第六話 長い一日
ルシャからの思いがけない提案を受け入れたクロイツは、後を付いて村の居住区へと足を踏み入れていた。
ファルソ村の中央にある彼らの居住区は、広がる花畑の中にそそり立つ、2mほどの木の柵に覆われている。
居住区へはいると、中は思ったより広いな。というのが正直な感想だった。
「中央にある一番大きな建物が集会場。村の南東と北西に見えるのが高見やぐらだ」
先頭を行くルシャが指をさしながら説明をしていく。
中央に見えた建物はクロイツが神社などで見たことがある休憩所に似ていた。
四本の柱で屋根を支えたシンプルな構造で、壁や窓は一切なく吹き抜けになっており、膝ほどの高さにある床は木の板が張られている。
「村人は集会場の周囲の建物に住んでいる。家族単位で住むものもいれば、一人を好むもの。家族問わず大勢で暮らすものたちもいる。あまりこだわりはない」
「へー」
目の前にある家々は自由奔放でのどかだ。
高床式のものや、平地式のもの。大から小まで様々乱立していた。
「旅の者達が来た場合は村の西側の住居を提供するようにしている。まぁ信頼できる者達だけだがな……。今、通りで商いをしていたケイト達はあそこの建物に住んでいるぞ」
指差された家は、平地式のこじんまりとした家だった。
「大勢の旅人が来たときはどうするの?」
居住区が広く見えるといっても、一度に住めるのは60名程度だろう。
頷きながらルシャが答える。
「大勢来た場合、この居住区から少し離れた場所に空き地がある。そこへ陣を張ってもらうことにしている。信用が置けないような相手もそこに泊まってもらうことにしている」
なるほどね。と相槌を打ちながらクロイツは古き良き? 弥生時代を思わせる住居に感激しながら見入っていた。
「ここが私の家だ」
ルシャが階段を上がりながら言った。
村の中でも比較的見通しの良い場所にある高床式の家だった。年季が入っているように見えるが、まめに掃除がされているのだろう、非常に綺麗な印象だ。
扉は木板で出来ており、横にスライドさせることが出来るものだった。
「ただいまもどりました。母上」
言いながら家へ入るルシャに続いて、「お邪魔します」とクロイツも続いて建物へ入った。
そこには少し年配の柔和な女性が「あら。おかえり」と少し驚いた声を上げながら迎えてくれた。
おぉやはり母親似だ。
「母上。旅人のクロイツ殿です。本日村に来られました。見たとおりの珍しい装いをしておりますので、父上から補佐をするようにと仰せつかりました。聞くところ泊まる宿も考えておらぬとのこと。しばらくの間、家に泊めさせていただけませんか?」
ルシャが母上と呼んだ女性は、あらあらと優しい笑みを浮かべながら言った。
「構いませんよ。夕方のお料理を少し増やさないといけませんねぇ」
宿ばかりか、夕飯もただでありつけそうな展開に、さすがに幸運が続きすぎると後ろめたい……というか怖い。
「旅の途中で仕入れたキノコがありますので、お納めください」
新しい人間挨拶には贈り物が基本だ。ルシャの母に残りのキノコを手渡す。
「ルクドノイ。まあまあ、しかもこんなに沢山……ルシャ? お前もこれを採ってきたの?」
少しきつめの口調になったルシャの母にクロイツは驚く。なにか怒らせる事でもしたのだろうか。
「私は採ってきてはおりません」
ルシャは首を振りながらと残念そうに言った。
「そうですか……、勇猛と蛮勇は似て非なるもの。先走ることがないように」
クギを刺すようなルシャの母の言葉に、予想以上にこの問題が根深いのではないかとクロイツは感じてしまった。
ルシャが余計に窘められることになってしまった原因を作ってしまったようで後味が悪い……。
ルシャの母に挨拶をしたクロイツは部屋に荷物を置くと外へ出た。
自分と……ルシャの気分転換もかねて村を見て回るのも面白い。
「これから何をするんだ?」
「俺は学生だからね。この村の風土や歴史に興味がある。それを少し調べさせてもらうかな?」
するとここで、ルシャから予想外の提案がなされる。
「ならば、戦士の務めを一緒にやらないか? ルクドノイを採ってきたクロイツならば、皆も文句はなかろう」
クロイツはしばらく考え込んだ。
村の戦士の務め。なんかかっこいい……!
