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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第三十四話 強盗団のアジト


 その凄惨な様相は生涯忘れることが出来ない…………。



 月明かりの街道に、大きな荷車が一台止まっていた。


 

 淡く赤い光を放つ魔鉱石が取り付けられた荷車は、広く暗い湿原の中の街道にあって、白く広がる魔物の波の、その中央にあった。


 もはや形容しがたいほどおびただしい数のスルーザーが、闇夜の湿原から荷車の一点を目指して集まり、蠢きながら周囲を取り囲んでいた。


 クロイツは走りながら魔力を限界まで広げ、現状を把握すると狂うように叫び怒鳴った!


「芋虫どもがぁ!!!」


 街道にまで溢れ、踊り巣食うスルーザーを、すぐさま強靭な風の刃で細切れにしつつ周囲の湿原へと四散させた。

 同時に、街道によじ登ろうとしていたスルーザーたちの蠢く山を殲滅すべく、禁断の魔法、真空を作り出すエアーポケットを発動させる。

 街道の左右に瞬間的な水しぶきが上がると、さらに凄惨さを増した………………。


 

 激しい動揺で頭がどうにかなりそうだった。

 ひどい耳鳴りがして周囲の音が遠く感じた。



 息を切らしながらそこにたどり着くと、クロイツは足を一旦止めた。

 細切れになったスルーザー欠片と緑色の体液におし濡れた、巨大な牛のような生物をその目で確認したからだ。


 荷車の前に横たわっていたそれは、すでに死んでピクリとも動かない。

 褐色の毛皮の内部からはグチュグチュという不快な音が耳に届き、少し遅れて緑色の鋭い牙を持った白い生物がひょっこりと顔を出した。

 クロイツは怒りで目を見開きながら、瞬間的にモグラを空気の圧力を利用して飛び出させると、分子レベルで分解するつもりで切り刻みながら夜の湿原へ消した。



 あたりは薄暗い月明かりと魔鉱石の淡い明かりに照らし出されていた。

 荷車に横たわる牛のような生物からは、黒い川のように血が脈々と湧き出て湿原へと流れ出している。

 血の臭いが周囲にはたちこめ、それが夏の生暖かい風と混じり不快に頬をなで湿原に広がってく……。





 そこには死の世界が満ちていた――――――。





 尚も荷車へと向かって蠢くスルーザーの群れ。

 細切れにされた仲間の死を悼むことなく、闇夜を蠢く姿はひとつの生物と呼ぶに相応しいものであった。


 しかし、それはもう決して荷車へは届かない。


 クロイツの気持ちに呼応し築かれた堅牢なる空気の城壁は、おそらくこの世の何をもってしても突破は不可能だ――。





「クロイツ、まだ生存者がいるかもしれない。荷車の中を確認しよう……」


 ルシャの暗く低い声に、クロイツは目に涙を流しながら必死の思いで頷いた。


 怖くて中まで魔力を広げることができなかった……。


 黒く汚れた、ぼろぼろの荷車の後ろへと回り込んでいく……。


 もしかしたら、荷車にいた人はスルーザーの蠢く闇に飲み込まれてしまったのかもしれない……。

 

 しかしそれでも淡い期待がもてたのは、荷車の幌がかろうじてどこも破れていなかったからだ。

 


 クロイツはルシャと顔を見合わせて頷くと、堅く閉ざされていた幌を破りあけた――――――。






○●○●○●






「おまえさんに助けられたのは……二度目だな……」


 なにも……感情も含まない声でヤブンスはそういった。

 ただ、ただその惨劇を乗り越えた。ヤブンスは生き残った自分を見つめるだけだ……。


 クロイツたちが助けることが出来た命はヤブンスとアフとニクル、そして女子供ばかりが四十七名。


 重傷者をクロイツが、軽症者をスクテレスとロトザーニが治癒を担当し、ケイトとルシャとホノカとポルは人々の食事を用意を行い、ケイハとサムズが周囲の警戒に当たった。

 夜を徹しての作業は空が白み始める明け方まで続いた……。


 さすがに事態が事態だけに、クロイツたちはアソルの伯爵であるゲンダウに救援の要請をすることにした。

 街を出る前に預かった連絡用の“ヨタカ”に手紙を括り付け夜の闇へと放つ。

 全長29cmの鳥は先端が少し尖ったような大型の翼を羽ばたかせ、夜の闇へと消えていく。全身が暗褐色や褐色の羽毛で覆われた鳥で、黒褐色や褐色、赤褐色、薄灰色などの複雑な斑紋が入っている勇ましい鳥であった。







