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クロイツと風の精霊  作者: 志染
32/47

第三十一話 ディンゾノイル~人形の館~

 長い歴史を誇るアソルの街には様々な建物がある。

 息を呑むほど美しい細工や緻密に計算された繊細な造り、あるいは生活の利便性を考えたものや防衛などの用途に合わせたものまで建物の種類には際限は無い。


 それらの多くは自らの栄華を誇示した文化競争の果てに生まれたものであった――。


 だが、そんな無秩序とも思える中にもすべての建物に共通している事柄がひとつだけある。


 それは、製作した国、あるいは集団、または氏名が建物のどこかに必ず刻印されていることであった。





 いやしかし、どこの世界にも例外というものはあるようで、アソルの街にもその例外となる建物が……一つだけ存在していた。


 唯一、どこの誰が作ったかは分からず建てられた時代も不明朗。

 

 城壁に囲まれた魚の目のような場所に、ひっそりと隠れるように存在するその建物の名は、


 “ディンゾノイル――人形の館”



 後の書物にはこう記されている。


《夜な夜な聞こえる呻き声……聞こえしものは呪われる。出会ったものは奪われる。命が惜しいというならば、対価に記憶を差し出そう……。》

 スクテレス・ロトザーニ著 冒険記12 アソルの建物より抜粋

 








○●○●○●








「アソル最後の宿はここにしてみました」


 にこやかな笑顔のスクテレスに率いられ裏路地から裏路地へ、城壁の下を掻い潜るような通路を進んだ扉の先にアソルの街の最終日を彩る宿があった。

 荷車も入れないような道だったので、ロムヤークのマーは違うところで預かってもらっているらしい。各自必要最低限の荷物を持ってここまで歩いてきたのだ。

 怒涛の日々はあっという間に過ぎ去り、いよいよ明日はスーセキノークへの出発の日であった。そう思うと名残惜しいものである。


 道すがら、簡素な造りだが独特の趣があると評判の宿である。という説明をスクテレスから受けて来たわけだが……。


 クロイツはその建物をみて目を見開き驚いた。


 黒い瓦屋根、竹で作られた雨どい、今としては珍しい縁側に立ち並ぶ障子。

 ――古きを感じさせる日本の平屋。それを少し横長にしたであろう建物がそこにポツンと建っていた。



 建物左側にある木で作られた簡素な扉を開ければ、そこには土間があり土を盛られて作られた竈のようなものや大きな水瓶が置いてあった。地面と同じ扱いの屋内の部屋は、クロイツから見れば鎌倉時代……いやもっと前の文化の建物であると予想された。


 クロイツは建物をいぶかしむように観察した。アソル……いや、近隣の国々にこのような文化圏を持つところがあったのだろうか? と。



 土間と居間の境目には大きな木で作られた大黒柱と思われる木があり、居間には懐かしさを覚えるような囲炉裏と黄土色をしたゴザのようなものが見えた……………………古風だ。


「スクテレスさん、これはいつの時代に建てられたものなんですかね?」 


 異世界とはいえここは人が住む世界。文化が似てしまうのは仕方が無いことなのかもしれない。

 しかし、ここまで忠実な再現率は無視できないものがあった。


「それが分からない建物なんだよ。年代も、製作者すら不明。僕が世界を見る限り、こんな様式の建物は見たことが無い……」

「なるほど」

 

 世界を回るスクテレスすら見たことが無い建物となれば、クロイツがいた世界の物が流れ着いたのだろうか?

 ワイナレスシモンは風の精霊キュアラ曰く数百年に一度と言っていた。しかし、精霊も感知しないワイナレスシモン……お菓子の本とかもあったわけだからそれも鵜呑みにするわけにもいかない。


 それにしても、これほど大きい物が街の中あるいは外側に現れたとして、それに気がつかない人はまずいないだろう。

 年代が不明というのはどういうことだろうか?




