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クロイツと風の精霊  作者: 志染
46/47

第四十四話 逃亡中?

 ホノカに連れられてたどり着いた店は、胡散臭げな中世風の建物だった。

 この付近の建物は大体が石を用いて作られているのに対して、その中であえて木を使っているところが、妙なこだわりを持つ店であることを容易に予想させる。

 服屋といえばふつう何軒かの店と集まっているものと思っていたが、この服屋は奥まった路地の奥にひっそりと佇んでいた。そんな立地にあるせいか、近くに見える人影もまばらで、クロイツはようやくそこで一息ついた。


 ホノカがお忍びで訪れている店だと聞けば何となく納得してしまうこの店は、パッと見は規模こそ小さいが隠れ名店といった印象をうける店だった。良心的な店であるのだろうが、よく見れば入口からして天然の木を無理矢理はめ込んだように歪んでおり、手作り感を通り越してはりぼて感が否めない。入口からはいると店の中は服を見るにしては薄暗く、天井から点々とぶら下がっている六角柱の魔鉱石が頼りなさげに瞬いていた。ようやく暗闇に目がなれると、店内にならぶ服が目に入る。旅人が着れそうな単色系のシンプルなデザインの服から、二色柄が入ったクエイス公国人が好んで着ているような服まで、そこそこ種類も多いようだ。少しひんやりとした店の中には、独特のお香の香りが漂っている。


 どことなく魔女の通う店のようだと思ったわけだが、幸いなことに店に置かれている商品にドクロやミイラなどの怪しげなものは見合当たらなかった。ちょっとばかり何か期待していた自分に気が付き、クロイツは自らを戒めた。


「さっさと選んで街の観光行くかな」


 クロイツは店を見渡すと、とりあえず帽子棚にあった麦わら帽子を持ち上げた。さわり心地は少し硬いが、作りはとっかかりもなく滑らかで、一つ一つ丁寧編みこまれているものだ。ぴったりと傍に寄り添う少女にとてもよく似合う気がする。


「ポルはこれなんてどうかな」

「ん……」


 ポルは無表情に麦わら帽子を受け取ると、柔らかそうなキツネの耳を折り曲げるようにしながらかぶってくれた。クロイツは心の中で叫ぶ。

 

『イエス! キツネ耳に麦わら帽子って鉄板だって分かってた』


 興奮したクロイツの心の叫びに対して、冷静なキュアラの意見が交わされる。


『クロイツさん。尻尾はどうするんですか?』

『む、それはどうするか考えてなかった』


 ふわりふわりと上下するポルの尻尾。思わず触りたくなる代物が残っていた。


「そうだな……」


 これは深刻な問題だ。彼女のかわいさを残しつつも目立たないようにしなければならない。これは相反する二つを同時に両立しろと言っているようなものだろう。

 

「確かに、でも……これはこのままでいいんじゃないかな?」


 当初の目的は目立たなくすることである。しかし、亜人であることをそこまで隠す必要があるのだろうか? と思った時だった。


「«こっちの薄紅色の花柄スカートはどうだろう? 腰に尻尾を巻くようにすればオシャレだと思うよ»」


 ラジオのチューニングが合っていないような男の声が背後からして、クロイツは振り返った。


 そこには人の形をしたカカシがいた。丸く白い球状の頭には緑色のガラスをはめ込んだような目があり、布を適当に縫い合わせたような、落書きをしたような口があった。耳もなく、不釣り合いな尖った帽子をかぶっていた。首は細長く、体は肩の幅が分からないくらい滑らかに胴へとつながっており、本来腕があると思われる場所から無機質的な機械を思わせる細長い茶色い腕が伸びていた。伸びた手には手袋のようなものをしていて、無駄に精巧な金色の文字が刺繍されているのが見て取れる。


