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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第二十五話 ポルの初めてのおつかい


 ざわざわとした酒場に、テッテッテッという足取りで一人の少女がやってきた。

 細く軽やかなすらりとした白い肢体に、艶を帯びた金髪に、エメラルドのように深い緑色の瞳をした少女。

 同じく緑と白のワンピースがとてもよく似合っている。


 時間は日が少しばかり明けたばかりの朝方。泥酔した、無骨なむさい男たちがたむろする酒場には酒とタバコの香りが充満していた。

 いや時間帯がいつであれ、ここはそんな少女が来る場所としてはそぐわない。

 

「おぃ あれ……」

「なんでこんなとこに亜人が」


 少女の頭からは黄金色をした耳がピンと立ち、お尻からは同じく黄金色をした尻尾が出ていた。

 先へ行くほど淡く白く染まっているキツネを思わせる尻尾の毛並みは、触らずともふわりと柔らかいと思わせる。

 そんな少女の足元には、丸く黒い物体に耳と尻尾が生えたような一つ目の生物が纏わりついていた。おそらくは魔獣であろう。


 男たちは少女の姿と連れ歩く奇妙な生き物をみて声のトーンを落とした。ざわついた店内がひんやりと少しだけ静かになる。


 その少女がただの少女であれば普通にちょっかいを出す程度だが、それが亜人となれば少しばかり話が変わる。

 亜人はクエイス公国で人間として扱われなかった歴史がある。それはずいぶん昔のことで、ここにいる男たちには知らぬ出来事であったが歴史の事実としてそうあった。


 その為か、亜人は人が立ち入ることが出来ぬ険しい山脈の麓にひっそりと暮らしているとされており、人との接触を極力嫌っていると言われている。

 近寄るものは問答無用で殺されるといったうわさもちょくちょく耳にする。


 まぁ、そんなうわさが出る程度しか男達は亜人をよく知らなかった。

 人々の往来が激しい交易の街アソルにおいてでさえ亜人は極めて珍しい存在なのである。

 現に、酒場にいる男たちは亜人の姿を初めて見た者のほうが多かった。



 そんな亜人種である少女がこんな酒場に一人で現れるなど不自然極まりない話であり非現実的だ。


 男たちは少女を無視することにした。触らぬ神に祟りなしである。




 亜人の少女+謎の丸い生物は酒場のカウンターまで行くと、酒を飲んでいる兵士風の男の横にちょこんと座った。謎の生物はイスの下に入り込む。

 店のマスターは少女をキョトンとしながら眺めていたが、特に何もいわず注文をとることにしたようだ。


「嬢ちゃん?何が飲みたい」

「……牛乳」


 ぶっきらぼうに訊く少しこわもて顔のマスターに、少女は無表情のままと物怖じしない様子で短く答えた。



 普通ならば、こんな少女など店に入ってきたとたん睨み付けて追い返す器量をマスターは持っている。

 だが、わざわざ亜人である少女が入ってきたのには理由があるはずだと考えた。

 おおよそ、どこかの連れと待ち合わせでもしているのだろう。

 亜人は珍しいが、少女の姿を見れば多くの男たちに物怖じしない様子である。おそらくこういった場に慣れているためだろう。




「ポルか? ……なんでおまえがここにいるんだ?」


 自分の前で愚痴りながら酒を飲んでいた兵士の男が驚いた声を上げた。

 赤黒い髪を後ろに束ねた兵士くずれの男であった。名をエムラドといいよく酒をせびりにくる上客だ。今日も日が昇る前にやってきて、ちびちびと酒を飲んでいた。


「なんだ? てめぇの知り合いかい」


 マスターはため息をつきながら苦い顔をした。待ち合わせとしてこんな場所使うんじゃねーよと言った顔でエムラドを睨み付ける。

 が、酒を持ったままのエムラドが妙に渋い顔を作ったのを見て考えを改める。どうやら待ち合わせをしていたわけじゃなさそうだ。



「………………」


 少女が男を見上げる。


「まさか俺のことが分からないのか?」


 エムラドはひくついた笑みを浮かべていた。

