第二十話 街と兵士と案内人
人口3万。交易の街アソルは大きな街だ。
北からはクルクの故郷でもあるクエイス公国が存在し鉱石や魔鉱石が、西からは神聖ルーティア王国近くにあるラディノ湖でとれた魚や装飾品、遠くアルノード共和国の書籍や魔具などが、南からはガンデス地方の作物が運ばれてくる。
この世界での旅は徒歩や荷車が一般的で、移動するには数日かかる。
なので、街道沿いには宿や小さな村などが多いが、その中の一つであったアソルがここまで栄えたのはひとえに戦争のおかげらしい。
かつて、国境の境界線上に近いこの街は軍事基地として栄えた。
主にクエイス公国とルーティア王国の戦争であったそうだが……
街へ物資を運ぶための街道整備がこの街の発展につながったのは間違いない。
ガンデス地方の人々にとって、戦争は迷惑であったようだが、自らに手を出されない限りはどちらへも商売を行ったそうだ。なんともたくましいものである。
クエイス公国としてもルーティア王国としても、食料豊富なガンデス地方を手に入れることができたら……と考えなくはなかったそうだが、凶暴な獣への対処をしながら戦争を継続するのは至難の業であり、結果的にガンデス地方の人たちから友好的に食料を調達したほうがメリットが大きかったらしい。
街道の無償整備もその取引に含まれていたようで、アソルから伸びる三方向への街道はとりわけしっかりしていたのはそういった理由からだそうだ。
「――考え方ひとつか」
戦争によって傷つき、発展してきた街並みを、馬車から見てクロイツは一人つぶやいた。
その声に微笑を浮かべたのは目の前に座る“ハノン”と名乗った一人の男。
馬車の中にいたクルクの案内人である。
明るい紅色をした腰まで届くほどの長い髪とルビーのような深く赤い瞳、ひょろりとした物腰のせいかやけに女性的な雰囲気。ぱっと見賢者のような風だなぁとクロイツは思ったわけだが、実際そのとおりの人物なのだろうと認識を改めていた。
クルクが自分たちを友人と紹介したことで、なんだかんだと賓客対応してもらっている。現在はアソルについて聞いていたところだった。
「街の内部は大きく三つに分けられます。一番外郭に近いところは商人や旅人が滞在する場所。中層にはこの街に住む人々が、中央はスドキトス伯爵ならびに兵が住む場所となっています。各場所への出入り口には兵が常駐し、その人の身元……つまり旅券主のデータによって入れる区画が制限される仕組みになっています」
なるほどとクロイツは感心する。
セキュリティが予想以上にばっちりだ。この世界には盗賊とかいると聞いていたから街の治安も不安であったが、この街の中においてその心配はする必要はなさそうだ。
「今通っている場所はご覧のとおり商人、旅人のエリアです」
といわれて外を再度みる。外郭ブロックは簡単に言えば広い空き地のような場所だった。そこに今は荷車が整然と並べられて、簡単な市場のようなものが形成されている。人も多く、活気がある。
「商人の方は荷車で寝泊りすることが多いのでそれに対応できるよう空き地を多く設けています。商売をする場合は商売許可を専門部署に申請し、割振られた場所で商売ができる仕組みです。場所は販売される商品の種類ごとによって集められることが多いです」
「武器や薬、衣服みたいな感じです?」
「まぁ大体ですけどね」
ケイハさんたちは衣服フロアなのかなとクロイツはぼんやり思う。
露店エリアを抜けると、なんともケルトチックな建物が見えてきた。藁葺き屋根に白い壁、その柱には木材が使われているようだ。建物は二階建てくらいの大きさが多く、出窓にあるプランター植物がとてもセンスが良いなと思わせる。もしかしたらあれらの花はファルソ村から来たものかもしれない。
「ここは商人や旅人が泊まる宿屋になります。飲食店やお風呂などもあります。ルシャ様のおっしゃっていたギルド案内所もこの近くにありますよ」