 カカシは滑らかな動きで店の奥から出てくるところであったが、クロイツの足は無意識に後ろへと下がった。


「お久しぶりねエナさん」


 ホノカが普段通りの様子でカカシに近づいていく。意外とカカシは大きい。胴体の上だけでもホノカと同じ背丈はあった。

 ルシャも少し驚いた表情をしているので、異世界でもやはり珍しい人? であるのは間違いなさそうだ。

 カカシ改めエナは驚いた声を上げた。


「«ホノカさん? ホノカさん! なーんだ本当に久しぶりだ。どうしたの……(その赤い髪は)?»」


 不思議そうに首を傾けるカカシのエナ。いかにも人間らしい動きにクロイツは驚きを押し殺して見つめたが、彼の言わんとしたことは何となく察っすることができた。


「いろいろあってね、また今度話すわ。それより友達を連れてきたの。街を歩くのに目立たないのを頼むわ」

「«んー、なるほどね。そうですか。そうですか»」


 カカシは何度かうなずいた。二重にぐぐもった声が球状の頭から嬉しそうに響く。その声を聞いてクロイツは思い出していた。ああ、そうか。カカシの声にどこか聞き覚えがあると思えば、科学イベント系の会場にいるようなロボットの音声に似ているのだ……と。


「«ホノカさんの友達ですか、珍しい黒髪の男の子に亜人のキツネ子。麗しい銀髪の令嬢はルーティア王国出身かな?»」


 カカシがこっちにおいでと手招きしてくる。長い手足が妙に滑らかに動くので、童話に出てくる極悪な魔女が、がりがりの細腕でかわいらしい子供たちを手招きしている場面が目に浮かんだ。

 おずおずとではあるが、勧められるままにクロイツたちは店の奥にある椅子に腰かけた。


「あの……一ついいかな?」

「エナさんが人間なのか? って質問なら答えはイエスよ」


 ホノカがつんと澄ましたような顔であっさりと答えたので、クロイツはホノカを睨んだ。先に説明しとけという気持ちをその視線に込めておく。

 カカシは笑う。


「«僕の名前はエナザルドヌーイと申します。長いのでエナと呼んでください。ここで服屋を営んでいるカカシですよ»」

「……自分でカカシって笑われてもな」

「«確かに恰好は少し変わっているかな。おかげで店に来てくれる人は少ないですが、品質には自信がありますよ»」

「まぁ、なんとなく……それは分かります」


 どの服もオーダーメイドのようだが、よく作られていた。街の中を歩くにしても、良い意味で目立ちそうだ。


「エナさんはスーセキノークでも屈指の服屋なの。ちょっと風貌が珍しいくらいが特徴かしらね?」

「«そう言ってもらえるとうれしい限りです»」


 彼がカカシの姿をしていることにも、こんな奥まった場所に店があることも理由があるのかもしれない。


「«こうして友達を連れてくるなんてねぇ。友達ね»」

「何か言いたいことある? 燃やすわよ」

「«よく燃えそうです»」


 カカシのエナさんが壁の戸棚へと手を伸ばす。腕は予想以上に細長かった。座ったままでも二メートルは離れているであろう戸棚から、白色のピンクの花が描かれたポットを取り出し、お湯を注いでいく。紅茶の香りが店に広がった。


「«便利なんですよ»」

 

 自慢するような声だった。









○●○●○●







「ルシャには白のレースが入っているほうがいいかしら」


 いつにも増して真剣な表情をした赤髪赤瞳の少女が店内で唸っていた。


「ホノカ。少しこの服はちょっと」


 銀髪碧眼の少女が、着慣れていないであろうスカートを撫で付け抑えながら、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 普段は素朴な旅衣装に隠され見ることのできない、穢れのない、しなやかな白い太ももが見え隠れしている。


