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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第十八話 朝の鍛錬と魔法とモノ!!?

 静けさを含む森に小鳥達のさえずりが聞こえ始めた頃クロイツは目が覚めた。

 獣の毛皮でつくられた寝袋の間から、朝の空気を深く吸いこむ。湿り気を帯びた空気は、獣の匂いも多少は混じっていたが木々や葉の匂いが心地よい。


 手をごそごそと動かし、自身の顔に手をやって、どうやらこの森にはやぶ蚊などの虫はいなかったようだとクロイツはほっとした。

 実は、夜中に多少の寝苦しさを覚えて寝袋から顔を出して寝ていたのだ。森の中で、しかも夏にも近いこの季節に顔を出して寝るのは危険行為である。現実世界ならばよくやぶ蚊に刺されて2倍にも顔が膨らんでしまったという話は意外と多い。


 まぁ、結果として刺されなかったのだから問題はないなと、寝起きのぼんやりとした思考の中でこの世界には虫が少ないのか、はたまたこの毛皮の効果か、単純に運が良かったかと考えながら、そろそろ起きるかと思い立ち、寝袋から這い出した。


 

 寝袋から這い出すと二つの人影が目に入った。

 一人は寝ずの番をしていたサムズさん。少し眠たそうではあるが、今は手に持ったスープをおいしそうに飲みながら微笑んでいた。

 もう一人の人影はルシャで、スープはおそらく彼女が用意したものだろう。ルシャは起きた自分を見つけるとスープを一つ差し出しながら言った。




「おはようクロイツ。そろそろ起こそうかと思っていたんだ」


 他の者が起きないよう声を抑えてはいるが、相変わらずルシャの声は凛と脳に響いて、クロイツを少しだけげんなりさせた。

『おはよう。ルシャさん?旅に出てまでやるんだ?』という思いをかみ殺して


「おはようルシャ。朝の鍛錬はこのスープを飲んだらでもいいかな?」


 ルシャはかまわないといって自分用にいれたスープを飲み始める。



 サムズさんに挨拶をして、差し出されたスープを飲んだクロイツは驚く。これは…………


「ルスイさんのスープと同じだ」


 ルシャが作った料理をクロイツは食べた記憶がない。もしかしたらどこかで手伝っていたのかもしれないが、料理している姿は見たことがなかった。


「母上の料理は全て教えてもらっている。他にもソディヤさんの鳥の包み焼きや、ルキヤクさんの特性の鍋料理。スンナスさんにも教えてもらっているものもあるぞ」

「へぇー」


 クロイツの口からは感嘆の声しか出てこなかった。意外だ。





 

「ではサムズさん少し行ってきます」

「あまり派手になり過ぎないように気をつけてね」


 サムズの言葉にクロイツは苦笑した。


「怪我をしないように気をつけて……って言いません? 普通」

「じゃぁ怪我をしないように気をつけて」


 クロイツは苦々しげに笑ってルシャの後に続いた。



 荷車から随分と離れた森の中。

 森の中で二人、仲良く並んで座り精神統一から鍛錬は始まる。

 もっぱらクロイツにとってはキュアラと語り合う良い時間となっているわけだが。


『もう随分と慣れてきましたね』

『まぁ、この世界にも鍛錬にも慣れてきたね。それに……』

『力がなくてはしたいことも出来ない……ですか』

『それもある。だけどそれ以上に力に振り回されることのないように。と思うところもある』

『……』

『こうして精神統一すると、キュアと心が繋がっているんだなぁと強く思うよ。互いに意識の共有がされているんだろうね? 自身が風になって吹き抜けていく感覚はなかなかのものだったよ』


 世界が自分を中心に音もなく静止しながらも、景色は移り変わり、広大な森を草原を山脈を……超えていくあの感覚。キュアラの記憶。心。


『私もクロイツさんに触れて、初めて人というものの意識を得たと思います』

『クルクさんが可愛そうだと主張するまでになったからね』

『それは! 当然です』

『はいはい』





『クロイツさんは私が……怖いですか?』

『――いざというとき、風の魔法が使えなくなったらと思うとたまらなく怖いと思う。どっちかというと捨てられるのが怖い。かな』

『主導権は私が握ってますからね』

『そういうことずばりと言うかな?』

『そう、クロイツさんが言ってほしいと思っているからです』

『……』

『私に気を使わず、ご自身の力を使われてもいいんですよ?』

『…………まぁ使えると思ってるだけじゃないんだけど……』


『いずれにしても、私はクロイツさんが死ぬまでいささせていただくだけですけどね』 

『なんかそれは……妖怪みたいに聞こえる気がする』


 クロイツはそう思って笑った。




「それで、楽しい語らいの時間は終わったか?」


 驚いて目を開けると、不機嫌そうな顔をしたルシャが目の前にいた。


「まったく、精神統一をしながらころころと表情が変わる奴はみたことがないぞ」


 それ程長く精神統一に励んでしまったのだろうか?


