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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第五話 ルシャとの出会い

 目の前には安穏とした漆黒の世界が広がっていた。こういう時は、流れに身を任せているのが心地が良い。

 そうしたほうが、面白い夢を見られるものだと、クロイツは経験から分かっていた。が、それは阻まれた……。


「バチン!!?」


 虚ろな意識の外から痛そうな音がした。しばらくして、自分の頬がほんわりと痛む。そして、その音が自分の頬から出たことを理解した。むろん、自身で叩いた訳ではない。


 先程までの安穏とした心地良さが息苦しさに変わる。

 苦々しさを残しながら夢を見ることを諦めて、鬱々とした気分で目を開けると、薄明かりの部屋の中、クロイツが寝ているベットの脇に人が立っていた。


「クロイツ。起きろ」


 にべもない言葉がダイレクトに頭には響く。声には、寝ている人間をたたき起こした事への悪気や謝罪、後ろめたさ等の気持ちはまったく感じられない。

 クロイツの寝起きの頭には、もはやそれは敵意だと感じられた。


 しかし、のっそりと起き上がるクロイツに対して、「早くしろ」とか「急げ」等の言葉は無かった。どうやら緊急性が有るわけではなさそうだ。


「おはよう。ルシャ…………」


 寝ぼけ眼で、自分をひっぱたいた相手にクロイツは挨拶をした。

 部屋の中を、温かな橙色の光が揺らめくように照らしている。鉱石から発せられている光は、こちらの世界では一般的な照明器具。照明鉱石だ。


 鉱石に照らされた部屋から見える窓外の闇はまだまだ深い。


「おはよう。今から戦士の務めを果たしにいく。ついてこい」


 マジか……。と言葉にならないクロイツは、ルシャを見上げながら昨日の出来事を思い出していた。




○●○●○●




 村に着いたクロイツは、ルドキュ村長の洗礼を受けた。

 その結果、村に迎え入れられる所まではよい風だったが、いかんせん珍妙な恰好をしていたのと、無駄に優れた身のこなし(風の鎧発動時だけだが)は、村人にすぐさま受け入れられるとまではいかなかったようだ。



 多少の警戒は仕方がないと覚悟はしていたが、松茸エリンギ、もといルクドノイを売ろうとしても相手が近寄ろうとしない。もしくは声を掛ければ引き攣った表情をされた。村中がクロイツにとってアウェイ的な雰囲気に包まれていた。



 ほとほと困り果てていたクロイツを見兼ねて、ルドキュ村長が、クロイツに見張りを付ける事を提案してくれた。

 クロイツはそれを喜んで了承した。村人達の安心にも繋がるだろうし、この村に不慣れなクロイツには有り難かった。


「“ルシャ”ここへ」


 ルシャと呼ばれて出て来たのは、クロイツよりも少し年下と思われる村の若い娘だった。

 卵形の調った顔立ちに、碧く大きい瞳。

 他の村人と同じく色白い肌をしており、後ろに軽く束ねられた銀色の髪は肩下程度の長さで整えられていた。その姿は快活な中にどこか神秘的な美しさを兼ね備えていたが、左腰に据えられた短刀が残念なことに彼女がただの村娘ではないことを予感させていた。


「クロイツ殿に付き従い、必要であれば力を貸してあげなさい」


 ルシャと呼ばれた少女は、無表情のままじっとクロイツを見つめた後、ルドキュに向き直り神妙な面持ちで頷き答える。

 