 クロイツの視線は先ほどから宙を彷徨いつつ、珍しい光景を脳裏に焼き付けていた。


「んーなかなか決まらないのよね、ルシャの銀色の髪って珍しいからかしら、ね?」

「«なかなかクエイス公国では無い色ですから。でもいろいろ試せて面白いですよ»」

「それもそうね」

「……」


 無言のルシャを囲みながらホノカと楽しそうに話しているカカシのエナザルドヌーイ。

 クロイツは彼のことをカカシのエナさんと呼ぶことにした。


 今の状況をわかりやすく説明すれば、ルシャの姿に合う服がなかなか見つからず、気が付けばルシャのファッションショーとなったというわけだ。


 ルシャが少し涙ぐんでいる気がするし、助けてくれ……という分かりやすい視線を送ってきているが、クロイツはさらりとそれを無視していた。


 ファッションショーが始まってまだ30分程度。着せ替え人形のようにさせられていると思えば少し哀れだが、そもそもルシャにはそういったファッションというものが希薄なのだ。

 だからこそ、心を鬼にしてそういった知識も吸収して欲しいわけで、そんなわけで、本当のことを言えば今のルシャがちょっぴりかわいらしく思えたので、少しだけ悪ノリ中だ。


『カカシのエナさんの趣味だったのか……』


 クロイツが異世界に来て初めて思った疑問が一つ解決されていた。

 それは、ホノカが最初であった時に来ていた服装についてである。

 思い返してみるとホノカと交易の街アソルで出会ったときに、白と黒を基調にした、上品そうな学校に通っているお嬢様風のブレザー服を着ていた。


 聞けば、やはりこちらにも学校というものがあるそうで、よくあるような魔法学校という場所がいくつかあるらしい。

 ホノカ曰く、残念ながらホノカ自身は貴族であったため、そういった魔法学校へはあまり行くことが出来なかった。教養の多くはグレオート(現在進行形でクロイツたちを追っているはずの苦労人)に直接指導をうけていたそうだが、それでも名目上は入学していたとされていた魔法学校には、指定された制服というものはあったらしい。

 普段外で着るようなものではないそうだが、ホノカはおそらく学校に行きたかったのだろう。私服でも着ていた……ということっぽい。


 つまり、何が言いたいかといえば、この店には“今どき女子高生のブレザー服”があったということだ。

 てっきりホノカがお嬢様特権を駆使して作らせた一点ものかと思っていたが、なんてことはない庶民着としてもOKらしい。日本で言うところの和服に近い扱いなのかもしれない。


 現在ルシャが着させられているのは清楚な白地に黒色の三本線が入ったもので、碧瞳に合わせた青いスカーフを特徴的としたシンプルなものだ。

 これはブレザーではなくセーラー服に分類されるだろう。


「なぁ、クロイツ」


 もじもじとしながら、羞恥に顔を染めたルシャがクロイツの裾を引っ張ってきた。思わず嗜虐的(サディスティック)な自分を意識せずにはいられない光景である。


「ど、どうした?」

「これでは逆に目立つ気がするんだが、どうだろうか?」

「……ふむふむ。なるほど」


 クロイツは、本来の目的を思い出そうとした。そもそも、街の中を自由に散策出来るように極力目立たない服を買いに来ていたはずなのだ。不覚にもホノカとカカシのエナさんのペースに流されてしまっていた。この姿で外を出れば、まず間違いなく街に混乱が起こるに違いない。

 正直に言えば二人とも遊んでいるだけなのだが、クロイツはその言葉を飲み込んだ。自分も共犯だからだ。


 だが、一言だけ言わせて欲しい。


「ルシャ、最後にこれも……頼む!!」


 明るめの紫を基調としながらも白と黒のラインによって落ち着きを持たせたチェック柄のスカートに黒のオーバーニーソックス。上は白を基調とした二連ボタンに、脇腹から背にかけて伸びる黒色のワンポイントリボン。襟首から後ろにかけてはスカートと同じく紫の生地に白のシンプルなラインがはいったもので、それらのすべてのバランスを整えるのは、胸元を添える赤のスカーフ。おまけに髪はすらりとおろした感じで………………。


 快活な中にも落ち着きがあり、思わず抱きしめたくなる可愛さと美しさ。という感動と同時に訪れたこの喪失感はなんだろう………………。

 