 少女がコクンと頷く。少女の記憶の中にエムラドはいなかったようだ。


「くはは」


 マスターがちゃかすようにエムラドを笑う。


「残念だったな、エムラド?」


 亜人の少女があまりにも無表情に。しかもこの上なく興味なさそうにするものだからさすがに可笑しい。 


「まったく、夜通し待たされた挙句に出会うのがこいつとは……」


 普段はおちゃらけているエムラドでも少しばかり堪えたようだ。脱力するようにカウンターに突っ伏した。


 まったく昨日からエムラドの人生は波風が立ちまくっている。

 久しぶりに出会うことが出来た酒飲み仲間のヤブンスから面白そうな情報を聞けたことまでは良かった。

 Cランクの盗賊団を一瞬で壊滅させたという魔法師とその仲間、ついでに亜人の女の子。エムラドにとって魅力的な暇つぶしだった。


 ヤブンスが道中であったとされるやつらを待っていたら、なんとクエイス公国でも有力な貴族と一緒にやって来た。

 まぁ、少しばかり驚いたが探しに行く手間が省けたと内心ほくそ笑んだ。

 黒髪に黒目という分かりやすい特徴を聞いていて良かったと思う。一目でわかった。


 面白そうなので少し力量を試そうと参加させてみた戦いからが失敗だった。

 やつらは兵士達の士気と自信をこの上なく下げ、こなごなに打ち砕いた。

 ある程度は予想していたが、エムラドの予想以上にやつらは化け物だったのだ。


 最後の風攻撃。圧倒的な力を前に、兵士たちはなすすべもなかった。


「自分たちには……」


 涙ながらに兵士を止めたいとを申し出てきた者たちの相手をするのが大変だった。 

 ホノカによる事前訓練で、少しばかり非常識な魔法攻撃に慣れていなかったら今頃みんな逃げ出していただろうと乾いた笑いが出てしまう。



 その後、ヤブンスから盗賊団のアジトの情報を入手する日だったので日をまたいで例の酒場で待ってみたが……。

 ヤブンスもヤブンスの部下も来なかった。おそらく何かあったのだろうとエムラドは思う。あまり楽観的な想像が出来ず、酒も進まなかった。

 結局朝になってしまい、場所を変えて少し情報収集して邸にもどるかと思えば今度はこの少女に出会ったとそういう流れであった。



 まぁ、ここで自分が会うことが出来たのはよかったのかもしれない。とエムラドは思うことにした。


「で、何をしにこんなとこにきたんだ?」

「おつかいにきた」

「おっ!?」


 ポルの答えにエムラドは驚く。

 ヤブンスがこの少女を通じて何か手紙でも託してきたのだろうかと思ったからだ。



 少女は無表情だったが、何かを考えるように尻尾をふわり、ふわりと振りながら手にした籠から一枚の紙を取出し男に差し出した。


「ふむ」


 エムラドは少女から手紙を受け取り、中身を読み上げた。


「ガグポ×3、ディデギン×2、ズラムス×3、ヒュウニク×2、ヌー×1ってこれは……」

「サレーの材料だな」


 話を聞いていたマスターがさらりと答えた。

 しかもご丁寧に詳細な露店街までの地図も書いてあった。現在地から考えると方向が真逆だ……。


 サレーは煮込み料理の一種で、例えるならシチューをスープ状にしたような食べ物だ。この世界の朝の定番料理の一つである。


 どうやらポルは食材の買出しにきていたのだ。

 そう、文字通りおつかいにきていたのである。

 が、それが方向も真逆にある酒場に来ていることを考えると……迷子だろう。



 やっちまった。と額に手を当てながら苦々しい表情をしたエムラドはポルを見やった。

 ポルは無表情のままエムラドを凝視していた。


「マスター」


 と助けを求める。さすがに徹夜明けで迷子の少女のおつかいを手伝うほどエムラドはお人よしではない。

 が、


「お前が絡んだんだ、責任とんな」


 とマスターには冷たく言い放たれた。正確には巻き込まれたといえる。


「その代わり今日の酒代半額にしてやるから」


 むぅと唸る。半額になった酒代を喜ばしく思いながらエムラドは複雑な表情を浮かべた。





 半額になった酒代+ポルの飲んだ牛乳代を支払うと、酒場を後にした。


「これ買いにいくんだろ。ここじゃ買えないからな、市場まで連れてってやる。そしたらあとは自分で出来るだろ?」