 城壁で取り囲まれるような場所に建っているのがポイントだ。

 より外側を覆う城壁が出来た時代を調べれば、大体の年代が絞り込めるのではないだろうかとクロイツは考えを巡らせた。


「クエイス公国暦に換算すれば725~930年の間くらいだね」


 城壁を調べてくれたスクテレスは頭を掻きながら考え込んでいた。

 205年の間にこの建物はおそらく建てられた。もしくは流れてきたのだろう。



「ホノカ、居間に上がるときは履物を脱いでいけよ?」


 木床である居間から縁側へと土足で踏み込んだので忠告する。

 ホノカも何だかんだと宿の渡り歩きがしたいらしく、昨日と同じく今日も一緒に泊まるつもりらしい。



 居間には掛軸が掛けられており、山水画っぽい物が吊るしてあった。ミミズがのたくった様な揺らめきのある線は少しばかり素人臭が感じられる。

 一方で、欄間には建物に不釣合いな程意匠を凝らした竜やら花やらが彫られていた。無駄に豪華であった。



 案内をしてくれた宿の管理人に連れられて、各自寝る部屋へと向かう。



 簡素な部屋は畳と障子と襖――それに掛軸と一体の赤い着物が着せられた人形が置かれていた。

 掛軸には平仮名で《おきく》と書かれ、力強い筆は無駄に掠れて濃淡があり一言で言えば豪快であった。


『やっぱり日本から――異世界から来たのか?』

『この付近の精霊の話によれば、街の人たちが建てたものらしいです』


 久しぶりのキュアラ情報に頼るクロイツ。

 風の精霊であるキュアラは、同じく風の精霊とリンクが可能であり、必要であれば土地の歴史を聞いてくれるのだ。曰く風の便りを出すらしい。


『この街の人たち? それだと日本語なのが説明つかないな……どういうことだ?』

『ワイナレスシモンでは無いそうです。確かにここの街の人たちが建てたものと言っています。旅人の可能性もないそうです』


 クロイツは少し混乱していた。

 街の人たちが建てた。にもかかわらず歴史や製作者は不明となっている建物。

 日本様式の平屋に、日本語の掛軸……クロイツは大きなため息をついた。謎過ぎる。



 い草の匂いがかろうじて残る畳に寝ころがる。

 古びた温泉旅館へ泊まりにいった時のことを思い出し、少しだけ元の世界のことを思った――。




「なに一人で寝てるのよ」

「クロイツ、夕飯の支度をするがなにか食べたいものはあるか?」

「……探検」


 障子を開けて、日本家屋に馴染まない異世界人の三人組が現れた。


「探検か、それも悪くないな」


 ルシャに料理を任せて、ホノカとポルを連れて薪割りを早々に終わらす。この辺りはファルソ村での生活が役に立っていた。

 台所周りはファルソ村のそれと似ているので、中世から再び弥生時代……じゃない平安時代くらいまで戻った感じだろうか?


 平屋の一軒屋から裏手に周ると、そこには大きな壷で造られた風呂が設置してあった。

 木材を敷いて入るのは五右衛門風呂と一緒である。ここまで来ると異世界人が関わっている気がしてならなかった。



 余った時間で探検を行うことにする。


 平屋の部屋数は10畳程度の部屋が全部で八つ。大きな部屋を襖と壁で区切り、移動には縁側を使うイメージを持てば分かりやすいだろう。


 おきく、さち、きみ、ふえ、ここわ


 各部屋に見受けられた掛軸には平仮名でそう書かれていた。

 そして掛け軸の下には、女の子の子供をモチーフにしたかのような、ふくよかな顔に細い眉と小さな瞳、もっさりとした黒のおかっぱ髪をした人形が置かれている。


「少し気味が悪いわね」


 怪訝そうな顔をしたホノカの意見に最もだと思えるほど、人形は不気味であった。


「俺の国だと、こういった人形の髪が伸びたり夜な夜な歩いたりするんだけどなぁ。怪談話だけど」

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ!」


 明らかな狼狽を見せたホノカにクロイツの瞳が輝く。


「夜、人形がひとりでに動き出すと寝ている人は金縛りにあって動けなくなるんだ。そして、辛うじて動く瞳で見上げると……人形に見下ろされて言われるんだ……黒髪のあなたの体……もらいうけ――」