 死が満ちたあの場所から、ぼろぼろの荷車をクロイツとルシャとケイハで引っ張ってきた。

 荷車の前で血だまりに臥すように死んでいた牛のような生物は、心のうちで感謝をしつつ自然へと還した。 



 ――ヤブンスは街道でセントスと呼ばれる獣を犠牲にしたのだ。



 スルーザーに取り囲まれてしまったとき、せめて生き残れる確立があがるようにと噛み付かれ苦しむセントスをヤブンスは刀で切りすて、エサにした。


 セントスの犠牲の影で、人々は荷車に隠れて声を出さないように潜んでいたのだ。


 ヤブンスの思惑通り、苦しむセントスにスルーザーは寄り集まり、荷車の内部へと侵入を試みるスルーザーを避けることに成功する。

 人々は安堵した。しかし、それも時間の問題。

 セントスが食い尽くされた後には、いよいよ自分たちの番である。



 ただ……それだけであった。



 荷車の中で死へのカウントダウンをしながら息を殺していると、あたりに風が吹き荒れ、同時にボンッッという何かのはじける音がしたという。

 クロイツが助けるために放った魔法だろう。



 セントス一頭の犠牲のおかげで、荷車にいた人の命、そのすべてである五十名を助けることができた……。







「――――――フゥ……」


 クロイツは深く長く息を吐いた。自らの身にたまった気持ちを一旦外に追い出して落ち着くために。

 人にしろ獣にしろ、何かを犠牲にして生き残る。

 それが無性に悲しくて、治療中はほとんど泣いていた。

 泣いたおかげだろうか気分が少し落ち着いた気がする……。



 目の端に映る生き残った人たちは、互いに無事と喜びを分かち合っていた………………。

 その脇では、自らの不幸を嘆いて泣く人の姿もあった………………。



 いつの世も世界は弱肉強食だ。

 自然の世界でも、人間の世界でも、形は違えど摂理はひっそりと息を潜め息づいている。

 強いものが生き、弱いものは死ぬ。



 久しぶりの再開でヤブンスの脇にちょこんと座ったポルがいた。

 ヤブンスが狐耳の生えたポルの黄金色の髪を無骨な手で優しくなでると、ポルはヤブンスに擦り寄った。


「もう一度礼を言わせてもらう。感謝する……」


 ヤブンスはクロイツたちにそう言うと深々と頭を下げた……。








○●○●○●








 ――話は少し前に遡る。


 交易の街からスーセキノークへと渡る街道。

 そこには盗賊たちがひしめき合っていた。

 彼らはとある情報から街道に集まった。



 それは、“風の終わり”と呼ばれる品物をめぐっての事であった……。




「まったくどいつもこいつも馬鹿ばかりがぁ」


 極悪な笑みを浮かべた男は、自分にはむかった最後の一人を楽しんで殺した。

 スキンヘッド男は熊のような体躯をしており、身長は二メートルほど。

 無骨な濃緑色のごわごわした服に、色黒い肌、左耳に金の三連リングのピアス、両目には緑のガラス球が納まっていた。


 皮の厚そうなあご下の鬚を軽くなで上げると、男は殺戮の余韻に浸りながら死体に腰掛けタバコを吸い始めた。


「また一人で盗賊団をつぶしたんですか?」


 抑揚のない声が男にかけられた。

 男の視界にすっと映りこむように現れたのは、灰色の短い髪に生気を失ったような淡い青色の瞳をした少女であった。

 少女と呼ぶに相応しい、華奢な体躯に白い旅衣装、鋼の鱗を模した黒色の籠手を両腕にしていた。

 白い肌をした手には錆びた鉄色を思わせる、少女が持つにしてはやや刃渡りがある赤黒い刀がひとつ握られていた。



 凄惨な現場には、二十人ばかりが血を流して倒れていた。

 そのどれもが、心臓を深く抉り出されたように体の中央部に大きな黒い穴を空け横たわっていた……。



 男は呻るように言う。


「俺の国にきてでけぇ顔しやがって、まったく今日も最悪だ」


 スキンヘッドの男はそう言いつつもニタリと口角を上げ残虐に微笑む。

 自分の武器である腕にくくりつけられた鉤爪(かぎづめ)にこびり付いた血を、近くにある死体の服でふき取るとのっそりと立ち上がった。


「アジトに戻るぞ。今日の貢物はなんだろうな」

 

