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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第二十二話 夏戦inアソルⅡ 本命は……

 丘の上に降り注ぐ日差しはぽかぽかとして暖かい。

 その日差しを浴びながら青い空にぽっかりと浮かぶ雲を見ていると先ほどまでの激しい気持ちが少しずつ落ち着いてくるのが分かる。


『どうしてこうなったのかしら』


 ホノカは自身に自問する。ホノカにとっても今の状況は不本意であった。





 クロイツと呼ばれていた男の子。

 部屋に入って見たときにドキっとして少しだけ頭が浮いてしまった。

 一目ぼれとかそういう感情ではまったくない。この世界では見ない黒い髪を見たせいだと断言する。


 ホノカの髪は元々赤い髪である。

 小さな頃はいつも周囲からその色を褒められていた。夕日が最後に魅せるような燃え上がる赤い髪を。黄昏の幼姫、サンドラベァグオン(世界を赤に染める者)……、呼び名はいくらでもあったし、褒められるのも悪い気はしなかった。だけど、髪を褒められれば褒められるほど、上辺だけしか見られていない自分がいるのではないかと子供ながらに思うようになったのだ。

 そこで、ある日ふと思い立って、自分の髪を誰もしたことないような黒に染めてみたのは、髪以外の自分を見て褒めてもらえることがないかと思っての行動であった。今にして思えばとても子供っぽい発想だったと思う。


 まぁ案の定、それはちょっとした騒ぎとなってしまった。

 周りの人々からは変わり者だと白い目で見られた。むろんすぐ直せと父からも圧力がかかった。その時は、なぜ自分がこうしているのかも考えてくれようともせずに……と怒っていたのだが、もし自分の周りの人間がいきなり奇抜な髪色や髪型にすれば当然の反応だったのだろうと今は理解している。


 昔から意地っ張りな性格(自覚している)だったのが災いして、その時の自分はすべてを突っ撥ねて自分の殻に閉じこもった。意地でも直してやるもんかと思ったのはちょっとした反抗期。


 一日が終わり、自分の部屋で一人になった時に泣いたのをよく覚えている。寂しく縮こまって、自分の小さな泣き声が出ているんだと気がついたとき、堰を切ったように涙があふれ出た。

 髪以外の自分を褒めてもらえなかったが悲しくて、自分のした行動が白い目で見られた事が悔しくてならなかった。




 心が落ち、沈んでいく………………。世界が色あせたように感じたのはその時が初めての経験であった。






 声無き助けを心のうちで求めた時に自分に手を差し伸べてくれたのは、意外なことに、それまで自分が冷たくあたっていたクルク兄だった。


「その黒い髪も素敵ですぅ」


 部屋で縮こまり泣いていた自分に差し出された、小さくてやわらかくて暖かそうなクルク兄の手は未だに忘れる事が出来ない。



 当時ホノカがクルクに抱いていたイメージはあまり良くないといっていい。

 ホノカが生まれる少し前に魔法によって寿命を延ばしたクルクは、ホノカが物心ついてから7歳になってこの騒ぎを起こすまで、10歳前後の外見で成長はほぼ止まっていた。実際は9歳も年上であるはずにも関わらずである。

 小さな頃から物分りの良かったホノカは、そんな兄の境遇を正しく理解はしていたが、仕草や言動が男のクセに愛らしいというのはどうしても受け入れがたく、自分とは対極にいるような気がして気に入らなかった。