「――フン!」

 

 ホノカの正義の鉄拳がクロイツを襲う。グハッっとクロイツはわき腹を抑えつつその場にかがんだ。


「変なこと言わないで!」


 わき腹を押さえうずくまったクロイツに、ホノカは帝釈天のような覇気をだしつつ怒り狂っていた。

 うずくまったクロイツを案じてポルが顔を覗き込んできた。感情の表れない顔は無表情であったが……いつも狐を思わせるピンと立った耳がいまはしゅんとうな垂れていた。


「……動く……?」


 肩に擦り寄ってきたポルにクロイツは慌てた。


「ひょっとして、ポルも怖かったの?」

「わ、私はぜんぜん怖くないんだからね」


 一人喧々とほえるホノカをほっぽり、クロイツはポルの小さな体を抱えるように持ち上げ立ち上がる。

 小さな子供には怖いものがあるのだろう。


「大丈夫。今日も一緒に寝ような」


 クロイツがポルにそう微笑むと、ポルの耳は元に戻り尻尾をひらひらと揺らした。






○●○●○●







 ルシャの鍋料理を早々に食べ終えると、各自湯浴みへと移り、その後就寝の運びとなった。

 明日の出発は朝早いのだ、最後に鋭気を養わなければなるまい。


 居間にいたスクテレスとロトザーニにお先に失礼しましたと風呂から上がったことを報告すると、クロイツは縁側へと向かった。



 月明かりに照らし出された縁側は、夏らしい生暖かい風が吹き込み、情緒あふれる懐かしい雰囲気が醸し出されていた。


 縁側には風呂上りの――しかも浴衣姿の銀髪碧眼、赤髪赤眼、金髪緑眼+狐耳尻尾つきの少女三名+魔獣一が待っていた。

 三人仲良く縁側に座っている姿は、なんと言うか悪くないものだ。風鈴とうちわでもあれば完璧だったかもしれない。


 彼女たちが着ている浴衣は、この宿の伝統として代々伝わっているものらしく事前にレクチャーを受けていたものである。

 どう考えても自分の世界の文化が入っている気がしてならないが、三人の姿を見たクロイツの思考からはその疑問は払拭されていた。


 地球にある月よりもかなり大きめな月がある惑星ルーティア。

 少し膨らみを持った下弦の月が今は南中をしており、明るい光を周囲に落としている。

 人の顔が判別できるほどの光の中にあって、三人は……ただ美しかった。




「ポルも一緒に寝るのか?」

「ああ、部屋にある人形が怖いらしいんだ」


 ルシャからウトウトとしはじめたポルを受け取る。


「確かに少し不気味だからな」


 苦笑するルシャは落ち着きの無いホノカを見てそう言った。

 先ほどからルシャに擦り寄りぎみのホノカは、なんというか昼間の元気が嘘のように不安そうな様子を体から発していた。どうやら怪談話には弱いらしい。


「ホノカも怖いなら一緒に寝るか?」

「ば、馬鹿いわないで!」


 半ばからかいのつもりで提案したのだが、ホノカは頬を染めながら完全にルシャの裏手に回りこみ警戒姿勢を見せた。

 そんなホノカをせせら笑いつつクロイツは自分の部屋へと向かう。ちょっとだけ残念と思った自分は……男として正しいと思う。





 ――そして真夜中に事件は起こった。














 キャーー!