 毒々しい笑いを浮かべながら歩く男の後ろを、少女は追いかけ、二人は森の中へと姿を消した……。







 部屋の壁は、黒灰色をした少し風化しかけたような石で覆われていた。

 切り出した石を積み上げ、表面を削り整えたような部屋は二十メートル四方ほどの広さがあり、魔鉱石の針が天井から鋭利に生え伸びたがごとく、意匠を凝らした豪華な照明が取り付けられている。

 部屋の中央には立派なつくりを思わせる重厚な黒びかりしたテーブルがひとつと、床には赤い高級そうな絨毯が敷き詰められており、壁の隅に目を移せば埃をかぶって放置されたままに久しい本棚。本棚には剣やバトルアックス、槍といった無骨な武器が無造作に立てかけられていた。


 黒色の乳鋲が打たれたアーチ状の部屋の扉から、中央にあるテーブルを挟んだ場所に、これまたどっしりとした作りの椅子が一つだけおかれていた。

 その椅子に腰を下ろしていたスキンヘッドの男は入ってきた男を確認すると、嫌そうに顔を歪めて呻った。


「なんだてめぇか、いやなやつがきたもんだ。ヤブンス!!!」


 スキンヘッドの男は不快な気持ちを隠すことなくそう言うと、ヤブンスに挨拶代わりと一メートルを超える剣を投げつけた。

 ヤブンスがそれをあっさりよけると、剣は黒灰色をした石の壁にたたきつけられ、甲高い金属音が部屋全体に響く。





 スキンヘッドの男の嫌な癖。それは気分によって剣を投げつけるものであり、ヤブンスは他の誰よりもそれをよく知っていた……。





 ヤブンスは悠然と座ったままのスキンヘッドの男をにらみ殺すように見つめる。


「馬鹿が、俺もてめぇにはあいたくねーよ“サブル”」


 サブルという男は自身の名前を聞くと熊がうなるようにフンと鼻を鳴らした。


「俺は俺の道を、お前はお前の道を……道をたがえたお前がなぜここにいる? 聞こえてくるのはコソコソした馬鹿話。いまさら俺の前に出てきて……殺されてーのか?」


 野生動物のように獰猛な顔をした男は残虐な笑みを浮かべた。


「ふん……アジトを把握出来てねぇ、今のてめぇに言われたくねぇな」


 ヤブンスの声に、サブルは椅子から勢いよく立ち上がった。軽くはないであろう重厚な椅子がドシンと後ろに倒れこんだ。


「死にてぇ様だな」


 凄まじい怒気を含ませ吼えると、サブルは腕につけた30cmはあろう鉤爪をヤブンスに向けた。







 二人はしばらくにらみ合ったまま動かなかった。ヤブンスは武器をかまえるわけでもなく、自然体で、ただ静かにサブルを睨み付けていた。







 しばらくして馬鹿らしくなったサブルは椅子の端を乱暴に踏みつけ軽々と起こしあげた。

 再びどっかりと椅子に腰を下ろすと、目に入れた緑色のガラス球ごしにヤブンスを見返す。 


「何の用件で俺のもとに来た?」

「ふん。お前の矜持に触れることをした馬鹿がここに潜んでいるかもしれんと伝えに来ただけだ」

「……それだけか?」

「アジトの――街道の無法ぶりにお前の姿を一目見ようと思ってな」

「殺しても殺しても沸いてくるんだ。仕方ねぇだろうが? てめぇの矜持に反するならどうにかしてみやがれ」


 サブルは口に咥えたタバコを深々とすうと、それを煤けた部屋の天井にブワっと吐き出した。

 そんなサブルの様子を見つめながら、ヤブンスは醜悪な顔をさらに歪めて苦々しく言った。


「どこに行っても死体が転がっていやがる……」







○●○●○●


 




 

 森の深遠部に位置する古びた城の中にある強盗団のアジト。


 嘗てサゥクノ湿原一帯に勢力を誇り、栄華を極めたとされるその国が残したこの城は、長い年月の中で森にのまれて久しく、無法者の棲家となっていた。

 直線的な石造りの城は、多少の風化はしていたが当時の立派な外観を残しており、二つの巨大な塔と、中央部を結ぶ左右対称の美を有した空中回廊は、今も尚その貫禄を放っている。そんな城の四隅の壁面には、くの字を互いに交差させたような当時の国の紋章が、風化しかけた壁に刻まれているのがかろうじて見て取れた。