「キュア(精霊)との語らいはとても重要なものなんだ」


 といいながらも、キュアラとの会話と精神統一とは著しくかけ離れた行為であることは自覚している訳で


「世間話でもしていたとしか思えないが、まぁいい。精神統一は人それぞれだと父上も言っていたしな」


 ルシャの言葉を聞いてクロイツは胸を撫で下ろした。



「では、鍛錬を始めるぞ!」


 ルシャは腰にした短刀をスラリと引き抜く。簡易な柄の先には、碧い半透明の鉱石のような刃が見えた。

 そして半透明の鉱石からは見る見るうちに水が染み出して、あっと言う間に1メートルほどの刃が出来上がる。

 

 クロイツは風の鎧を万端にして、ルシャを見つめた。

 ルシャとクロイツの間合いは10mほど。まだ太刀筋が届く距離ではないにもかかわらず、ルシャが短刀を振りぬくとクロイツ目掛けて拳大の水の塊が飛んできた。軽くかわされた水玉は、クロイツの後ろにある直径30cmはある木に直撃し、その幹に大きな穴を穿くと同時に、木片を周囲に散乱させた。しばらくして、重さに耐え切れなくなった木がゆっくりと倒れこむのを合図に戦闘開始となった。


 ルシャの攻撃方法は直進速攻。短刀から作り出した水の刀をメインとし、そこから遠距離攻撃として水の玉を作り出し飛ばし、動きをけん制しながら間合いを詰めて近接戦闘で倒すといった戦法だった。といっても、先ほどの一撃から分かるように、遠距離の水玉でさえあの威力を誇るので、たいていはルシャが近づく前に勝敗は喫するだろう。

 

 ルシャの攻撃を封じる方法は今のところ二つ試していた。ひとつは超遠方からの魔法攻撃。

 スクテレス、ロトザーニの魔法と同じく、逃げて姿を隠し攻撃を行うものだ。

 ただしそれはルシャの機動性を超える速度で逃げ切らなければいけないし、攻撃するにしてもさじ加減が難しい上に、ルシャにとっては面白くなかったらしく不評だった。


 次に、近接戦闘にあえて持ち込む。これはルシャ以上の剣術やらを習得していれば問題ないだろう。骨を折る覚悟で突っ込めば動きを封じることも可能だが、それも痛いので今日は却下。



 そんなことを考えながら自分に向かって連続して放たれた水玉を避けていると、だんだんと森の景色が寂しいものになり始めた。


『このままじゃ森が滅ぶな』


 今日は、自分と似たような戦法を使う相手という設定でいくかな。と考えをまとめて、クロイツは近くに散らばった木から手ごろな大きさの枝を折って手に握り、強化魔法、風の鎧で覆うと、警戒を強めたルシャは間合いを20mほどに保ちながらクロイツと対峙した。








○●○●○●







 ルシャは透明な風の塊を感知して、かろうじて避けた。

 避けた風の塊が近くの木に当たり、ドウッという音とひどくしなる音が聞こえる。

 威力としては自身の物(魔法)には及ばないようだが、それでも当たればただでは済まないだろう。

 それも……たぶん手加減してこの威力だ。



 ゾクリとした感覚が背中を抜ける。



 身体的能力にだけついていえば、ルシャはクロイツより勝っていた。幼いころから鍛錬してきたのだ。負けるわけにはいかない。

 だが、圧倒的に勝てない部分がある。それが魔法力の差だ。 



 ルシャはクロイツを過小評価していない。

 おそらくまともにぶつかれば勝ち目が無いことも、相手が常に手加減していることも知っていた。

 それを自分への侮りとは思えない。そう思わせるだけの力を相手が有しているのだ。弱肉強食。ルシャは弱者だ。





 仮にも相手は精霊と契約するほどの者であるのだから仕方が無いが、それでも負けないという自分の気概はいささかの揺らぎも無かった。

 自分が全力で、遠慮なしに戦ったとしても、まったくもって無傷で漂々としている相手にいかにして勝つか。

 ルシャは無意識に獰猛な笑みを浮かべる。武舞大会のいい練習になるなと喜びが湧き上がっていた。







○●○●○●







 本気になったか。クロイツはルシャの笑みを見ながら自身も真剣な眼差しを向けた。そう、今までのは準備体操。これからが本番だ。

 ルシャの周囲に水の筋が円を描くように浮かび上がり始めていた。まるでそれは天女の羽衣のようにも見えるが、その実は近づいたものを切り刻む凶器だ。

 あれは、生身の人間には到底突破など出来ない。ルドキュが村一番といっていた理由も良く分かる。


 剣術とかそういう次元ではなくなってしまっているからだ。あれを突破できるとすれば、風の鎧で強化したものくらいだろう。それ以外は遠距離から隙間を縫っての攻撃か、吹き飛ばすレベルの魔術。


