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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第二十四話 夏戦inアソル 決着

「私の勝ちね」


 嘆きの炎壁は炎による中毒を利用した魔法。

 怪しく立ち上る紅色の炎は燃え続けるという概念が強化されており、中心部に佇んでいれば意識を失い死に至る。


 しかし同時に、多量の魔力を食う割には発動も遅く効果範囲も限定される上、術式を展開しているうちはその場を動けないという欠点があった。

 その魔法を知っているものなら、誰でも炎壁を突破しようと試みるものである。また、火について知識があるものならそれなりに対策を考えるだろう。

 実際、水壁を作りながら外気を遮断し炎を走り抜けて外へ飛び出されてしまえば……ホノカは自分の負けだと思っていた。

 だからこそルシャが水の幕を解いてくれたことに感謝したし、倒れたことに安堵した。




 魔法を解除しようとするよりも先に、囲んでいた紅色の炎は何かに押しつぶされるように一瞬でその姿をもみ消された。

 燃え続けるように強化されていたはずの炎が一瞬で消えたのだ。

 驚きに目を見開いたホノカが気がつくと、中央で倒れていた少女の横には、もう一人別の人影が


「ルシャ! ルシャ!」


 その人影は少女を仰向けにして、名前を呼びかけていた。

  

「お早い登場ね」


 ホノカのそんな言葉を無視して、それは少女に呼びかける。

 それが少し不満に思えた。

 燃え続けると強化されていたはずの炎があっさりとかき消されたせいかもしれない。

 そんなことをしなくてもすぐに魔法を解除するつもりであったし、自身のさじ加減を否定された気もしているせいかもしれない。

 心配そうに少女を見下ろしている姿を見て申し訳ないなと思ってしまったせいかもしれない。



 ホノカは立ち上がりながらクロイツとルシャの方向へと歩いていく。足取りが少しフラフラとするのは魔力を消費しすぎたせいだろう。火の鎧の魔法も解けていた。


 倒れた少女は意識を失っていたが呼吸はしっかりしている。

 その様子を見て大丈夫そうだとホノカはほっと胸をなでおろす。 



 救助が早かったからだろう。銀髪の少女はすぐに意識を取り戻した。


「まけたのか?」


 開口一番、少しぐったりとしながらも自分を抱きかかえるモノに問いかける。モノはそれにうなずくと、少女はやけに満足そうに再び眠りに落ちた……。


 

