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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第三十八話 渓谷の港 アンプ


 湿原で見知った緑と白の風景から、茶色の岩石が露出したゴツゴツとした景観へ。

 いくつかのトンネルと橋を渡った頃合には植物の気配は消え始め、土色をした谷の街道へと変わっていった。


 勾配のキツイ山岳の街道を進むこと数時間。


 目の前には、大きなこげ茶色の大陸が垂直に隆起したかのような、そそり立った壁が行く手を阻んでいた。

 巨大な岩壁は近づくにつれて次第に大きさを増していき、目測にして高さは300mほど横幅は広すぎてよくわからない……。


 遠目に黒い筋のようにも見えていた場所は、そんな大陸の裂け目であるらしく、街道はそこへと続いていた。


 垂直に切り立った、こげ茶色をした大陸の岩壁の前にたどり着いたのは日も高くなった頃合である。


「スクテレスさん。これは……断層ですか?」

「規模は少しばかり大きいけど、おそらく高角逆断層だろうね。ただし、下から押し上げるような力も働いたと見るべきだけど……僕にもよく分からない」

「なるほど」


 大自然の不思議を堪能している二人を置いて、キャラバンは進んでいく。



 40mほどの大きな裂け目が入った岩肌には、真横から見るとアリの巣観察キットのように一本道の街道が粛々と伸びていた。

 岩肌に掘られた街道の広さは大変広く、ゆうに荷車四台ほどが並んで通れるほどである。高さも荷車が三台ほど重なって大丈夫であろう広さだ。


 しかし、肝心の岩の裂け目側には柵などが設けられておらず、その先はもれなく断崖絶壁となっていて、落ちれば確実に死ぬだろう。

 絶壁の底を覗き込むと、妙な冷たさを含んだ鋭い風が吹き抜けており、はるか下方に川と思われる水の流れが辛うじて見て取れた。


 荷車は左側の壁に寄り添うように街道を進んでいく……。


 どこまでも続くと思われた上り坂がようやく終わったという頃に、クロイツたちはついに街へと到着した。





「これが渓谷の港!! アンプ!!」





 最初にクロイツの目に飛び込んできたのは、繊細な灰色の石畳で作られた深い谷を跨ぐ大橋。

 そして、その橋の向こう側に見える直瀑の大滝である。


「あれが“ゾバークの滝”だ」


 ルシャは澄ました顔で説明してくれたが、クロイツは思いっきり目を見開いて驚いた。


 おぞましいほどの落差を誇る滝は、見上げる角度から、深い渓谷の、谷のはるか底まで落ちていた。

 渓谷をまたぐ橋の中央から見上げて、すでに高さは100m超、下に至っては300m以上はあるだろう。

 

 ゴゴゴゴッと落ちてくる水が途中から霧のように四散し、橋の遥か下で白いドレスのように裾を広げている……。


 少しドキドキしながら橋を渡りきると、岩肌を削り取って作られた、広い円柱状の空間の中にでた。


 大橋と同じ、灰色の石畳で作られている円柱中央部は広い広場となっており、そこには荷車持ちの商人たちが列を作り商いをしていた。

 そこから少し岩壁側に目を移すと、そこには雛人形を飾るがごとく、白い壁と赤い屋根を連ねた建物がそれぞれ岩肌に段を作って立ち並んでいる。


 あたりを囲む土色の岩肌の景観から浮き出るように存在するアンプの街並は、スマートな統一感と清潔感にあふれていた。


 橋を渡り終えた場所から、向かって左側、滝に近い方角に弧を描くように商店街が続いていた。

 通りを進めば食事処や物産店、奥には宿などがずらりと並び活気があった。

 焼きたての魚の香ばしい香りが鼻をくすぐり、謎の魚介生物がパチパチと音を立ててクロイツを招く。


「ゾバークの滝名物“スクルー”はいかがー?」


 と言われて思わず買ってしまった謎の魚介生物。


 無駄に三つ目で、いうなれば出目金を巨大化したような魔界魚を思わせるグロテスクな容姿。食べずにはいられなかった……………………ゲロうま。


「ちょっと何へんてこなもの買って食べてるのよ!!」

「ホノカも食べてみろよ。うまいからさ? そんな引きつった顔を……いやなら別にいいけど……プリプリとした白身とパリパリの皮が……ポルも食べてみな?」


 未知への挑戦を辞退したホノカに対して、素直にスクルーなるゲテモノにかぶりついたポルはいい子だ。妙にその姿がかわいらしく思える。

 おいしいのかまずいのか、あまりリアクションがないのが少し心配だが……。ちょっとだけ不評か?