 クロイツにとっては方法はいかようにもあるわけだが、逆に考えれば突破してくるような相手に出会うことも無かったというのが弱点でもあるかもしれないな。と考えて、クロイツは風の塊をルシャに向けて大量に放っていった。



 あまりの多くの風の塊。それは既に風の柱といっていいレベルであり、それらを受け流しながらルシャは内心舌打ちをした。


『前に進めない』


 いくらなんでも圧倒的物量に押されては前に進むことは難しい。相手が時間稼ぎの苦し紛れに放った技ならば良いが、クロイツに限ってはそうではない。おそらく考え事でもしながら戦っているのだろう。


『一度引くか』


 猛った気持ちを静め、ルシャはすばやく後退し、木々の陰に回りこむ。そしてすばやいフェイントを入れながらクロイツに向かっていった。



 ただ突進するだけじゃね。ルシャの判断に感心しながらも、接近戦では自身に分が無いクロイツは風の鎧を最大限まで強化してもらった。しかし、それは万が一の為に自身の身を守る為であって、水の羽衣を身に受けながらもルシャの動きを止めるためではなかった。



 

 ルシャはクロイツを視界に入れながら勝利を確信した。あと少しで自らの射程内。そうなれば連続攻撃によって相手の動きを封じることが出来ると踏んだのだ。相手がクロイツではない限りは、ずたずたに切り裂いて終わりという距離。


 次の瞬間、ルシャは驚きで体が止まり、そして重い衝撃と共に吹き飛ばされた。





 なにが、と反芻するまもなく起き上がろうとした自身の喉元に突きつけられた木の枝。


「俺の勝ちだな」


 黒い瞳は勝利の余韻に浸るわけも無く、ただ淡々と自分を見下ろしていた。


「参った」


 ルシャは苦い笑みを浮かべながらそういうと、胸下に激痛が走り苦悶の表情を浮かべた。

 加速して向かってきたクロイツに掌底で衝かれて飛ばされたのだ、肋骨でも痛めたのだろう。


「…………」


 クロイツが無言で自分の脇に座ると、ルシャは何かに包まれている感覚を得る。これは幾度目かの治療時につかんだ感覚だが、これが自らを覆うと同時に痛みが引いていくのを感じた。


「よし。どうだ?」

「うん、大丈夫だ」

「最後に油断したろ?」

「ああ」

「水の羽衣は射程が幾分長いせいか動きが遅いんだ。だから、相手のふいの加速には対応できない。最後に切りつけようとして衣を広げてしまうのは弱点だと思う」

「動きが遅い……か、いきなりあんな加速があるとは思って無かった」

「いい練習になったろ?」

「うむ」



 ルシャの満足そうな笑顔にクロイツもつられて笑った。





○●○●○●








「個人が持つ魔力というものは、その人自身の意思を持っているの。だからそれを知覚する能力に優れている人は、そういった魔力を感じ取ることが出来るわ。遠距離魔法攻撃ではそれが相手の位置を知るのに重要な役割を果たすし、逆に相手の攻撃を事前に察知することも出来たりします」


 ゴトゴトとゆっくり進む荷車の中、ロトザーニさんの遠距離魔法講座が始まっていた。


「時折クロイツさんが魔力を広げているのは分かりますか?」


 問われたルシャは答えた。


「最近になってその感覚を掴みましたが、ぼんやりとしか分かりません」


 ロトザーニはそれを聞いて頷いて答えた。


「ルシャさんの素質は十分なようですね。最初に言っておきますが、通常ならば魔力自体をそれほど伸ばすことなど出来ません。クロイツさんの方法は分かりませんが、私の場合は軍で使用される秘匿魔法を用いています。ルシャさんならおそらく1週間。それくらいで要領をつかめると思いますよ。それを知れば相手の位置、行動、面に現れている感情などゆくゆくは知ることが出来るようになります」


 ふむふむなるほど。それでロトザーニさんはポルを連れてきたときもあまり驚かなかったんだなぁとクロイツは思いながら聞いていた。それにしてもいつの間にかルシャが空間把握で広げた魔力を感知するようになっていたとは……。遠距離戦法で隠れても大体の方角が悟られてしまっていたのはその為かとスッキリしていた。初めから全方位で展開させておけば混乱させる事ができるかもしれない。すっごい疲れてしまうけど。


 いやいや、その前に軍の秘匿魔法とやらを漏洩してもいいものだろうか?