 二つの巨大な塔の高さは40mほど。しかしその上にあって生い茂る緑の木々は、塔に寄り添うように、飲み込むようにその大自然の力を見せ付けている。


 そう、巨大な城全体が木に飲み込まれていたのだ。


 大きな……と表現するに足りないほどの巨大な木のその根が、城の合間を縫うように下に伸び下がり、城を包むように覆っていた。



 その城の一室。


 ヤブンスは嘗ての盗賊仲間であるサブルに会いにきていた。

 実質的にアソルからスーセキノークまで徘徊する盗賊団と、その中心たるこのアジトを統べる彼と顔を合わせるのは久方ぶりのことであった。



「伝説の魔装具。“先史文明”の遺産……風の終わり。てめぇはなにか聞いてるか? ヤブンス」

「ああ、どっからかしらねぇが情報を流してるやつがいるな。だが俺にも良くわからん」


 情報の出所も、信憑性も無いにもかかわらず集まった盗賊団たち。

 それによって街道……並びに盗賊団のアジトは無法地帯に輪をかけた混沌とした闇の世界になっていた。

 誰もが欲望のままに人を襲い、奪い、殺戮する……。


 まぁもっとも、一番殺戮をしている男が目の前に座るサブルというやつなのだが、と立ったままのヤブンスは苦い笑みをかみ殺した。


「風の終わりって結局なんなんだ?」

「情報提供の見返りはあるんだろうな」

「てめぇ、ふてぶてしくなりやがったなぁ……」


 ここにきてサブルは少しばかり驚いた声を上げる。

 強盗団のアジト……その主たる自分にこのような態度をとるのは世界を探してもヤブンスくらいなものだ。それ以外のやつらなら問答無用で殺している。


 同じ釜の飯を食った仲。

 幼少より共にすごしたサブルとヤブンスは腐れ縁というものでかろうじて繋がっていた。


「まぁいい、風の終わりは魔装具と呼ばれているが正確には少し違うらしい……強大な力を秘めた宝玉……そう俺は聞いている」

「どっからてめぇはそんな情報を手に入れるんだかなぁ」


 スキンヘッドのサブルはあご下の鬚をさすりながら口角を歪めるように上げて笑った。


「宝玉かぁ、それはなかなかいいなぁ」


 サブルは無類の宝玉好きであった。

 自らの両の目に、気に入った宝玉を埋め込んでしまうほどに、それを愛している男である。

 無論、サブルの両目はただのガラス球などではなかった。

 それが何かはヤブンスも知らないが……目が見えているのが特別だという証拠だろう。





「ふう」


 サブルが一息つくとアーチ状に作られた黒色の乳鋲つきの扉がドンドンと叩かれ、ゆっくりと開いた。

 ガラの悪そうな男たち、その後ろには手を後ろで縛られ、力なく歩く女と子供の姿があった。


「サブル頭領。今日の収穫です、お納めくだせぇ」


 黒色のフードをかぶった、こじんまりとした小さな男がそういうと、連れられてきた人々を部屋に置いたまま、スルスルと仲間を引き連れて退室していった……。


「“ユレイ”いつものように地下牢へ連れていけ」


 サブルが面倒臭そうに声を荒げると、一人の少女が部屋の中にゆらりと現れた。

 ヤブンスがどこから沸いて出たのかと訝しんでいると、少女は無表情にサブルへと頷き、乱暴に縛り上げられた人々の縄を瞬く間に切り裂くとポツリと言った。


「死にたくなければ大人しくついてきなさい。逃げてもかまいません、死ぬだけですから……」


 そういい残すと、スタスタと部屋の隅にある本棚の一つに歩いていき、さも当然とばかりにそれを押し広げ、地下へと続く階段を降りていってしまった。

 ためらいながらも人々はそれに続いた。


 今は大人しく言うことを聞くのが利口なのだ。何をされても生きていなければ始まらないのだから……。



「相変わらずだなサブル」

「てめぇにいわれたくねぇよ。馬鹿が」


 ヤブンスは人々がすべて階段へ降りるのを確認すると、本棚をガシャンと閉じた。




 ――そして、事件はその夜に起こった……。






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