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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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閑話 クエイス公国2

惑星ルーティアにおいてクエイス公国はオシル大陸の北東に位置している。

長い歴史と広い国土を有する国ではあるが、その国土の大部分は人が住まうに適さない土地らしい。


東から大火山地帯ジグノルダンゼル。

中央の致死砂漠リッケス。

西に位置する大山脈地帯スィースット。


この3つによりほとんどの国土が成されていると考えて良いそうだ。


大火山地帯ジグノルダンゼルは聞いたとおりの火山地帯。

クエイス公国の遥か東側にあり、オシル大陸における北東の外海に面した所に広がっている。

昼夜問わず山々が噴火しており、舞い上がった黒煙により周囲はどんよりと薄暗く、上空には紫電の雷が瞬き、傷ついた山の黒肌からは血流のような溶岩が、四方八方から湧き出しているという。


最初にその光景を確認した者に敬意を払うべきだろうか。

おおよそ人が足を踏み入れる場所ではないと思われるのだが、とある冒険家が滝のように流れ落ちている溶岩の中に巨大な火龍を見た。という、どこから出たのかも分からない話が伝えられており、冒険心を掻き立てられた挑戦者が年に数人程度はいるらしい。


逆に言えばまだ人が入り、戻ってこれる土地だということだ。


クエイス公国の人々は特に火の魔法を得手としているから、そういった地獄のような場所でも生きて戻ってくることが出来るのかもしれない。


一方で、致死砂漠リッケスは冒険者には不人気だ。

それは行ったものが砂漠から帰ってこないことに起因している。


致死砂漠リッケスについて分かっていることは二つ。

まずは広いということだ。


長年の外縁探索調査により、クエイス公国の西に位置する大山脈スィースットから遥か東に位置する大火山地帯ジグノルダンゼルまで広がっているらしいということが分かっている。これはクエイス公国領のほぼ中央が砂漠で出来ていると考えて良い。少し大雑把に言えば、国土の三分の二が砂漠ということになる。


次に何も無いということ。


砂漠への入り口とも言える荒野からしばらく進むと、砂の波が始まり果てしなく続いていく。そこには空に飛ぶ鳥も無く地には走る獣もおらず、それどころか毒サソリなどの昆虫やサンドワームなどの魔獣すら存在していない。生物の一切を廃した、砂と空だけの世界になるのだ。


生物が存在していない原因は大火山地帯ジグノルダンゼルにあると言われている。大火山地帯ジグノルダンゼルから発生する毒ガス、おそらく硫化水素ガスや一酸化炭素であると思われるが、それらが致死砂漠リッケスに流れ込んでいるのだ。

それにより食物連鎖の最下層にあるべき植物や昆虫が存在できず、ともすれば上に位置する生物も生存できない。からだと言われている。


見渡すかぎり生物の拠り所のない砂だけの世界。


暑さ寒さは火魔法で、水は水魔法で、毒ガスは風魔法で、住む所は土魔法で。


食料を十日分として対策をすれば行き帰りと砂漠には入れる。ただどうしてか果てまで続く砂丘で姿が見えなくなるまで進んでしまうと、その者は必ずと言ってもいいほど戻ってこなかった。


砂嵐もない、見晴らしのよい晴天であるにも関わらずである。

揺らめく陽炎の奥へまた一つ姿が消えて、助けに行った者も戻ってこなかった。


何も無いが何かある。


幾度かの失敗を重ねて、人々は諦めた。

よって致死砂漠リッケスはクエイス公国において未知の領域として扱われている。


最後に残る大地は、大山脈地帯スィースットである。

クエイス公国の首都であるスーセキノークがある場所であり、付近は標高にして数千メートルの山々が乱立している土地である。

渓谷の港アンプから首都スーセキノークまでに見えていた、フィヨルドのように複雑に入り組んだ水路もその一部であるそうで、細々とした限られた空間になるが、多少の農耕や放牧も可能であるらしく、人々が住まうには良い場所といえた。


