぁ~おはよう」「おはよう……ございます」


 先に老人が口を開く。


「ルシャよ? そのお方は……?」


「旅人のクロイツ殿です。昨日より私の戦士の務めを手伝ってもらっています」


 快活に答える声にはよどみが無い。

 それを聞いた老人の瞳がキラキラと輝く。


「ほぉーそれはまた面白いことになっておるようじゃの」


 その顔はクロイツを観察するように、ほぉほぉと頷いている。年老いても綺麗な青い瞳が少し幻想的だなと思った。


「ワゾク長老。あまりじろじろ見るのは失礼ですよ」


 少女のような愛らしい声と姿をして少年? 男の子? が老人を嗜める。が、その顔にはもっと事情を説明してほしいと書かれてあった。わかり易いやつだ。


 それを感じ取ったルシャが簡潔に、昨日の出来事を両名に話した。

 クロイツは横でそれを聞きながら、老人と少年? を見ていた。


 ワゾク長老と呼ばれていた老人は、村で見た誰よりも年老いていた。

 深い皺が刻まれたその顔には、深い蒼をした瞳が子供のように輝いている。

 くるくるとした白髪が肩上まで伸びており、その風体は、いうなれば古の魔法使いか賢者のようだった。おそらく前者が近いだろう。

 背丈は175cm程度のクロイツより少し低い程度。相当な年であると思われるにももかかわらず、遠めには若く見えるのは、スラッと延びたその容姿にあるのかもしれない。


 一方。クルクと呼ばれた男の子? のほうは、一言でいえば愛らしい。

 ルシャよりも低い身長に加え、少女のような声。愛らしい小動物のような、一生懸命な仕草が特徴的だ。

 身体的特徴で言えば、ルシャやワゾク長老とは少し違い、茜色の髪をしており赤みを帯びた瞳をしていた。

 肌はクロイツと同じような肌色。おそらく村人ではないのだろう。



 そんな二人をクロイツが観察しているうちに、ルシャが説明を終えた。

 説明を聞きながら二人は、「ほぅほぅ」とか「ふむふむ」と言いながら聞き入っていた。

 その瞳には、質問したいことが山ほどあるのだろう。輝きが見て取れた。



「そろそろ日の出になってしまいます。先に計測だけ終わらせてからゆっくり話をしましょう」

「あぁそうじゃの」


 冷静なルシャの進言にとワゾク長老は笑いながら答えた。


「ルシャよ。これを持って西の岩へ。クルクは西上の岩じゃ。わしは中央から観察する」

「はい」「わかりました」


 ルシャとクルクが返事をして、ワゾク長老から渡された木の板を持って岩場の西側へと回っていった。

 クロイツは完全に取り残された。


「自分は何をすればよろしいですか?」

「せっかくじゃ、わしと中央岩に座って測定しましょうぞ」


 一人残されたクロイツに、ワゾク長老は優しげな笑みを浮かべて答えてくれた。クロイツはほっとしながら後へ続く。



 三大岩は、南に下る山の斜面の中にあり、三つの岩が一箇所から生えたような形をしている。

 その岩をよくよく見れば、左右に分かれるようはえる二つの岩に、真ん中の大岩が負ぶさるような形をしている。三つの岩の真ん中には空洞のようなものが出来ていた。


 ワゾク長老についてその空洞に入ったクロイツは、空洞から南面を向いて座ることで、初めてそこが天文台であるという理由を理解できた。岩は額縁だったのだ。星空を切り取った光景がクロイツの目の前に広がっていた。


 大岩の側面は、遠目では分かりずらいが、実は岩肌が人工的に削られている。その岩肌に沿った、特定の線を追うことで、自分が目標としている星の動きを観測するのだろう。中央に座ることでそれが理解できた。


「クロイツ殿は天文学をご存知のようじゃの?」


 クロイツの視線を追って見ていたワゾク長老が話しかけてきた。


「自分の国でも天文学が盛んでした。少し違いはありますが根本は同じかと思います」


 ワゾク長老は子供のようにはしゃぎだしそうな勢いで目を輝かせて言う。

 口径8.2メートルのすばる望遠鏡や、ハッブル宇宙望遠鏡を知ったら何というだろう。たぶんその世界に連れて行ってくれと言い出しそうだと容易に想像できてしまうのが面白い。


「ふむふむ。そのお話も大変興味がありますのぅ。ぜひお聞かせ願いたいものじゃ」


 輝くように眩しい老人の目線を浴びながらクロイツは問う。


「今日は夏至の測定ですか?」

「ほぅ。ルシャからお聞きになりましたか?」

「ルシャからは星読みの手伝いとだけ聞きました」


 ワゾク長老は感心した風に目を少し見開いた。


「クロイツ殿の言うとおり、今日の星読みは太陽の動きを見るためじゃ。もうそろそろ夏至の季節。ファルソ村一帯では、毎年夏至に合わせるように雨季になるのじゃよ。あと何日ほどで夏至になるか。その時期を正確に知る為には複数で行うのがより確実なのじゃ」


 ワゾク長老は東側の岩場を指して言う。


「この東側の側面。夏至ならば太陽がちょうど隠れるように昇るんじゃ」

「わしと、クルクとルシャ。それぞれの岩場と太陽の出っ張り具合や角度を観測しての、その時期を出すという、それは簡単なものなんじゃ。天文学の話を理解してくれる相手は珍しくてのぅ。いや、クロイツ殿に分かっていただけてうれしいかぎりじゃ」


 うれしそうに笑う老人は、まるで少年のように屈託の無い笑みを浮かべて笑った。



 ワゾク長老とそんな話をしていると、東の空から太陽が昇ってきた。

 紫色の夜空を暖かなオレンジ光が押し上げるように広がっていく。

 遅れてひょっこり顔を出した太陽は、森一面に暖かな光を降り注ぎ、光を浴びた木々は燃えるような赤色に染めあげた。

 山間に出来た影が短くなるにつれて、森は燃えるような赤色から暖かなオレンジへ、そして生彩を浴びた緑色へと変化する。空を見上げれば、夜空に燦然と輝いていた星々は濃紫から白へと塗りつぶされるように霞んでいき、やがて澄んだ青色へその色を変えていった。

 太陽は大岩の岩肌に隠れるように、そこから少しだけ姿をのぞかせて、じりじりと高度あげていく。

 


 その様子を見ながら、クロイツが太陽と周りの景色の変化を楽しんでいるころ、ワゾク長老は、空洞の中央に備え付けてある台座に木の板を置き、太陽の光が差し込む角度を丹念に記録していた。

 邪魔をしては悪いのでクロイツはだた黙ってそれを見届けた。



 辺りから聞こえ始めた鳥の声が、クロイツに朝の訪れを告げた。





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