第四十二話 残心
残されていたのは、かつて栄華を誇った城の廃墟であった。
毎年美しい花で彩られていた城の園庭には灰色の石柱が無造作に倒れ、丹精に敷かれた石畳にはいたる所にひびが入り、合間からは緑の草が閑散と伸びている。
門から見える城壁は、まるで巨大なハンマーで打ち抜いたかのようにポッカリと穴が空き、その先に見えるのは原型を留めていない、城であったはずの瓦礫の山………………。
炎で焼かれ、黒味を帯びた瓦礫を避けるように中へ進むと、湿り気を帯びた風が瓦礫の間を通り抜け、まだ熱を持ったような焦げた香りが鼻に届き、目を細めた。
かつて、ここには暖かな光が差し込むきれいな回廊があった。使用人の住居を中庭でつなぎ、さらにこの中庭を列柱廊で囲んだもので、柱廊の様式、装飾彫刻など、砕かれた瓦礫から思い起こされる記憶が胸を締め付ける。
重厚な扉をくぐれば高い天井に真紅の絨毯があり、贅を凝らした部屋には大きなガラス窓と、机と本棚とベットと…………。
思い出から現実へ、脆く崩れた瓦礫に触れると、それらはたやすく砕け落ちた。
背後からカシャリカシャリと金属と石が触れ合う音がした。
振り返ると、白銀の甲冑に身を包み、真紅のマントを羽織った騎士がやってくるところだった。
「こんなところまでついてくるとは」
声をかけると騎士は苦笑する。
「仕事でなければ邪魔したくはなかったものだが……………………」
「ふふ、見張り役も大変だ」
騎士と対峙しながら、瓦礫にもたれかかる。
「気を使ってもらう必要もない。その資格もない」
日がかげり、瓦礫に出来た陰をより暗く落とし込んでいく。
「こうして廃墟を背にしていると、すべてはいずれ滅ぶものなんだと感じることができる。人も魔獣も、自然でさえも、生き物は等しく死ぬし、死ねば体は滅びる。城ですらこうして瓦礫になれば、ゆっくりと風化していく……。あとは人々の記憶に残らなくなれば、国が死ぬということなんだろう。それを思うとたまらなく切なくなる………………世界でさえもそうなのかもしれない」
騎士は言葉をかけようとして思いとどまったのか、差し出そうとした手をカシャリとおろした。
「人はそれを守りたいと思うのか、壊したいと思うのか、守るのが騎士の役目か?」
「――従うのが騎士だ」
「実にいい答えだ。楽をしているだけに思えるが……」
その言葉に、騎士は彫刻のように動かなくなってしまった。
「背負っているもの――信念がなければ人は動けない」
背に感じる瓦礫の冷たさが、心地よく心臓に伝わる。
「……この先に“マクスウェルの光”があらんことを」
瞳を閉じて思う。滅びの先の、その答えを……。
○●○●○●
こげ茶色の岩石から、黒色を帯びた岩石へ。
渓谷の港アンプから迷路のようにそそり立ち水路を形成していた岩肌は、次第にその様子を変え、なだらかな山並みへと移り変わった。イナート川はそんな山と山の間をゆったりと流れている。
見渡せるようになった山々の奥には、さらに標高の高い山々が峰を連ね、広大な大自然の中で自らの存在が、いかにちっぽけなものかを思い知らせてくれる。雲の合間から太陽の日差しがこぼれ、空気にある水蒸気に反射している。やわらかな光の帯が山や川に降り注ぎ、世界が美しく光って見える。
今まで緑が希薄だった大地に、少しずつだが植物が垣間見えるようになり、動物の姿もちらほら見えるようになってきた。
「ホノカ、あれは?」
フーネの甲板にのんびりと寝そべり、日光浴をしていたクロイツはホノカに問いかけた。傍らにはホノカとポルが同じく寝そべっている。
山間の緑に見えた白い群れ。
羊なのだろうか、真っ白で、妙にまん丸な綿毛の体型をしており、つぶらな瞳を持っている。歩けばポコポコとした効果音が聞こえてきそうなほどのんきそうだ。