重労働は正直に言えば嫌だが、ただ宿、ただ飯も考えればこの村のために働くのは至極当然のように思えてきた。
先ほどのルシャの気持ちが少しでも晴れるならばと天秤が傾いていき、それを了承した。
うれしそうな顔で笑うルシャ。
その横顔を見ながら、クロイツは自分の選択が間違っていなかったことを確信した。
○●○●○●
「やぁ! ルシャ。だれだいそいつは?」
こう声を掛けられるのも何度目か。小さい村とはいえ、人は多い。
その度にルシャが丁寧にクロイツのことを説明してくれていた。
「旅人のクロイツだ。この村の風土と歴史に興味があるようで、せっかくなので私の戦士の務めを手伝ってもらうことにした」
花の世話をしていた男が手を止めて聞いてきた。
「へ~でもいいのかい? 戦士の務めなんかやらせて?」
「なに、構わない。クロイツはこう見えても父上と同じくらいの武々を持つ者だ」
「なるほどね~」
値踏みされるような視線も慣れてくれば問題ない。
「何か手伝うことはないか?」
「いや、今日はここで最後なんだ。大丈夫だよ」
男は清々しい笑顔をしながらとそう返してきた。
「そうか、何かあればいつでも声を掛けてくれ」
ルシャは残念そうに答えてその場を離れた。
クロイツは様々な仕事をこなしつつ、ただひたすらルシャの後を追って村を練り歩いた。
そのおかげでついてから半日もたたずほとんどすべての村人と戦士に顔合わせが済んでしまったのは、村が小さいからか、はたまたルシャが働き者なのか悩むところだ。
まぁ、なんだかんだと村にそのような話題が広まるのは非常に早かったようで、ああ、君が例のと最後のほうには言われるようになっていた。
昼間の太刀まわりも含めて黒人とか異人として恐れられもしたようだが、ルシャの後ろを懸命に付いてまわり、仕事をこなす姿はイメージの改善に大いに役立ったようだ。
だたし、それらが少し行き過ぎたようで……
いつの間にか珍妙な旅人から便利な戦士へと格上げされ、ついでにルシャの追従。悪く言えば下僕という認識まで昇華されていった。らしい――。
そんな村人の噂話を露ほども知らず、クロイツは青汁のような臭いがする緑色の液体を、“スニ”と呼ばれる筒状の水鉄砲のような霧吹きに入れて、花に掛けていく仕事をこなしていた。
“ケコノクスド”、と呼ばれる植物から煮出して作られたそれは、花に吹きかけることによって虫を防ぐ役割があるらしい。朝、夕と花に吹き付けるのは村人の重要な仕事の一つだそうだ。
何事も初めての経験で、クロイツは思いのほか楽しく仕事をこなした。しかし、二時間ほどとはいえ動きっぱなしだとさすがに疲れてきていた。ふと脇を見ると、ルシャは今さきほど仕事を始めたようなきびきびとした動作で仕事をこなしている。さすが戦士というべきか……。クロイツは日が暮れるまで頑張って働いた。
日が山間に沈み始めた頃、ルシャが家に帰るぞ。といってくれたことがうれしくてたまらなかった。
我ながらよく働いた。家の補修に材木の運搬。花の肥料や水遣り、殺虫剤の散布。ついで刀と包丁研ぎまでそつなくこなした。
戦士の務めといいながら、これは雑用の扱いだ。とクロイツは半ば気付いてた。
なんどもツッコミを入れようと思っていたが、はっきり言わせてもらおう。
武々云々はまったく必要ない!