「«良い趣味をしてますね»」


 カカシのエナさんの優しい声がいつまでも、いつまでも耳に残った。









○●○●○●








 結局服はシンプルなものを選んだ。街を歩くのに無難なものだ。左右を見渡しても同じような服の女性を見るようなありふれたものだ。

 まぁ、だからこそ素朴な旅衣装よりおしゃれになっているわけで………………あまり服に関して目立つ云々は変わらなかった気がする。

 今更ながら自分の黒髪が目立っていた要素の一つだったかとか、亜人が予想以上に街で受けられていないと気がついても遅いかもしれない。下手に帽子で隠そうとしていても、違和感はぬぐえない。そうなれば、被り物でもしない限り隠せるレベルではないだろう。そもそもパーティに問題があるのだから改善しようがない。


「……変わらないな?」

「そうだな」

「目立ってるわね」

「……」


 クロイツの言葉にルシャは素直に肯定し、ホノカはあきらめていた。ポルはいつも通り気にしていないようだ。


 そしてさらに、新たな問題が目の前で発生していた。


「はっはっは、少年! いい趣味してるね~」

 

 爛々と金色の瞳を輝かせた赤色ショートヘアの謎の女性が目の前に立ちはだかった時点で、トラブルには飽きないなと思えた。

 辺りの人間がなんだなんだ? と振り返るほどの声で楽しそうにケタケタと笑っている。遠巻きに見れば面白い女性かもしれないが、対峙してる側は最悪だった。


 そもそも、自分を青年でなく少年というくらいだから、自分よりは幾分年上の女性であるはずだが、それでもお姉さんと呼ぶか少女と呼ぶかは微妙なところだ。柔らかそうな顔立ちに、彩度が明るめながらも落ち着いた感じの赤いショートヘア。白い小さな花飾りが取り付けられたベレー帽のようなものをかぶっており、服は茶色に白いレースがついたような服を着ていた。


 赤髪の女性は満足げに笑みを浮かべている。おそらく天性として目立つのが好きなのだと思った。


「ちょっとフウ。困ってるでしょ?」


 赤髪の女性を、青色の長い髪をもった女性が眉を釣り上げながら小突いた。


 申し訳ありませんと丁寧に謝ってくる青い髪をした女性は、すっとした顔立ちをしており、赤髪女性と同じく金色の瞳をしていた。

 赤髪女性がボーイッシュ系とするならば、青髪女性は美しいお姉さま系といったところで、緑の上衣にレースの入った白いスカート。青い宝石のペンダントが胸の谷間に乗っかり思わず目を奪われるが、エロスを超越した自然さが全身から溢れていた。


 カジュアルな服装をした二人は、クエイス公国らしくはないが、センスが良い服装をしている。


「私の名前はフウ。で、アトラね。よろしく」


 赤髪の少女は元気な声でそういうと、クロイツの手を取り勢い良く上下に揺すった。

 アトラと呼ばれた青い髪の女性が、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべていった。

 

「フウ? 相手がすっごい驚いてるから」 


 その様子をクロイツは第三者的な視点で把握していたわけだが、ふと我にかえった。残念ながら当事者なようだ。そして本当に、軽く現実逃避してしまったくらい驚いている。


「……クロイツです。よろしく? あなたがたは?」


 何とか絞りだした声が少しかすれた。


「ふむ。大分混乱しているようだね。仕方ない。簡潔明瞭に私たちの説明が必要だね。っとその前に、ホノカだよね? 久しぶりー」


 ニパ。という効果音が聞こえそうな笑顔を見せたフウに、ホノカが顔を伏せて答えた。


「フウも元気そうね。こんなところで会うなんて思わなかったわ」


 非常に無念そうな声だ。とクロイツは思った。


「だってしょうがないんよ? アトラが斯く斯く然然でね、武舞大会で忙しいこの時に謹慎もらって、さらに斯く斯く然然というわけよ。80%くらいはあなたのお兄さんのせいだと思うんだけどね」