 ほらね、というホノカの視線が少し悔しい。


「船着場のある“上街”まで行くよー」


 ケイトに呼ばれてあわててポルを担いで荷車へと戻る。


「へぇ、スクルー買ったのかい?」

「ケイトさんも食べてみませんか?」


 ぜひおいしいとホノカに証明してほしい。


「いや……わたしは止めとくよ。珍味ってのは知ってるんだけど、どうしてもその姿がね……苦手なのさ」

「そうですか」

 

 巨大な出目金の丸焼き、三つ目ver.

 グロテスクな姿がどうやら不評のようだ。


「ルシャはスクルーどう?」

「……食べ物なのだな」


 少し瞳を潤ませながら、ルシャは意を決した表情でスクルーにかぶりついた。


「いや、苦手なら……!?」


 クロイツが見てる間に、ルシャはたくましく魚を食べ進んだ。


「ゲテモノは美味だと父上も言っていたが、本当だったな」

「さようで……」


 瞬く間に骨になったスクルー。さすがに目玉まで食べるとは思わなかった……。








○●○●○●








 “渓谷の港アンプ”


 巨大な岩の裂け目へと水がこぼれだしたような場所にある街は、“滝を愛でる下街”と、“船着場が存在する上街”に分かれている。

 滝の上部への道のりは、下街から掘られたトンネルをのぼっていく。


 荒々しいゾバークの滝がある下街の風景とは一転して、上街はやけに静かで雄大な自然風景が広がっていた。

 渓谷に溜まった水が、空の青と雲、切り立った山々の風景を、静かにその水面に写していた。


「“イナート川”と呼ばれているけど、ほとんど湖みたいなものよ。ここを船で五日から六日くらいかけて上って、スーセキノークへと行くのよ」

「ほぅ」


 ホノカが指差した川は、確かに湖のように見えた。

 左手に見える、水の流れが消えている先は……恐ろしい落差を誇るゾバークの滝だろう。

 一見川の流れは緩やかだが、少しばかり船に乗るのが怖い気がする。流されて落ちたという話がなければいいのだが……。


 

 船着場のある上街は、下街の三倍くらいの広さを有していた。

 街の形はほとんど一緒で、広い楕円形の空間の中央が広場、外側が同じく白い壁と赤い屋根の建物となっている。


 渓谷の港というだけあり、そこにはいくつかの船を見ることができた。

 川沿いの広場からは、細長い堤防がレの字に伸びており、その中に船が停泊している。


 船はどうやら木造のようだ。

 ノアの箱舟を思わせるような外観……帆船ではないとすると推進力はスクリューなどで得るのだろうか? まぁお楽しみということにしておこう。




 ――上街は人と荷車とロムヤークでごった返していた。


 多くはクエイス公国人であろう赤い髪をしたものが多く。そこにガンデスの商人と、ルーティア王国風の青い髪をもった者たちが少々。

 旅人か、それに近しい人々で構成されているのだろうか? ロムヤークを引き連れた荷車の集団が一際目立っていた。


 例年にない人混みに事情を聞いてきたサムズの話によれば、今現在、船便の多くは“赤の団”が優先的に使用しているらしく、ここに集まった旅人や商人達がなかなかスーセキノークへ行くことが出来ていないそうだ。


 アソルへの街道も、なんだかんだと封鎖されたらしい……。


 その為、祭りの喧騒から逃れるためにスーセキノークから出てきた旅行者たちもここで足止めを食らうことになり、さらに再びスーセキノークへ帰ろうとしているのも加わり、アンプは大混雑になってしまっているとのこと。突発的掃討作戦の影響はこんなところにも出ていたということだろう。