しかしながら問題もあるようで、その一つが超硬鉱石であるアコーク鉱石の存在である。


アコーク鉱石は大山脈地帯スィースットの根本にあたる地盤を構成している鉱物であり、灰黒色で鈍い光沢を持ったとにかくやたらと硬い鉱石である。

アコーク鉱石がどれくらい硬いかといえば、鉄のツルハシを本気で振り下ろしてちょっと凹んだ気がするというくらいだ。むしろツルハシが一発でダメになるレベルで硬い。もっと分かりやすくイメージすれば、子供の頃に見るであろう空飛ぶ城の物語にあった黒い半球体と同じような硬度と言えば分かりやすいだろう。おそらくダイナマイトでも傷一つ付かないということで間違いない。


そんな素晴らしく硬い鉱物を掘り下げて作られたのが、クエイス公国の首都であるスーセキノークと聞けば誰もが驚くことだろう。


アコーク鉱石は硬い。硬いがこの世界には魔法があった。土魔法の出番である。

硬いアコーク鉱石を土魔法で他の物質に変換し掘削する。その手法により首都であるスーセキノークは長い年月をかけて作られたのだ。


アコーク鉱石は魔法変質により灰黒色から白色へと変化するのが最もポピュラーだった。

掘削が出来る程度に柔らかくなったとはいえ、そこらの岩石よりも頑丈であるそうだし、耐魔法攻撃性能に関しては魔法変質の副産物か、元のアコーク鉱石より上であったそうだ。


思い返してみればクエイス公国が作ったとされる家は、白い石で作られていることが多かったような気がする。交易の街アソルにも白い建物があったように思う。優美なだけでなく、性能でも優れていれば建築素材として納得するところだろう。


しかし次の問題は起こった。

土魔法師の人手不足である。


この世界において土魔法師は数が少なく希少とされている存在だったのだ。


火のクエイス、水のルーティア、風のシーラ、土のガンデス。

学説にはオシル大陸を四つに分断するように、同時期に文化発生したとされる根源四大種族と呼ばれるものがあった。

魔法因子による外見の見極めは比較的簡単で、火は赤、水は青、風は緑、土は茶と大まかな目安を得ることが出来る。それらの人々がどこからやってきたのかを詳細に調査することにより、この学説は生まれたのだ。


土のガンデスといえば、現在ではオシル大陸南東に位置するジャングル地帯を指す地方名である。その辺りから茶髪茶瞳の根源四大種族の一角が発生したとされたのだ。

しかしながら、地方名になっていることからも分かるように、ガンデスは自らの国をついぞ作り上げることはなかった。国を持たず、放浪し、他の根源種族が作り上げた国に吸収されていった種族なのだ。


一方で火の末裔を自負するクエイス人は、頑なに多種族との交流を拒む傾向を持っていた。魔法因子の強弱が両親からの血統により決定されると信じていたからである。


純粋であれば有るほど高貴であり、魔法力も強くなる。

ここに惰弱なガンデスの血が入る余地もなく、時代は進んでいったのだ。


根源種族はあくまで得意とする系統の目安に過ぎなかったことから、クエイス人であったとしても土魔法を扱えるものは少ないながらも存在した。が、伝統として血統を重んじてしまったクエイス人の中では、多系統を扱う者は長い歴史の中で不純物として扱われてしまった。


結果的にクエイス人は自らの手で魔法を衰退させたわけだが、首都スーセキノークを作り上げる段階では後の祭りである。


そこから悲劇は始まったと言っていいだろう。

当時の彼らの思考は燃え盛る炎のようにシンプルで直情的だった。


他国にあるのならばそれを奪えば良い。


血統主義からの選民思想が重なり、見た目の違う多種族を家畜として捉えたのだ。

クエイス人は気軽に戦争を起こした。戦争というより、必要な者を手に入れるための狩りに近いような感覚だったのかもしれない。


彼らの火魔法は長年の研鑽により熟成され、戦力としては大国と呼ぶにふさわしく、瞬く間に他国を蹂躙した。定期的に狩りにでかけ、人質をとって言うことを聞かせる。


土魔法を扱う者は数こそ少なかったものの、クエイス人に比べれば圧倒的に力強い土魔法を扱える人材を手に入れることができた。人質や土魔法が扱えないものも奴隷として使用することで、掘削された鉱石の運搬に従事させた。