ルシャはそんな雑用である仕事を探して村中を巡るのだ。仕事が尽きることはない。
途中に何度も心が挫けそうになったが、ルシャに戦士としての務めをやるといった手前、クロイツは後には引けず結局最後までがんばることとなった。
くたくたになりながらルシャの家に転がり込むように入ると、そこにはルシャの父であるルドキュが安穏とした笑みをこぼしながらお茶を飲んでいた。
部屋の中央には囲炉裏があり、鍋が火にかけられている。
「おかえりルシャ。クロイツ殿」
みたまんまの、のほほんとした声でルドキュが出迎えてくれた。
「ただいまもどりました。父上。母上」
「お世話になります」
クロイツは挨拶をして頭を下げた。
部屋の中央の鍋に切り分けた野菜やキノコを仕込みながら、ルシャの母が声を掛けてくれた。
「二人ともお疲れ様でした。夕食の前に二人とも湯浴みをしてきたらどうかしら?」
「……っ?」
突然のうれしい提案に、顔が素直にニヤけてしまう。
「一緒に入るわけがなかろう」
小声で言いつつ、クロイツのみぞおちに重い肘鉄を食らわせたルシャは完全にあきれた調子だ。
悶絶してうめき声を上げたクロイツをしり目に、そのやり取りをどういう思いで見ているかは知らないが、ルドキュも「それがいい、いってきなさい」と促した。
「ふむ、クロイツの服はそれしかないのだったな?」
「これしかないな」
そういえばクロイツは一着しか服を買っていなかった。
こんな農作業みたいなことをするのは予想外で、汚れた服をどうするかとか考えるのを忘れていた。
最悪、もともときていたTシャツを着まわすかなぁとぼんやりと考えていると、
「父上。服を貸していただけませんか?」
「あぁそうだのぅ。私が若い頃に来ていたものがあったはずだ」
おぉ、なにやらありがたい話が目の前に展開され、差し出されたのは薄藍色をした着物だった。記憶に近しいものなら甚平のような感じだが、幾分布地は厚めのようだ。
クロイツはルドキュに深い感謝の意を表しながらそれを有難く借り受けた。切りかかって襲われたのが夢のように思えてならない程いい人達だ。
村から少し離れた東のはずれの林の中に、温泉はあった。
大岩を取り囲むように、凹字のような形をした湯は、その中央を岩と木塀によって仕切られている。
村に温泉があるとは思っていなかったクロイツは素直に温泉に感動していた。
うん。温泉好きな自分にとってかなり上位ランクに位置するいい雰囲気の温泉です。
温泉の近くには、見るからに屈強な村の戦士が4人ほどいた。
……その中に一人見覚えがあるものがいた。
「こんばんわ、ヤドさん」
クロイツが声を掛けた相手は、村に最初に来たときに声を掛けてくれた門番の一人。
渋い声をもつダンディなおじ様だ。
そんな自分に気がついたヤドが手を振って応えてくれた。
「クロイツ殿。今日はお疲れでしたな」
笑顔だと本当にかっこいいと思えてしまう。
そんな挨拶をしているクロイツ達をおいて「私は先に行っているぞ」とルシャはスタスタと岩場の反対側へと消えていった。
そんなルシャを名残惜しそうにクロイツ眺めているとヤドが言う。
「あー。クロイツ殿。くれぐれも妙な気を起こさないことです。われわれもこのようなことで剣を振るいたくはありません」
「なるほど。男のロマンをかなえる為には、四人の障害を乗り越えなければいけないと、そういうことですね」
妙に芝居がかった調子で語り合う男の会話。だが、ヤドが真剣な面持ちで警告してくれた。
「いやいや、本当の障害はあの木塀の先にあります。今行けばあなたの命は危うい……」
本当の障害とはなにか? とはあえてクロイツは聞かないが、それは明らかにルシャを差しているだろう。怒らせると怖いのだろうか?