「さすがに情報が早いわね。当然かもしれないけど……お兄様が聞いたら泣きそうね」

「ブラコンのホノカにまさかとは思ったけど、本気みたいだね。婚約解消の噂も一部では大々的に盛り上がってるよ。幸せな顔してさぁ。このぉ幸せ者!!」

「それ以上何か話すなら……ここで消すわ」


 ゴゴゴという音がホノカから聞こえる気がする。顔は伏せたままだが、ホノカが低い声で何かを呟き舌打ちしたのを聞き逃さなかった。とりあえず、ここら一帯が焼失するのは避けたいところだ。


「私はフウ、ホノカの友達だよヨロシクー」

「初めましてアトラです。クロイツさんたちには申し訳ありませんが、少し場所を移動しましょうか?」


 久しぶりの良識人のアトラに和みつつ、クロイツたちは彼女のあとについて行った。

 








○●○●○●








「整備ついでに服も買いに来たよー」

「いつもすみません、入りますねー」


 フウとアトラが店へと入っていく。


「«いらっしゃい»」


 のんびりとした声が店の奥から聞こえる。のそりとした動きで、カカシのエナさんが奥から出てきた。


「街の観光が……出来ない」


 店の外でクロイツはそう呻き、ホノカはため息をついた。


「アトラはちゃきちゃきと服選んでて~メンテは私がしとくから」

「“ソーディア”の“核”には触らないでね」

「わかってるって、エナさんどっか調子悪いとこある?」

「そうだね、足を見てもらっていいかな」

「ほいな」


 クロイツたちが見つめる中、赤色ショートヘアのフウが、カカシのエナさんの足を掴んで……バキッ。


「……折れた」


 久しぶりにポルがつぶやいた気がする。クロイツはそれがあくまでメンテナンスであるはずだと思いこむようにした。


「ごめん。折れちゃった」

「おぉい」


 思わずフウに手刀をいれそうになり、まだ出会って数分でそれはあまりにも失礼かと思い直し我慢する。


「ホノカ、アレは大丈夫なのか?」


 ツッコミを我慢したクロイツに対して、ホノカは真顔でフウを見ていた。


「あの子は天然に見えるけど、全部演技よ。からかってるだけ。不本意ながら壊したのは壊す必要があったからでしょ。フウが壊したということは必ず元通り治せるの。見た目とは違ってクエイス公国の火を司る天将でもあるし、……クエイス公国十騎士の一人なんだもの。大丈夫。ちなみにいっとくと、あっちでルシャと服を選んでるアトラも水を司る天将で十騎士のひとりだから……あっちは極度の天然だから気を付けることね」


 ホノカの言葉に、クロイツは少し目を見開いた。目の前では、もうばらすのぉーと、フウがつまらなそうに顔を膨らませている。

 驚いたつもりでいたが、いきなり言われても正直よく理解できていなかった。


「まぁ、遊んでても仕方がないか。ちょっとそっち持ってて」

「こ、これでいいのか?」


 フウに言われて、クロイツはカカシのエナさんの足を掴んだ。彼女がクエイス公国火天将で、クエイス公国十騎士って結構すごいんじゃないか? とホノカの言葉を反芻する。正直に言えば、目の前にはエナさんの足を勢い余ってへし折ったイケイケな少女がいるようにしか見えない。ぶっちゃけ折らなくてもできたような気がする。


 エナさんの足は予想通り木でできていた。単純に直線的なものではなく、人間の骨格のように湾曲して作られており、木の中心にはパスタが通りそうな程度の小さな穴があいている。よく見れば、へし折れた木の穴からは、透明な細い繊維のようなものが、数十本ほどのぞいて見えてた。

 クロイツの顔がもの珍しそうに見えたのか、フウが言った。


「骨格を動かすのは私たちが“ソーディア”と呼んでいるこの透明な繊維質の糸なんだよ。クエイス公国ではまだ珍しものだけど、初めて見たかな? この糸が各部に内蔵されていて、魔力に応じて伸縮すよう用に設定されているの。材質はアルノード共和国にある“ソー”と呼ばれるクリスタルを“ディナール水”と呼ばれる液体にいれて加圧しながら混ぜて作るんだ。もちろんエナさんのこの糸は私たちが特別に調合した結晶粉末を入れているんだけどね。そのおかげで魔力を通すとソーが互いに共鳴して、距離をとったり近づいたりするってわけ。例えるなら、魔力で動く筋肉っていったところだね」 