しかし次の問題はそこで起こった。

食料問題である。


元々が食料資源の乏しい鉱山地帯である。クエイス人が生きていける程度の食料は生産されていたものの、新たに奴隷にしたものにまで配る余裕はなかった。使い捨ての奴隷のために遠方から食料を輸送してくるのも採算が合わず、死ぬに死ぬままに任せる状態となってしまったのだ。彼らの思考としては新しく元気な奴隷を連れてきたほうが早かったのである。


だが狩場は有限だった。

時が経つにつれて他国がクエイス人に対抗するため手を組んだし、遠方になればなるほど兵の疲弊も無視できないものになってきたのだ。


如何に大国とは言え、クエイス人にも限界があった。


土魔法師は希少だからと生かしておいたが、死ぬに任せた運搬奴隷の補充は容易ではなくなった。掘削された鉱物の運搬が滞り、そこでクエイス人は考えた。


奴隷の中に魔法の扱いは出来ないが、力も強く、長く生きて働く者がいたのだ。

獣人である。


当時他国においても獣人の扱いは、奴隷か家畜に近いものであった。というのも、獣人は魔法を扱うことが出来ず、自らの小さなコミュニティで、森の中などで細々と生活しているような種族だったのだ。


カテゴリー的には森に住まう野生動物と同じだ。


だが、脆弱といえばそうではなく彼らは強かった。

魔法が扱えない代わりに身体的な能力は人より遥かに優れていたし、人では成し得ないことだが魔獣を使役する事ができた。魔獣の手先として忌み嫌われていたところもあるようだが、彼らは基本的に温厚でこちらが手を出さないかぎりは何もしてこないのは世界の常識としてあった。


それらの人々が国に混ざると奴隷や家畜として扱われるのである。


クエイス人も当時は獣人を野生動物のように考えていたし、自らの国に入り込まないかぎりは一切無干渉だった。クエイス人の血統主義が彼らを守っていた数少ない幸運な事例であるが、時代は流れて第二の悲劇はスタートした。


獣人という生き物は、人ではない。


クエイス人はそう考えて交流をしてこなかったのだが、獣人にとってはそうではなかったようだった。クエイス周辺に住まう獣人の中には、他国からの獣人狩りから逃げてきたものも多くおり、不干渉を貫くクエイス人に対して恩というものすら感じていたようだ。


クエイス人のほうが驚いたものだが、彼らに対して協力を要請すると快く手伝ってくれた。

唯一の不幸は、クエイス人があくまで獣人のことを使い捨ての奴隷としてしか考えていなかったことだろう。


こうしてクエイス周辺に住んでいた獣人は人知れずすべて滅んだ。

最後の一人に至るまですべて滅んだのだ。


その時に何が行われたか……資料は全く残されていない。おそらく選民思想の強い当時のクエイス人にとって、人でもない野生動物を使役して国を作り上げたという歴史は残したくないものだっただろう。


しかし事実として国の要である首都はできた。

スーセキノークの地下から伸びる二本の大動脈は今を生きる人々を支えている。




○●○●○●





 ルクンス大公爵が治めるクエイス公国の首都スーセキノークは、クエイス公国の国土でみたところの左下、南西に位置しており、他国との距離が最も近く、国土全体からすれば人々が最も住みやい場所と言われている。

 八千メートル級の山々に囲まれたファジート城は、遥か昔に一つの山を超圧縮して削り出し、創り出されたものという眉唾物の伝承が残るほど、極めて硬い鉱石によって構成されているため、古くから要塞としての役割も有し、並みの切削機械や魔法攻撃では傷一つ付けることができなかった過去を持つ。

 長年の試行錯誤の末、一部の人々がファジート城周辺を取り囲む硬鉱石の加工法を開発する頃には、スーセキノークを中心に各地へと伸びる地下トンネルの整備が急速に進められ、南東の鉱山地帯“スーザット地方”や北西に位置する農耕作の拠点“ジストック地方”を結ぶ地下通路が完成するにあたり、スーセキノークはクエイス公国の生命線としての首都の地位を確立し、国力を磐石にしていった。


 ファジート城の周囲は約10キロメートルに及び、701にも及ぶ大小無数の塔群で成り立ち、内部は主に七つのエリアで構成されている。

 外交を担う“ヒクス”