 しかしそれもこの時まで。


 子供ながらに染めた黒い髪。お世辞にも素敵とは言えないものだったけど……。

 自分で選んだ変化(結局は髪だったけど)を褒めてもらえたことがうれしく思えた。自分を初めて見てもらえたと、心からそう思えた。


「黒い髪が好きだったんですねぇ。長年兄でありながら知りませんでした」



 ハニカミながら申し訳なさそうに謝ってくるクルクにホノカはきょとんとした。別に黒が好きだったわけじゃない。偶然見たことがない髪色が黒だっただけだ。


「髪が痛まないように調合した薬を作ってみました。よかったら受け取ってもらえませんか?」


 差し出されたその薬をホノカは黙って受け取った。それが始まりだった――。



 ホノカの黒い髪はクルク兄から受け取った大切なもの。自分が自分であることの証明。今では誇りですらある。


『それが……』


 クルク兄と一緒にいたその人を見たとき、もしかして染めてるんじゃないかと思った。その疑念が自分の心に小波のように広がった。

 地毛と聞いてほっとしたのは、クルク兄が自分の為だけに作ってくれた薬が使われていなかったから。だと思う。


 瞳まで黒であったことに気がついて、それが綺麗だなと思えた。


 服装云々の流れは勢いだったと思う。

 田舎くさいのは事実であって、これでも自分は長年黒髪に合う服を模索してきたのだ。それなりに良い服を選んであげられると思えた。

 良かれと思って行動を起こしてしまうのは長所でもあるし、短所でもある。とクルク兄にもよく言われている。


『夫婦だったのよね』


 ルシャという銀髪の少女の言うとおり、自分は彼の意見を聞いていないし、夫の服装を遠まわしにダサイと言われれば誰だって怒るだろう。

 素直にごめんなさいといえる自分がいればみんなに迷惑をかけることも無かったのに……。それが出来なかった自分が歯痒くて苛立たしい。



 考えは巡る。



 そう。そもそもはクルク兄が悪いのだ。

 家の中でもクルク兄の頼みならなんだって聞くつもりだ。家に自分宛の手紙が来たとき、すぐさま飛んできたのは早く会いたいと思ったからであるし、あの場面で一声かけてくれたら素直に謝れたと思うのに、クルク兄は怯えたように見ているだけであった。


 策略とは縁がない純粋なクルク兄。そのある意味天然である行動は、本人の意図を問わず結果的に策略になってしまうことが多々ある。その実、有益な結果に繋がることが多いので周りから不思議に思われるわけだが……。

 

『クルク兄様は自分と戦わせたかったんじゃないだろうか? あの少女を?』


 そう思えてならなかった。


 公国十騎士にも選ばれている自分。その能力はリヤンジュとセットのものではあるが、自身だけでも相当なものだと自負している。

 まぁ、クルク兄の推薦された?人であるならば、おそらくそれに見合うだけの強さを彼女は持っているのかもしれないが……。


 


 それを差し引いて腑に落ちないものが残るのはこの二人のせいだろう。


「あなたたち二人の仲間なんでしょ? 何でこっちについたのよ?」


 エムラドの配慮によって喧嘩の仲裁としての訓練参加が決まった時、ぜひ参加させて欲しいと懇願してきた金髪の優男と少し呆れながらも仕方なさそうに参加している紫髪の武道派の女性。


 公国十騎士にも選ばれている自分を知っていたのならば、自身の力を誇示するために戦いを挑んでくる者はホノカの経験上は珍しい事ではない。

 だから、相手方に入るのならば問題は無かったが、この二人はさも当然とばかりにこちらの陣営にいるのだ。


「そうだね……、相手を深く知りたいという行動原理、物語には盛り上がる場面が必要なんだと思っているんだよ」

「私はスクの不純な動機にあまり気が進みませんが……。ルシャさんの魔法のお師匠さんでもありますからね。その成長を実戦の中で見るのもいいでしょう」


 スクテレスは面白そうに微笑み、それを少し呆れたようにロトザーニは見ていた。



 微笑んでいる二人のそれぞれの瞳に、ホノカは鋭い何かを見出した。

 長年、これでも多くの戦いを生き残ってきた勘が告げる。この二人はおそらく強い。そして自分と同じくらい、いやそれ以上の修羅場をくぐって来ていると理解した。


「言っておくけど殺しは無しよ。あくまで訓練だってこと忘れないで!」


 二人の意図が何であれ、足手まといにならなければ問題は無い。


 丘の向こう。銀色の髪をした少女がこちらを見据えているのに気がつき、ホノカは不敵に微笑んだ。

 そう。問題は無い。結局は私が勝つのだから…………。


 

 戦いの開始の合図が鳴った。






○●○●○●






 開始の合図とともにそれぞれが敵陣に向かって進撃を始めた。

 所々芝生が禿げおちた大地を踏みしめて、土ぼこりを巻き上げながら両軍は敵陣地へと突き進む。

  

 

 クロイツ率いる青軍は、大将である自分を一人旗本に残して全員が敵陣へと突っ込んでいた。まさしくやられる前にやってやるぜといった戦法だ。攻撃こそ最大の防御なりという言葉をこれほど思い出させられたのは久しぶりである。

