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クロイツと風の精霊  作者: 志染
19/47

間話 ヤブンス ~after~

 橙色の光に照らし出された薄暗い路地の中を、一人の男が歩いていた。

 人影もまばらなその路地を男は足早に通り過ぎ、とある店へと足を進める。

 開いた扉からは怪しげな青紫の光がもれてきたが、男はそれに躊躇することなく入っていった。

 

「いらっしゃい」

「ドクドリュッシュはあるか?」

「ああ、あるよ」


 簡単な言葉をかけて、男は空いている椅子に腰を下ろした。

 椅子に座る男を出迎えたのは、少し背の高い痩せた初老の男で、滑らかな動作で注文された酒瓶を手に取ると、グラスに並々と注ぎながら目を細めた。


「随分久しぶりじゃないか」


 早々と差し出されたグラスをカウンター越しに受け取りながら男は笑った。


「またここにこれて良かった。マスターとこの酒だけはやめられねぇからな」

「うれしいね」


 マスターと呼ばれた初老の男はそれを聞いて柔らかに微笑むと、サービスのつまみを男に出した。

 


 ここは交易の町アソルの一角にあるカウンターバー。

 看板も出していないこの店は、初老の男が趣味で開いているもので、地元の人でも知らぬものがいるほどである。

 だからこそ、書き入れ時というこの時間帯ですら店内には客足はまばらだ。

 男はここが好きだった。通うようになってもうしばらくたつ。一人静かに飲むのにはうってつけだ。それと………………


「よう、久しぶりだなヤブンス」


 陽気な声が後ろからかかる。


 ヤブンスは視線を向けるわけでもなくニヤリと笑う。その表情は元が悪いおかげであくどい様である。


「久しぶりだな。ちょうど良かった」

「なんだ、また面白い話か」


 なんの断りもなく隣に座った男。年は30代前半くらいの男で、その姿は街の傭兵であった。赤黒く長い髪を後ろに束ねており、ヤブンスとは対照的に顔がいい部類にはいるおかげだろう。いかにも防御力の低そうな鎧をかっこよく着こなしている。傭兵にしては体格が少しばかりひょろっとしている印象を受けるが、それでも鍛えられた腕はヤブンスと同じくらい太かった。


「まぁ、しかしなんだな。俺が街に入るたびにおまえに会うのは偶然かどうか・・・そろそろ心配になってきたところだ。“エムラド”」

「なーに、俺は大概飲み屋を回っているからな。確立が高い。それだけだろ。ヤブンス」

「へぇ……」


 ヤブンスがマスターに目で合図をすると、エムラドと呼ばれた男の前に飲み物が用意された。





「噂話をいくつか聞きたいだがな」


 酒の進んだ席でヤブンスが切り出した。


「それで?何について聞きたい?よい話ならブラッド隊のラディの話が熱いが、それとも?」


 ヤブンスはエムラドを制して低い声でうなるようにいった。


「最近旅商人らしき男が来なかったか?」


 エムラドの顔が曇る。ここは交易の街アソルだ。旅商人の男など腐るほどいる。にもかかわらずヤブンスが質問してきたということは。

 エムラドはそこまで考えたあと慎重に答えた。


「……詳しい事情を聞けばだな」


 エドラスの声も重い。がその目には鋭いものが光り始めた。


「そうだな………………」

「俺は面白そうなことなら手伝うといっただろ?」


 エムラドの言葉を聞いて、ヤブンスはマスターに三杯目のドクドリッシュを注文した。




 ヤブンスは語った。昨夜から今日の朝までの出来事を……


「――というわけだ」

「相変わらず面白い人生を歩んでいるな」


 それがエムラドの感想らしく、うまそうに酒を飲みながら、ヤブンスの話を酒の肴にしていていた。


「こっちは死かけたんだがな」


 程よく酒が入ったヤブンスも自身のおきたことを回想しながら笑う。いや、実際には自分は昨夜死んでいた。あの時は気が高ぶっていて、いろんなことがありすぎたから深く考えることも出来なかったが、あんな重症な自分を回復させれる魔法師など聞いたことがない。生きていただけもうけもの。