「魔力ってそんな風にも使えるのか」

「結構新しい技術ではあるわけだけど、そこが難しいところでね。まだまだ問題もあるわけなのだよ。少年」


 フウがどこからともなく取り出したのは、見るからに魔法の杖だった。先端には成長した水晶石の先端部を切り取ってきたような、シンプルな形をした赤い結晶の塊がついていた。


「魔装具?」

「正確には違うねェ。私はアルノード共和国の者だから。こことは魔法に対する根本的に考え方が違うのだ」


 ここ、とはクエイス公国ということだろうか? クロイツの疑問をよそに、フウは手際よく作業を進めていく。フウが手に持った杖を振ると、先端の結晶が赤い光を放ちながら輝き始めた。杖がソーディアとよばれる透明な糸に触れると、糸が意志を持ったようにスルリと出てきた。糸の端が結晶に張り付き、重力に逆らうように天井へと伸びて、海にある海藻のように波打ち淡白く発光していく。


「やっぱ分布にバラつきが、……過剰に負荷がかかるとこうしてたまに切れるんだよ」


 天井へと伸びる光の糸のなかで、少し黒ずんで見える一本を指ではじき出しながら、フウは呟いた。


「なんか科学的だな」

「結晶を作り出すのは得意なんだけど、加工は得意じゃなくてね」

「分布がうまくいかないって話だっけ? うまく分散してないってこと?」

「分散という言葉を理解しているおぬしは何者なのだぁ」

「一応設定では、工学部の学生だったはず。その程度は当然解る」

「設定?」


 不思議そうな顔をしながらも、フウはよどみなく手を動かしていく。小瓶に入った透明な青い液体を取り出し、その中に黒ずんだ糸を入れてよく振っていくと、透明な糸が次第に溶け始めていき、すべて溶けたところで今度は透明な結晶で出来たストローを取り出した。それを小瓶の底に近づけると、今度は小瓶の底はがぐにゃりと曲がって、ガラス細工でつないだようにストローが突き刺ささった。何のマジックだ。とツッコミを入れるより早く、透明なストローを通って出てきた青い液体が空気中に出てくる。出ると同時に透明な筋となって伸びていった。


「直してもしばらく使わないと分からないんだよ。これがさ。寿命もまちまちで難しいんだ」


 杖の赤い結晶に張り付いた透明な糸を、折れたエナさんの足へと戻していく。糸は再び意志を持ったように戻っていき、折れた場所に透明な色がつながっている最初の状態になった。あとは木を治す必要があるわけだがこれはどうするのだろうか。


「“メアテ”」


 彼女が言葉をつぶやくと、魔法の杖の先にある赤い結晶から火が起こり、折れた場所に飲み込んで燃え上がった。楽しそうに燃え上がる炎が、薄暗いはずの店内を照らし出している。

 クロイツが何かを言い出そうとしたときには、火は何事もなかったのように消え去っていた。


「はぁ? ちょっ」


 折れていたはずの木も、なぜか元通りになっていた。


「«フウさんいつもありがとう»」


 いつものことなのか、カカシのエナさんは普通にお礼を言っている。


「なぜだ……」

「魔法とは心なのじゃよ。少年」 


 ぽんぽんと肩に置かれた手が素直にうっとうしいと思えた。









○●○●○●









「やっぱ賑やかな街だな……」

   

 武舞大会が年に一度の祭りというだけあって、人通りが多い場所に行くと出店も多い。呼び込みをする声のおかげで、通りはいっそう賑やかに思えた。

 横を歩くフウがそりゃそうだと得意げに頷く。


「クエイス公国のお祭りっていえば、武舞大会が真っ先に思い浮かぶからね。そういえば少年は参加するの?」

「俺は参加しないけど、ルシャは出るよ。応援してる合間に、クエイス公国を見て回ろうと思ってるところだけどね」

「遊び回る気満々だね? いやいや、応援しているよお姉さんは。でも、女遊びはほどほどにしないとねぇ」


 何やらノリノリで喚いているフウを、クロイツは今度こそ躊躇いのない手刀を脳天に叩き込み黙らせた。グエッという声を上げてぐたっとしたフウ。ようやく振り下ろすべきところに振り下ろせた手刀の快感に、クロイツは思わず顔がほころんだ。