「ギルドではすぐ仕事が出来るのでしょうか?」馬車に入ってからは口数が少なくなっているルシャが口を開いた。
「ええ、ギルドの仕事は幅広いですから。単発から長期任務までさまざまです。ランクにより報酬も異なるようですが、詳しくは実際に訪れてからお聞きすればよいかと思います。よろしれけば私からの書状もお付けいたしましょう」
笑顔で返すハノンにルシャは言った。
「感謝します」と。
明日の早朝には街の雑事を一切引き受けて行うであろうと、容易に予想できたクロイツは心の中で小さなため息をついた。楽な仕事でありますように! と。
しばらく進み、小さな城壁を2個ばかりくぐったさきにある大きな城壁の前で馬車は停車した。
「ここから先が主にアソルの街に住む人々の場所になります」
入った先は世界が変わっていた。
先ほどまでのケルトチックな建物ではなく、石を積まれて作られた建物に変わっていたからだ。土で舗装されていた道路は小さな石が敷き詰められており、立派なものだった。
ハノンは優しい笑みを浮かべながら笑う。
「これもかつての遺産ですね。クエイス公国に近い建築方式です。わざわざこれだけの石で作り上げるのは並大抵のことではありません。街の中層はそういった戦争時代の建物がそのまま残り使われていることが多いです。かつての技師達の意地の張り合いともいいましょうか、不必要なほど立派な場所が多々あります」
「へぇ、普通は壊したりするものかと思っていましたが………」
「どちらともなく始めた文化競走。いつのまにか暗黙の伝統にもなっていたようです」
喜ばしいことです。とハノンは付け加えた。
ハノンの話を聞くところによれば、これらの建築には土系統の魔法が用いられることが多いらしい。
土系統の魔法で出来るのは鉱物の創造、変化、固定。中でも土系統最大の特徴である固定は、物体に対してのみだが半永続的な固定化魔法をかけることが出来るらしく、一定量ではあるが物理的な攻撃や火、水、風系統などの魔法にも耐性を持たせることが出来るそうだ。
まぁ分かりやすく言えば、数百年前に作られた古い建物が今も風化せずにきれいに残っているのはこの固定化魔法のおかげだということらしい。
そんな万能ともいえる土系統の魔法師は、四系統の中では最も数が少ないそうだ。特に建物全体に固定化魔法をかけられるものになると希少であり、そういう人材は軍に所属するよりも建築家として重宝されることが多かったらしい。
「各軍の土系統の魔法師は、戦場は違えど戦っていたということでしょう」
ハノンはそう締めくくった。
つまりは相手の建物を壊すという行為は、つまりそれ以上のものを作ることが出来ないから壊したと当時はとられたわけらしい。
相手の作品の横に自分の作品を置いて、どーだ俺のほうがすげーのつくれるぜ! と自慢しあったということだろう。
「ここ中層エリアはよほどの問題を起こした人ではない限りどなたでも入れるようになっています。当時としては最高クラスであった技術によって建てられた建物が多いですから、それを見に来る観光客も多いのです。また、ここでは各地の文化が融合した商品や食べ物が多いのも特徴です。商人が買い付けに来ることもあるほどに」
ハノンは誇らしげにそう言った。
そういえばどことなく良い香りが漂ってくる。クロイツがは昼飯をまだ食べてなかったな、と思い出した。すると余計にお腹が空いてきたように感じる。
隣に座るポルが腕を軽くひっぱってきた。
どうした?と聞くまでもない。
「もう少し我慢な」クロイツは苦笑してポルの頭を撫でた。
無表情のポルであったが、それがむしろ切なげな表情にも映る。荷車であればすぐに軽食が用意できるがここにはそれがないのが悔やまれた。
それを見たハノンは笑う。
「クルク様のご友人を空腹にさせては元も子もありませんね。クルク様少し時間をよろしいでしょうか?」
「そうですね、僕は問題ありませんが伯爵はよろしいのですか?」