クロイツは静々と温泉に入って疲れを癒すことにした。近くにあった桶で体を洗い流し、温泉に浸かる。
薄い乳白色の温泉からは硫黄の香りがした。
ふと周りを見ると、松明だと思っていたかがり火は、鉱石のようなものから出た光であることに気がついた。興味を覚えてキュアラに訊いた。
『あれは“魔鉱石”と呼ばれているもので、魔力が内包された石に特殊なまじないを掛けて明かりを灯したものですね』
『へぇ、魔法師じゃなくても魔法が使えるというのはこういうことなんだ』
便利なものもあったものである。
○●○●○●
周りに広がる林を見渡すと、日が沈んだこともあり闇が深く見通しが悪い。しかし、その闇からは風に乗って木々や花の香りが漂い、なんともいえない露天風呂の情緒を辺りに醸し出していた。
体が十分に温まった頃、クロイツは湯から上がりヤドと談笑していた。
「やはり、あれは戦士の務めではなかったわけですか」
「ルシャはルドキュさんの娘で気立てが良い真面目な子なんだ。だが、偉大な戦士を親に持つというのは彼女にとってもプレッシャーになってしまったんだろう。そのことを小さな頃から意識して戦士の務めといっては村中の仕事を手伝ってくれている」
ルシャの生真面目ぶりに呆れていたクロイツの脇で、ヤドが苦笑いをしながらそう語る。
「なるほど。なんとなく分かります」
闇に覆われた林の遠くを見ながら、クロイツはヤドの話に相槌を打っていた。
「実際の戦士の仕事というのは、見張りと狩りが大部分だ。実のところ、見習い戦士などという決まった地位も仕事もない。村の戦士になりたいものは、村で定期的に行われている鍛錬に出ればいいんだ。そして、時を見てルクドノイを採りに行く。無論命がけだ」
少し険しい表情をしながらヤドはそういった。
戦士としての体躯でいけばヤドはなかなかの体つきをしている。その男が真剣な表情をして言うからには、それ相応の危険があるのだろう。
命がけ……つまり、緋猿にあえばヤドですら命がないと。そう言っているのだ。
風の鎧という精霊魔法のチート力は十分に承知したが、そこで強くなったと調子に乗り、そんな場所へ特攻していたら、存外自分は死んでいたんじゃないかと他人事のように思う。
「まぁ今のルシャのように、村の仕事全般をこなしながら戦士を目指す例は稀だな」
明るい表情に戻ったヤドを見て、クロイツは笑いながらその話を聞いていた。
村の鍛錬とやらも出てみたいものだ。
「何の話をしている?」
玲瓏な声。
暗闇に揺らめく碧く大きい瞳から発せられた視線がクロイツに突き刺さった。
知らぬ間に背後へ回られたようだ。
クロイツは振り向きながら、ルシャが上がるのを待ってたんだよ。というつもりだったが、湯上りのルシャの姿に見とれて何もいえなかった。
銀色のスラッとした髪が今は結ばれておらず、軽やかに肩にかかっていた。蒸気した肌はほんのりピンク色で、こういってはなんだが、なんとも心地の良い匂いがした。
「ヤドさんに戦士の話を聞いていただけだよ」
「なにやら私の話もしていたようだが?」
「……あはは」
「まあいい。家で父上と母上が待っている。急いで戻るぞ」
スタスタと村へと歩き出したルシャ。
クロイツはヤドに別れを告げて急いでルシャの後を付いていった。
家に着くと夕食の準備は整っていた。
二人が帰ると、ルシャの両親が声を合わせるように「おかえり」と出迎えてくれた。
ルシャとクロイツはそれぞれ挨拶を交わし席につく。
こうして囲炉裏を囲んで鍋を食べることに、少し憧れていたクロイツは感激していた。
「クロイツさんがくださったキノコが沢山あるの。遠慮しないで食べてね」
夕食は自分を歓迎してくれたのだろうか、予想以上に豪華であった。
中央の鍋には、クロイツが手渡したルクドノイと違う種類のキノコ数種と山菜、鶏肉のようなものが入っており、味付けは味噌味。
その鍋の脇には、串に刺したルクドノイが並び、良い香りを漂わせている。どうやら軽く焼いて食べるのが通らしい。