 その様子に眺めていると、


「傷つけず決着をつけてくれたことに礼を言うよ」


 不意に発せられた声に、ホノカは戦いの最中であったことを思い出しはっとする。 


「別に感謝されるいわれはないわよ。あんたたちのお仲間に傷つけないで倒してとお願いされたから仕方なくよ」 

「それはどーも」


 妙にホノカはピリピリとする。相手の声が、仕草が先ほどから妙に神経をなでる。得体のしれない相手に対して体が畏怖しているのだろうか。


「それより奥さんをそんなところで寝かしとく訳にはいかないでしょ? あっちに置いてきてもらえるとありがたいんだけど」

「奥さんというのは誤解があるんだけどねぇ」


 と言い残してそれは少女を抱き抱えて、非常識な速度で瞬く間に運んでいった。








 ルシャを運びながらクロイツは先ほどの攻防を考えていた。

 いやいや、酸欠を狙った魔法などなかなかどうして巧妙じゃないか。ああいうのが奥の手というものなんだろう。

 なんだかんだと、ルシャも満足したようだし? 戦いの中で芽生えた友情っていうのかな? 美しいじゃないか。とか思っていた。

 ついでに自分の理論を確かめさせてもらったのもちょっとした収穫だったりする。


「クルクさん、観測中に申し訳ないですがルシャを頼みますよ」


 クロイツは先ほどから妙な望遠鏡で戦いを観戦していたクルクへとルシャを手渡す。

 ハノンとクルクの二人は最初から訓練を遠巻きに視察していたのだ。

 クルク持参の望遠鏡からはなにやらワイヤー線のようなものが延びており、へんてこな装置へとつながっている。まず間違いなくなにかしらの測定を行っていたに違いない。

 ちなみにポルは城のベットでぐっすり寝ている。うらやましい限りだ。



「ホノカとルシャさんは和解が出来たのでしょうか」


 不安そうに聞いてくるクルクは確かにかわいい。可愛いけど。


「和解はしたと思います。というか、そういいつつもこれ幸いと魔法計測ですか?」 


 クロイツはあきれながらクルクを問い直す。心配しながらも自身の研究は粛々と続ける姿は研究者の鏡かもしれない。

 しかしだ、望んでもいない戦いに借り出された挙句、データ収集までされているのはあまり気分がいいものではない。そうだろう? 心配するならそれなりの誠意の見せ方があると思う。それが大人だ。クルクは子供にしか見えないけど……。


「僕は、僕はそんなつもりで……」


 今にも泣き出しそうなクルクはとても可愛いが、天然だとしてもここはビシッというべきだろう!


 クロイツが語気も新たに言葉を発そうとすると、クロイツの意思とは無関係に風が渦巻き、クロイツは戦場へと強制送還された……。


『あのぅ? キュアラさん………………』

『小さい子供をいじめるなんてかわいそうです!!!』


 キュアラは小さい子供。もとい、クルクにだけ妙に甘かった。








 飛ぶように帰ってきた(実際には飛ばされて帰ってきた)クロイツにホノカは悲鳴を上げる。


「な、なんなのあんた!」表情が完全に引き攣っていた。

「そんな人外の獣でも見たかのような反応はやめてくれ」


 確かに後ろ向きのまますっ飛んでくる人間なんてかなり怖いと思う。その上しっかり着地しちゃうあたりが修行の成果ですけど。


「あんた達のデタラメの元凶はあんたね!」


 悲鳴のようにホノカは叫んだ。


「デタラメの元凶って……せめて疑問系にしないか? そこは」

「する必要はないわ」


 きっぱりと言い切りやがった。


「あなたを倒さないと勝負には勝てないって、その意味がよく分かったわ」

「ちょっと強い風魔法が使えるだけだが?」

「……」


 ホノカの視線が痛い。


「で、ルシャと戦ってへとへとの君はどうすると?」

「そうね。今の私じゃ……」


 無理といいそうになってホノカは口をつぐんだ。十騎士の称号を持つ自分が無理?


 それはいったいどういうことだろうか。とホノカは考える。

 数百名の魔法師に匹敵するのが戦略級魔法師と呼ばれるものだ。

 その中でも十騎士の称号は《特に攻撃力に優れたもの》にだけ与えられる称号だ。その名のとおり十名が選ばれているものであって、実際に今は八名しかいない。

 自分はクエイス公国基準で行けば、魔法攻撃をA+ランクと認定されている。戦略級魔法師としての条件はAランクであるので十分にそれは満たしている。

 それにリヤンジュのSランクの力が合わさって十騎士となっているわけだが……。



 そんな自分が勝てないと思えてしまう『一般人』がそんなごろごろしていては各国のパワーバランスもたまったものじゃない。



 少し魔法を見ただけだがホノカなりに評価すればスクテレスとロトザーニはB+ランクだ。魔法はたいしたものだが、おそらく二人一組でないとあの攻撃力は出せないだろう。真剣な戦いになれば倒すことは十分に出来ると踏んだ。

 銀髪の少女、ルシャはこれもなかなかにたいしたものだ。魔法攻撃はルーティア王国を源流としているようでホノカとはまた質が違うものである。自らを神格化し、威力を底上げするとされるルーティアの魔法は魔方陣をまったく使わない。詠唱ですら最小限で済ますので、瞬間的な攻撃力の速さや爆発力といったものは目を見張るものだ。彼女はおそらく発展途上。魔法はBランク……体術も加味すればB+といってもいいかもしれない。まぁ現段階ではホノカの敵ではなかった。