「困りましたね……次の船の出向便は十三日後くらいになってしまうそうですよ……」


 サムズは頭をかいて申し訳なさそうにルシャにそう告げた。


「そうですか」


 少し困った表情を浮かべたルシャ。


 ファルソ村からアンプに着くまでに約八日ほどかかった。アンプからスーセキノークへは五日かかる。

 アソルからスーセキノークまで通常だと二十五日ほどかかるのだから、ハイペースで来れたことは喜ばしい。


 しかし、ここで十日程度足止めされてしまうとなれば、本当にぎりぎりで到着となってしまう。


 最悪、間に合わない可能性も考えられた。


「せっかく鍛錬に付き合ってもらったのに悪いな」

 

 ルシャの申し訳なさそうな……切なそうな表情を見たのは、いつ以来だろうか……。

 クロイツはルシャにこそっと耳打ちする。


「いざって時は密航って手もあるからな。大丈夫」


 ホノカの貴族権限とやらを試してみてもいいかもしれない……クロイツがそう思っていた時だった。 



 ざわめきが増した街から、見慣れない一団がこちらに向かってやってきたのは。







○●○●○●







 先頭を歩くのは紺のマントに、鱗を模した茶色の鎧を着た、渋そうな顔をした初老の男。たくましい二の腕と、腰に見える騎士らしい剣がなんともかっこよい。

 その後ろをぞろぞろと歩くのは、明るい黄色のマントと、銀の甲冑を着た騎士たちだった。赤の団のそれによく似ているが、どことなく雰囲気が違う気もする。


 黄の団とも呼べる一団は、周囲の喧騒を背中に背負いつつ、一直線にこちらに向かってきた。


「あっ!!」


 と呆けた声を出したのはホノカであり、


「あれはお前の知り合いか?」


 とクロイツが問いただしている間に荷車は包囲され、


「ホノカ様!!!」


 と先頭を歩いていた初老の男がなんだか激怒していた。



 突如として始まった捕り物劇に野次馬が集まり、港は一時騒然とした。



 クロイツの背に慌てて隠れたホノカ。それに歩み寄ろうとした初老の男を、やんわりとケイハが食い止める。


「なに用か?」

「これはガンデスの武人ですな。ホノカ様を“捕獲”に参ったネイ−ラリューシユ家の者でございます」


 丁寧な挨拶をしている初老の男の脇からスッと現れた二人の騎士に、ホノカは敢え無くお縄になった。


「え、ちょっと!! 見てないで助けなさいよ!?」


 鮮やかな手つきで、縄で縛られ捕獲されたホノカは子猫のように暴れていた。

 いやいや騎士の皆様、手馴れた手際である。あのホノカを捕獲するなんてすごい技量だ。正直言ってまさか本当につかまるとは思っていなかった。


「失礼仕った」


 初老の男は言葉少なめにそう言うと、さっさと何事もなかったかのように帰っていった………………。

 ってまずいよね?




