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クロイツと風の精霊  作者: 志染
28/47

第二十七話 リヤンジュの試練と婚約?


 温かな太陽の日差しに照らし出されたクート城。


 白い鉱石のようなものを用いて建てられたであろう城は、継ぎ目なく滑らかな外観をしており、薄い紫色の屋根が全体の調子を整えているのが印象的だ。

 城の特徴を挙げるならば、城全体の雰囲気を柔らかくしている巨大なアーチ状の屋根であろう。巨大といっても、中程度の野外ステージを覆う程度の規模だが、それらが石で作られているとなれば話は別で、素材と重量のバランスは重要だし強度計算も難しいと思う。

 この世界でそれらが計算されて作られているかどうか不明だが、滑らかな曲線と、それらを支える均等間隔に置かれた太い柱は形と位置だけで美しいと思える人もいるかもしれない。

 いや、素人目に見てそう思えるのだから、建築物の精度の高さは誰にでも伝わると思う。


 奥に見える大小無数の塔はアーチ上の屋根よりも高く伸び、城の最終的な全体のバランスをとりつつ、城に威圧的でない生彩さをあたえてくれている。

 それが簡素だが美しいと思えるゆえんなのかもしれない。



 そんなクート城までは簡素な石畳の道が真っ直ぐに続いており、左右を見れば鍛錬をしている兵士達の姿を見ることができる。

 これもここのもうひとつの特徴と言っていいだろう。城の警備として兵士がいるのではなく、鍛錬の場としてここがあるのだ。

 



 クロイツ達の乗った馬車は、クート城の大きくアーチを描いた玄関口の前に馬車が止まる。

 外に出るとかわいい少年のお出迎えだ。


「おはようございますぅ」


 茜色の髪をした、少し赤みを帯びた瞳を持った少女のような声した少年クルク。

 いつもは白い文様の入った長い紺色のローブのようなものを着ているのだが、今日は少し装いが違う。

 金の文様の入った赤褐色のローブ。おそらくは魔法学校の制服だろう。クルクの茜色の髪と合わさると、見るものを唸らせる神秘さが出ていた。いうなれば、中性的な性別がさらに分かりにくくなり女の子にしか見えないとも言い換えることが出来る。 


 クルクの脇には明るい紅色の長い髪をした、赤いルビーのごとき瞳を持つ賢者風の男。

 街の内政を実質取り仕切っている重鎮ハノンがいつもと変わらぬにこやかな笑みで立っていた。

 こちらはいつもと同じく文様の入った長い紺色のローブのようなものを着ている。おそらく貴族の服装なのだろう。


「スクテレス様とロトザーニ様はすでに裏手のリヤンジュを見に向かわれましたよ」

「さすがに早いですね」


 のんびりとクロイツ達がギルドへ行っている間にスクテレス達はすでにここに来て、リヤンジュの観察をしているそうだ。

 神獣を見る機会などめったにないらしく、本のネタになると意気込んでいたから当然か。





 挨拶もほどほどにクロイツ達は城の裏手へと歩き出す。

 

「クルクさん、その服装は学校の制服ですか?」

「そうですね。ギィミドパシィ魔法学校は研究学科と魔法学科の二つによって出来ていますぅ。研究学科では“ゾヨドの翼”と呼ばれる金の文様が入った赤褐色のローブを着ています」

「ゾヨド?」


 何かの生物なのだろうか。それにしてもローブに入った文様からはそんな想像が出来ない。

 ローブの背には何やら複数個のひし形で×を描いたような文様が入っているからだ。翼に見えなくもないが……


「クエイス公国で算出される鉱石の一種で、透明なとてつもなく硬い鉱石ですぅ。そんな鉱石の中に黄金色をした翼を模したかのような不純物が入ることがあるのですが、それらはとても希少なんですよ。魔装具はクロイツさんご存知でしたか?」