 しかし、問題はこいつだ! とホノカは思う。


 対峙してわかる。研ぎ澄まされた感性が叫ぶ。

 たぶん全力で戦っても勝てるどうか怪しいと、体を巡る感覚が告げている。



「降参してくれるとありがたいんだけど?」

「そんな決着はあの子に失礼だわ」


 スクテレス達がこれを知りたいといっていた。クルク兄様はこれをモノにしていた。


『なんなのかしら』


 ホノカは彼に興味を持った。ピリピリした気持ちが心地よく心を震わすのは初めての経験であった。







○●○●○●





 クロイツ的にホノカの性格は好ましいが、今この状況ではあまりおいしくはなかった。

 クロイツにとってこの戦いはルシャとホノカが和解することであって、それ以上の意味はないと思っていた。そもそも自分は争いがあまり好きではない。魔法による戦いを見るのは綺麗で幻想的で悪くないと思うがそれだけだ。ここで降参してくれるのがベストであった。

 が、ホノカにとっては自分を倒すことでしか完全な決着はありえないと思っているらしい。これは本当においしくない。


 自分がやられるか、ホノカを倒すか。はたまた……

 戦いになったらスタコラ逃げて、さっさと旗をぶんどって終わりにするかの三択だ。


 どっちにしても……とクロイツはふと思う。

 俺は痛い目に少しあわないとダメなのかもしれない。

 



 諦めに似た感情を胸に抱きながら苦悩していたクロイツに、急に朗らかな笑みを浮かべながらホノカが話しかけてきた。


「ちょっとお願いがあるんだけど」


 あまりにも不自然なので、クロイツは数歩後ずさる……。


「ちょっとなんで逃げるのよ! まぁ都合はいいけど」

「都合?」


 そう言いつつさらにクロイツは後ずさった。


「あと10歩、何も考えないで下がりなさい!」


 命令口調で突然言われるとなぜか体が従ってしまうのはルシャのせいだ。

 すごすごと言うとおりにしたクロイツに「あんた……素直ね」とホノカは妙にうれしそうに微笑んだ。

 





「後ろ!!! 攻撃がいったぞっ!!!」


 ホノカの顔が微笑んだと同時に、ひっ迫したエムラドの声が背後からする。

 反応して振り返るとピンク色をした炎の竜がクロイツに迫っていた。


「おぉ」


 今日二度目の攻撃はピンクの竜。かの盗賊団を殲滅したあの魔法。美少女の笑顔から一転して命の危機とはなかなかに落差が大きい。

 ちりちりとした熱気が見た目にも伝わってくるとさすがに威圧感が違う。盗賊達がなすすべなく焼かれてしまったのがよく分かる。

 そんな攻撃を訓練であるにもかかわらずその身に受けることになろうとは、まったく思っていなかった。


 訓練であるにもかかわらず、自分に対してのスクテレス達の扱いがひどい気がしてならない。まるで自分の力量を試すかのような。あるいは殺せたらラッキー? いやいやそれは考えすぎだろう。よく信頼されているのだろうが、ここまで来ると清々しくなってくる。

 まぁ、まずは危機回避だ。



 爆風障壁で上に打ち上げてもいいが、そうなればエムラド達も巻き込まれる危険がある。巻き起こる上昇気流はそれなりに広範囲なのだ。



 それならば、とクロイツは思案していた対火魔法の風魔法を使うことにした。




 クロイツはクロイツなりにこの世界の魔法について考えている。

 考えるところによればこの世界の魔力は万能に変換が可能なエネルギーである。

 次元の狭間から流れ込むエネルギーなどクロイツの世界でも認知されていないが、宇宙を構成しているといわれる暗黒エネルギーという未知なる存在も示唆されていた今日この頃、そのような力があったとしても不思議ではない。