「“キルク”という生物よ。あの綿のような毛は高級素材なの。スーセキノークの服はキルグの毛から作られてるわ」
「へぇ、やっぱり野生?」
「そうね。このあたりはまだスーセキノークから少し遠いし……でも、あれだけの群れでいるってことは、放牧している人がいるのかも。今年は暖かいから」
「やっぱ冬になると寒いんだ」
「冬になればこのあたりは一面雪と氷で覆われてしまうの。スーセキノークがある首都あたりは雪も少ないし、地熱があるから暮らしやすいんだけど。主要な鉱山が地下でつながっているってのもそういうわけよ」
「地熱ってことは温泉もいっぱいあったり?」
「それはいけば分かることよ。このままのペースなら明日の朝には余裕で到着するわ」
楽しみにしていなさいと自信満々な笑みをホノカは見せた。
ルシャにしろホノカにしろ、スーセキノークの情報をあまりクロイツに教えてくれない。
それほど楽しみにしておけということなのだろう。
まぁ、温泉は絶対あるという確信は得たわけだが、武舞大会の期間を使って温泉制覇も悪くはない。
午前中の魔法訓練に続いて、午後はグレオートによる剣術訓練が始まった。
フーネの甲板は広くはないが、魔法を使用しない剣術の稽古程度は余裕で出来る広さがある。
「ハッ」
気合の入った掛け声と共に、横になぎ払われ、青い閃光の尾を引いたルシャの水棒が頭上を通り過ぎた
ついで、繰り返される攻撃を必死にバックステップで円を描きながらかわしていく。
いつもとはちがい、風の鎧を纏っていないので、これは完全にクロイツの身体能力によるものである。
となれば攻撃が当たれば非常に痛いので、いつも以上の集中力で、クロイツはルシャを見ていた。
グレオートがクロイツに教えてくれたことは一点のみ、間合いを極めろというものであった。
魔法や武器の射程を正確に読み取り、相手の射程の少し外で攻撃をかわしていく。
あらゆる戦闘において、間合いは非常に重要なものである。
当然、攻撃が当たらなければ傷を負うことがないし、技をかけられることもない。
対峙しながらも相手を観察していれば、特定のパターンが見えてくることもある。ともすれば、その合間に攻撃をすればいい。理想はそうであるはずだ。
ただ、ルシャのすばやい動きの前に、風の鎧を纏っていないクロイツの動きなど、ただの殴られるだけのサンドバックに等しい。
それでも幾度とない攻撃を受けて、学び、ようやく辛うじてかわせるようになったのは、間合いを注意して取っているからだろう。やれば出来るものである。間合いが遠すぎて、こちらからも攻撃できないが……。
そこで一矢報いようと思い立ち、ルシャの左上から振り下ろされる斬撃を、前に出ながら右に流し、木刀を手の甲めがけて打ち下ろすと、思いのほかバシリとあたり、ルシャは顔を少しゆがめて手にした剣を落とした。
グレオートが声を張り上げる。
「それまで!」
「クロイツもう一回だ!」
ルシャは短刀をすぐさま拾いなおすと、再び構えを取った。顔が悔しさでゆがんで見える。
数十回の内のまぐれ当たりであるはずだが、剣術だけは負けないと思っていた彼女の自尊心を激しく傷つけてしまったようだ。
こちらとしても、これほどすんなり攻撃が当たると思わなかったので、少々びっくりだったわけだが……。
「ふむ。間合いはつかんできたようだな」
「数十回もボコボコにされればさすがに」
クロイツは苦笑した。間合いというより、攻撃パターンとも言うが、上手く決まったものであった。
「クロイツ、もう一回だ!」
「まぁ、ルシャ殿」
いきり立つルシャをグレオートが制した。
「ルシャ殿。見て学ばれよ。いくぞ!」
ルシャに代わりゆったりと木剣を構えたグレオートに、ルシャは大人しく引き下がった。