クルクが答えた。伯爵を待たせては申し訳ないとクロイツも思う。
ハノンは問題ありませんと微笑むと、馬車がゆっくりと止まった。
えっ、いいの要人護送中に寄り道していいのとクロイツは驚いていたが、
「僕もお腹が好きましたからここでご飯にしましょう」
クルクがそういうならしょうがない。ということで、一行は多少の衆目を集めながらの昼食をとることにした。
おしゃれなオープンテラスに腰掛けながらコーヒーと焼きたてのパンを食べる。なにここ。異世界だよね? と思って見渡せば異世界人が遠巻きにこちらを見ているのでやはり異世界だ。いやいや、それにしてもコーヒー豆がこの世界で流通しているとは驚きである。なんでもラディノ湖から南へずっと行った場所にある“クノイ”と呼ばれる海に面した国で生産されているらしい。さすが交易の街である。
「あれ、ルシャはコーヒー飲まないの」
「苦い……」
軽く舌を出しながらいうルシャは、いつもの大人びたそれと違い年相応でかわいらしかった。コーヒーは初体験だったようだ。
「リキィクフルジュース飲む?ポルと同じやつ」
リキィクフルジュースはガンデスでとられた果実、エンザイ、ンド、ルドフと呼ばれているものをミックスしたものだそうだ。味としてはオレンジとリンゴとパイナップルに近い果実だが(試食させてもらった)、それらの形はクロイツの知っている形ではない。
風の精霊による自動翻訳はクロイツの知識とリンクしているようで、それをこの世界に照らし合わせてくれている。実際コーヒーはコーヒーとして存在している。米や麦、パンなどもそのままそう聞こえる。時折、この世界特有あるいは特有の進化を遂げたような見知らぬ食べ物にはその異世界の言葉がそのまま翻訳されるっぽい。見た目が違っても味などは類似しているものが多いのは面白いところだ。
定員の赤い髪をした女の子にコーヒー用のミルクと砂糖をお願いする。
「コーヒー用の?ミルクと砂糖ですか?」と少し疑問で返されたけれど気のせいだろうか……
「普通のミルクと砂糖でよろしいでしょうか?」と再度聞かれたのでそれでいいとだけ答えを返した。
持ってこられたミルクと砂糖を差し出しながらクロイツは言った。
「ルシャ? 苦かったらミルクと砂糖を入れて飲むんだよ」
「そうなのか?」
苦いのを我慢して挑戦していたルシャは素直にその提案を受け入れる。
しばらく試行錯誤しながら自身が好むミルクと砂糖の量を調節できたルシャが満足そうにいった。
「うん、これなら飲める」
可愛らしいものである。
それを不思議そうに眺めていたのはクルクとハノンであった。
「!」「ほぅ」
なんだろう……文化的、宗教的な理由でダメだったとかあるのかな。とクロイツは少し不安になった。
「クロイツさんはコーヒーをご存知なんですよね?」クルクが質問してきた。
「はぁ」少し驚いて間の抜けた返事を返す。
「あの、その。コーヒーとは混ぜ物をしてはダメだと聞いていたのですが?」
「どこのだれから?」
クロイツは思わず笑った。
「俺の国ではコーヒーをそのまま飲む人もいますよ?でも好みに合わせてミルクや砂糖。場合によってはもっと違うものを入れる人もいます。人それぞれですよ。コーヒーとミルクを1:1の割合で割ったもの俺の国では特にカフェオレと呼んでいます。むしろそっちのほうが好きな人が多いくらいじゃないかな」
ハノンも何かしら思ったのか少し真剣な顔でコーヒーを眺めてルシャを見やると同じくミルクを入れてみていた。
自分の味にたどり着き飲み終えると、幸せそうな表情を浮かべていった。
「いやはや、最近流通されるようになったコーヒーにそんな飲み方があったとは知りませんでした」
素直に感動しているようだった。それに気を良くしたクロイツは言葉を続ける。
「コーヒーは飲むだけではなくその風味を生かしたパンやケーキに用いられることもありますよ」
「ほぅ!」