 肝心なのはそこに元いた世界の科学を用いることができるか否かである。

 

 クロイツの世界には科学と化学がある。炎が燃えるという現象を科学的に考えるならば、その反応は化学だ。

 火は簡単に言えば『激しい酸化反応』の事を指している。酸素が何かと化合した際に余り出た熱量と光が、周囲に拡散するものが火なのだ。ちなみにこれは中学生レベルの理科である。

 つまり、火系統で考えるならば、魔力そのものが燃えていると考えるべきだ。というかそう仮定しないと話が進まない。だとすると、燃えるために酸素が必要だがそれはどこから調達されているか。そこが問題となる。


 ホノカやスクテレスの魔法を見る限り、炎の色は比較的幅が広いがクロイツの世界の科学で説明が良く。

 赤600℃<オレンジ800℃<ピンク900℃<黄色1400℃<青1700℃<白

 大体だがこんな感じだ。

 どういう仕組みかは知らないが、科学的に考えるならば酸素の供給量をいじって反応に差をつけているのが妥当であろう。炎色反応はベースとなる魔力が同一であると思われるので無視することにする。



 いろいろごちゃごちゃ言っているが、何が大切かというと……



 火が燃えるのに酸素は必ず必要なのだということだ!




 火系統は風系統も同時に使いこなしているのではないか?というのがクロイツの火魔法に対する認識でもある。



 そこで話は戻る。

 クロイツは自らの前方空間の空気を操作し、局所的な真空空間を作り出した。厳密に真空かどうかは不明だが効果がそれを実証する。

 ピンク色の竜は勢いよく飛んできて、あと一息。クロイツを飲み込まんと口を大きく開けたところで、まるで何かにかき消されるように消えうせた。音もなく、その仄かにのこる熱気だけを残して。

 


 むろん前実験は済ませてある。ホノカの巨大な炎の障壁が掻き消したのはこれを利用したからだ。窒息消化に分類されると思う。

 具体的な手順としては、クロイツは一定空間に空間把握能力を広げる方法で自身の魔力を広げる。広げた魔力をキュアラが風の操作に利用。周囲の風を無理やり押し広げることで真空空間を作り出している。このとき、空間の規模によって結構な魔力を消費している。およそ数値にして1魔法師分の魔力を秒間消費といったところ。クロイツだからこそ出来る業であるといってもいい。


 エアーポケット。と名づけたこの魔法はかなりやばいと思う。火はすべて封殺できるし……いやいや、動物なんかに使うことは絶対にやめようと心に誓っている。


 ま、予想以上に桁が違いそうな火魔法を余裕を持って封殺できたことに少しだけ満足する。

 科学がこの世界でも通用するとわかったこと。それだけで十分だ。

 今回の戦いの収穫を得たのはルシャやホノカ、クルクだけでなくクロイツもまた同様であった。







「何したんだろうね」


 スクテレスは頭を掻いた。

 あたる直前に周囲に四散させてクロイツを少し焦がす程度で……と思い放った一撃であったはずだが。

 あれだけの熱量を一瞬で消す風系統の魔法など、スクテレスは見たことがなかった。

 それは四散する前に空間から切り取られたように消え失せてしまった。そんな馬鹿なことがあるだろうか?