 耳に届いた女性の悲鳴で、クロイツは目を覚ました。

 薄暗い部屋の中、ぐっすり眠っているポルを少し強引に持ち上げて片手で抱え込むと声の方向へと急いで向かう。

 月の光が城壁によって遮られ、不気味な薄暗い雰囲気に変わった縁側を疾風のごとく走り抜け、スクテレスとロトザーニが使っている部屋の前に到着し立ち止まった。


 そこで気がついた。あれ、この場合もしかしたらもしかして、あれかもしれないと思い立ち、襖の前まで来てクロイツは開けるのを躊躇う。

 念のため、念のためと思い直し、音が無いように慎重に襖を少しあけ中を覗き込むと――


 部屋の中央に組み敷かれた布団の上に、魅力あふれる浴衣姿のロトザーニが倒れているのが見えた。

 ざん……じゃなくて、急いで襖を開けて仰向けのロトザーニを確認する。どうやら気絶しているようだ。倒れていたロトザーニの脇には、部屋に飾られているはずの人形がうつぶせの状態で一体置かれていた。



 そこでクロイツはスクテレスがいないことに気がつき、彼がどこへ消えたのか思考を巡らす。一緒の部屋で寝ると言っていたのに……気絶したロトザーニを一人置いていなくなるのは少しばかり不自然であった。





 クロイツは慌てるように部屋を飛び出し、ルシャとホノカを見に行くことにする。


 ホノカの部屋に先に着き部屋を空けてみる。スパンと勢い良く襖を開けてしまったが、部屋には誰も使っていないと思われる布団があるだけで誰もいなかった………………。

 クロイツは何も考えないようにしてルシャの部屋へと向かう。同じく中を確認することなく襖をあけると、見慣れた二人の少女が体を寄せるように部屋の隅で震えているのが見えた。そして、その震えの原因も……



「――く、クロッ」


 ルシャは顔を蒼白にしながらクロイツに助けを求めるかのごとくか細い声をだす。ルシャの胸に顔を埋めたホノカはブルブルと震えていた。

 二人とも腰が抜けて満足に動けないようだ。

 正直いって俺も怖い――








 なぜなら、二体の着物を着た人形が、二人に向かって匍匐前進をするようにズリズリと近寄っていたのだから……………………。








 キュアラに風の鎧を発動してもらい人形を風で吹き飛ばす。と同時にルシャとホノカの元へ走りより、残ったほうの腕で無理やり二人を抱え上げ、クロイツは縁側から庭へと飛び出した。