「ちょっとまて!?」


 クロイツはホノカを捕まえている騎士二人をとりあえず風で吹き飛ばし、縛られ運ばれていたホノカを抱きかかえるように奪取した。

 ホノカを縛った縄を素手で千切り、自由にさせると地面に下ろす。


「焼ききれるだろうが!! なにやってんだ!?」

「お父様の命令で動いているんですもの。私が逆らったら私が叱られちゃうじゃない!!」


 どういう意味だ? と問いただす暇もなく、赤の団より有能そうな黄色の騎士たちは、隙間なくクロイツとホノカを囲んでいた。やっぱり優秀だ。


「説明はいたしました。ホノカ様。大人しくついてくれば良し。これ以上大ごとにいたしますか!? それと……」


 険しい表情でクロイツは初老の男に睨み付けられた。


「クルク様からの話も聞き及んでおります」


 初老の男の、あまりにも低くドスの利いた声にクロイツは思わずひるんだ。


「ちょっとまって! ちゃんと別れの挨拶くらいさせなさいよ!!」 


 ホノカが懸命に叫ぶが、初老の男は首を横にゆっくり振るだけ。


「何ですって!?」


 驚いた様子のホノカにかまうことなく、初老の男はカッと目を見開いて言った。


「大人しくついてこられよ!!」 


 再び語気も新たに怒鳴り始めた声に合わせて、周りの騎士達が一斉に襲い掛かってきた。


 尚も無抵抗を演じているホノカを守るように、クロイツは、とりあえず全員をその場で返り討ちにした。



「――グハッ!?」


 クロイツは掴んだ騎士の腕をそのまま振り下ろし、一本背負いで最後の一人を石畳の床に叩き付けると、石にひび割れが入ってしまった。

 騎士達は剣や魔法を使ってくるわけでもなく、ただ取り押さえようとしてきただけなので、こちらも正当防衛クラスで対応。

 ルシャとの鍛錬の成果か、近頃妙に向上した体術が冴え渡った。


 誰も助けてくれなかったので、結局一人無双してしまった……。風の鎧を当然のごとく使用しております。


 残った初老の男は、眉ひとつ動かさずその様子をただ眺めながら、最後の騎士が倒された後に口を開いた。


「さすがというべきでしょうか。気は済みましたか? これ以上やるというならば、私たちも本気でお相手させていただくことになりますがよろしいか?」

 

 真剣な眼差しをする男に、クロイツも身構えた。こいつ、かなり強い。

 倒れていた騎士達も、全員ピンピンと起き上がった。やはりやられたのは演技か……。


「ちょっと、だめよ! こんなとこで本当に戦ったら迷惑どころじゃすまないわ!」


 ホノカに後ろから抱きつかれるように制止され、クロイツの動きが止まった。


「大人しくついてこられよ」


 一人船へと歩き出す初老の男。これが最後だといわんばかりの覇気を体中にめぐらせているようだ。歩き去る後姿に、ほとばしる赤いパトスを感じる。


「まずいわね。真剣に怒ってるみたい」

「言われんでもわかっとるわい! で、どうすればいいんだ?」

「ああなったら言うことを聞くしかないわ。ほんと、短気なんだからやんなっちゃう。――まさか街を人質に使うなんてね」

 

 ホノカは今まで旅を共にしてきたキャラバンの前に立つと、神妙な面持ちで告げた。


「ケイハさん、ケイトさん、サムズさん、スクテレスさん、ロトザーニさん!! 私はここで別れます。ありがとうございました」


 呆気にとられた面々に、ホノカ華やかな笑顔を向けて微笑んだ。そしてクロイツの腕を思いっきり引っ張る。

 半ば、つんのめりそうになりながら何とかクロイツは踏ん張った。


「あんたも一緒に行くのよ!!」

「えっ!? おい!! 急すぎだろ。説明してくれ!?」

「早く行かないとこの上街が消えてなくなるわ。それでもいいの? 驚いてる暇も考えてる暇もないの!! ルシャもポルも一緒に行くわよ!」


 手早く荷物をまとめたルシャが、荷物とポルを抱きかかえていた。


「武舞大会に間に合うように乗せて行ってくれるのだろう?」

「ぜんぜん! そんな和やかな話の流れじゃなかったと俺は思うのだが!?」


 ホノカに半ば引きずられているクロイツの目の前で、ルシャが丁寧にケイハたちにお礼を述べていた。


「大変、お世話になりました」

「ルシャ。武舞大会がんばんなよ」


 ああ、なにやら笑顔で語りあっているルシャの姿が眩しい。


 一方俺は、感動の別れを予想していたのに、ホノカ+起き上がった騎士に引きずられるという激動の別れになってしまっている。


「ケイハさん、ケイトさん、サムズさん、スクテレスさん、ロトザーニさん。スーセキノークでまた! 必ず! ちゃんと! お会いしましょうー……」


 引きずられながら何とか大声で叫ぶ。


「ルシャをよろしくねぇ」

「武舞大会楽しみにしてるよー」


 ケイトとスクテレスが笑顔で手を振っていたのが救いであった………………。



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