「ああ、知ってます。何でも魔方陣の機能を代用させたものだとか?」


 よく勉強している生徒に感心するようにクルクは頷く。


「ゾヨドの翼。は簡単に言えば天然の魔装具であり、魔装具の原点でもあります。立体的に鉱石を配置し、魔法陣の代わりとなす。その革新的なアイデアの元になったのがそれということですね。つまり、研究学科の間では自らの知識の原点は自然にありという理念を忘れないために、こうして取り入れているという訳ですぅ」

「なるほど」


 ローブひとつをとってもクロイツの知らない事が多いものである。



 







 城の裏手には生物がいた。リヤンジュだ。

 

 人が扱うことの出来る生物として最高峰。

 体長は5mほどの巨大な体躯をした四足歩行の生物。

 イメージとしては巨大なアルマジロに、ライオンを混ぜたような生き物。


 翼を持たないのに空を駆け抜ける力を持し、その体は、緑のうろこのようなものに覆われていて、いかなる攻撃をも防ぐ鉄壁の防御。

 獅子に似た顔に生える牙は、鍛えられた剣すら紙のごとく噛み千切り、流れる金色の鬣は暗い夜道をも輝きで照らし出す。

 頭に生える二本の赤い角は天候を操り、同時に不老不死の妙薬とも言われている。山三つ先まで轟く咆哮は衝撃波となり、他を圧倒せしめるという。


 魔獣とは一線を隔す存在であり、神獣と呼ばれている。

 強さのランクでいけばSとなる。



 クロイツはそうスクテレスに聞いていた。

 なるほど。


 象を思わせる体躯。緑の鱗に覆われた体はアルマジロだ。顔はライオン……確かに。



 だが実物を見れば言い方が変わる。

 いうなればライオンに鱗に覆われた鎧を着させた。そう表現した方が正しいと思う。

 それほどまでに武装的なリヤンジュは悠然とそこに横たわっていた。


 ただそこにいるだけで、空間自体を自らの領分としてしまうような、有無を言わさぬ圧倒的存在感。


 金色の鬣は流れるように尻尾へと続き、彼が王者たらんと証明するかのように見えるし

 二本生え出た角は螺旋状を描きながら斜め後ろにそそり立ち、あたかも赤い光を周囲にはなっているかのようだ

 確かに神の獣と称されるだけの神秘性を秘めている。



「クロイツ、私はあれに勝てるだろうか」

「いや、無理だろ」


 ルシャに問われた質問に、即答してしまう。

 寝ているだけのリヤンジュを目の前にしただけで、クロイツの直感が告げているのだ。あれは戦ってどうのこうのしていい相手では無い……と。



 だがそんな緊張も長くは続かなかった……



 まず初めに緊張を砕いてくれたのはスクテレスだ。世話しなくリヤンジュの周りを回りながらメモを取ったり絵を描いたり。そんな気の抜ける姿が見えてしまった。次にロトザーニがリヤンジュのいろんなところに触りまくって、感想をスクテレスへと告げているのが見えた。寝そべっているリヤンジュの尻尾を無理やり押し上げて裏側まで確認しているのが見えて、肝が冷えた。彼らはあれが恐ろしくないのだろうか…………。




「ニアーただいまっ!」


 寝ているリヤンジュの鼻先に飛びつく黒髪の少女。

 この光景は見たことがある。そう、さつきが猫バスの鼻先にとびつくシーンだ。

 リヤンジュは鼻先に飛びついてきたホノカに気がつき目を覚ます。ニア? 名前なのだろうか。


 目を開けた瞳は、サファイヤのように青く丸い目をしていた。瞳が小さいので感情が読み取りにくい。ニアと呼ばれたリヤンジュは唸り声を上げた。


「《ホノカ、寝ているときに飛びつくのはやめなさいと言っているでしょう?》」


 !!!??