 城壁に反射された仄かな明かりの中。クロイツはルシャとホノカに抱きつかれていたが、はっきり言ってそれを楽しむ余裕など無かった。


 なぜなら平屋の屋根に……一人佇むスクテレスの姿を確認したからだ。


 彼はひたすら屋根の上で何かをしているように見えたが、その様子が少しばかり異常だ。

 慣れた手つきで瓦を取り外すと一心不乱に働いていたのだから。




 クロイツが見ていることに気がついたスクテレスが屋根から飛び降りてきた。


「あれ? あいつら失敗したのか」


 いつものスクテレスの声ではあったが、口調が少しばかりおかしい。


「素直に体かしてやってくんねーかなぁ、一人じゃきついんだ」


 すこし蟹股歩きの男はクロイツ達に近づいてきた。


「誰だお前は?」


 少し凄むように男を……スクテレスを見据える。


「おれは一心っつーもんだが、あんた言葉がわかるのか? これは初めてだな」


 金髪金瞳の優男に乗り移った何者かが苦笑してそう言った。







○●○●○●







 現在の状況を説明しよう。

 平屋の一室、クロイツは胡坐をかいて座ったスクテレスと、人形四体と対面するように座っている。

 クロイツの後ろには、布団に寝そべるポルと気絶したロトザーニ。


 クロイツの右腕をルシャが、左腕をホノカが抱きかかえるように後ろに回りこみ、半ば盾にされた状態でクロイツは正座している状態だ。



「改めで自己紹介だ。俺は一心(いっしん)。大工をやってる」


 月明かりのみが照らし出す薄暗い部屋で、男はそう名乗った。

 スクテレスの体が動き、人形のひとつを手に取り、額に当てた。


「そんで鎌柄(かまつか)だぁ。彫り師だぁ」


 その後スクテレスは次々に人形を額に当てていく。


和栖(わす)です。畳職人であります」

「ねこじ。棟梁の部下だ」

「同じく一心棟梁のお手伝い兼農民をしていました、わくです」


 次々に声は同じだが口調が変わるスクテレスを不気味に思いながらも、クロイツはルシャとホノカに拘束されたそのままの体勢で自己紹介を聞き終えた。


「なにやら訊けば良いか……」


 完全におびえた様子のルシャとホノカに差し出されるような体勢をとらされたクロイツは苦悶の笑みを浮かべた。


「――クロイツ、スクテレスがなにやら呻いているが大丈夫なんだろうか」

「ちょっとおかしいわよ。絶対おかしいわ」


 震える小声で後ろの二人はそう言った。どうやら彼らが話す日本語が理解できないようだ。



「まぁつまりは、あなた達は日本人ですね?」

「日本人? 俺達には学がねーからなよくわからねーが、言葉は分かるな」


 再び一心に戻ったスクテレスは、少し驚いた表情をしながらそう言った。


「日本人ってなに! 言葉分からない、話せるのあんた」


 とうとう涙声に変わったホノカはひたすら震えていた。

 人間誰しも未知との遭遇は恐怖を覚えるものだが、ホノカは決定的にダメらしい。少しかわいそうになほどであった。



「二人とも落ち着いてくれ、この人たちはたぶん人間だ。しかも俺と同じ国から――魂だけになってやってきた? と思われるわけだ。とりあえず、逆関節に決められた腕がかなり痛いから……少し緩めてくれ」


 捕まれた腕がキシキシと唸る。恐怖に任せて抱え込まれた腕は、いまやプロレスの技に昇華せん勢いであったのだ。

 少し落ち着きを取り戻したルシャにホノカを任せて背の後ろに匿ってあげる。二人して思いっきり背に体重をかけてくるので少しばかり重かった。


 前に押し出される体を正座しながらもクロイツは必死に踏ん張った。

 正直に言えばクロイツもスクテレスに近寄りたくなかった。気味が悪いのはクロイツも同様であった。





「つまるところ……あなた方はこの世界に魂としてやってきた。それで、夜限定だが人に乗り移る事が可能であり、気絶した場合は取り付くことが出来ない。最初は魂としての力も強くそのままの状態で存在出来ていたが、それも年々きつくなってきた。そこで現在は依代となる人形に入っている。なんだかんだとやる事もないので……とりあえず自身の仕事をこなすためこの平屋を少しずつ作り上げた。体を使われた人間はどうやらその前後の記憶をなくしてしまうらしい……」


 そういうわけですね? とクロイツは確認を入れる。


「いやぁ、こんな話を分かる人が来るとは! ここが天国か地獄か俺達も悩んでいたんだ。異国人ばっか来る場所だから仏様が間違えたんじゃねーかとな」


 スクテレスはいつもより豪快で少し下品な感じで笑った。いや、俺は死んだわけじゃありませんよと心の中でツッコミを入れる。



 どうやらこの五人はどこぞかの田舎で暮らしていたらしく、とある屋敷に呼ばれて改修工事を頼まれた折、巻き起こった光の竜巻に飲み込まれ、気がついたらこの世界に霊魂と呼ばれるような意思でいたそうだ。

 意思だけとして漂い、この街に憑いたらしい……。

 本人達はここをあの世というところだと思っているらしく、簡単に言えば正真正銘の幽霊様達だった。



 この世界は魔力が意思を持てば精霊となる。では意思だけ持っている彼らの存在の元は魔力であるのだろうか? いまいち分からないが、存在していたとしても不思議ではない。

 

