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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第四十一話 ニファーナ

 その男は、猛禽類のような赤く綺麗な瞳を持っていた。

 髪は短く刈上げられた淡い赤い色をしており、大きな四角顔で、大きな体躯で、簡素な茶色の鎧を纏っていた。

 いつも険しい顔をしている無愛想な男ではあったが、傍に擦り寄る子供を暖かく包み込むようなやさしさも持っていた。

 そんな男の優しさに包み込まれたのは、もう随分と昔のこと。

 その背を追うようになったのはそれからしばらくしてのこと。


 それは、遠い、遠い過去の出来事であった……。





 高速魔工動力船、フーネの操舵を任せれているオウドは、そろそろ交代の時間かとつぶやくと、ラディオロイズと呼ばれる船の制御装置たる青色の半透明な球体に、最後とばかりに魔力を込めた。フォーンという独特な音が強くなり、船の速度がゆるりと上がる。

 船室からは夏に相応しい、まっさらな空と湧き上がる白い入道雲が見えていた。空を少し遮るように、左右にそそり立つのは雪の侵食によって複雑な溝が入った赤茶色の岩肌で、そんな岩肌の間をゆったりと流れるイナート川は、今日は少し高めの波を含みながら川面を揺らしている。


 現在フーネが航行中のこの場所は、入り組んだ岩肌によって数多の分岐が存在する、大自然が生み出した川の迷路と呼ばれているところである。

 今のオウドであれば居眠り半分で航行することができるほどであるが、子供の頃は緊張していた難所のひとつであった。


 渓谷の港アンプからクエイス公国までの航路は、複雑な地形の中を進まなければならず、それなりの航行術が必要となってくる。途中目印になる岩や、交差路を熟知すればよいのだが、一度や二度見たくらいでは分からないものも多い。さらに言えば、無数に存在する航路のうち、危険な魔獣や魔魚の潜む場所を避けなければならない場合も出てくる。後者は季節や時間帯によって変化があるので、ひとえに経験がものをいうといっていいだろう。幼い頃から経験してきた者だからこそ分かることもあるのだ。


 操舵をしながら昔の事を思い出していたのは、船の探検をしていた亜人種の少女の姿が、なんとなく昔の自分と重なって見えたせいだろう。

 男の背中にしがみつくようにして成長した過去の記憶が、懐かしく蘇ったのだ。


 人のよい笑みで二人を迎えていたオウドではあるが、正直に言えばクロイツに抱いた第一印象は胡散臭いの一言に尽きていた。

 彼の見た目の珍しさもあるが、何よりアンプで見せられた騎士を投げ飛ばす体術や朝方の魔法と、彼の曖昧な性格との矛盾が評価を難しくさせていたのだ。

 どこか自信なさげなようであるが、実力だけは底が見えない超一級品。にもかかわらず当の本人は、自身の力をどこか他人事のように扱うクセがあるらしく、そんな彼に対してオウドは強い違和感を覚えたわけだが、力があるがゆえに驕らないようにしていると思えば、少しばかり納得できるものもあるのかもしれないと考えを巡らしていた。


 彼の人柄が悪いとは思わない。

 無表情ながらも彼に寄り添う亜人種の少女を見れば、かつて自分を救ってくれた男と重なるものを持っているのだろう。

 

 ただ、騎士という職業上、治安の維持のために悪人と退治することが多く、中には特殊な性癖を持つ人種というのは確かに存在するということをオウドは知っていた。そして多くの場合において、亜人種に関わるできごとはあまり語りたくない悲惨な末路が多いことを知っていた。だからこそ、変に勘ぐってしまったのではないかと今は少し反省している。



「オウドお疲れさん」


 声をかけられ、オウドはハッと現実に戻される。

 気がつくと、交代の仲間が苦笑しながら船室に入ってくるところであった。おかしな顔でしていたのだろうか、はたまた……

 