 ふと視線に気が付きルシャを見れば、直前までこちらに向けていた視線を急いで外した。どことなく怒っているような横顔を見て、クロイツは少し反省した。自分はもちろん観光して楽しむことしか考えていなかったが、ルシャはそうではないのだ。彼女はこの地に戦いに来たのだ。真剣に戦おうとしている人の横で、安易に遊ぶことを考えている自分の配慮のなさを恥じた。物見遊山の自分とは違い、彼女が今回の大会にかける意気込みはおそらくクロイツが思う以上にあるはずなのだ。


「ルシャさんは参加登録をもう済ませたんですか?」

「参加登録? やはりあるんだな」


 アトラがのんびりと微笑んでルシャに話しかけた。どことなく固い声色のまま、ルシャは少し引き締まった表情見せた。


「武舞大会は初めてですよね? 大会に出るならまずは参加登録をしなければいけないんですよ。ギルドに入っていれば登録が簡単なんですけど……?」

「ギルドには入っていたはずだ。な、……クロイツ?」

「これだろ。たぶん」


 少し冷たい疑問の瞳をルシャから向けられて、クロイツは懐から手のひら大の青いカードを取り出した。

 交易の街アソルでカエル帽子のサエルさんから貰ってきたものである。詳しい説明はまったくされた覚えがない。


「それなら通り道にあるギルドに寄っていきましょうか。登録を先に済ませてしまいましょう」



 

 ギルドは巨大な岩壁をくり抜いて作らた建物であった。窓の数から考えるとちょうど三階建てくらいの高さがあるだろうか。規模は少し大きいが、ちょうどガード下の風景によく似ている。

 中に入ると天井は高く、窓をみると様々な色を加えたステンドグラスになっている。ところどころに石で削りだれた彫刻や壁には見たこともない古代文字のような彫り物がしてあって、貿易の街アソルにあったような野蛮な雰囲気はなく、むしろ、荘厳な教会のような雰囲気が建物を支配していた。


 ギルドもそれなりに盛況のようで、部屋の中央に置かれているクエスト用の掲示板には強そうな武装をした人々の人だかりができている。受付のカウンターには、数名の受付がいるが、その中の一人である赤髪の妙齢の美しいお姉さんには多くの行列ができていて、それ以外は空いていた。気持ちはわからんでもないが、分かりやすい世の中である。


 その受付の中でもさらに暇そうな、ボサボサとした赤髪にメガネをかけた受付の青年に、クロイツは声をかけた。


「こんにちは。ギルド“アイドの心臓”へようこそ。」


 意外にもハキハキとした声に、ちょっと感動を覚える。


「初めまして、武舞大会の登録ってここで出来ますか?」

「少々お待ちくださいね」


 青色のギルドカードを手渡す。受付のメガネ青年が、カードを認証装置のようなものにかざすとブーンと振動音が聞こえ、空中に光の文字が浮かび上がった。


「……………………このカード最近登録されましたよね?」

「……嫌な予感ですか?」

「Bランクの登録がされているのですが、偽造したのがバレバレで……いや、正規であるのは判ります。ただそれが自慢するかのようで、正直すぎるなぁと思いまして。目玉として特記されている……謎の火炎事件解決ってなんですか?」