「クロイツ殿、私の娘のルシャです。何か必要があれば彼女を頼ってやってください」


 きっと母親似なんだな、とか、俺に対してあまり興味なさそうだな。とか思いながらクロイツは分かりましたとルドキュの配慮に素直に感謝を述べた。



 ルドキュは見張り=ルシャをつけるとさっさとどこかへ行ってしまった。

 村長は忙しいのだろう。


 とりあえず、クロイツはルシャに自己紹介をしようと向き直った。すると、ルシャが無表情にじっとクロイツの瞳を見据えていた。


「……なにか?」


 クロイツはたまらずに聞いた。

 異世界の容姿、銀髪碧眼。ついでに年下の美少女が無表情で覗き込んでくればさすがにドキマギする。


 問いただしたほうの少女は、クロイツの予想以上に人間らしい素振りを見せた。

 ルシャは少し恥ずかしそうにクロイツの瞳から目線をそらす。


「すまない。黒い瞳が珍しくてな、つい見てしまった」


 先ほど、ルドキュがいた時とは少し違うルシャの地であろう態度に、いや、歳相応の振る舞いだよな、これが! とクロイツは考え直しながら見つめていた。


 ルシャは気を取り直して自己紹介をしてくれた。


「ルドキュが娘、ルシャと申します。村の戦士見習いです。クロイツ殿の補佐をさせていただきます」


 いかにも戦士らしく堂々とした口調で、ルシャはそう言った。思いのほかしっかりと話しかけてくれるので滑り出しは上々だ。

 戦士見習い……なるほど。

 女性でも戦士になれるものなんだと感心しながら、左腰に差している短刀が見習いを表しているのかなと考えていると、


「ルクドノイを採ってきたのは本当か?」


 唐突にルシャの方から質問してきた。ルシャの瞳の奥に、何かしらを期待したような熱っぽさのようなものをクロイツは感じた。


「あぁ、本当だよ。クレイ湖の畔で採ってきたんだ。旅の主食だったよ」


 クロイツが苦笑しながら答えると、ルシャは「そうか」と何かしらを決心するように答えた。


 ルシャの態度に興味を持ったクロイツは質問する。


「ルドキュ村長もルクドノイは珍しいとは言っていたけど……? 何か特別な意味でも?」


 ルシャは頷きながら真剣な面持ちで説明し始めた。


「クレイ湖に棲む緋猿を知っているか?」

「あぁ、知ってる。遭遇はしなかったけど……」

「村の戦士は山で狩りをする。だが、森の深い部分に入れば緋猿やその他の凶暴な動物にも出くわす可能性が高くなる。戦士には強さも大切だが、それ以上に危険を事前に察知し回避する事も戦士に求められる重要な資質なんだ」

「なるほど?」


「緋猿は回避せねばならない最たるものだ。奴らは一定の周期で縄張りを移動する。村の戦士は五感を使ってそれを読むんだ。緋猿は対峙すれば危険だが、頭のいい奴らだ。縄張りに飛び込んだり、よほどのことをしない限りは襲ってこない。山を荒らさず歩く技術、危険を察知する能力。この村ではルクドノイを採ってくるということは、戦士として一人前と認められることなんだ」


 熱っぽく語るルシャの表情をクロイツは呆然と眺めていた。


「んー…………? それで何をルシャは決心したんだ?」


 ルシャは自分の気持ちが表情に出ていたことを自覚していなかったようだ。

 戦士という割にはとても素直な子のようだ。隠し事が出来ないタイプなのか、クロイツの言葉に少し狼狽を見せつつも答えてくれた。


「私は今年、その試練を受ける予定だったんだ。だけど、最近森の様子が少しおかしい。獲物もいない。緋猿の移動も不規則になっている。村の戦士達が口々にそう報告していく。だから試練を受けさせてもらえなかったんだ。だけど……」


 ルシャの言葉をさえぎって、クロイツは言った。


「あ−。俺が無事にルクドノイを採ってこれたから、自分が行っても大丈夫だろうということ? でも、危険を察知するのが戦士として重要な資質というならば、分かっている危険を回避して、時期を見たほうが正しい選択では?」


 核心を試しに突いてみたら、ルシャの表情から笑顔が消えた。


 しばらくして「私はルドキュの娘なんだ」といったきりルシャは沈黙してしまった。

 ――どうやら地雷だったらしい。


 その後、何を言ってもシカトを決め込んだルシャを引き連れて、クロイツは村を回った。

 ルシャはそれに黙ってついてきた。


「ルクドノイと牙を服かお金と交換していただきたいのですが」 


 クロイツは村の外通りに開かれていた小さな露店の一つに来ていた。

 今交渉している中年の女性は褐色の肌にオレンジ色が少し黒味を帯びたような髪をしており、テントの幌の下には服や飾り、干物のようなものを広げて商いをしている人であった。


 クロイツを見た瞬間は驚くように少し強張っていたが、後ろに控えたルシャを確認すると幾分緊張が解けたようで応対してくれた。


「あー旅人さんだね。ルドキュ村長のあれはすごかったね~」


 言うにつれて何かしらのテンションがあがったようで、豪快に笑いながら女性は言った。一瞬前の強張りはなんだったのか? と思うほどだ。たぶんそういう人なんだろうと納得することにする。