「朝から分かっていたことだが、なんか次元が違うな、あれは」


 あれ。といわれ、オウドは視線を船の横腹から斜め後方に少しだけずらすと、首をすくめながら返事をした。


「どーだろな、ホノカ様の想い人だからな」

「確かに、少しくらいおかしくなきゃ務まらんな」 


 お互い苦笑しながら操舵を交代する。


 船室から外に出ると、ギラリと照らす夏の日差しの中、思いのほか楽しそうな声が甲板まで響いてきた。

 声が聞こえる方角を見ながらオウドは思う。


 グレオート騎士長が実の娘のように育ててきたネイ−ラリューシユ家の少女は、しばらく見ないうちに明らかに雰囲気が変わっていた。

 どこか投げやりに諦めていたようなオーラが完全に抜けて、何か目的を持ったエネルギーに満ちているようにも感じる。

 時折、やわらかく笑うようになった彼女は、オウドの知らぬところである。


 そんな少女の姿を無表情に眺めているグレオートは、今、何を想っているのだろうか………………。


 無言でかけられる期待を、彼はその身に背負ってしまったのだろう。

 彼がどこまで理解しているのか分からないが、これから待ち受ける困難は相当なものだろう。



 ただ、なんとなく大丈夫なんじゃないかと思えるのは、

 彼が思いのほかしぶとい存在で、

 彼に食いつこうとしていた巨大な魚が、青空に高く飛び上がっているのを見たからで、

 オウドは少しだけ彼の不幸を思いつつも、がんばれよと心の中でだけ応援して、現実逃避するように船内へと逃げ込んだ。


 





○●○●○●







 この世界には“ニファーナ”と呼ばれる水上スポーツがあるらしい。

 “スフル”というサーフボードを思わせる木製の板の上に乗り、水面を移動するものだそうだ。

 スフルには二つの窪みがあり、ちょうど前後に足を入れることができるようになっている。

 前足はボードの左右に穴がつながっており、後ろ足は後方に穴が通っているような構造だ。

 窪みの内部には、“インギニウム”と呼ばれる銀色をした金属が貼り付けられていて、それを反射板のように使用することで、魔法を推進力にして進むことができるようにしているらしい。

 この機構は、オウドの説明にもあった魔法を利用して進むスルホ機関の原型であるようだ。これに魔鉱石の魔力も利用できるようにして、船なりに搭載すればよいようだが、確かにラディオ機関に比べれば、幾分燃費が悪いようにも思える。


「やり方は知っておるな」


 クロイツは古武術風の服に着替えていたグレオートから力強くスフルを手渡されたわけだが、知るわけないだろう。


 例えるならエンジン付きサーフボードというわけだが、そんなもの乗ったことなどない。

 ホノカが、得意そうにいろいろ説明をしてくれた。


「ニファーナは魔法の修行にも使われるってわけ。魔法操作、持久力、ついでにバランス感覚も鍛えることができるのよ」

「ああ、なるほど……ホノカは上手そうだな。ルシャはやったことある?」

「私は小さい頃にやったことがあるだけだが、たぶん大丈夫だ」

「へぇ、結構メジャーなスポーツなんだな」


 サーフィンならやったことはあるが、波に乗るのと波の上を魔法で推進力を得て進むとでは少し違う。どちらかというと船で引っ張られるウエィクボードをイメージしたほうがよいのかもしれないが、そちらは経験したことがなかった。


「一般的に火、水、風系統の魔法を使うのだけど、それぞれの系統に合わせてスフルにも仕様があって、私が持っている黒いボードが耐火性を高めた火系統用で、ルシャが持ってる後ろ足が少しだけ水に浸るのが水系統用ね、ってちゃんと聞いてる?」


 怪訝な顔を近づけてきたホノカから、クロイツは少し視線を逸らして泳がせた。


 黒白チェック柄のワンピース風水着フリル付き……、普段はホノカの顔の綺麗さだけに目がいきがちだが、こうしてみると悔しいことに肢体もバランスが取れている。

 ルシャのほうも、白色の清楚なワンピース風の水着を着ている。色白い肌が綺麗なだけに、素直に美しいと思えてしまうのだ。強い精神力を保たなければ、自然と目がそれらを追ってしまう仕方がないことだろう。


 この世界に水着らしきものがあることに驚きであるし、目の保養はあってしかるべきだろうとは思うが、怖い父親のような存在感を放つグレオートが傍に控えていては露骨にはしゃげない。狂おしいジレンマである。


 グレオートが少し大きめな咳払いをして、話を戻す。


「ホノカ様は火の系統が得意ですからな、先に手本を見せたほうが早いでしょう」

「んー確かにそうね。説明しててもどこか上の空だし。しっかり見てなさいよ!!」


 高速魔工動力船フーネは、かなりの速度、体感40km/h程度でイナート川を進んでいる。

 そんな移動するフーネから元気よくイナート川に飛び込んだホノカは、船から川に着地する頃にはもう、スフルにしっかりと足を固定させ、ロケットのような大炎を噴射させていた。