 ただし、ホノカいわく、この世界に幽霊なるものが実在しないそうだ。


「だって死んだ人までいっぱいいたらこの世界が飽和しちゃうじゃない」


 と泣きながら抗議してきたので、それも最もだという事でホノカを落ち着かせた。





 部屋に掛けられた掛け軸は、各自が愛する妻の名前らしい。


 おきく、さち、きみ、ふえ、ここわ


 それぞれが書いたそうだから、掛け軸の字風が変わっていたのに納得がいった。山水画は一心が描いたものらしく、自信作だったそうだ。笑顔を向けられて笑みで返してしまった。

 霊魂とは少しばかり意味不明な現象であったが、アソルに古風な日本建築があった理由が分かり少しすっきりする。

 ワイナレスシモンの魂verなど精霊も分からなかったのだろう……。





 まぁそれはいいとして、


「俺達はどうしたらいいんだろうなぁ」


 クロイツは幽霊達から魂生相談を受けていた。


「時折な、元の世界の夢を見るんだ。あと少しというところでこちらに引き込まれる感じでな」 

 

 クロイツは真剣に頷きながらも最後にため息をついた。

 元の世界戻る方法が分かれば苦労しない。そもそもこのたびの目的のひとつにはその情報を探し出すことも含まれているのだから……。



 彼ら曰く、昼間の時間帯は夢のような空間に存在しているそうだ。そこで彼らは常に何かを追いかけているらしく、強く思えば夢の空間に夜でも行くことが出来るらしい。追いかけているものを強く強く具体的にイメージしようとすると元の世界の夢を見るらしく、それに手が届きそうになると引き込まれて帰ってきてしまうと言っていた。


「今更だが、家族が心残りで……」


 項垂れた一心は、胡坐をかいた足元に……涙をこぼした。

 死した彼らとて故郷は懐かしい。数百年近くも訳も分からずここにいた。仕事をすることで気を紛らわせてきた。

 しかし、事情を理解できる人に出会ったことで、心のうちに仕舞い込んだ思いが出てきてしまったのだ。




「うーん」


 クロイツは頭を掻いた。冷静に考えるならば、彼らは魂だけでこちらに来ている。

 仮説だが、彼らが何かを追いかけているのは自らの肉体なのではないだろうか? 魂と肉体はつながっているとどっかのマンガで読んだ気もするし……ありえないなんてことはありえないだろう。


 となれば、手が届かない原因は力不足だ。

 ここはあらゆる世界と世界の境目から魔力という謎のエネルギーが流入する世界。最下層の世界といってもいいだろう。

 そこから上に向かうならば、それを押し出す力が必要なのだ。


「んー鎌柄さん? 試しに昼間のモードになってくれませんかね? 夢の世界へと入った状態を見せてほしいんです。それで出来ればでいいので現世を強く思い描いてください」


 と人形の一体にクロイツは話しかける。

 しばらくすると、人形から白い光の帯が立ち上り、人形の上にバスケットボール大をした、幾億もの細い毛がもっさりと生えたような、白く淡い光を放つものが浮かび上がった。

 これが魂なのだろうか?