「クロイツさんが魔力を展開していたのは分かったんだけど」

「んーまいったね」


 滅却魔法。この世界の比較的有名な話によく出てくるものだ。

 ありとあらゆる魔法を無効化してしまう魔法。魔法都市ヘイジイルにおいて、それを研究しているものはかなり多い。それほど魅惑的な魔法なのである。

 しかし、実際には未だなし得ていない。仮に出来たとしたら現在の魔法による軍事バランスは崩壊しているだろう。


「支配者クラスの風魔法師は炎を切り裂く風の刃を作り出すと聞いたことがある。それの桁違いってとこなのかな」


 ありえない空想ではなく、スクテレスが現実的な可能性から答えを模索する。


「冒険小説には非現実的すぎて使えないかなぁ……」そうつぶやいた言葉は強風によって吹き飛ばされた。







 決着をちゃちゃっとつけましょう。ということで、クロイツは前方に風をぶっ放す。

 むろん旗を飛ばしては取りにいくのが面倒なので、その周りの兵士さんたちを出来るだけ狙って強風を叩きつけているわけだが、兵士さん達も負けじと抵抗してくるので少々さじ加減が難しい。

 赤軍の半分くらいは飛ばして転がすことが出来たが意外なほどの数がまだ魔法を展開しつつ防戦していた。

 実際には飛ばされないようにただそこに踏みとどまっているだけで、身動きなど出来ないようだ。

 大型台風の強風に晒されながら必死にレポートをしているアナウンサーをクロイツは思い出していた。

 

 スタスタと敵陣にへとクロイツは歩みを速める。飛ばされまいと必死の兵士たちにはそれを阻むことなど出来はしない。歴然とした力の差がそこにはあった。


「あと少し足止めできれば」強風の中でスクテレスは叫ぶ。

「奥の手を使いましょう」ロトザーニは静かに地面へと手をつけた。 


 旗まであと十数メートル。もはや勝負は決したと言っていいだろう。

 最後は結局力ずくになってしまったが、少々の力の誇示もやむ終えない。




 そうクロイツが思った瞬間。



 沸き起こる熱気に。

 地面から立ち上がる気配に。

 大地から突如として現れた炎の柱に、


 クロイツは飲み込まれた。



 あたりが熱い。足が、肌が瞬間的に熱せられてクロイツは呻いた。呻くと同時にキュアラがクロイツの体から周囲へと風を作り出し、炎の熱気を体から出来るだけ遠ざけつくれた。

 それでもなお、熱気はクロイツから離れていかない。吸い込んだ空気がすさまじく痛く、息が詰まる。


 少なくとも足は感覚がなく。クロイツはその場に目を閉じて立ち尽くした。



 しばらくして炎が消えると、ようやくクロイツは事態を把握した。


 どうやら燃やされたようだ。地面からの攻撃で!


 足は防御が間に合わずひどい有様だ。靴は炭化していたし、そこに見える肌も赤く痛々しい。いやまじで俺の足? とか思ってしまう。

 服はかろうじて残っているがパサパサして触ると崩れそうだ。ところどころ炭化している。

 いや、どーよこれ。こんがり焼け焦げた兵士たちは冗談で済んでいるが、俺は死ぬ可能性あったんじゃね? と思えてならない。

 

 キュアラの治癒のおかげでものの数十秒でケガ自体は完治したわけなんだけど、それでも服は戻らない。



 スタスタと何事もないように歩いていき、赤軍の旗を引っこ抜いてやった。 

 風はすでに起こしていなかったが、赤軍の兵士たちは身動きひとつせずその様子を見ているだけにとどめている。


「ちょーっと。スクテレスさん、ロトザーニさんやりすぎじゃありませんか?」


 旗をとった後、佇む二人に詰め寄った。

 さすがのクロイツもご立腹だ。当然だ。服をどうしてくれる!!!


「いやぁ、勝負に勝つにはクロイツ君を止めておくしかないと思ってね。攻撃は少々やりすぎたと思うけど」

「ごめんなさい」


 と勢い良く頭を下げるロトザーニにクロイツは面食らったように立ち尽くした。


「最後の魔法は私のせいです。その、地面の中に炎をとばす魔法は久しぶりだったので手加減を間違えてしまって……」


 ロトザーニにうるんだ瞳で見つめられてクロイツの怒りはさっさと四散する。


「いやいや、大丈夫です。服が焦げただけですからね。はははっ!」


 われながら現金な性格だ。



 そしてふと疑問が『地面の中に炎をとばす?』

 いやいやなんだそれ、あれかあれですか? 炎が地面の中で燃えるんですか? おかしくないかな? あぁマグマとかあるし?