 ホノカが着水すると、激しい水蒸気と水しぶきに混じって炎が吹き上がる。一瞬置いて、もうもうとした水蒸気の中から鋭い動きで飛び出たのは当然のごとくホノカであり、フーネを遥かに凌ぐ速度で、水の上を切り裂くように縦横無尽に駆け抜け始めた。

 思っていた以上に速度がでる代物のようである。


 水しぶきと炎を吹き上げながら、ターンやジャンプをするホノカは実に楽しそうだ。

 クロイツも素直に歓声を上げる。


「おぉ、すごいかっこいいなー!!」


 大興奮である。


「基本的にニファーナでの修行(・・)は呪文や魔装具を使用しない。自身の魔力を魔法に持続的に変化させながらそのコントロールを学ぶためだからな!!」


 遊びと違うと言いたかったのだろう。グレオートの言葉の中で、修行という語句が大きく強調されていた。


「ではクロイツ。私も先に行くぞ!!」


 嬉々とした表情で飛び込んだルシャは、スフルを持ったまま、滑るように着水し、水の上に立ち上がった。そして、ゆっくりと確かめるようにスフルに足をかける。

 後方に小さくなっていくルシャの姿を、クロイツは少し心配しながら眺めていたが、しばらくすると自身で起こしたであろう波に乗って、ホノカにも勝るとも劣らないスピードで、滑らかにこちらに向かってやってきた。


「水系統は単に噴射だけじゃなく、水面の水位も変化させてそれらをも推進力にする。少しだけ水に触れる仕様にしてあるのはその為だ。まぁ、あれだけの波を起こせるものは中々おらんが」

 

 グレオートも素直に感心するルシャの運動能力と魔法センスには脱帽ものである。


 ほれ次にやってみろ、と気軽に言ってくれるグレオートは自分を過大評価してくれているのか、はたまたイジワルをしたいだけなのか判断に迷うところだ。

 仮にうまく乗れなかったらフーネにおいていかれ、迷い死にする可能性もある気がする。

 走って追いかけるという荒業もあるが、少女二人が乗りこなしている手前、そのような奥の手はクロイツの小さなプライドが許さない。


 とりあえずバランスよく立てればどうにかなるだろうとポジティブに考えることにした。

 風系統仕様であるスフルの構造は、ほぼ火と一緒ということだからホノカのように乗ればいいということだ。


 覚悟を決め、思い切ってフーネから飛び出しつつ、ホノカを真似してすばやくスフルに足をかけ、とりあえず風の噴射を開始する。


『どの程度の力加減かさっぱり分からん』


 キュアラと一緒に少しばかり逡巡する間に、スフルは着水し、風の噴射が弱かったのだろう、勢いに負けてスフルの前のほうが水に沈みこむと同時に激しく回転し、体は投げ出され、最初の一歩は水に叩きつけられて沈むという結果に終わった……。


 





○●○●○●






 基本的にまったりと進むだけならば、後方にある右足から推進力となる風を発生させ、左右のバランスは体でとるほうが安定した乗り方ができるようだ。

 きびきびとした走法をする場合や、高速走行時には、これに加えて前方の左足から左右方向に制御を必要とする。

 慣れてくればスライドやその場でのジャンプをすることも可能だし、スノーボードの感覚に近いところがあるのが救いであった。

 

 なんだかんだと、修行開始から数十分で、クロイツはそれなりに乗りこなすことができるようになっていた。

 ホノカやルシャと同じように縦横無尽に走り、小技を決めれるとまではいかないが、直線スピードだけは二人をはるかに凌駕している。


 いわゆる直線番長というやつだ。


 少しずつ、ルシャやフーネの起こした波を利用して小ジャンプができる頃になると楽しくなってきた。

 小ジャンプから横一回転、二回転、三回転を決めれるようになり、次第に波を大きくしてもらいながら宙返りをものにしたときには、スフルが体の一部になっているように感じられた。

 