お椀にキノコ汁をよそってもらいながら、クロイツはこの料理を拵えてくれたルシャの母上様を見ていた。
年は30歳後半といったところか。ルドキュに比べてひどく若い印象だ。
柔和な物腰はみているこっちがおっとりさせられる。
ルシャは完全に母親似だ。と再確認しながらも、性格はルドキュのものを継いだのだろうと当たりをつけていた。
ルドキュが妻の“ルスイ”です。と紹介してくれた。ルスイさんか。うむうむ。そんな感じがしますね。と思いながら、クロイツは丁寧にお辞儀をして、宿と食事のお礼を述べた。
食事をしながら、親子三人は仲睦まじい会話をしていた。もっぱら村の報告のようになっていたが……、
「父上、“ワゾク長老”の話ですと今年は北の沢の水量が例年に比べて少ないそうです。これから雨季に入りますので心配はないかと思われますが、その後の乾季まで影響が出るようなことにでもなれば、少なからず農作物が被害を受けそうです」
「ほぅ。水量がのぅ。昨今の異変と関係しとるのかの?」
「それは分かりません」
「少し遠いですが昔使っていた井戸を綺麗にしておいたほうがいいかもしれませんねぇ」
「そうだのぅ。花が枯れてしまってはたまらんからな」
ルスイの意見に、ルドキュは顎を触りながら思案するような表情を浮かべていた。
「ワゾク長老は星読みをすでに開始しているようです。私も明日の朝、手伝いにいこうと思いますがよろしいですか?」
「ふむ。任せるとしよう。して、雨季はいつ頃きそうかの?」
「ワゾク長老が星読みに入られたとしたら……あと1週間か2週間ほどにはくると思われます」
「詳しいことが分かったら報告を頼む」
「分かりました」
そんな話をクロイツは聞きながら、村を守る仕事というのは大変なんだなぁと他人事のように聞いていた。
ぼんやりと聞き入っていたクロイツをみたルドキュは、これはすいません。と笑いながらクロイツに話を振ってきた。
聞き役に甘んじていても良かったのだがこれ幸いと村の歴史を聞くことにした。
ファルソ村の起源は比較的新しく、始祖はオシル大陸中央にある神聖ルーティア王国からやってきたらしい。
神聖ルーティア王国からやってきたとある一組の夫婦がここに住み始めたのが最初だとされ、そこへクエイス公国ならびにガンデス地方を行き来する旅商人が、旅の宿をとるために立ち寄るようになり、少しずつ村は大きくなっていったそうだ。
村が今のように花が咲き乱れる《花の村》となったのは、その少し後。
最初に来た夫婦が年老いた後だったそうだ。
初めは、目が悪くなり周りが見えなくなってしまった老婆を元気付けようと、老父が花を植え始めたのが始まりだったそうで、目は見えなくても花ならば香りや触覚などの他の五感で感じ取ることが出来るだろう、という考えだったらしい。
老父の手によって細々と始まった植花運動だったが、年々のんびりとではあったがその範囲を広げていき、そしていつのまにか寄り添うように集まった村人も手伝うようになっていったそうだ。
往年は一面に咲いた花畑の中を、二人で寄り添い歩く老夫婦の姿が美しかったときく。
そして、花は話題を呼び、ファルソ村の主要産業となっていった。花ではなく種や球根を売るのを生業としているらしく、彼らが品種改良した花々は育てていると元気を与えてくれるということで、ひそかにクエイス公国の中枢都市でも人気があるそうだ。
今では途中の休憩地点としてではなく、花を売買する拠点としても成り立っている。クロイツのような旅人が、一目この地をみようと訪れることも度々あるらしい……。
「いい話ですね」
クロイツは簡単な感想を述べながら、ルドキュ村長やルシャ、ルスイさんにお礼を述べた。
宴もたけなわというところで、ルドキュと紫色をした甘酸っぱい果実酒を飲み交わしていたクロイツのところへルシャが近づいてきた。
「そういうわけだから、明日は早いぞクロイツ。もう寝るといい」
堂々とした振る舞いでそう告げると、足早にルシャは梯子を上って、上の屋根裏部屋へと登っていってしまった。
クロイツはそれが半ば夢だと思いながら眠りについていった。