 確か体が炭化していたずだが・・・そのときの記憶があいまいで思い出せない。気のせいだったのかもしれないとさえ思えてくる。

 ……無骨な自身の右腕を見ながらふと考える。あぁ、懐かしい冒険の傷跡まで消えたのか。


 陽気な雰囲気の消えたエムラドが真剣な顔をしながら語り始めた。


「それにしてもガインツ盗賊団が壊滅か。アソルの領主もさぞや胸を撫で下ろしただろう。それにしてもお前さんが人を信じるなんて珍しいな」


 真剣なまなざしを向けるエムラドを尻目にヤブンスは答えた。


「俺は見る目だけはあるからな」


「だからこそ生き残ってきた。か?」

「だな」

「シトに、フードをかぶったきつい口調の絶世の美少女に、瀕死のお前さんを蘇生させた上に高等魔法にも匹敵する風系強化呪文も使った黒髪の少年?」

「だな」

「ほかにもたぶん仲間がいるんだろ?」

「だな」

「そいつらの名前は?」

「忘れた」


 思案するエムラド、


「俺なら信じれんな」


 ヤブンスは笑う。


「まぁおそらくだが悪いやつらじゃない」

「根拠は?」

「あった瞬間に分かった」

「……………………………………」

「まぁ、」ヤブンスは一声あけていった。

「自分の目で確かめてみるんだな」



 エムラドは思った。このヤブンスという男は一筋縄ではいかない。出入りの厳しいこのアソルに難なく不法侵入をした上に、自分の威圧をものともしない精神力を持っている。なによりこの酒の強さ。ドクドリュッシュをストレートであれだけ飲んでまだほろ酔い?冗談だろ?


「あー無理して全部飲まんでもいいぞ?残ったら俺が飲む」

「そうか、その一言を待っていたん……だ、」


 真剣な顔を通り越し、いっぱいいっぱいな表情になったエムラドは一人トイレへと消えていった。

 あと1/3ほど残ったグラスをみながら、マスターはつぶやいた。


「やっぱり、だよねぇ。普通は割って飲む飲み物だからねぇ」




 トイレから戻ってきたエムラド。やつれたようだが少し笑顔が戻っていた。

 そんなエムラドを気にする風でもなく、ヤブンスは独り言のように話をし始める。


「やつらの縄張りはもっと南西のほうだったと思っていたんだがな?」

「ヤブンスも噂くらい聞いているだろ?」

「武舞大会の優勝商品“風の終わり”って話か?」


 エムラドは儚げな顔で頷いた。


「噂自体は滑稽で、優勝商品が伝説にあるような代物なわけがないと誰でも分かる物なんだが……。だがしかし、一部の馬鹿を動かすには十分な効果があったようだな。先走ったやつらがなぜかアソル近辺に集まってきた。が、幸い優秀な兵士の活躍で駆逐された。しかし期待感というのだろう。呼応するように他の盗賊達も活発に動き始めているようだ。今では噂が噂を呼んで、現在風の終わりがアソルを通って輸送されているらしいぞ? そのおかげで、ガインツ盗賊団だけじゃなく各地方の有名どころも集まってきている。今ではアソルからスーセキノークへと続く道の途中はいつも以上の有様だ」

「ここ数日でか?」

「ここ数日でだ。頭の痛いことにな」


 エムラドは少し考え込むような仕草を見せた。


「まぁ、そんな中では小さな事件だが森の中で一人の惨殺遺体が見つかってな。現在身元を捜しているところらしいが、何でも薬草師じゃないか?って話だ。おそらくお前さんが探している相手に近いんじゃないか?」

「ほぅ」

「そんなやつらの行き着く先は……まぁもっとも、あそこは今ではひとつの街といっていいレベルまで膨れ上がっているようだがな。アソルとしてもいざという時自衛しなければということで、街道のほうへはあまり人員が割けん。旅人はアソルで足止め。勇気ある護衛兵は大繁盛でございます。という感じだな」

「なるほど」

「かなり街路も治安も悪くなってきている。俺としてはこの街でのしばらくの滞在を勧めるが?」

「そうだな」


 ヤブンスは一息ついた。どの道戦闘は避けられんか。


「俺としてはその旅人に期待している」

「おいおい、まだ子供だ。それにポルを預けたっていったろーが」


 苛立ちを含んだ声でヤブンスはうなった。


「ヤブンス。お前の力で守れるレベルじゃないぞ」


 それに返すエムラドの顔もまた真剣なものだった。そして手にした小袋をヤブンスの前においた。


「敵の大体の人数。さらわれた人の居場所。この二つだ」


 ヤブンスは頭をかいた。やれやれ立場が逆転してやがる。

 なんの躊躇もなくその小袋を懐にしまいこむとヤブンスは言った。


「使いはアフかニクル。明日の夕刻までにまたここで――」


 それだけ言うとヤブンスは一人静かに店を後にした。



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