 このスポーツの難しいところは、二つの魔法の制御である。

 前足での左右のバランス調整と、後ろ足の推進力、それぞれ独立して神経を払わなければならないのだ。


 しかし、一度やり方を体が覚えてしまえばどうという事はない。体内の魔力の感じ取り、絶妙なバランスとタイミング供給していくだけだ。

 ニファーナが魔法の修行にもなる意味が、少しだけ分かったような気がした。



 一通り遊び終わると、グレオートから次々と指示が出されるようになった。

 高速走行、クイックターン、一回転……遊んでいたときと似たような内容が多いが、技の規模と対抗意識が少しばかり過剰であった。


「今度はスフルの先端(ノーズ)を持って、できる限り高くジャンプしろ」


 すでにいくつか大技を決めて、少々息をきらしているルシャとホノカがニヤリと微笑んだ。共に大ジャンプは得意分野であると思っているらしい。


「私からいくわ!!」 


 フーネに並走していたクロイツたちから、ホノカは十数メートルほど離れた。

 ホノカの右足が置かれているスフル後方が白い発色を放つと、フーネにまでちょっとした熱気が届いてくる。

 速度を少し落とし、スフルの先端を垂直にあげたかと思えば、激しい水蒸気爆発とともにロケットの噴射のようにホノカは打ちあがった。


「あれはジャンプじゃないな。ロケットだ」

「ロケット?」


 冷静な感想をもらしたクロイツにルシャは不思議そうに首を傾げたが、クロイツはなんでもないと笑った。

 30メートルほどあがったところで、ホノカは当然のごとく地面に落ちてきた。あれだけの高所から落ちるのだから水中に一直線かと思われたが、落ちてくる間に器用にも体勢を整え、スフル後方から炎を噴出させつつ、ドウンという音とともに豪快な着水を決めた。

 もくもくと上がる水蒸気の塊から、颯爽と現れたホノカは、スキージャンプを成功させたアスリートのように喜びの笑みを浮かべてこちらに向かってきた。


「どーよ!!」


 なんだか偉そうだ。


「次は私だな。ジャンプすればよいのだろ」

  

 これほど楽しそうなルシャを見るのはいつぶりだろうか。同時に少しばかり疲れているようにも思えるが、


「着地もしっかりしなきゃだめよ」

「分かった」


 返事をしながらルシャは飛び出していった。


 ニファーナでは水系統の水の利は脅威である。

 自身で波を起こして乗ることができるので、非常に技を決めやすいのだ。

 

 ルシャの後方にある川面が大きく揺らめくと、ルシャはその上に乗ってサーフィンのように滑走を開始する。次いで、手前にできた大波の先端から、水を噴出させながら高々と飛び出した。


「あれこそスキージャンプだな」

「スキー?」

「この場合ってジャンプの高さはどこから計算されるんだ?」

「っと、大会とかだと川面からの高さで比べられるわ」 

「へぇ」


 目測でいけば飛び出した距離はやはり30メートルほど。ただし、飛び出した地点が5メートルほどの地点なので川面からの高さは35メートルに達する。

 ジャンプの余波でできた波が後方の川を激しく揺らしていた。

 

