第十九話 交易の街 アソル
「街へ入られる方は順番にこちらへ」
「商いをされる方は積荷の確認を行いますのでしばらくお待ちくださいー」
街の兵士達が盛んに声を張り上げるここは、交易の街アソルの南門。
15メートルほど城壁にぽっかりと空いた5メートル四方のアーチ状の入り口は、この街の玄関口だ。
玄関口とだけあって、人や荷車などがごった返しており、さながら中程度の駅前レベルといった賑わいを見せている。
クロイツ達は街へ入るため、大人しく並んで待っている最中であった。
そんな中、久しぶりの人ごみを眺めてクロイツは少し緊張していた。
『またいつかみたいに攻撃されたら災難ですからねぇ』
精霊キュアラは他人心地につぶやいた。
『安心できるとすれば、ファルソ村よりもいろんな人がいるってことだな。ここではスクテレスさんやロトザーニさんも珍しいくらいだ』
行きかう人々の特徴で一番多いのは、これから向かうクエイス公国の人達のものだ。赤系の髪に肌色、赤い瞳をした者達。ついで、銀色の髪と白い肌、青い瞳をもつルシャ系統の人々。多くは銀というより若干青みがかった髪色をしている。たしか、ルシャ達の先祖はもともと神聖ルーティア王国から来たと聞いていた。おそらくあの人たちが本場のルーティア人なのだろう。ガンデス地方の人はオレンジ系の髪に褐色の肌に金の瞳をしており、大概が商人なので、人数はそれほどいないが見つけやすかった。
あとはちらほらといった感じで、それらの特徴が交じり合ったりしている者も見えた。
しかし、異世界において黒は希少らしく、先ほどからまったく見ない。スクテレスのような金髪もまったく見えないのが救いだろうか。
覚悟はしていたとはいえ、やはり少し注目を集めるようで、先ほどから行きかう人の視線が時折こちらに向けられていた。
そこでクロイツは気がついた。
人々の視線はおそらくだが自分だけに向いているわけではないらしい。むしろ……とクロイツはその視線の先をたどってみる。
その先にいる、碧く大きい瞳を持った銀髪の少女が少し呆れた顔をして問い返してきた。
「なんだ? クロイツ、少しは落ち着け、さっきからそわそわしててみっとも無い」
「なるほどルシャか……」と一人クロイツは納得する。
クロイツは確信する。この世界の基準でいってもルシャは美少女の分類だと。
その上、立ち振る舞いが堂々としているせいか、時折ドキッとするような気品すら感じさせている。年頃の若い男のみならず、仕事中であるはずの兵士の中にまでやたらとこちらを意識してるやつがいる。
「まぁ、あれだ。どっかの村みたいに突然切りかかってこられたらと思ってな」本心だった。
「安心しろ。父上の攻撃ほど鋭い攻撃は来ない。で何がなるほどなんだ?」
クロイツはルシャに向いていた視線のいくつかが、敵意を持ってこちらに向いたことを感じ取った。
少しだけ表情が少しだけ真剣みを帯びる。
「街でも気を抜かないようにしておく」
「そうか」
クロイツの言葉の意味を知ってか知らずか、ルシャは少し面白そうに微笑んだ。
敵意に変わった視線を極力受け流しながら、膝の間に座るポルの頭を撫でる。クロイツの心の癒しである。
ポルは先程からクロイツと同じように行き交う人々を凝視して動かない。尻尾がふわふわとしきりに動いているから、おそらく興味深々なのだろう。
クルクさんから聞いていたように、確かに亜人であるポルのような人種を見かけない。彼らの情報を得るのは少し先になりそうだ。
それにしても、よほど珍しいのだろうか。自分への敵意に混じってポルを見る視線もかなり多い。
まぁ、ポルに対しては敵意があるわけではないから大丈夫そうだが、親代わりとしては少し心配だ。目を離さないようにしないとなぁとぼんやりと考えていると自分たちの番が回ってきたようだ。
受付の兵士は赤い髪に赤い瞳。鷹のような鋭い瞳を持った妙齢の女性であった。見られただけで後ずさってしまいそうな武人特有の雰囲気を持っている。
「ケイハ様ですね、旅券証をお渡し下さい」
ケイハさんば無言で赤い色をしたタバコサイズの板の様な物を差し出した。
旅券証はこの世界のいわば身分証明であり、街へと入る場合などに用いられるもので、所有者の経歴により一定の人数まで無条件での入場を可能にするらしく、もし、悪いことをしでかした場合は旅券証の主であるケイハさんが罰を受けるというものであるらしい。
「お連れの方はこちらに手を触れていってください」
受付の女性の示した先には、なにやら水晶の板のようなものが置いてあった。旅券証が水晶板の脇にセットしてあり、クロイツはクルクさんにつけられた魔法装置を思い出していた。
「簡単に言えば魔力の個有波動指数を用いた個人識別装置です。それぞれの魔法系統における数値を読み取り、その中での特定域におけるパターンの解析を行うことで識別に利用しています。旅券証にはケイハさんを保証人として個人のデータが登録され、万が一街で事件があれば、あの旅券証のデータを元に人物の特定がそれで行える仕組みです。ちなみに旅券証は街から出る際に返却されます」
「なるほど」
得意げに話すクルクさんの説明に感心しているとケイトさんやサムズさんはもう既に登録を終えていた。
ルシャ、ポル、自分という順番でその水晶の板に手を置いてみる。すると、手を置く度に水晶の板が振動し、フォン、という音がなった。 なんとも未来科学的な装置である。
「あれ?クルクさんは?」と不思議に思って振り向くと
「僕は自分のがありますので。」
旅をしているスクテレスさんとロトザーニさんも自分たちの旅券証を持っていた。共に赤い色のタバコサイズのものだ。世界統一規格なのだろうか?