 なにやら不快げな声が、そう大聖堂全体から響いてくるような妙齢な女性の声が、シスターマリア的なお告げが聞こえた気がする……。


「ごめんなさい。でもこうでもしなきゃ起きてくれないでしょ?」

「《うっかりかみ殺す危険があると言っているのよ? 貴方のお友達とやらも不快だし。かみ殺していいかしら?》」


 クロイツは一人眉根を摘んで下を向く。何かすごい幻聴が聞こえる。唸り声の合間に何か響いてくるのだ。

 しかも、何かすごいやばいこといってる。確実にリヤンジュと呼ばれる生物が怒っているのは間違いなさそうだ。

 ここは神獣って話せるんかい! とツッコミたいが、クロイツ以外は平静そのもの。ルシャやクルク、スクテレス、ロトザーニ、ポル……ハノン誰一人として動揺すらしていない。ここで取り乱すのは子供のすることなのだろうか? 異世界の常識に疎い自分が悪いのだろう。自分にそう言い聞かせて我慢することにする。


「それはだめよ。神獣らしく我慢して! ね?」


 その理屈はどうだろう。神獣だからこそ尊厳を払えと怒ってしかるべきところでもある気がする。


「《ならば早くこの二人をどうにかして。さっきからくすぐったいの》」


「スクテレスさんロトザーニさん。リヤンジュがちょっとやりすぎだって怒ってるみたいなの。離れてくれるかしら」

「むぅ。そっか申し訳ない」


 そそくさと離れてこちらへ来るスクテレスとロトザーニ。何やら非常に満足そうにしているように見える。


「おはよう。クロイツ君。唸り声も地に響く感じがまたいいですね~」

「はぁ」


 もう少しでかみ殺されると言われておいて、唸り声を褒めるなんて……本のためなら命すら捨てかねないと思えた。



「リヤンジュ。あそこに来ているのも私の友人なの。少しだけ触らしてあげて。お願い」

「《仕方がありませんね。獣の女の子までいるとは珍しい。あの黒いのも珍しいわね》」


 リヤンジュがこちらに顔を向けて唸り声を上げる。


「クロイツ、ルシャ、ポル。リヤンジュに触ってもOKだって。でも出来るだけやさしく触ってね」

「お、おぅ」


 クロイツ達は恐る恐るリヤンジュへと向かう。


「……大きい」


 思ったよりも柔らかい毛並みにポルが顔をうずめる。リヤンジュと獣人の少女というのもまた良いものである。バルがいつもはだらしなく伸ばしている舌をしまっているのは、何かしらの敬意の表れだろうか。


「毛並みは思ったよりも柔らかいんだな」

「鱗のほうはやっぱり硬いね。何かの鉱石みたい」


 ルシャとクロイツもリヤンジュに触って感想を述べる。思ったよりも獣の匂いというのは強くない。匂いでいけば馬の匂いに良く似ている。


「《ホノカが一緒についていきたいと駄々を捏ねたのは……この少年が目当て?》」


 何やら聖職者にそぐわない、ニヤついた声色が聞こえた。


「ニーア、どこでそんなことを覚えたのかしら?」


 ホノカが困った子供を見るお母さんのような目をリヤンジュに向ける。


「ホノカお願いがあるのだが」


 ルシャが珍しく興奮しながらホノカにいう。


「その、リヤンジュの背に乗せて飛ぶというのを体験してみたいんだ。だめだろうか?」

「そっか、そうね。リヤンジュお願い出来るかしら?」

「《力を見せてくれればいいわよ》」

「はぁ、やっぱりそう来るのね」


 ホノカは何やら困った顔を見せていう。


「んーと。そうよね。紹介していなかったわね。リヤンジュのニアよ。ニアは私がつけた名前なの。背に乗せて飛んでいいけど、条件があるそうなのよ。やっぱりニアも認めた人じゃないと嫌みたいだから、そうねルシャ。ニアに向かって思いっきり水柱系の魔法使って力を示してあげて」


 戸惑いを見せたルシャの前で、悠然に世界の王者は立ち上がる。立ち上がるとやはり大きい。


「《全力で打ち込んできていいわ》」

「全力でやっても大丈夫だからね!」


 ホノカが意地悪な笑みを浮かべてルシャを見やった。

 ルシャの力でニアが面食らう姿を想像しているのか、はたまたまったく魔法が通用せずに面食らうルシャの姿を想像しているかは不明だ。


「っとホノカ俺も俺も!」

「えっ、あんたも乗るの?」

「ホノカさん僕も僕も!」

「あななたちも乗るの?」

「……ポルも」

「じゃあ、俺の分でポルもつけるということでどうだろう?」



「《黒い方はよほど魔法に自信があるのね。貴方といい勝負じゃない。面白いわその条件を飲みましょう》」

「条件それでいいって。その代わり……なんでもないわ」


 呆れ顔のホノカをよそに、勝負は開始される。







○●○●○●







 勝負内容!