 防衛を担う“ピーイ”

 運営を担う“デイ”

 議会を担う“グッジ”

 経理を担う“スン”

 地方を担う“クッコ”

 教育を担う“サンニュ”


 この中でも最も権威を持つのが議会であり、議会への出席は許されている者は各地方に名だたる公爵達である。

 その公爵達の中でもさらに権威を持つ者が、首都スーセキノークを治めるルクンス大公爵、豊富な鉱山資源を有するスーザットを治めるサクシス公爵、クエイス公国において希少な食料生産能力を有する農耕地帯ジストックを治めるニーセトル公爵であり、他の公爵たちはいずれかの傘下に入っているため、実際のところクエイス公国の運営は、三名の意向によりなされている。という事になっている。


 そんなファジート城のとある部屋。長い歴史を有する議会室で、一人の老齢の公爵が絞り出すような声を上げた。


「正義を担う赤の団がカサギの村を殲滅だと? ふざけるなっ!!」 


 貴族らしからぬ怒りを独特な細長い顔に滲ませ、彼には似合わぬ冷や汗をかきながら賢明に声を絞り出していた。円柱型の石机を不器用に叩きつけたが、特に音が鳴るでもなく議会は静まり返った。

 残る九名の公爵は極めて珍しいものでも見るように、立ち上がった彼を見つめていた。


 エイクウッド公爵といえば極めて平和を愛する公爵として知られ、その懐の広さは文字通りクエイス公国全体に及んでいる。いつもは害も益もなさそうな、静かな物腰とは裏腹に、多くの公爵家が三大公爵にいずれかに追従する中において、唯一人々の命が関わった事案では大小の差はあれ必ず口を出してくることで有名であった。

 元来彼の家柄が地方の安全や統治を担う、クッコに属していたのも一因であろうが、こうして十もの公爵家が揃う議会の場での発言は極めて異例中の異例といって良い。


 睨みつけるようなエイクウッドの視線を受けて、ルクンス大公爵はゆっくり瞳を閉じ、それを飲み込むと、静かにエイクウッド公爵へ席に座るように促した。エイクウッド公爵はそのまま席へと深く腰を下ろし、顔を少し伏せたまま動かなくなった。


 クエイス公国を治める公爵を束ねる大公爵。

 ルクンス大公爵は静かに言った。


「この度の盗賊団アジトの殲滅は。赤の団の行動は正義によるものか? サクシス公爵」

「然り。バラクの申すところによれば、国の増強は計画的に進めねばなりますまい。クエイス公国全体として領地を広げる為には、いずれ必要なことでありましょう」


 ルクンス大公爵の外見は40歳程度。

 肩まで緩やかにウェーブした赤い髪に、赤く澄んだ瞳。

 少し大柄な体躯であるが、取り立てて可もなく不可もなくといった顔をしており、良くも悪くも典型的なクエイス公国人のそれと全く変わらず、ただ一点、一見して分かるべくもないが、年齢は百も半ばの長命種族でもある。

 唯一彼が誇れるものは、万物を受け入れ飲み込む飄々とした性格と数多の分身体がいると陰口を叩かれるほどのフットワークの軽さが挙げられるが、このような会議においてはほとんど無意味な才能である。


「バラク 宰相 の誤りであろう? それにしても領地ときたか」

「それは勝手にあの者が名乗っているだけのこと。儂は一国の王でなくただの貴族で、ましてやかの者の君主ではありません。まぁ、この件についてはニーセトル公爵が進めるべきが適任かと」


 ルクンス大公爵とサクシス公爵の間で厳かで静かな笑いが交わされる。


 サクシス公爵はもはや年齢不詳の老公爵、むろん長命種族である。

 四角い岩にシワを刻み込んだような顔立ちをしており、赤い髪も瞳も、肌すらもどこか黒ずんで汚れているように見えるが、彼自身が若き日より数多の鉱山で働いてきたと知れば、見る者の視線も変わるだろう。