スクテレスさんよりも先にクルクさんが受付の女性に旅券証を手渡す。すると
「――っ」
受付の女性の顔がはっとしたものになり、なにやら驚いているようだ。しかしそこはさすが兵士というべきか、平静をすぐに取り戻してこういった。
「少々お待ちいただけますか」
にこやかな笑顔でそう言うと、受付の女性は先にスクテレスさん達の認証へと進んでいた。
取り残されて少し困惑した表情のクルクさんを見ながら、クロイツはまさかを心の内で期待した。
そう、漫画にはよくあるパターンだ。程度は置いておくとくして、突然街にお偉いさんが来たとしよう。
歓迎をしなければならないような超要人だった場合、本人の意思とは関係なく事は起こる。
例えば、人混みを掻き分ける様に立派な黒塗りの馬車が登場したり、そこから赤い絨毯が延びたり、どこからか集まったな兵士が絨毯の脇に整列したり。ついで一糸乱れぬ動きで剣を構えたり。
そして、兵士の中で少し位の高い者が叫ぶのだ。
「クエイス公国ネイ−ラリューシユ・バー・ティレン子爵クルク様御来城〜!」
高らかに響くラッパの音がトドメだった。
うむ、完璧だ!
クロイツは非現実的すぎるこの様相を体験する事が出来た喜びに、軽くガッツポーズを決めながらその黒い瞳にうっすらと涙を浮かべた。
おおらかで何事にも動じさそうな性格であるケイトさんとスクテレスさん、ロトザーニさんは笑っていた。比較的一般人であるらしいサムズさんとルシャは素直に驚いた表情をしており、ケイハさんとポルはかわらず無表情。
衆目中心におかれた、見るからにかわいらしい少年は、その顔を赤く上気させて困惑の顔をその歓迎に向けるばかりであった。
「とりあえず……馬車に乗りましょう」
異様な人だかりに囲まれた空間の中で、クルクは言葉を搾り出した。
「ふむ。俺達は荷車もあるから、ここで別行動だ。今日から三日目の朝に北門で大丈夫か?」
ケイハは周りの状況などお構いなしに、普段と同じように話しかけてきた。
「そうですね。大丈夫です。スクテレスさん達はどうします?」
何とか自然に会話を繋いだクロイツ。
「私達も荷車があるから先に宿へと向かうよ。クロイツ君達の荷物も同じ宿に預けておくし。その後は……お城に向かえばいいのかな?」
さすがに緊張した面持ちのスクテレルにクルクは頷くと、近くに立っていた少し位の高い兵士に言った。
「お願い出来ますか?」
兵士は丁寧に頭を下げて「迎えの者を向かわせましょう」と返事をしてくれた。
その一連のやり取りに慣れているようなクルクは、いつも通りの調子を取り戻してくるりと向きを変える。
「ケイハさん、ケイトさん、サムズさんとはここで一旦お別れですね。ここまでありがとうございました。道中お気をつけてください」
クルクはペコリと頭を下げながら御礼を言う。
「気をつけてな」
「あんたも気をつけなよ」
「また、スーセキノークで」
ケイハ、ケイト、サムズとそれぞれ別れの言葉をかわす。
「では行きましょう」
クルクは再びくるりと向きを変えると、馬車から延びた赤い絨毯を平然と歩いていく。
少し遅れて少し緊張した面持ちでルシャが続き、それを盾にしながらクロイツはポルの手を引いてそれに続いて歩いていった。