 リヤンジュに向かって全力の魔法攻撃。

 魔法は柱系の魔法に限る。属性は問わない。

 協力プレイも可能。

 力を認めれば背に乗せてアソルの空一周の旅がプレゼントされる!


「いや、毎度盛り上がりますね」

「そうですね。城を壊さないように気をつけていただけるとありがたいですね」


 解説はクルク、実況はハノンでお送りします。



「一番手はルシャ様ですね。どうやら一人で行くようですが……」

「ルシャさんは武舞大会にも出場しますからね。当然でしょう。ちなみに大会への申し込みは僕が頼まれていますぅ」

「なるほど、それは楽しみです。魔法の威力は訓練時にも見せていただきましたが、なかなかのものでした。期待が膨らみますね」


 銀髪の少女は意識を集中させ、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 ルシャの周囲が濃密な蒼で埋め尽くされるような、極度の集中とともに放たれたのは青黒い水柱。

 濃密な水が圧縮されたかのような密度と速度を有しリヤンジュへと向かっていく。

 リヤンジュはそれを真正面から受け止める。黄金色の顔に向かって水の柱が叩き込まれた。そしてそれが四方へと飛び散る。


「うぉぉぉぉ」


 ルシャが声を上げる。力の限り相手を押し込もうとしているようだ。呼応したように水柱も勢いを増して、リヤンジュの足元を見れば土がえぐれ、爪あとを5mほど引きずっている。それだけの水量がリヤンジュを襲っているのだ。並みの人間なら水量だけで圧死しかねないと思うが、リヤンジュはそれでも佇み、それを四方へと分散させる。


「高位魔法に匹敵するルシャ様の攻撃。さすがですね。しかしリヤンジュも負けていません。5mほど押されるだけに留まりましたね」

「真に驚くべきは短時間にあれほどの攻撃を成し遂げたルシャさんの力ですぅ。ファルソ村はルーティア王国式の流れを汲む魔法ですから瞬間的な発動が可能なのは当然ですが、それでいながらもあの威力。これは大いに驚くべきことだと思いますぅ」

「威力だけでなく、発動の早さも注目でしたね」



「どう? ニア」

「《予想外の威力ね。あなたの意地悪な笑いは私に向けたものだったのね。いいわ、合格にしてあげるわ》」

「ルシャ! ニアが合格だって」

「本当か!」

 