 話に入ったニーセトル公爵は、極めて事務的な口調で言った。


「確かに我が国の食料自給率については問題があります」


 口を開いたニーセトル公爵に、ルクンス大公爵とサクシス公爵以外は全員が意識を手放し石像と化した。


 ルクンス大公爵はそれを見て内心で笑う。

 十もの公爵家が集まりながら、三人の意向により決定されるとする、議会の秘密がここにあるからだ。

 よもや会議中にただ一人の存在感に圧倒されて意識を失ってしまうなど、外聞に晒すわけにもいかない。


 まさに生まれながらの若き皇帝。

 鷹のように鋭い赤い瞳に、息を呑むほど美しい茜色の髪と整った美貌。

 姿を、声を聞いただけで人々が頭を垂れてしまう存在感。

 絶対的に覆らない生物としての地位。


 それはルクンス自身が持ち合わせない、究極的な支配者としての才能の一つであろう。

 ニーセトルという人間の存在感が、なぜこれだけ威圧的に人々の心を捉えるのか。それを調べれば意外と良い国益に通じるかも知れないという、場にそぐわない内心が表の顔に出てしまったのだろうか、ルクンス大公爵が気が付くと、ニーセトル公爵とサクシス公爵の両名から鋭い視線を突きつけられていた。

 そして彼はいつものようにそれを飄々と受け流した。


 仕切り直すようにニーセトル公爵は言った。


「ご存知のとおり、我が国の食料生産はジストック領内でほとんど行われております。しかし、国土遥か東方に位置するジクノルダンゼル、大火山帯の影響によって収穫が左右される側面を有しており、安定的な生産と供給は困難であると言わざるを得ない現状です」

「儂のスーザット地方は鉱山地帯。かろうじて自給できる食料は地下生物の肉とキノコの類ばかり。頼みの綱は、ここを経由して入る食料。ということになる、不本意ながらな」


 サクシス公爵の岩のような顔に、ようやく人間らしい獰猛な笑みが浮かんだ。


 スーセキノークからのトンネルが完成する遥か以前に遡るが、鉱山地帯であるスーザット地方は戦が絶えない土地柄であった。鉱山から産出される豊富な魔法石や貴金属を背景に、数少ない食料を他国から奪ってくるのが一番簡単な手段であったのだ。

 そういった土地柄であったためか、トンネルが完成した以後も極めて好戦的な人種がスーザット地方には集まっており、彼らの中にはクエイス公国からの独立を目指すものが少なからずいるとされている。


「外海挑戦は3度の失敗。内陸南下は食料を得るだけにしては損害が大きかったな」

「……全く」


 当事者のように語るルクンス大公爵を見て、サクシス公爵は嬉しそうに目を細めた。

 極秘である計画を当然のように把握していたルクンス大公爵への敬意、そしてそれを阻害しないだけの器量の深さと手の上で弄ばれているのではという不安が均衡し、久しく忘れた楽しさを感じたのだ。


 ニーセトル公爵はそれを聞いて少し首を傾げた。


「食料調達の優位性については、我が領内においても意見が分かれているところ。しかしながら、なんら貴領にとって圧となっていないはずだが」


 ジストック地方の食料生産は長きに渡る研鑽により近年は比較的安定しており、首都スーセキノークへは他国からの流通も日増しに盛んとなってきている。

 その主要街道の一つを一時的とはいえ破壊したのがスーザット地方の人々の意思とすれば、自らの首を絞める行為にほかならない。本来は自らの優位性を確保するため、ニーセトル公爵が治めるジストック領民が行ってしかるべき破壊行為であるからだ。


「ニーセトル公爵。これは損益でなく、彼の地に住まう者たちのプライドの問題だ」

「然り。独り立ちを目指す子供と同義でしょうな」


 ルクンス大公爵はそう言うと静かに失笑し、サクシス公爵も不遜な笑みを浮かべた。


「私には理解しかねます」


 独り立ちとは、誰の助けも借りずに自分ひとりの力で立つこと。

 視野の狭さを諭すべきか、世界の広さを示すべきか。

 極めて冷淡にニーセトル公爵はそれを切り捨てた。


 そんなくだらない者たちの野望のために、盗賊団だけでなくカザキの村が殲滅されたのだとすれば、平和主義のエイクウッド公爵が声を荒らげたのも当然だろう。そして一つの疑問がニーセトル公爵の中で生じた。