「やっぱり落ちてくるときもスフルから噴射して威力を相殺させるんだな」

「そうね、着地して初めて評価される競技だから」


 修行から競技に変わってしまっているぞ、という無粋なツッコミを我慢して、クロイツはルシャを見守っていた。

 重力に引かれて落ちてきたルシャは、うまく身を翻すと、スフル後方から多量の水柱を発して着水した。

 ホノカよりもスマートに着水して見えるのは、水と炎の違いか、ルシャの技量であるのか判断がしにくい。


「負けたぁ」


 とがっくりと肩を落としたホノカのところへ、大きく息を吐き出しながらルシャが帰ってきた。


「ルシャとホノカは休憩しながら、俺の最後のジャンプをしっかりと目に焼き付けておけ」


 ルシャの様子を見て、クロイツはホノカへアイコンタクトを送る。

 それを見たグレオートも気がついてくれたようだ。


「ホノカ様とルシャさんは先に船へお戻りください。休憩といたしましょう」

「偉そうに!! しっかり着地できなくておぼれるってオチが見えみえなのよ」


 子供というものは、楽しいことがあると夢中になってしまうことがある。

 ルシャも自分の限界を超えてニファーナに没頭していたようだ。

 それが少しだけおかしくて、思わず微笑んでしまう。


「見とけ! 修行の成果を!」


 クロイツもまた子供であった。







○●○●○●







 はっきり言えば自信があった。

 風の噴出によるジャンプ。


 キュアラとの呼吸は精神レベルでリンクしているし、膨大な魔力ゆえに、ホノカやルシャのように魔力残量を計算して技を繰り出す必要もない。

 たぶん二人が万全の状態であったならば、さらに倍の高さは超えることができていただろう。


『100メートルくらいジャンプして驚かせてやろう』 


 などと、クロイツが調子に乗るときほど問題というものは発生する。


 最初に感じた違和感は、動物的第六感であったというほかない。

 ジャンプするためにフーネから離れると、なぜかひしひしと違う空気が存在しているような気がしたのだ。


 嫌な予感は、目の端に捕らえた不自然な川面の揺らめきによって確信に変わり、警戒態勢へとシフトする。


「水の中に何か……いる」


 ざわざわと揺らめく川面にクロイツのスフルがゆれる。次いで、青い水中が少し灰から黒へと変わると、それは水中から大きな口をあけて現れた。

 ザザザッという水の滝が、クロイツの少し後方で立ち昇り、黄色を帯びた巨大な魚の腹が見えた。それはクロイツの頭上を勢い余ったように通り越し、高い弧を描きながら、再び大きな水しぶきを上げて水中へと消えていく。


 すんでのところでスフルを急加速させなんとか回避したが、


「――速い、魚か!?」


 10メートルはあろうかという巨大な魚影が、小魚のような俊敏さで水面下を移動している。

 人を一飲みできるほどの口を持っているのだから大きさは当然だが、速さが尋常ではない。

 フーネの速度は40km/hほどだ。その速度についてきながらもあれほどの大ジャンプをかます巨大魚などいるのだろうか。

 シャチやイルカのように流線型をした生物ならばスピードにも納得することができるが、見た目コイの顔で体はアロワナのような魚が、サメのような背びれで水を切りながら襲い掛かってくるなど、さすが調子に乗ったときの反動は凄まじいものがある。


「“ルップス”と呼ばれるAランク魔魚よ! 刃に気をつけて!」


 ホノカの声にクロイツは反応する。奴が背びれで切った水が、左右に分かれて、複数のギロチンの刃のようになってこちらに突進してきていた。

 考える暇もなく、スフルで思いっきりジャンプをして、ギロチンの刃のようになった水攻撃を飛び超える。

 が、魚ごときに行動を読まれていたようだ。ジャンプをして無防備になったところを尾ひれで軽くぴっぱたかれた。


「ウォォォッ!!?」


 ぬめりを帯びた尾ひれは、クロイツの体を数メートル飛ばすだけにとどまった。

 風の鎧がなくても、たいしたダメージを受けなかったのは不幸中の幸いだったが、コイアロワナサメもどきに行動を読まれたことがそれなりにショックだ。

 そして、息つく暇もなく再び真下から口を上げて飛び上がってきた。


「だぁーもう、ワンパターンすぎなんだよ魚が!!」 


 それを再びギリギリのタイミングで避けるとクロイツは叫んだ。


「グレオートさん。こいつは食えますか!?」


 水中へともぐると、相手の居所が分からない。極端にスピードだけはあるので、それに任せた体当たりでもされれば厄介な相手である。


「仕留めろ!!」


 グレオートからの返事は質問に答えていない気がしたが、クロイツは迷いを捨てた。


 風の鎧、ならびに風魔法解禁だ!!