「私は“ケイト”っていうんだよ。ここから南のガンデスからきたんだ。しっかし、長年旅をしているけど、黒の髪に黒の瞳は初めてだね~びっくりしたよ」


 まくし立てるおばさんに、俺はあなたの変わり身にびっくりしています。と言いそうになるのをこらえていた。


「“ケイハ”ー! いるかい?」とどこへともなく大声で叫ぶ。

 しばらくして、「呼んだか?」とテントの幌へ入ってくる人影。


 同じく褐色の肌に明るめのオレンジの髪。胸には獣の皮で作ったであろう緑色をした鎧を着込んだ男だった。大柄な男は見るからに強そうだ。


「ケイハは“シト”なんだ。旅の護衛をしてもらっている」


 ケイトが簡単に紹介してくれた。

 クロイツはシトとは何だろ? と思いながら「こんにちは」と挨拶すると、「あぁ、例の旅人か」とケイハは無表情にそう言った。


 

「ユングの牙があるらしい。ちょっとみてやってくれんかね?」

「そうだな、それは一度見ておきたかった」



 クロイツはケイハにユングの牙を差し出した。

 すると「入ってるな」とケイハが言った。


 クロイツはそれがユングの毒だろうと推察していた。神経毒のようだから、狩猟にも使えるし、おそらく薬にもなるはずだ。


「で、どれほどと交換していただけますか?」

「そうさね~キノコ半分と、ユングの牙二つ。それで好きな服と銀粒3つでどうだい?」


 価値が分からないクロイツはキュアラに問うと『銀粒3つならば一月ほど生活するには困りません』と返ってきた。十分だ。


 初めての交渉に浮かれたクロイツは、試しに聞いてみた。


「出来れば……そこにある腕輪もつけてもらっていいですか?」


 ケイトは少し考え込んでから笑って了承してくれた。


「ま、おまけだね」




 お礼を言いながら服を見繕うクロイツ。

 村人を真似て、上下白地の麻と絹で織られた着物をチョイス。

 そこへ、毛皮で作ったベストを羽織ってみた。


「ほーなかなかだね」


 ケイトが感嘆の声を漏らす。悪くはないようだ。


「日差しがあるうちは毛皮は暑苦しいだろう? そういう時は腰に巻くように着付けると良いよ」


 ケイトさんはものすごく面倒見の良い人のようだ。



 クロイツはルクドノイと牙をケイトに渡し、代わりに銀粒3つを貰い懐にしまった。元々着ていた服は、さらにおまけにもらった麻袋に入れることにした。


 満足のいく取引を終えたクロイツはテントから出る。

 ルシャに振り向き、先ほど手に入れた腕輪を投げ渡した。


 咄嗟に投げ渡された腕輪を受け取るルシャに、すかさず「さっきはごめん」と謝罪した。


「いや、あれはクロイツ殿が正しい。私は……少し急ぎすぎていたようだ」


 ルシャは照れ臭そうに笑うとそう言った。素直ないい子だと思う。

 そんなルシャの態度に安堵しているとルシャが腕輪を見ながら訊いてきた。


「これは……私が貰っていいのか?」

「あぁ、是非に。戦闘の邪魔にならないような物を選んだつもりだったけど、少し地味だったかな」

「そんなことはないぞ。クロイツ殿。私は気に入った」


 ルシャが見せたにこやかな笑顔に、クロイツは頭の思考が停止しそうになった。


「殿を付けられると恥ずかしいので、普通にクロイツと呼んで下さい……」


 自分は今どのような表情で少女に言葉を発しているのか。

 顔が赤くなっていないことを祈るばかりだ。


「……クロイツ、ありがとう」


 ルシャもどこと無く恥ずかしそうだ。

 お互いの微妙な雰囲気が妙にこそばゆい。


 それを打ち消すかのようにルシャが問う。


「しばらくこの村にいるのだろう? 宿は決めたのか?」

「いいや」


 さっぱり考えて無かった。そもそもこんな小さな村に宿があったのかという驚きすらある。



「腕輪の礼もしたい。よかったらうちに泊まるといい。父上も母上も許すだろう」


 ルシャの提案はクロイツが思いがけないものだった。

 あのじいさんはともかくルシャの母親はぜひ見てみたいものだ。

 まぁ心許せる相手も今のとこルシャくらいだし……、


「よろしく頼む」


 クロイツは深く考えもせず、ルシャの好意に甘えることにした。

 それが長い一日の始まりになるとも知らずに。



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