 なんだかんだと、エムラドのシンプルな指示がこの作戦の勢いを生み出したのは間違いない。


 進撃開始から数秒で状況の変化にクロイツは気がつく。赤軍の先鋒隊である30名ほどが一斉に立ち止まり横二列に広く展開。迎撃準備を整えたようだ。


『ふむ。敵陣地から40m程度の距離か。前方からの魔法照射と後方からの援護射撃で大多数を撃破。その後状況に合わせてここまで攻め込むといった戦法かな』


 バラバラなこちらとは違い、あちらは随分と組織だっているように感じる。

 これも赤い旗の脇で佇むホノカの手腕であるのだろうかとクロイツが考え込んだときに事件は起こった。



 赤い旗の上空に現れたそれは、一つ、一つと増えていき、瞬く間に空を埋め尽くしていった。

 クロイツから500m離れた空が、赤く赤く染め上げられていく……。


「あれ全部火の玉か!!!?」


 クロイツが後方で興奮の叫び声を上げた頃、進撃していた青軍に動揺が走っていたことは言うまでも無い。





「なんだあれは!」


 怒気を湛えた声で叫びをあげたのはエムラドであった。


「隊長! あれはまずそうだ!」


 全速力で敵陣に走りながら兵士の一人が率直な意見を口にする。


「お嬢の攻撃じゃないな、だとすると?」

「おそらくスクテレスとロトザーニだろう」


 さも当然といった表情でルシャが答えを導き出す。


「まったく、デタラメな」


 エムラドの険しい表情が一周して口角が少し上がり、ゆがんだ笑みを浮かべた。力の限り声を張り上げる。


「4人隊に分裂! 分散するぞ! すべて射程になるとして備えろ! ルシャは俺たちの隊だ。真っ直ぐ突っ込むぞ」


 エムラドが吼えるように叫んだと同時に、空に浮遊する幾百の火の玉が、ルシャとエムラドを含む先鋒隊58名に襲い掛かった。





○●○●○●





「ちょっとなによこれ!」


 自身の上空に現れた火の玉を見上げてホノカは顔を歪めた。それぞれの大きさは30cm程度はあろうか? それが少しばかり尋常ならざる数浮遊し始めていたのだ。


「あんたたちやりすぎよ」

「大丈夫。炎の威力は落としてあるし、弾性を強化してあるから相手を吹っ飛ばすだけで済むよ」


 スクテレスは両手を天に掲げながら、柔らかな微笑みをホノカに返す。

 その姿は、今現在相手を殲滅せんとするような大魔法を発動しているとは到底思えないほどの余裕が感じられた。

 一方で真剣な眼差しのロトザーニは敵を見続けたまま動かない。酷く集中しているのだということがピリピリとした空気を通して伝わってくる。



「私の出番が……なくなるじゃない」


 いつもは強気のホノカの声が小さく萎縮する。

 相手に哀れみの感情を抱いてしまうのは久しぶりだ。

 狼狽して空を見上げている周りの兵士たちの気持ちを考えるといたたまれなくなってしまう。




 ホノカの魔法はクエイス公国の基準でいけばA+ランクだ。仮に敵を殲滅せよという話しになれば60名程度を一瞬で葬り去る広範囲遠距離魔法も扱うことが出来る。ただし、それには長い詠唱とそれ専用の魔具が必要となるし、威力を加減することが難しかった。今回のように殺さずに仕留めよとなれば、使わないほうが無難だ。なので、エムラドが戦闘訓練に参加させてくれたときには、近距離攻撃で圧倒せしめ、倒すのが常であった。


 

 火系統魔法。火球=ファイヤーボール。

 火の魔法としては最も初歩的な魔法であり、無論ホノカにも扱えるわけだが、使い方によっては凶悪な武器になる実戦的な魔法だ。


 火系統の特徴は光、熱、概念強化である。

 光と熱はそのまま炎の性質を示しておりその割合によって炎の色合いが変化する。

 一般的に赤い色に近いほうが威力が弱いとされ、赤<オレンジ<ピンク<黄色<白 の順番に強くなっていく。


 次に概念強化。炎系統の魔法師が一般的に最も攻撃力が高いとされている理由がここにある。


 概念とは何か? 人間は、物を理解するときに、無意識のうちに物事の共通なところを見つける。それを概念とする。

 一振りの刀があるとする。

 刀は何かを『斬る』ために作られたものであるのは皆が思うだろう。

 炎系統の概念強化は、この『斬る』という概念を強化することが出来るのだ。


 