 しばらくして、魂から光の帯のようなものが螺旋を描きながら上へと立ち上り、部屋の天井に円を描き出す。

 その円の中央には古い屋敷の横に仰向けに倒れた30代くらいの男の姿を見た……。



「クロイツ……この光の玉はなんだ?」

「それにルシャ天井を見て、人が倒れてる」


 クロイツの肩からひょっこりと覗き込むようにルシャとホノカが顔を出した。とりあえず害はないと知り、幽霊に慣れてきたらしい。

 どうやら魂やら天井の映像は、二人にも見えるみたいだ……。



 魂の玉は光の螺旋を上へと向かおうとすると、途中で動きを止めてプルプルと震え始めた。

 クロイツはそれを打ち上げれば元の体に返ることが出来るんじゃないかと思い、手を差し出し魂を持ち上げようとする。


 しかし、クロイツの手は魂に触れることが出来ず、ただ通り過ぎるだけ………………。まるで白い霧を触ろうとしてるように不毛な行為であった。


『クロイツさん魔力を固めるイメージを持って触れてみてください。私がクロイツさんに触れた際にはそのようにしました』


 キュアラの助言もあり、クロイツは魔力を手に集中させる。そして大きなお椀型のように魔力を圧縮するイメージを持ちながら魂に……触れた。


「……俺を信じてもらえますか?」 


 クロイツは鎌柄の天井に映し出された肉体であろう体を凝視しながら聞いた。

 確証はなかった。うまくいくのかもわからない。もしダメだったら……人が……死ぬのかもしれない。


「――頼みます」


 一心の短い返事を聞き遂げると、クロイツは大切に魂を包み込んだお椀をそのままに、超圧縮された魔力を天井に見える映像に向かって思いっきり放った。

 近いように見える天井がやけに遠く感じる。風が巻き起こり、ガタガタと襖を、部屋を揺らした。

 それでもなおクロイツは遥かなる空のかなたへと魔力を放出し続けた……。




 一筋の光が天井に吸い込まれると、辺りは再び薄暗い部屋へと戻った。気がつくと、鎌柄の魂も天井の映像も消えてしまっていた……。




「元の世界に……戻れたのか?」


 なにやら人を一人消してしまった後味の悪さを覚えつつ、クロイツは無表情なスクテレスを見た。


「分からない。だがな、いずれにしろ俺達は死んでたんだ……問題はないだろう」


 一心は頭を振って泣き出しそうな笑みを浮かべながらそう言った。

 だから、


「せっかくだから、皆さんを全員同じところへ打ち上げますよ。成仏するならみんな一緒がいいでしょうし」


 クロイツは笑った。なぜか確信があった。鎌柄さんは元の体へ戻れたのだと。

 一心達も送り届けることが出来るという自信があった。


 一人、一人魂を昇華させていく。二度三度と繰り返すと、コツもつかんでくるものだ。打ち出す魔力も適正値というものをつかみ始めていた。


「最後は俺だな……あんたに会えてよかったよ。これから行くところが天国か分からんが……もし現世に戻れたらあんたに礼を言いたいもんだ、そういえば名前を聞いていなかったな」

「はは、黒沢樹です」


 クロイツは名乗った。久しく忘れていた名前を……

 彼らとはおそらく生きている時代が違う。礼など言えるわけもないだろうが、それでも出会えてよかったと思えた。


「あの世で仲間に会えたら伝えておくよ。ありがとう」


 白い魂になった一心をクロイツは空の高く高く、次元を超えた遠くに押し出し見送った……。








○●○●○●







「というわけで俺は異世界人だ!」

「堂々と威張んないで!」


 縁側には三人座っていた。おぼろげな明かりに照らし出された縁側は、いつもの静けさを取り戻していた。


 左右を浴衣美小女に挟まれるという幸運に恵まれながら、クロイツはホノカにそう語った。

 聞くところによれば、クロイツの正体についてクルクから聞いていなかったそうだ。教えてくれなかったというのが正しいらしく、クルクは律儀にも誰にも言わないという約束をホノカにも守ってくれていたらしい……。


「あんたの中に風の精霊? どーりでね! あれだけすごい魔法が精霊の力なら納得よ」


 なぜか勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべたホノカ。クロイツの魔法が精霊によるものだと知ったことで、自身の魔法力に自信を取り戻したようだ。