グレオートが剣をかまえるのはじめて見たかもしれない。
古武術風の服に身を包み、木剣を頭の上に構えた上段の構え。一刀両断、一撃必殺なのだろうか。
師範という言葉が自然と頭に浮かんでしまう。
武舞大会を優勝したことがあるというのは伊達ではないらしい。対峙して分かる威圧感と覇気が伝わってくる。
「おまえは間合いをしっかりとることだけ考えろ」
一振り、二振り……。
ルシャよりも明らかに遅い動きに、クロイツは思わず笑みを浮かべた。修行による成果がうれしかった。しかし、
バンッ……
気がついたときには頭が鈍い衝撃に襲われ、木剣が頭に当たっており、遠く取っていたはずの間合いが狭められていた。
「痛ッァ!?」
なぜ!? と思う暇もなく繰り出される攻撃。動きが遅いにもかかわらず、こちらが避けたところになぜか攻撃が向かってくる。
剣線が変化してるわけでもなく、こちらが木剣に当たりにいってしまっていると思うほどの錯覚。
「なぜだ!」
クロイツは師範グレオートにボコボコにされた。
「分かりましたか? ルシャ殿」
ボコボコにされて、力なく倒れたクロイツの脇で、グレオートはルシャに問いかけていた。
「間合い、間合いのつめ方、離れ方。剣術も魔法も同じこと。相手の目を見ること、動きを読むこと」
くぅ、こちらの動きが先読みされたということか。
緩慢な動きに見えたのに、なぜ攻撃が当たったのかさっぱり分からない。
「なるほど、分かりました」
素直に頷いたルシャは、確かに何かを学んだようだ。
「では、もう一度実戦を」
「グレオートさん、俺には……何がなんだか分からなかったのですが?」
「間合いを取れ。今はそれだけ考えろ。余裕が出てきたら相手の表情を読む練習も始めていけ」
修行の下積み時代とは厳しいものである。師範がたとえ何を言ってもそれに意味がある……はずなのだ。
疑うのなら自分でがんばればいい。そういうことなのだろう。
結局はすべて実戦経験。経験値がものを言うのだ。
ルシャの鋭い攻撃に、体が悲鳴を上げる。
『ルシャさんも強くなってますね。がんばってくださいクロイツさん!』
キュアラに応援されてポジティブに返したが、今回の剣術稽古で学んだことは、戦闘に取り組む真摯な姿勢と相手を注視する集中力、ついでにうまい打たれ方くらいなものだろう。
「一朝一夕で強くなれる~なんてことはないよな。やっぱ」
その日の稽古は日が暮れるまで続いた。
○●○●○●
「“アトラ”ー!! 起・き・ろ!!!」
「起きています?」
白く柔らかそうなベットの上に、二人の少女が座っていた。
一方は、彩度が明るめながらも落ち着いた感じの赤色ショートヘアと金色の瞳。
いかにも活発そうな印象を受ける少女で、現在、相手の肩を掴んで激しく揺さぶっていた。
揺さぶられている少女は同じく金色の瞳をした少女で、こちらは銀を含んだ薄青色の髪を背中まで伸ばしていた。
“アトラ”と呼ばれたのは現在揺さぶられている青色の長い髪を持った少女であり、ベットの上で焦点の合わない瞳で相手を見つめていた。
「声だけ! 寝てるね。それ、寝てるって!!」
「寝てる? “フウ”?」
ニヘラと笑ったアトラを見て、フウはゲンナリとする気持ちを押さえ込んだ。
「武舞大会の公務。お出迎えや挨拶回りは確かに嫌だ! だけどこれも仕事。大切な用事があるんだろ? さっさと終わらせたいっていってたじゃないかアトラ!!」
「……ちょ、っちょっこまって――“フウ”やめてくださいー!?」
無理やり服を脱がされかかったおかげでアトラは目を覚ました。
しかし、半泣きで抵抗を試みるが、フウの乱暴な手はとまらない。弄られる手から逃れるようにうつ伏せになり必死に抵抗する。