 あのカエル幼女に任せた時点でなんとなく予想は出来てた。問題ない。想定の範囲内。

 それにしても火炎事件は懐かしい。あの時は判断を誤ったら死んでいた。今、ちょうどこんな感じで背後で吠えているホノカが、怒りと羞恥から繰り出した技だったっけ。


「適当に修正お願いします。ランクとかもうどうでもいいんで……作り直してもらってもいいです」


 背後から熱風が届いたが、クロイツは一切振り返らなかった。


「……なるほど火炎事件ですね。少々お待ちください」


 少し呆然とした青年は、あきらめたように首を傾げた後、作業に取り掛かった。

 青年の周りに青色の文字で書かれた小さな魔法陣が幾重にも重なっては消えていく。何をしているかはわからないが、青いカードのデータを書き換えているということだろうか。パソコンでの処理よりよっぽど高度な技術が行われていると思える。カエル帽子のサエルさんもこんな難しいことをやってたのかな……なんて思うと、ちょっとくらい雑になってても仕方がないかと思えてくるのが不思議だ。


「基礎だけはよくできてたので、それを利用させてもらいました。Bランクまでの仕事経歴も時をさかのぼって書き加えておきましたよ」

「はぁ、ありがとうございます。でもいいんですか?」


 物事には意義というものがある。ギルドカードの価値は、それまで積み上げてきた経験を証明するものだ。それを簡単に偽造していいのかどうか疑問が残る。


「問題ないです。上の推薦というのはごくたまにあることなんですよ。しっかりとした実力があるならば、私は協力します。ギルドのためにも、人々のためにもなりますからね」


 ボサボサの頭を掻きながらメガネの青年は笑った。


「さて、パーティーの登録はクロイツさん、ルシャさん、ホノカさん、ポルさんとありましたが、参加の――?」

「私だ。ルシャで登録をお願いしたい」


 勢いよくルシャが詰め寄った。メガネの青年が勢いに押されてちょっと驚いた顔をしている。 


「……ルシャさんで登録ですね。総合部門、魔法部門、武術部門、魔工機械部門とありますが、どれにします?」


 そういえばクルクさんが魔工機械同士の戦いがあるといっていたような気がする。


「総合は魔法、剣術、魔工機械の各部門が混ざったものになります。魔法部門は魔法のみの攻撃が有効とされるもので、魔法で作り出した武器もここに含まれることになります。逆に武術は洗練された体術や現実にある武器を用いて戦うことになります。手で持てる武器までが扱える武器の対象となりますが、主に肉体強化の魔法をいかに合わせるかが重要となってくるでしょう。魔工機械部門は魔工機械同士の戦いです。その中でも、極力殺傷能力を抑えたと認められるもののみ、総合部門に入ることが出来るようになってます。あくまで武舞大会であるので、出来るだけ人が死ぬ自体は避けるように努力はされています。ただし、ケガをしてしまったり、最悪、命を落とす可能性もありますので、参加には覚悟をもってお願いします」


 クロイツとルシャは顔を見合わせた。


「ルシャの戦闘スタイルなら総合でいいと思うけど? メインっぽいし」

「そうだな。せっかくの機会だから、いろいろな相手と戦ってみたい」

「では総合部門ということで登録しておきますね。大会はまずは予選から始まります。参加数によって予選の日時が決定されますので、ギルドに足を運ぶようにしてください。大会用掲示板は向こうにあります。大会で使用されるシステム等、詳しい説明も記載されているので、必ず目を通しておいてくださいね」

 

 クロイツとルシャはお礼を言って受付を後にした。



「登録終わったぞー」 


 なんだかあっけなかったなぁと思いながら、クロイツ達はホノカとポルとフウとアトラが待っている場所まで戻ってきた。

 

「遅いっ!」


 不機嫌に眉を吊り上げているホノカ。奥を見れば焦げ臭い人間のような何かがいくつか横たわっている。ナムナム。


「やっぱギルドっていえば絡まれるのがお約束だもんな。それにしても、描写すら吹っ飛ばして突っ伏しているのも少し哀れだな……」

「あんたポルの守り役でしょ。目つけられて大変だったんだから。もーイライラする」


 よほど何かあったのだろう、ホノカが疲れたように肩で息をしている。


「さっさと次行くわよ。次」 


 ホノカを追って、クロイツたちはギルドを後にした。



~志染の戯言~

時間が空いてすいませんでした。



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