 手を取り合って喜びを分かち合うルシャとホノカ。年相応の友達が出来たようで、見ていて美女二人の組み合わせは非常に目の保養になる。



「次は僕達が行ってもいいかな?」


 スクテレスが歩み出た。ロトザーニも続く。


「本気でいってもいいのかい?」


 スクテレスの微笑みはやさしげだが、瞳の奥はマジだ。とクロイツは思う。


「火系統の魔法でしょ? かまわないわ。全力でどうぞ」


 ホノカは特に考える風でもなく、そういった。

 ふはは。スクテレスの不気味な笑いが妙に怖い……なんか喜びに打ち震えているようだ。


「続いてスクテレス様とロトザーニ様。やはりお二人で魔法を放つようですね」

「彼らの魔法は二人で一つが基本スタイルとなっているようですからね。アルノード共和国。もっとも多種多様な魔法が研究されていることでも有名ですぅ」

「それは楽しみです」


 スクテレスは一冊の本を取り出した。

「サブデクシ・ビダスハフラリ・クノボラシクノホゾ――――イームリシスエディエスト・ギュンズィナルガカレナソン」

《神の英知・生み出すは光・滅ぼすは漆黒の炎――――今ここに古より蘇れ・純粋なる穢れなき炎》 



「クルク様あの呪文は?」

「僕にもわかりませんですぅ。おそらく古代魔法に入ると思います。手にしているのは“波動魔書”と呼ばれているものでしょう」

「自らの魔力を込めながら文字を書き入れ、魔法の増幅効果を計るものですよね」

「その通りです。おそらく先日の訓練でもそれを用いたと思います。クエイス公国の魔装具。それの書籍版といっていいですぅ」



 ようやく長い長い詠唱が終わったのだろう。スクテレスとロトザーニの周囲がオレンジ色の炎に猛り狂う。

 そして射出される火柱は明るい黄色……威力としてはかなり上位だ。おそらく土が溶ける温度であろう。

 そんな黄色の火柱には黒い炎のような何かが螺旋を描きながら含まれていた。


 それがリヤンジュへと向かい激突した。


 炎はルシャの水柱と同じく、リヤンジュへとあたると四方へと分散される。

 小さくないはずのリヤンジュの体がすべて炎に包まれてしまったので生死は不明だ。


 さすがにやり過ぎのような気がするが、それはいまさらスクテレスに言っても始まらないだろう……


 だが、そんな状況を見ているホノカは、余裕の笑みを浮かべながら腕組みをして高みの観戦。

 マジであんな炎の直撃を食らっているのに、と心配するのが馬鹿らしくなってくるほどの余裕っぷりだ。



「えーと」

「おそらくあの黒い炎は焼き尽くすという概念強化がなされているからでしょう。黒のイメージはすべてを無に帰すイメージとして取り入れられているはずですからね」


 さすがに言葉を失ったハノンに対して、クルクは冷静であった。いつも通りの口調で解説をしてくれる。



 火柱がようやく収まると、そこにはリヤンジュが平然とたっていた。



 いや、平然と立ちながらもリヤンジュの形状は少しばかり違って見える。

 先ほどまで高温にさらされていたであろう黄金色の鬣は赤く変色し、赤く染まった電熱線のようになっていた。

 緑の鱗は色が変色し、緑から淡い藍色へと変化している。

 こんがり焼けたというより、炎に対して耐性をつけたかのような。むしろ本来の色に戻ったと形容してもいい雰囲気を醸し出している。



「リヤンジュの色が変わっていますがこれは……?」

「リヤンジュは炎への耐性が高いことが知られていますですぅ。おそらく生息域に関係した能力があるのでしょうね。リヤンジュに対して炎は通じないと考えるべきですぅ」


 目を見開いて驚くスクテレスが少し哀れだ。

 いや、目を見開いたまま固まって動かなくなってしまった。瞳から涙が……?


「か、感動のあまり気絶しちゃったみたいです」


 ロトザーニがスクテレスを引きずって持ってきた。さすがに呆れてしまっているようだ。


「しばらく寝かせておきますね」


 みんなのもとに気絶したスクテレスを運んできてロトザーニはそういった。どことなく恥ずかしがっている気持ちもわかる気がする。



 



「さてと、最後は俺だな」


 フフ。予想以上じゃないかS級の獣リヤンジュ。S級といってもリヤンジュは上位に位置するのかもしれない。

 だって、この防御力は正直倒せる気がしない。


 しかし、そうと分かれば逆に燃える。


『キュア! 精霊の力見せ付けてあげようじゃないか』

『イメージとしてはどうしましょうか?』

『山三つ向こうまですっ飛ばすくらいでいいんじゃないかな?』

『それなら少し斜め下から打ち上げましょう。下手すると街がなくなるかもしれませんし……』

『それなら……でどうだい?』

『分かりましたやってみます』


「ホノカー。ニアに本気で攻撃してもいいんだよな?」 


 最後に確認。


「《これだけ格の差を見せ付けられながら……。太太しいですね。かまいません全力で打ってくるようにと伝えてください》」

「えっと、全力でやってもいいわ。あくまで柱系の攻撃だけよ! それだけはしっかり守ってね」



 はいはいと返事をするクロイツ。



「最後はクロイツ様ですね。風系統の使い手ということで、訓練の際には驚かされましたが? 本当にクルク様の隠れ私兵ではないのですか?」

「はい、確かに僕はクロイツさんをモノにしてはいますが、お友達ですぅ。僕としてもクロイツさんの攻撃が楽しみですね」


「じゃ。いくぞ!」


 クロイツは珍しく構える。両手斜め下に伸ばしながら、まるで何かを空に放り上げるような、そんな格好をした。

 