それがフウに火をつけた。
「逃げるなーーーーーーーぁ」
どうやら起こすという目的から服を脱がすという目的に変わったようだ。もしくは本当に急いでいるのかもしれないが。
爛々とした表情になったフウから逃げるべく、アトラは少し怒りを含んだ真剣な表情で、滑らかなさわり心地の布団を巻き上げ、フウに覆いかぶせた。
ベットから転がり落ちるように逃げつつ自らの武器を手に取る。
意匠を凝らした装飾が目立つ50センチメートル程度の木杖。杖の先端には青色の六角柱状にカットされた結晶がつけられており、一見して魔装具にもみえるが、クエイス公国特有の円や球を中心に各種鉱物が配置されたそれではない。純粋たる結晶がとりつけられているシンプルなものだ。
「いい加減にしないと本気で怒りますよぉ!!!」
瞳に涙を浮かべながら、布団の奥に包まったフウに声を荒げる。
「むー逆ギレ?」
「正当防衛です」
肩で息を繰り返すアトラ。
もぞもぞと布団から出てきたフウに言葉をなくすと、無意識にネグリジェを押えつけた。
「せめて下着くらいはつけて怒ったほうがいいと思うよ~ふふふ~」
「ふぅぅうううううううううううううう」
瞬間的に炸裂した感情が、魔力を大量の水として部屋を埋め尽くした。
部屋の空気が水と共に押しやられて扉がバキリと押し開く。窓ガラスは当然のごとくすべて四散し、緻密な細工を施した壁には獣がつけたような爪あとが刻まれていった。
部屋の中では小さな水竜が荒れ狂っていた。
その攻撃を避けるように逃げ惑うフウは叫んだ。
「アトラを待ってる子がいるんだろ? だからわざわざ起こしに来たのに!!」
とたん、荒れ狂っていた水竜は動きを止めてピタリと静止する。
頭をかじられそうになっているところでとまったので、フウもちょっとピンチだった。
破壊された部屋から水が消え去り、破壊されつくした部屋だけが残った。
「あぁ、私としたことが取り乱してしまいました。そうですわ、そうですわ。久しぶりにお会いできるんですもの。早く支度しなくては………………」
我に戻ったアトラが目にしたのは、破壊された部屋と化粧台、そして切り裂かれた自分のタンス。中には当然アトラのお気に入りの服が入っていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ」
「じゃなーーーい!」
どうしてこのような悲劇が、と膝を落としたアトラの頭にフウはジャンプしながら思いっきりチョップを入れた。
「とっても痛いです」
「当然!」
チョップをしてみても、悲しみにくれたままのアトラにフウはため息をついた。
「私の服を貸すのは?」
「フウ……あなたの服は貴方に合わせたものよ。私には……」
むぅ、確かに。とフウは考え込んだ。そして、
「しょうがない、街に買出しにいこう!」
「えぇ、公務はどうするのよ」
「大丈夫、“ムゥ”と“ルナ”にお願いすればOKOK。今日はクエイス公国周辺のお偉いさんの出迎えだけだもん。誰でもよいよい、むしろ気品アーップだよ?」
「……良いのかなぁ」
「将軍規範第22条危険な事態における措置。将軍は、自らの周囲に重大な危害が及び、申しくは必要があって行った最低限の行為が周囲に危害を与えた場合は、その原因を明らかにし、もしくは正当性を公国議会に報告し、その処置を受けること。とあるし、あとで報告すればよいってことでしょ?」
いつもならフウの悪魔の誘いに乗ることもないアトラであったが、今日だけは、特別な日なのだ。
「そうね、緊急事態ですから、仕方がないと認めてくれることでしょう」
アトラはそれにあっさりと了承した。フウがそういっているのだからという安易な決断に身をゆだねた。
バタバタと足音が聞こえる。