ハノンの目が見開き感嘆の言葉をあげた。新しい発見だといわんばかりだ。
「パンか。なるほどパンはミルクを使うからそれにコーヒーを? ふむ。そうかなるほど」
いつの間にかハノンの地が出てきている気がしていたが、クロイツは面白いので黙っておくことにした。
「時にクロイツ様。ケーキとは何でしょうか?」
期待に胸を膨らませてハノンは聞いてきた。クルクの目も輝いていた。異世界の食べ物だと期待しているのだろう。
ケーキはないのかぁ、おしゃれなオープンテラスなのに? とクロイツは心の中で思ったわけだが。ここが異世界であると思い知らされる瞬間でもあった。
ケーキの説明、相手が知らないものを説明するのは非常に難しいものだ。
「ん~パンに近いのですが、それよりもやわらかくて甘い感じの食べ物ですね」
とりあえず間違ってないことを述べておく。作り方は詳しくは知らないというのも忘れない。作ってくれといわれたら面倒だ。
「ぜひ食べてみたいものです……」
ハノンが一人心地で声を漏らす。
「そうですね。ぜひ食べてみたいものですね」
クルクも残念そうに頷いていた。
○●○●○●
昼食を終えて馬車に戻った一行は再び伯爵の居城へと向かう。
クロイツは外を見ながら呟いた。
「中層エリアでは商人や旅人は宿泊出来ないのですか?」
ケルトチックな建物で泊るのも良いけれど、せっかくだから高度な技術で建てられた建物で泊ってみたいと思ってもいいだろう。
街を見に来る歴史通ならばよりそう思うはずだ。
ハノンは笑う。
「これは説明不足でしたね、申し訳ありません。結論から申し上げれば旅の方でも中層エリアで滞在することは可能です。中央エリア以外は基本的に人々は自由に行き来できると考えて下さって結構です。ただし、中層エリアでは外郭エリアに比べて宿泊する施設そのものの数が少ないのです。街の人々は大体中層に住むことが多いですので、逆に言えば外郭のほうが気に入りそこに住む街の民も数多くおります」
それを聞いてクロイツはあらためてアソルはいい街だなぁと思う。
ハノンはクルクの案内人。つまり、それなりの位の人であるのは確かであり、その人の言葉はそのまま街のあり方や目指す先を明示している。
彼の言葉や街の様子はクロイツにとって好ましいものだった。自由がある街だなぁと思った。
それにしても……。
いくつかの城壁を越えるたびに街並みがころころと変わるのは新鮮だ。簡素なつくりの建物から重厚な建物までいろいろだ。おそらく年代も違うだろう。
赤いレンガつくりの建物は、滅びた“ローランド”と呼ばれる国にあった技術らしく、建物の要所に硬質化した鉱物を用いることで当時としては珍しい五階建ての家屋を実現させたそうだ。
今見えている白い石材を使って建てられた建物は、神聖ルーティア王国の建築様式らしい。継ぎ目が見えないほど美しいその建物は、さながら大きな白い石をくりぬいて作られたようにも見えた。建物の角は円柱をした柱のようになっていて、意匠をこらした彫刻が目を引く。掃除が大変らしいですよ。とハノンが苦笑していた。
中央にあるスドキトス伯爵の宮殿よりも立派らしく、お忍びで来る高級官僚の宿泊地としても人気があるらしい。
中央エリアの近くは警備も強化されていますからね。とハノンは付け加えた。
○●○●○●○
中央エリアは伯爵が住まうところ。ついでに兵士も居住しているらしいということから、兵士育成に力をいれているのだと容易に想像が出来る。
治安のよさもそこから始まっているのだろう。それゆえに、そこへと入る門は今まであった城壁よりも大きく貫禄があった。
馬車に乗りながら待っていると、間もなく馬車はその門へ進んでいった。たぶん、クルクに会わなければ入ることは叶わなかっただろうとクロイツは思う。
中央エリア。ということで、豪華絢爛な建物を想像していたクロイツはその中を見て少し眉を潜めた。