 スクテレス達が生み出した火球は赤い色をしているから、炎の威力としては最低ランク。ただし、火球に対して相手を弾くように弾性が強化されているという。

 つまり、少し熱気を帯びた大きめのボールが数限りなく襲ってくると考えれば手加減しているのだと思うことが出来るが――それでも結局は炎なので、防御も出来ずくらえば当然燃えるだろう。


 いやしかしそもそもの概念がホノカにはよく理解できない。炎は燃やすものであって、それ自体が弾性を持っているなどそのような概念は持ち合わせていないのだ。そのような周知でないはずの概念でやり遂げれてしまうあたり、魔法というものはいい加減でデタラメだとため息をついてしまう。魔法は思いの強さであるという定説はその辺りからも来ているのかもしれない。



「敵の捕捉完了。照射を開始します」

「了解」

「ロシャート(一斉掃射)」


 無機質的なロトザーニの声にはっとして目を向けると、伸ばした腕の指を握りこんだのが見えた。

 すると、一斉に頭上の火球が、突如使命を帯びたかのようにゴーーと音を立てて敵に向かっていく。

 ホノカは見送りながら思った。


『世界の終末ってこんな感じなのかしら?』と。




 

○●○●○●






 クロイツは無数の火球に飲み込まれた青軍の姿をみて哀れだと思った。


 大きな火の粉に降りかかられたような青軍は瞬く間にそれに飲まれてしまった。

 4人隊に水系統の魔法を扱えるものがいれば、水の盾を作りなんとか持ちこたえるかと思われたが、5個、10個と連続で火球が突っ込んでくればさすがにきついようで、おびただしい数に盾を次第に粉砕されていき、一隊また一隊と力つき飲み込まれていった。根本的な魔法のレベルが違いすぎるようだ。


 それぞれ残っている兵士も最後の抵抗として、火や風を駆使したり剣で打ち返そうとしたりとする者たちもいたが、炎の中で踊りくるっているようにしか見えない。


 クロイツから見て中央にいるルシャを含むエムラド隊と右に2隊、左に3隊以外はまともに防御すらさせてもらえなかったようだ。恐ろしい威力……。




 では今回のこの攻撃で一番かわいそうなのは誰かと聞かれると、答えは青軍大将である。

 先鋒隊を襲ったおびただしい数の火球の内、大多数の被弾し損ねたものが、なんと地面で跳ね上がり、クロイツ一点に向けて絶賛進行中なのだ。もともとこちらが本命といわんばかりの攻撃。

 


「何だってー!」


 とツッコミを入れている間にもこちらを真っ黒焦げにしようと火球が迫るのであまり余裕ぶっていられなかった。

 火球は次第に群れて形を作り、アメーバのように形を伸ばしながらクロイツへと向かってくる。


「爆風障壁!」


 自身を中心に、身を守るべく超突風を空へと突きあげる。

 巻き起こった風は轟音を立てながら群れよって来る火球達を引き伸ばすように削り上げ、まるで火の粉を空に舞い上げるがごとく四散させていった。


 魔法の桁が違うのはクロイツも同様だ。




 向かってきていた火球はかなりの数に上っていたが、すべて風の障壁に吸い込まれるように消えていった。

 すべて四散したことを確認してから魔法を解くと周りは妙な静けさに包まれる。


 巻き上がった土ぼこりがゆっくりとはれていき、そこに残っていたものを見てクロイツは息を呑んだ。

 茶色に焼け焦げ、倒れこんでいる無数の兵士達……。死んでいないとは思うが、絶対トラウマに残る攻撃だったのは間違いないだろう。ご愁傷様です。

 残った兵士は半分ほどいたが、これ以上戦いを続けること自体が不毛に思えてならない。スクテレスさんロトザーニさん達やりすぎです。何のための戦いだったのかまったくよく分からない。

  