ほどなくして白銀の甲冑を着た騎士が4名ほど集まってきた。
「何事ですか!?」
騎士たちの慌てふためく様子もわかる気がする。
破壊された扉に爪でぐられた壁と床、切り裂かれたタンスもろもろ部屋の中はひどい有様だ。もう少しで壁に穴があいていたかもしれない。
「何でもありません」
天使のような笑顔で返したアトラであったが、とても大切な見落としをしていた。
扉の外、もうすでに逃げる準備をしていたフウが小さな声で言った。
「アトラ! 一番の問題はお前の服だぞ! 服!」
馬鹿な騎士たちが見とれていたのは、破壊された部屋ではなくアトラの服、裸に限りなく近いネグリジェ姿であった。
その事実に気がついたアトラは、瞬間的に迎撃用魔法を作動させた。
壁、床、天井に埋め込まれた魔鉱石から作られた特殊な水晶が燦然と輝き、あらゆる場所から水竜が生まれ、空間を覆っていく。
部屋、廊下、空間のすべてをアトラの手中へと治める魔法によって、騎士たちは成す術もなく飲まれ、そして………………。
二人はスーセキノークの街の中を歩いていた。
口止め料であるアイスを食べながら、フウはアトラを責めていた。
「屋敷半壊はともかく、“忘却の禁断魔法”はなぁ、さすがにやりすぎだと思った」
「だって……」
救出された兵士たちは口をそろえていった。
「「「「何があったのか分かりません」」」」
と。
アトラの名誉のために言えば、ネグリジェ事件前後の記憶を消しただけである。
「いつもは大人しいアトラのおかげで、こうして外に出れたのは喜ばしいことだけど」
「事態がうやむやになったおかげで三日謹慎……この程度で済んでよかったと思うべきなのでしょうね」
「まっ、そのクセいざって時の雑用はきっちりこなせってのはひどいよなぁ」
本気で落ち込んでいるアトラに比べてカラリと笑うフウは上機嫌であった。
近々行われる武舞大会の式典には四将軍が参集しなければならないが、それも免除になってしまう可能性さえあるのだ。
「“王”になんといえばいいのでしょう……」
「いいんじゃないの? どうでも」
アトラもフウも、生まれはオシル大陸南西に位置するアルノード共和国である。
旅の物書きであるスクテレスも通っていたといわれる、“魔法都市ヘイジイル”にある“ヘイジイル魔法学校”で魔法結晶学を研究していた。
若くして抜きん出た才能を発揮した二人は、魔法陣を鉱物で再現している魔装具に興味が沸き、研究のためクエイス公国へとやってきた。
ところが、その才能を嗅ぎつけた“ルクンス”なる人物に直接引き抜かれて、あれよあれよという間に将軍にされていた。あとで大公爵と知って驚いたものだが…………。
親善として訪れたアルノード共和国の王はその経緯を聞いてを非常に面白がった。
堅物ばかりのクエイス公国にも面白い波が出来ている、と。
偵察もかねてそっちでも適当に技術を広めて役に立ってきなさい的な、スパイっぽい命令を受けて現在に至るわけだが、自分たちが武舞大会にいないことを知ったらどう思うだろうか。当然、王のことなので、武舞大会に顔を出しに来るだろう。
「今はそれよりさ! 服でしょ!」
「そうですね。早く見つけないと。夕方にはお会いできるんだもの」
「ほんと、好きだよね~アトラは。確かに抱きしめたくなる気持ちも分からなくはないけど」
「フウにはぜーーーったい譲りませんから」
「はいはい」
久しぶりに意気込むアトラを生暖かい視線で眺めながら、フウはふと視線をそちらに向けた。なにやら人だかりが出来ている。事件の予感である。
「アトラ! 事件のよかん~ふふ」
「こっちのほうが大切です。離して~勘弁してください~」
「ダメダメダメェ!」
フウはアトラを引きずるようにして、人だかりへと向かった。