そこに見えたのは簡素な木でつくられた家々と広々とした緑の芝生。コロシアムのような巨大な建物がちらほらと見えたが、その辺にある野外ステージと同程度では驚く要素も少ない。いや、これまでの道中で見えていた建物が良すぎたせいで評価が辛口になってしまっているのかもしれないとクロイツは思い直した。
「中央に住むのは大部分が兵士です。なのでその訓練施設が優先して建てられているのです」
微妙な顔をしていたクロイツにハノンは少し笑って説明を始めた。
「アソルは名目としてクエイス公国の領土ですが、実際は多くの国や人々の共同体です。国は法律も違えば文化も違います。それゆえに衝突し、戦争を行ってきました。アソルが街としながらも独自の法律を作り、自治を行い始めたのにはそういった国々のしがらみを持ち込ませないことを目的としています。容認と不干渉。それがこの街の掟です。街の経済はシンプルに、アソルの兵士は旅人の安全を守り、休息できる場所を提供する。その見返りとして多少のお金をいただく。それでこの街の経済は成り立っています」
クロイツは軽く相槌を打ちながら話を聞いていた。
「強い兵士というのは街の財産なのです。それゆえに中央エリアにて訓練を行っています」
ハノンが指差した先には百名ほどの兵士達がいた。なにやら二手に分かれて模擬戦闘を始めたようだ。
両軍入り乱れての戦闘は、先発隊が取っ組み合い、相手の進撃を阻む。みな素手のようだが真剣そのものだ。
その隙間を縫うように、後方の魔法師から火や水の玉が打ち込まれる。それに巻き込まれた者達が、少なくとも三人ほどがゴミのように宙に舞って落ちて見えた。
「えっ!?」
と驚きの声を上げたのはクロイツであり、
「実践的だな」
と冷静に評価したのはルシャであった。
兵士達はここぞとばかりに魔法を駆使して戦い始めた。
炎と水。時折立ち上る竜巻が視界を奪う。風系統の魔法師も混ざっているようだ。
それぞれが入り混じる戦い。遠目に見ていると綺麗なのだが、兵士達が死にそうになっているのが見えると心が痛めつけられた。実践的すぎる気がする。
「新米兵士の最終訓練です。ここで死ぬ者は稀ですが、より実践に近い形になっています。戦闘力の高いものは魔獣、魔物、盗賊の討伐任務につきますし、低いものは街の治安と分けられます。まぁ今年は取り分け魔法師に有望な方が多いようです。派手ですね」
微笑むハノンはそういってそれを見やった。それが常であるといわんばかりだ。
やっぱり死人も出るのかと思いながらクロイツはそれを見ていた。
そりゃあんな訓練をするのに豪華絢爛な建物など愚の骨頂だろう。
伯爵の住まう城まで、なおも戦う兵士達を思いながらクロイツは移動していた。死者が出ないことを祈るばかりだった。早々と宙に舞ったあの三人は無事だといいが……。
「アソルの兵士は一年をこの中央エリアで必ず過ごします。肉体の鍛錬と魔法の強化。集団行動の徹底。と言葉にしていますが、正直にいえば戦場で生き残る術を身につけるのが一番の目標です。己を知り、勝てない敵からはすばやく逃げることを徹底しています。二年目からは実地でがんばってもらっていますが」
ハノンは切なげに遠く兵士を見ながら呟いた。
「勝てなければ大切なものは守れません」
その言葉がクロイツの胸に響いた………………。
沈黙が支配した馬車はしばらくして伯爵の住まう城に到着する。
中央エリアの真ん中にあるその城は一言でいえば見事であった。
白い外壁に、薄い紫色の屋根。規則正しく並ぶ円柱の柱には紋様が彫られており、緩やかなアーチを描いた大きな屋根は建築物の高度な技術を伺わせる。そこから伸びる大小無数の塔は、先ほどのレンガ積みの建物より明らかに高く、全体的な建物のバランスを考えて建てられているようで、生彩さを感じさせた。
馬車から降りて、大きくアーチを描いた玄関口へと進みながらハノンが微笑んだ。
「ようこそクート城へ。どうぞ中へ」
ハノンに導かれるままにクロイツ達は城へと入っていった。