「出来た」


 クロイツの呟きと共に、リヤンジュの体がまるで何かに引き伸ばされるように空間でゆがんだかと思うと、一瞬のうちにその場から消える。

 消えたリヤンジュの動きを辛うじて捉えたルシャの動体視力でいけば、アソルの街のはるか遠方にリヤンジュは投げ飛ばされて、今は豆粒以下の黒点のみ把握することが出来ていた。


 ボンッッッッッッ!


 なにか、空気がはぜたような、そんな音が雷鳴のように轟いた! 

 空気圧の差が余波として耳にとどくと、むぅっと押されるように痛くなる。



 何が起こったか把握できたのはルシャとホノカとロトザーニ。スクテレスは気絶中だ。



 簡単に言えば、リヤンジュは投げ飛ばされたのだ。遠方と呼ぶに遠い、かなたの空へと。




「えーと」

「僕にも分かりませんが、リヤンジュが消えた。その事が事実ですぅ」


 状況を把握することが出来なかったクルクとハノンは驚くばかり。

 どうやら飛んでいったという事すら目視出来なかったようだ。








「な! に! お! してくれてるのよー!」


 怒りに打ち震えて叫び散らしてきたのはホノカだ。詰め寄った顔が赤く上気していてなんかかわいい。


「何って、空気でリヤンジュを打ち上げただけだろ? ルシャの水柱もリヤンジュを押してたし、問題ないだろう? あれの少し強化バージョンだ!」


 ホノカにじゃれ付かれながらも、我ながら良く出来たものだとクロイツは自画自賛した。

 リヤンジュの周りから1kmくらいまで魔力を放出し、空気による砲台を完成させる。

 次にリヤンジュを装填。超圧縮を掛けた空気によって打ち出されたってスンポーさ。

 空気による砲台のおかげで威力は拡散することなくリヤンジュに直撃し、そのまま押し込む。


 リヤンジュは油断していたのだろう、あっという間に地平の彼方へとおさらばしました。

 斜め上に打ち上げて本当に良かった。

 予想よりはるかに上をいく威力が出たのだ。

 本当に山三つくらい向こうまですっ飛ばせそうだ!


 有想実行の風の精霊はさすがだと思う。さすが空気を読んでいる。





 しばらく時間がかかったが、へたへたとリヤンジュが空を駆けて帰ってきた。本当に空を走るように飛んでいる。

 よろよろしているのはおそらく大地に激突したからだろう。体についている土や木の破片が痛々しい。


「ニア。ごめんね。私がいけなかったわ」


 へたり込むように戻ったリヤンジュをホノカが労わる。なぜだろうひどくやりすぎてしまった感じがする。リヤンジュが萎れているせいかも知れない。


「《飛ばされたと気がついたときにはもう地面があって。ちょっと激突してしまったのよ。大丈夫、少し休めば回復するわ。それにしても彼は何者なの? 貴方と同じ黒い髪をしているし、初期詠唱もなく魔法を使うなんて……まるで精霊みたいな魔法の威力だし》」

「おー精霊相手に戦ったことあるの?」


 何気ないクロイツの一言にホノカとリヤンジュが固まる。


「あんた――」ホノカが少し青ざめているのは気のせいだろうか?