 酸素云々で偉そうに語っていたのが妙に恥ずかしい……。 

 少し考えてみたが仕組みが良く分からなかったので、魔法だからしょうがないかとクロイツは考えに終止符を打った。





○●○●○●





 戦いの勝敗は……


「これ着てみて」 


 戦いの勝敗に関係なく、クロイツは現在、ホノカの着せ替え人形にされている。

 服が燃やされてしまったのだから当然だろう。

 どっちみちこのイベントは避けられなかったんじゃないかと思っている。


「悪の大魔王みたいな服はやめてくれ。というかどんだけ黒が好きなんだよ!」


 かなり過激な、黒く奇抜でやばい衣装を着せられそうになってさすがに抵抗を試みる。どんなセンスでどんな思惑でこんな服が作られたのかぜひ製作者に聞いてみたいものだ。


「あらぁ?先に旗を取ったのはわたしよね? 好きな服を着させることが出来るって約束でしょ?」

「服を選ぶことができるってだけだろ。拡大解釈するんじゃない」

「意外と記憶力がいいのね。驚いたわ」


 馬鹿にしくさってこの女は……。先ほどからかなり法的にも人間的にもアウトな服ばかりチョイスしてくる。



 まぁ、認めたくはないが………………

 

 クロイツは勝負に負けたのだ。クロイツが炎の柱に巻き込まれている間に。正確に言えばピンクの竜をかき消すためにスクテレスの方を見ていた瞬間にホノカは旗に向かって走り出していたそうだ。

 最後の選択肢。自軍の旗が取られるなんて――正直に言おう。忘れていた。



「まぁそろそろ飽きてきたし真剣に選んであげようかしらね」

「おぃ!」


 クロイツは笑顔の絶えない楽しそうなホノカの頭に手刀(ツッコミ)を入れた。









 場所変わってハノンの部屋。


「いやいや。いい戦いを見せてもらいました」


 ハノンはお茶を5つ用意してそれらを配った。

 部屋にはハノン、エムラド、クルク、スクテレスとロトザーニがソファーに腰掛けていた。


「まったく、兵士たちが逃げ出したいとこぼしていたぞ」

「そう悲観しなくても大丈夫ですよ。僕たちは少なくとも、アルノード共和国の正規軍にいたことがあるんですから」

「あら、いたのは私だけでしょ? スクは学術院に入っていたんじゃない」


 あぁ、そうだったねとスクテレスはロトザーニに微笑んだ。


「ヘイジイルの学術院ですかぁ。それはすごいですねぇ」


 クルクはお茶を受け取りながら素直に感嘆の声を漏らす。


「私としてはすべてを知っていた上で、クルク様が戦わせてみたとおもっていたのですが?」 

「えっ!?」

「ホノカ様とルシャ様。クロイツ様の戦いを観察したかったんじゃないですか?」


 クルクの驚いたような反応に、策略じゃなかったのかとハノンも驚いた。

 クルクは何をどう答えていいか迷いに迷って少し赤みを帯びるほど考え込んでいるのが可愛らしい。


「結果としてそうなることはままあるからな」


 エムラドはニヤニヤと笑ってクルクの助け舟をだした。


 まぁ、と一拍おいてエムラドは真剣な顔をする。


「あいつらの実力ならば近いうちに巻き込まれるだろうな。早いうちに会えてよかったと思うべきだ。思惑はどうであれな」

「出る杭は引き抜かれますからね。貴族や国に……」


 お茶を飲みながら頷くクルクを見てエムラドは笑う。まったくそのとおりだ。


「まぁ、クルク殿なら家の権威ってやつがあるからな。まぁいざという時守ることも出来るだろう」


 ついでに力と権威を笠にムチャはしないだろうともエムラドは思う。

 