 いや、持っている力という点では変わらないのだからそれはどうだろうと思うわけだが……。


 そして次の瞬間、はっと気がついたように急に真剣な表情になり腕を組んで考え込んだかと思うと、今度は右手の人差し指でクロイツを指差しながら聞いてきた。


「そういえば今こうして話せているのは……精霊のおかげなのよね?」

「え、ああたぶんそうだ」


 まったく普通に日本語として聞こえ、会話できている不思議……。その辺は改めて考えるとチートだ。


「まさかリヤンジュと話せたのも……精霊のおかげなんじゃ?」

「大いにありえるだろうな!」


 おずおずと聞いてきたホノカにクロイツは思いっきり肯定した。自分もその可能性を考えていた、むしろそっちの確立のほうが高い気がしてならない。


「こぉの馬鹿ーーーーーーーーーーーー!」


 と顔を朱に染めたホノカの癇癪の真意は不明だが、いつもの調子を取り戻したことにはクロイツは安堵した。


 ホノカ曰く、幽霊はやっぱりいなかったと思うことで恐怖は克服したそうだ。





 口を閉ざしていたルシャが、碧い瞳を向けて訊いて来た。 


「クロイツ……あの者達はお前の国の人間だといったな」

「魂だけだけどな」

「――やはり帰るのか。いつかは、帰りたいのか?」

「そうだな」

「そうか」


 少女はその銀髪で顔を隠すように俯いた。




「なーにしみったれたことしてんのよ」


 二人の沈黙を壊すように、ホノカが言った。


「あんたは戻ってくるんでしょ。この世界に――私達がいる限り」

 

 赤く美しい瞳がクロイツの動きを止めた。

 少女は妖艶に微笑むと、前触れもなくやわらかい唇をクロイツの頬に頬に触れさせた。


「楔をうつのも悪くない、な」


 碧い瞳の少女は勝ち誇ったように笑って続けざまに麗しい薄紅色をした唇を……


 クロイツの意識はここで途絶えた。












~after~


「棟梁! 一心棟梁!」


 自分をゆすり起こす声に、目を開けるとまぶしい日差しが目に飛び込んできた。

 わくが自分を抱き起こしてくれているらしいがどうも目がくらんだようだ。


「あー」


 一心はしばらくぼんやりとした意識でまどろみ、再び目を開ける。


「棟梁! 帰ってこれましたよ!」


 うれしそうな表情を浮かべるわくに出迎えられ、一心は今度こそしっかりと目を覚ました。


「夢じゃないわなぁ」


 頬を手で下に撫で付けながら一心は言った。同じ体験をした四人は激しく頷いた。


「あぁ、あいづの名前聞いてなかっただぁ」


 彫師でもある鎌柄が残念そうな表情でそう言った。

 そこで一心はうれしそうな笑みをこぼしつつ


「名前を聞いてきたぞ……たしか……くろさわいつきと名乗っていた」


 おぉという歓声が一同からあげる。


「いや、しかし私はあの人が実は仏様だったんじゃないかと思うのです」


 畳職人の和栖はなにやら信心深くそう言った。


「確かにそうだなぁ。違う世界に迷い込んだ俺達を探しに来てくれたのかもしれないな」


 一心も深く深く頷いた。


「黒岩様じゃなかろうか?」


 無口なねこじがそう言った。


 一同は目を見開きそれに同意する。



 村のとある田んぼ、その田んぼの中央に、どこからどう来たか分からないが、大きな、それは大きな黒い岩が鎮座していた。

 それを村人は大岩様、あるいはその黒い色から黒岩様と昔から呼び大切にしてきていた。

 

「くろさわいつきは黒岩様のお名前だったのかも知れんなぁ」



 五人はそういうと、屋敷の仕事をほっぽり出してそれぞれの妻の下へと戻り、この話を言い聞かせた。



「できだぞぉ」


 一心、鎌柄、和栖、ねこじ、わくの五人は黒岩に新たなしめ縄を作り感謝をこめて結んだ。


 そして岩のど真ん中に彫師である鎌柄が恩名を刻んだ、


《くろさわいつき様》


 それはとある時代の、とある村で実際にあったお話…………。





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