「《まさか、私の言葉がわかるのですか?》」


 リヤンジュは唸り声をあげる。分かるも何も響いてくるのだ。いまさら何を言っているのやら。


「はぁ? 神獣は喋るんだろ? それくらいで驚きやしません。子供じゃないんだから」

「《どうやら分かるようですね》」


 目を細めたリヤンジュの脇で、ホノカが悶えるような表情をして、そのあとリヤンジュの首筋に顔をうずめてしまった。


「《良かったじゃない。あな――》」


 話し出そうとしたリヤンジュの大きな口を体全体で抱え込み、顔を赤くしたホノカが声を上げた。


「もういい、黙ってニア! お願い!」


 何やら必死だ。









○●○●○●









「クロイツ?」


 沈黙して事の様子を見ていたルシャが口を開く。


「お前リヤンジュの言葉が、その――聞こえるのか?」

「はぃ? ……聞こえるも何も、シスターマリアのように厳かな聖職者の声が聞こえるだろ? ってシスターマリア通じないー」


 シスターマリアはクロイツがイメージしている清らかな聖職者の代弁者である。むろん本人しかその存在をしらず、ましてや異世界で通じる訳がない。


「一人楽しそうにしているところ悪いが、私にはリヤンジュの唸り声しか聞こえていないぞ」


 同意を取るようにルシャがほかの人にも目を向ける。

 ハノンもクルクも、ロトザーニ、ポル……。

 皆が皆、首を横に振る。ポルは不思議そうに顔を横に傾げただけだったが……

 

「へっ?」


 ドッキリ企画だろう。これは調子にのったクロイツを陥れるための罠だ。


「クロイツ様。申し訳ありませんが私にはリヤンジュの気持ちが分かりません」

「ハノンさんの言うとおり、本当に私達には唸り声しか聞こえていない」


 疑心に満ちた目を見透かされたようだ。スクテレスとルシャに念を押すようにいわれた。


「ふむぅ」


 クルクが腕を組んで頭を左右に揺らし、その後空を仰いだ。


「クロイツさん。ホノカの夫にもなってもらいます」


 なにやらまた……しでかしてしまった?






「クルク兄様っ!」


 叫ぶホノカは顔を赤くしながらリヤンジュの口を必死に押さえている。

 押さえ込んでいるからこそクルクに詰め寄れず歯がゆいといった風だ。


「――ホノカ、少し落ち着きなさい」


 普段とは少し違う、きつめの口調のクルク。

 少しばかり真剣な表情は険しいものだ。相変わらずかわいい声が少し気の毒。真剣みが激減してしまうのだから。


「ネイ−ラリューシユ家の掟がありまして、一族以外の人間でもし……」

「リヤンジュの声を聞けるものが現れた場合、その者を一族に引き込まなければならない」


 クルクの言葉を想像してクロイツは言った。


「一族で現在クロイツさんと婚姻を結べるのはホノカのみ。つまりクロイツさんはホノカの夫にならなくてはいけないのですぅ」

「いや、俺はルシャの夫でもあるんですけど……」


 出来るだけルシャの顔を見ないようにする。なんだか恥ずかしい気持ちが込みあがってくるものだ。ホノカに啖呵を切ったときのルシャも同じ気持ちだったのだろうか?

 それにしても夫になるのが決定事項なクルクの物言いが気にかかる。


「望むと望まざるとかかわらず、ネイ−ラリューシユ家の一員である僕が立ち会ってしまった以上、この話は進めざるを得ません」


 ここで初めてクルクがため息をついた。


「ここでクロイツさんを失いたくはありません」


 悲痛な表情をしたクルクの瞳には涙が……クロイツは唖然としてしまう。なにこの強制イベントは! どういうこと!


「ホノカ様の婚姻をクロイツ様が受けられぬ場合、ネイ−ラリューシユ家の家名を守るためクロイツ様の命は狙われる。ということですね」


 ハノンが状況を察して手を差し伸べてくれた。が、全然問題は解決していない。

 むしろ、これは命をネイ−ラリューシユ家に、ひいては国に狙われるかもしれないクラスの話まで膨れ上がっているのが明らかになっただけだ。



 調子にのった獣をふっ飛ばしてやろうなどと、意地悪く思ってしまった自分が悪いのか……

 いや、遅かれ早かれこういう事態に陥っていたとしても不思議ではない。なんてたってホノカとは長く旅をすることになるのだから。そう、スーセキノークまで!