 ルクンス大公爵は極めて高度な情報収集能力を有している。鉱山地帯である遥か東方のスーザット地方。それよりさらに奥地で秘密裏に行われた無謀な挑戦を把握し、その結果すらも知っていた。ともすれば、カサギの村が殲滅されうることを事前に把握することも容易かったのではないか。


 ニーセトル公爵はこれまでの話を反芻する。

 ルクンス大公爵は言った。盗賊団のアジトを殲滅したのは正義か?と。

 サクシス公爵は言った。この件は自分に任せると。

 そして二人は厳かに静かに笑いあった。

 まるで二人の間でのみ通じる攻防が交わされたように。


 ニーセトル公爵は静かに瞳を閉じて考えた。

 他公爵が知りえないカードがひとつだけある。それが、アソルからの請求書であった。あれには、何かの建築費用が付け加えられており、修繕でなく建築とあったので、そこまで被害があったのかと当時は考えたものだが、ここに来てそれらが線となって繋がった。もし、敵を騙すならまず見方からという腹黒いルクンス大公爵のような人間がもう一人、交易の街アソルに揃った場合、その情報操作を看破するのは不可能だろう。しかし、それと同時に分かりやすいシグナルを自分に対して発していたとしたら……。

 込められた意味に早めに気が付くべきであったと浅く息を吐いた。


 件の建築費用が人々の住まう家だとすれば、ルクンス大公爵は赤の団の暴走を事前に予知し、カサギの村の人々を極めて秘密裏に交易の街アソルへ退避させていたということだろう。ホノカを監視させていた、ニーセトル公爵の間者すらも欺いてである。


 そして、結果的にルクンス大公爵はカザキの“村”を一つ切り捨てた。

 最低限助けられる村に住まう人々の命は救ったが、流石に敵対する盗賊団までは手に負えなかった。というところだろう。

 サクシス公爵が街道での一件を自身に任せたということは、表面上のアサギの村と盗賊団を殲滅することで何かしらの目的が達成されたと見るべきだろうか、否、その目的自体をサクシス公爵が関知している訳では無いようにも思える。


 ここに来てようやくルクンス大公爵とサクシス公爵に続いて、ニーセトル公爵も比較的正しいスタートへ立ち並んだ。


 ルクンス大公爵は言った。


「まったくもって厳しい世の中ばかり突きつけられる。これはあまり面白くない類のものだ」

「長く生きていますとな、それが何よりの刺激になることもございます」


 極めて無表情に語るサクシス公爵の言葉を聞いて、ルクンス大公爵は目を細めた。

 混沌に沈む暗闇の中を猛スピードで駆け抜けていくような先の見えない未来を垣間見たのだ。それはこの場における国家の暴走ということになる。


「無駄な人死には短期的な国力低下につながる。バラクには次はないと警告しておけ」


 無機質、かつ事務的な口調でニーセトル公爵は言い切った。


 ルクンス大公爵、サクシス公爵、ニーセトル公爵。


 おそらくこの三名の中で最も非情な者をあげるなら、ニーセトル公爵と誰もが口を揃えて言うだろう。国家優先主義といえば聞こえがいいが、正確にはニーセトル公爵が思い描く国家が優先となっているに過ぎず、幸いなことにそれが偶然にも現在のクエイス公国にリンクしているに過ぎない。


 ルクンス大公爵の赤色に澄んだ瞳が始めて静かに揺れた。それが警告以上の危険なものであると予知したからだ。むろん、その場に座るサクシス公爵も同様である。だからこそ、街道の全てをニーセトル公爵に無条件で明け渡したのだ。事実、サクシス公爵は釈明しないが、そもそもの赤の団の横暴は命じていたことではない。


 スタートラインとは、互が互いに何者かの存在を把握したということ。


 ルクンス大公爵の情報網を掻い潜る人物であること。

 サクシス公爵はそれを眺めて傍観すると決めたこと。

 ニーセトル公爵は害となるならば戦うと決めたこと。


 あらゆる人々の感情が渦巻く混迷のうちに、武舞大会開催まで10日を切った出来事であった。



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