 そういいながら少し不機嫌そうに大股で歩くと、ポルは黙って付いてきた。

 テッテッテッと小走りをしながらエムラドの横を追走する。

 不釣合いな二人は周囲の注目を集めつつ市場へと向かっていった。






○●○●○●






 街の中層にあった先ほどの酒場から、南門に近い露店街へと場所を移しエムラドは一息ついた。

 ちょうど朝市の始まる時間帯。食料を買出しに来る者や、掘り出し物を狙う観光客で少々にぎわってくる時間帯だ。

 心地よい日差しと、にぎわう雑踏が徹夜明けの頭に響く。気分は最悪だ。


「まったく。なぜ俺が……他の二人はどうしたんだ?」


 ポルは少し考え込んだようにエムラドを見据える。


「確か今日はクルクの見送りとリヤンジュを見てくるって言ってなかったか?」


 それにポルはコクコクとうなずいた。


「ん………………?」

「朝おきたらいなかった。おいていかれた」


 ピンとたった耳と尻尾が元気なく前へと垂れる。よほどショックだったのだろうか。


 時刻は早朝、日が昇って間もない時刻だ。確かに見送りへ行くには早すぎる時間帯であるわけだが、それならば二人はどこにいったのか。エムラドには分からない。



「朝おきたらロニがいた。おつかいたのまれた。これはポルにしかできないおしごと」


 ふんっ。と鼻息荒くいうポルにエムラドはポカンとする。

 なにやら理解はよく出来なかったが、ポルの姿からは並々ならぬ気迫が満ちていた。


 徹夜明けの頭にはそれが妙に響く。

 思わず大声で笑い出しそうになってしまったが必死に堪える。それはこの場面でまずい。


「そ、そうだな。これはお前にしか出来ない仕事だからな!」


 ピクピクと笑いを堪えつつ話を合わせておいた。

 いや、よく分からんが一人残されてしまったポルにお仕事、おつかいをさせる事で寂しさを紛らわせようという誰かの作戦だろう。

 ちゃんと起こして連れて行けばいいものを……。



 まぁそれはいいとして、ポルが来ていたのが中層にある酒場だったということは大問題だ。

 どう考えても一人でおつかいをさせるには無理があるとエムラドは思う。

 ひょっとしたら。


 と思い、エムラドは周囲にさりげなく視線を移す。人ごみで賑わう露店街は相変わらずだ。その中に……目当ての姿はなかった。


 完全放置か!!? とエムラドは心の中で叫んだ。


「俺も長い事、ずぼらで、いい加減で、大雑把、と言い捨てれてきたものだが……初めて他人に対してそう思えたのはお前たちが初めてだ」


 ハンンがよく苦悩してたのを思い出し、エムラドは乾いた笑みを浮かべた。


「……買い物いってくる」


 一人百面相をしていたエムラドを残して、ポルはそういうとスタスタと一人、露店街へと消えていった。





○●○●○●






 ふと気がついたとき、エムラドの横にいた少女はきれいさっぱり消え失せていた。


「ぉっ」


 ちょっとした驚きに眠たいはずの頭が冴える。


「おはようございますエムラドさん」


 同時にかかった声にさらに驚く。

 紫の髪に紫の瞳を持った美しい女性がそこにいた。


「ロトザーニ殿」「です」


 にこやかな笑みを浮かべる女性にエムラドは数歩後ずさる。

 いやいや、先ほど見渡したときにはまったく気がつかなかった。気がつけなかった。


「まさかずっと尾行していたのか?」

「はい。こっそりつけさせてもらってました」


 これでもエムラドは優秀な兵士だ。

 伯爵の身分を隠してはいるが、命を直接狙われるような目にあった事もある。

 ゆえに周囲への警戒は常に行っているつもりであったのだが……。まったく気がつく事が出来なかったのは多少自信が傷つけられた思いだった。


「気配を殺して相手に悟られないようにするのは弓魔法兵に必須なことですので」


 さらりとフォローのつもりだろうか、優美な笑顔の女性はそう言った。


「今度その技術を兵士たちに教えていただきたいものだな」


 今日何度目かになろう乾いた笑みをエムラドは浮かべた。




 話を聞く処によれば