 リヤンジュがあの時さーこういってたんだけどどういう意味? ネタバレしてしまう事態は十分にありえる。



 くそぅ。何でもっとそれとなく情報を集めておかなかったんだ! そこがダメだったのだとクロイツは思う。


 

 そう、無意識の内に事後承諾としか言いようがない方法で美女二人と婚姻だって! なんて気まずさだ。

 一度くらい俺の嫁になってくれ! と迫ってみたい夢があったのに!!!



「だからそういうのは本人同士の意向が問題だっていってるじゃないですか。ホノカが了承しない限り俺は何も出来ないです。それにルシャの立場があるでしょうが」


 少し正論を述べてみる。ルシャの立場を考えるならばどう考えたってうれしくないだろう。


「私はかまわぬぞ。戦士というのは色を好むものだと聞いているからな」

「そこは私一人だけを見て! とか泣くところだと思うのだが………………」

「私にそういう目をしてみて欲しいというのか?」


 優美な笑みを浮かべたルシャが何を思っているのかさっぱり分からない。分からないが、これでルシャを理由に断るという手が潰えた。


「《ホノカは貴方のことが気に入っているようです。気持ちの問題はありません。後は貴方しだいです》」


 シスターマリアのお告げが聞こえた……なんだろう、この外堀だけが埋められていく虚無にも似た感覚は。

 いや、相手が美少女だ。文句を言えるわけないじゃないか。じゃなくて!









 


「クラマエラス」


 多重構成魔法陣。

 三十人の術師がそろう事ではじめて照射できるといわれるクエイス公国炎熱系最強魔法。


 通称“滅びの光”


 ホノカが熱を浮かされるように呟き始めた詠唱で、地面に赤い魔法陣が完成する。


「デイトリオビューダ」


 次に紡ぎだした言葉が青い光の文字となって、ホノカの四方に四つの魔法陣を展開。それらがゆっくりとホノカの周りを半時計周りに回転し始める。





 クロイツはルシャに投げ飛ばされた。水に包まれたまま広い演習場の大地へと放り出される。


「気持ちをしっかり受け取るが良いぞ! だんな様」


 投げかけに言われたルシャの言葉が頭を反芻する。本当はむちゃくちゃ怒ってるんじゃないだろうか?

 いや、成り行きとはいえそういう形で夫婦とさせられてしまった自分と重ねているのかもしれない。先輩としてのアドバイス?


 そういえば、ルシャも婚姻後暴れて攻撃してきている………………嫌な共通点だ。


「コルプトヒク=ダイ」


 地上に浮いた四つの青い魔法陣が重なり、一つになるとそこから一筋の光が溢れ出た。

 それがたちまち衝撃波となって熱気と共にクロイツを飲み込もうと向かってくる。


 それは炎ではなかった。光の柱! 光線だ。


 相手が人であると。彼女は分かっているのだろうか? この世のどこを探しても、この光線を防ぎきる術はないように思える。

 鋼鉄さえも溶かしうる熱量を持った光線が襲い掛かってくる。



 光線はクロイツの目の前で緩やかにカーブを描きながら空へと立ち上る。



『止められないなら逸らせればいいんですよっと』



 超圧縮した砲台の要領よろしく、大気圧を操作し光を屈折させたのだ。力技である。


 実際のところ、出来なかったら死んでいた。

 その証拠に、クロイツの背にも額にも冷や汗が浮かんでいる。

 



 屈折された光は上方へ向かい、途中から燃え上がる太陽のフロミネンスのように空に吹き上がって消えていく。


 

 時間にして10秒。

 すべての力を出し尽くしたホノカがその場にへたり込む。

 呆然とした赤い瞳を向けた少女にルシャが寄り添いそれを支えた。



 何やらホノカに語りかけているようだが、その声はクロイツには届かなかった……。





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