「ちょっとあれを突破するのは難しそうかな」

「あれだけの風障壁は見たことがないわ」


 攻撃の当事者達がのんきな会話をしている間、赤軍も水を打ったように静まり返っていた。


「もう、何から言っていいかわからないわ!!!」


 ホノカは怒って叫んだ。


「あんた達も十分おかしいけど、向こうのあいつは何なの!!?」


 ホノカは確かに見ていた。敵軍を襲った火球。それは前方の敵を殲滅するために放たれたものではないと少しして分かった。

 前方に走ってきていた敵をただ通り過ぎるために放たれたもの。実際は青軍の兵士は囮にされたのだ。本命を打つために。


 本命は敵軍の大将。ホノカがこの攻撃の真意を悟ったときには、火球は大きな弧を描くように敵大将に襲いかかろうとしていた。

 ホノカ自身。あれだけの火球が一斉に襲い掛かってきたとしたらかなり厳しい。正直やられていると思う。


 なのに攻撃はいともあっさりと防がれてしまった。一人で発動したとはとても思えない大規模な風の障壁によって………………。

 戦いが始まった瞬間に魔法陣を形成し、魔力を練り上げ、攻撃に備えていたのだろうか? 否、彼の周りにはそれらしい魔法陣も呪文詠唱すらしている素振りもなかった。ただ悠然と腕を組んで見ていただけだ。


「僕達はアルノードの出身だからね。魔法攻撃だけならクエイス公国に負けない技術を持っていると自慢させてもらうよ。その上で、彼を知りたかったんだよ」


 ホノカはやっぱりそうかと思った。アルノードは魔法において他国を圧倒せしめている国である。非常識な魔法でさえ、アルノードと聞けばなぜか納得してしまう。


「クルク兄様に後でゆっくりと聞くことにするわ」


 ホノカがそう言った瞬間、赤軍の味方先鋒隊が弾き飛ばされるように倒された。




○●○●○●





 水でできた刀を思いっきり振りぬくと、その先から20cm大の水球が投射され、100mほど離れた敵に次々と命中した。水球の速度は速く、当たった敵は数mほどぶっ飛んでいく。

 すぐさま敵襲に気がついた赤軍の先鋒隊は、水、火、風の障壁を展開した。しかし、水球の威力は予想以上で、防御障壁を軽々と突き破ってくる上に、鎧に当たっていなければ致命傷になってもおかしくないレベルであった。


 しかも、


「馬鹿な! あんな遠距離から」 


 走りながら攻撃を行ってくる銀髪の少女を確認して、赤軍の兵士は驚きの声を上げた。


 先ほどの非常識な攻撃。通常の間合いの数倍であろう火球攻撃も悪夢に思われたが、今現在自分達を襲ってくる水球は自身の危険に近い分より悪夢に思えた。

 魔法攻撃の射程は50mが一般的だ。しかもそれは、落ち着いた状態で放ったものであり、まして走りながら攻撃してここまで飛ばすなどありえないのだ。


「整列したままではまずい。一度散じて左右から攻撃をしかける」 


 残った20名ほどは尚も向かってくる水球を懸命に避けながら左右に展開しようとした。が、あまりの恐怖に体が思うように動かず、次々に水球の餌食になっていき、全員あっけなく全滅させられた。




「あの子もやっぱりやるのね」


 それを見ていたホノカが呆れた調子で肩を落とした。


「あの子の相手は私がするわ。スクテレス……さんとロトザーニさんここは任せていいかしら」


「はは、任せてください。それと次の作戦の肝はホノカさんです。ルシャさんを怪我をさせない様に倒してください」

「ほぇ?」


 スクテレスの意外な言葉にホノカは思わず情けない声を返してしまった。


「100m程までクロイツさんをおびき出して欲しいのです。そしたら後は仕留めますから」


 ロトザーニの不穏な一言にホノカの顔が引きつった。


「ちょっと、あんた達ルール分かってるの? 旗を取ってもいいのよ? 大将を絶対倒さなきゃいけないわけじゃないんだから」


 打ち込まれてきた水球を、火球で相殺させながらホノカは叫ぶ。


「旗に張り付いているクロイツさんをどけなければ勝機はないんですよ。これはそういう戦いです」


 スクテレスとロトザーニは周りに残っている兵士達に、自分達へ攻撃が通らないように防衛の指示を出して次の照射の準備を始めていた。



「私が大将なのにー!!!」


 いつの間にか主導権が奪われているホノカは、この上もなくやるせない気持ちを魔法にこめて、この日一番の威力を誇るであろう炎の柱を前方にぶっ放した……。




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