 少年と少女は早朝訓練とやらを毎日行っているらしく、ポルをロトザーニに任せて出かけたそうだ。ご苦労さまである。

 普通ならポルは朝食ができ始めるまで起きないのだが、今日に限って早起きしてしまい、悲しみにくれていたそうだ。

 そこで、ロトザーニの思いつきで朝ごはんのおつかいをさせる事にしたそうだ。


「最初酒場に入ってしまったときはどうしようかと思いまして」


 どうしたもこうしたも、方向が真逆に歩き始めた時点で止めるべきだろう。とエムラドは全うな意見を述べてみた。


「自身の力で何かを成し遂げたとき、それは自信となり自らを成長させるのです」


 まるで聖母のようなきらきらとした様子で語る女性に、エムラドは言葉を失う。



 いや、保護者が見ているならばもはや俺は用済みだ。さっさと帰って寝ればいいじゃないか。

 そうと気がついていながらエムラドはロトザーニとポルを追っていた。毒を食らわば皿までである。




「へい、いらっしゃい!」


 珍しい亜人の少女に臆することなく元気な声を張り上げる露店主。

 褐色の肌とオレンジ色の髪をした少し年配の小男が威勢よくポルを出迎える。見ただけで分かりやすいガンデスの商人であった。


「亜人とは久しぶりだ。しかも嬢ちゃんとは珍しいね。おつかいかい?」

「うん」

「ん? この紙に書いてあるのを買いにきたんだね」


 少女から差し出されたメモを片手に男は品物を籠につめていく。


「ガグポはこの紫の芽が輪のような模様になっているのが新鮮なんだ。ディデギンはずっしりと重いものだな。はは。うちの商品は一級品さ。お嬢ちゃんはお目が高いよ! ズラムス、ヒュウニクはあっちの露店がいいだろう。ヌーと他の食材はおまけしとく」


 にっこりと笑う男にポルの尻尾が緩やかに揺れた。


「ありがとう」


 まっすぐと自分の瞳をみて言われた少女の言葉に男の顔が緩む。




 ポルは次の店を先ほどの店主の男に聞いたとおりに買いにいった。


「あら。まぁ」


 淡く薄い青色の髪と瞳をした年配女性が驚いた声を上げる。


「“ザイルじいさん”のとこからだね」


 女性はこまった笑みを浮かべる。


「あの人いったい何を思ってこんだけ入れたんだかねぇ」


 メモを受け取りながらそういった。

 ポルのかごには、すでにはちきれんばかりの食材が、これでもか!? と突っ込まれていた。新しい食材を入れる余裕などまったくない。

 明らかに数が多いはずであるが、ポルはそれに気がついていなかった。


「あの人は亜人にはめっぽう弱いからね。何、昔ね助けられた事があるんだって。それにしてもこれだけ入れられるとさすがに重いよねぇ」


 世間話をしながら女性はもうひとつ籠を用意してくれた。


「ズラムス、ヒュウニク。うん籠はおまけさ」「ありがとう」


 ポルはその籠を受け取る。両手にもった籠は少女が持つには少し重いかに思われたが、少女は軽々と持ち上げて見せた。







「おいおい、あの量は何だ」


 遠くからその様子を眺めていたエムラドはさすがに耐えかねて口を挟んだ。


「んーと……頼んだ量の三倍くらいもらってますよね。渡したお金が明らかに足りないはずなんですけど。さらに籠まで」


 事の様子を見ていたロトザーニも驚いたようだ。

 ガンデス地方は亜人、とくに獣人に対してよい感情を抱いてる者が多いといわれている。少女はその事を知るわけないだろう。だとしたら天然で探し当てたというのだろうか?


 まぁ、とエムラドは思う。

 いずれにしろ運が良いのは疑いようがない。

 迷子になった酒場で偶然にもこの街の伯爵たる自分に出会った事。良い露店主に出会えた事。

 ひょっとしたら……ヤブンスに助けられたのも彼女の強運があったのかもしれない。

 だとすると。


 野生の本能とも言うべき、最短ルートで宿へとたどり着いたポルを三人の人影が出迎える。

 黒髪の少年と銀髪の少女と金髪の優男。


 

 彼らに出会えたことも、彼女にとって幸運であった事なのかもしれない……。




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