「クロイツ君はアルノードでいえば風系統の支配者クラスですからね。他国からの接触も十分にあると見て見守るべきでしょう」


 スクテレスはそう言うと、手にしたお茶に視線落とした。


「それを見極めるために?」


 エムラドの鋭い視線に気がつき、苦笑する。


「いえ、まさかここまでといったのが正直な感想です。僕達が本気で彼に挑んでもおそらくは勝てないでしょう。強さを測る物差しとしてでさえ僕達は役不足です」

「ふむ? ではあの過剰な攻撃の真意は……?」

「僕はこういった本を書いて世界を回っているんですよ」


 スクテレスはどこからともなく一冊の本を取り出した。


「あぁ」


 ハノンの顔がうれしそうに綻んだ。


「この本の作者様はスクテレス様だったのですね。この街にも時折出回ってくることがありますよ」 

「その本は?」


 普段めったに本を読まないエムラドは不思議そうに首をかしげた。


「冒険記ですよ。面白いと街でもうわさになっていますよ?」

「残念だがそういった情報は俺の元には入ってきていない」


 のんべぃ仲間が多いエムラドに本を読む知的な人材は希薄していた。


「本を書くイメージをつかむ為に実際の魔法を見て回ってるんです。クロイツ君にはそれの手助けをしてもらおうと思いましてね」


 スクテレスの眼鏡が底意地が悪そうにキラッと光った。


「他人の争いを利用して執筆取材をするものですから。私も止めたのですけど」


 ロトザーニは申し訳なさそうに白状する。


 本のためなら多少の犠牲はやむ終えない。それがスクテレスの信条だそうだ。



 ただ、それだけの目的のために命の危機にさらされたと知ったら……クロイツを思ってエムラドは苦笑した。







○●○●○●








 今日の宿は外郭に近いケルトチックな宿屋であった。ほかの宿に比べれば数段広い建物は、豪華である。

 木で作られた宿の中には花が所々に飾られており、働く街娘達も若く、なんとも甘い、いい香りがしてくる。


 そんな宿の肝心の宿泊費はなんと無料だ。

 ロトザーニさんが最後の攻撃の謝罪をさせてほしいと申し出てきたからだ。

 通常だと一晩一人銅10粒。日本円換算3000円。三人で9000円。クロイツはありがたく申し出を受け入れた。

 ちなみに三人一部屋でクロイツとルシャとポルは同じ部屋だ。夜のドキドキイベントが今から楽しみである。まぁ何もおきないけどね!  




 ちなみに、城でホノカに選ばせた服はなかなかどうもセンスが良かった。しかもこれも成り行きだったが無料でもらえた。貴族万歳である。

 夏らしい白いワイシャツに緑色の腰巻。黒いズボン。皮製のベルトもgoodjobである。弥生時代から文明が進みました。初めてホノカに感謝。



「クロイツ! これがあれば明日から仕事がもらえるぞ」


 キラキラと喜ぶルシャが手に持っているのはハノンのギルドへの推薦状だ。なんかめっちゃおまけをつけてくれたらしい。

 楽しみにしていてくださいね。といわれてからルシャはそわそわしっぱなしだ。

 自立した女を目指すルシャにとって、明日は大いなる一歩なのだから仕方がないが、当然自分も巻き込まれるわけだ。

 むちゃな依頼だけは断固阻止せねば。



 ふかふかのベットに寝そべりながらクロイツは人心地する。

 お日様の匂いがするベットは気持ちが良かった。

 あの戦いの日々がうそのように感じられた。



「……お腹すいた」


 寝そべっているクロイツにポルが擦り寄ってくる。


「もう日が傾いてきてるしなぁ。ご飯でも食べに行くか」

「そうだな。近くに屋台街があるらしいから行ってみようか」



 慌しかったアソル一日目は、こうして終了していった。




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