 進行方向の川に大きな渦がいくつか生まれ始める。


「あいつ、水中に引きずり込むつもりだな」


 魚のクセにやるじゃないか。と素直に驚嘆しつつ、渦を風魔法でドフドフと粉砕してやる。すると、しびれを切らしたように再び川面に姿を現した。


「所詮は魚だな」


 今度はルシャが行ってきた攻撃のように、川の中から水の柱がいくつも立ち上がった。

 クロイツはスフルを不規則に操舵し、かわしていく。


 すると、またもギロチンのような水の刃がこちらに向かって放たれ、襲ってくるタイミングで飛び上がると、案の定、次は尾ひれが襲ってきた。


「ほんと、ワンパターンだな」


 先ほどまでは高速の動きに見えていたが、今は風の鎧発動中である。ひどく相手の動きが緩慢に見えた。

 今度は余裕を持って尾ひれをひらりとかわし、体を一回転ひねりながら着水する。


 そのまま深く水中に潜り込んだルップスに、一瞬逃げてしまったかとクロイツは危惧したが、それは杞憂であったようだと次の瞬間に安堵した。

 真下に迫った魚影を確認すると、スフルから爆風を発射し、飛び上がってきた大きな口をひらりとよける。


 今度はお返しとばかりに、飛び出してきた魚を空高く風で打ち上げ、同時にスフルから風を噴射させ、同じ高度に飛び上がった。


 頭はコイ、胴体はアロワナ、サメの背びれをもったルップスと呼ばれる黄色の体をした魔魚。

 うろこに混じって、波模様のセモゾ紋様が確かに刻まれていた。


 青い空の中、水を奪われたルップスは驚きで目を見開いていた。

 最初からそのような目なのかもしれないが、とにかく驚いているようにクロイツには見えた。


「水が無くなったら攻撃できんわな」 


 クロイツは思わず笑みを浮かべていた。

 ルップスは最後の足掻きとばかりに、体内に宿した魔力を用いて、水鉄砲のようなものを発射してきた。


 不意をつかれ水の塊が体を直撃すると、クロイツの体は下方にすっ飛ばされた。

 風の鎧の上からでも少しだけ悶絶する程度の威力を有していたので、ひょっとしたら岩でも砕ける程度の威力を持っていたのかもしれない。侮ってしまったものである。

 が、風の鎧発動中のクロイツにそんな程度の攻撃が効くはずもない。

 

 うまくスフルを操作し、ルップスより先に川面に着水すると、落ちてくるルップスを見上げた。

 今度はこちらの番だ。


 右手に風を圧縮させていく。

 

 貫き通す風の槍。


「回転はおまけだ!!」

 

 落下してきながらも再び水鉄砲を放ってきたルップスに向かって、風の槍をぶん投げた。

 槍は、それなりの威力を持つ水球をガラスのように粉砕し、ルップスを一直線に貫いた。


――バグン


 鈍い独特な音が周囲に響き、一瞬だけ空中に打ちあがるように動きを止めたルップスは、少しばかりもぞもぞと動いた後、空中でそのまま硬直し、重力に引かれて落ちてくる。


「風の超圧縮に回転の組み合わせ。同時に二つの要素をうまく配分でできるようになった……ような?」


 ニファーナで遊んでいたおかげだろうか、見た目には普段と変わらない風魔法であったが、技のキレ、というかしっくり感が増したのを感じたのだ。

 クロイツはキュアラと互いの成長を喜び合った。


「っといかん。このまま川に落とすと拾うのが面倒だ」


 魔力を伸ばし、落下してくるルップスを風で包み込み、フーネの甲板に投げ下ろした。自身もスフルを使って甲板へと飛び上がる。

 

「グレオートさん仕留めてきました!!」 

「ほぉ……」


 これだけの巨大魚を倒したとなればそれなりの達成感がある。

 グレオートも少し驚いた表情をしてくれているから、それなりに認めてくれたということだろう。


 ルシャが魚を覗き込んでくる。


「大きな魚だな、食べれるのか」

「たぶん食べれるんじゃないか? コイだし、サメも食べれるはずだし。ルシャなら何でもいける気がする!」

「スクルーのことをいっているのか?」


 スクルーとはアンプにいた三つ目の金魚のようなゲテモノ魚のことである。


「大丈夫。ルップスはちゃんと食べられるわ。それどころか超高級食材として有名なくらいよ!!」


 満足そうな表情のホノカ。超高級食材、非常に高く売れるということだろうか。


「ホノカ様。せっかくですから、これを昼食といたしましょう」 


 だーっ、セレブの思考! スーセキノークに持っていって高く売ればいいものを!


「そうね、シェフにお願いしてくるわ」


 ですよね、公爵家令嬢ということを忘れていました。


 クロイツは心の中で少し泣きながらも、ルップスを何も言わずフーネの船員に献上することにした。




 その後、昼食で出されたルップス料理は中々のもので、料理を振舞われた騎士の中には泣くほど感謝をしてくる者までいた。

 それほどまでに珍しい魚だったのだろうか……、


 みんなが満足してくれていたようだからいいかと思えた、船旅生活の序盤の出来事であった。

 



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