「もちろん軍事秘密なのでこの魔法はルシャさんとクロイツさんの胸の内だけに留めて置いてくださいね」


 笑顔で語るロトザーニたちの小さな荷車の中に、クロイツとルシャは乗っていた。他の者を入れなかったのは秘匿魔法云々の話をしてもらうためだった。

 自分は魔法自体が相変わらず使えないので、聞いたところで別段なにができるわけではないのだが、感知魔法なるものがあるのは少し計算外だ。今後は下手な場面で使えないということになる。こちらの位置や意図を知らせてしまう可能性になるからだ。


 

「クロイツさん分かりますか?」


 クロイツは自らの魔力を周囲に広げた。空間把握の要領だ。すると、まるでエコーのように飛んでくる魔力の波を感じた。それも集中しなければ気がつかないほど儚い波だった。


「分かります」


 次に感じたのは薄い、紐がついた風船のようなものが自らの領域に侵入してきた。これも空間把握をある程度広げて集中しなければ分からない。


「なるほど……」

「クロイツさんには教えられることがないかもしれませんね」



 ロトザーニは少し残念そうに微笑んだ。ロトザーニとしては絶対に気付かれないレベルまで下げて行った魔法。到底遠距離で使えるものではないものだった。軍の上官であった人に、最後のテストとしてやられたもので、その時の自分には感じ取ることが出来なかったもの。それを簡単に看破されては教えることはなにも無かった。



「いえ、魔力の消費を抑えて把握する方法があったのだと分かって良かったです」



 笑顔でそう語るクロイツに、ロトザーニは何者なんだろうと少し疑問にしながらも、悪い人ではないからいいかと考えを帰着させた。


 結局、ルシャとロトザーニの二人で集中して魔法習得を行うということでクロイツは荷車を追い出される羽目になった。






「おかえりなさいですぅ」

「おかえり」


 笑顔で迎えてくれたのはクルクとケイト。


「ただいまです」


 スルスルと擦り寄ってきたポルとバルの相手でもしていようかと思っているとクルクから声がかかる。


「クロイツさん。少しだけ時間もらってもいいでしょうか?」

「ええ、別にかまいませんが」


 クルクのお願いはとても久しぶりだ。モノにされてから初めてといっていい。


「んと、この装置をですね、指と頭と腕と足と……………………」


 気がつけば鎧のようなものを着させられた自分がそこにいた。その鎧? にはいたるところに水色をした宝石のようなものがちりばめられていた。


「何ですか? これ」


 クロイツはテンプレートどおりの質問をする。


「簡単に言えば、クロイツさんの基礎データの収集を行う装置です。魔力総量、適合属性、身体能力などが分かります。これは持ち運び式のもので、クエイス公国での一次軍隊試験などで使われているものです。それを僕なりにアレンジさせてありますが、クロイツさんは魔法総量がかなり多いと予想されるのでそれにあわせてみました」

「はぁ……」


 説明を聞きながらクロイツは思った。適合属性って確か火、水、土、風とかだったっけな? モルモットにされてる感は否めないがそれは楽しみだ。ちなみに魔法は相変わらず全属性使えないから今後の期待が持てるかもしれない。



「では測定を開始しますので力を抜いてリラックスしていてくださいね」


 クルクさんが手元の装置のボタンを押すと、甲冑の宝石が淡く光り輝き始め、次第に光を増していった。

 クロイツは自身の体が外に引っ張られていくような感覚に気持ち悪さを覚えながらもリラックスしようと努めた。


「この測定レンジではまずそうですねぇ」


 半ば呆れた声を上げたクルクは装置を止めた。


「すいません。もう一度最初からやり直しますね」

「はいよ」


 あまりこの測定は好きじゃないなとクロイツは力なく答えた。


 先ほどとは比べ物にならないほどの気持ち悪さ。まるで無理やり外に吸い出されているように感じるのは肉体でなく魔力だと気がついた。装置に逆らって無理やりとどめることも出来るが、それをすれば装置が壊れる気がする。クロイツからしたら微量な魔力量であるし、我慢しようと頑張った。



「むぅ。人用の設定ではダメか――」


 なにやらクルクが物騒なことを呟いた気がしたが気のせいか?


「すいません。もう一度最初からやり直しますね」

『もう断っていいかな』『駄目です』

「はい」


 三度目は、体を雑巾のように絞られているような、そんな感覚がクロイツを襲った。この気持ち悪さも大分なれた。吸い出そうとするならば、それに逆らおうとせず、外に出すよう合わせれば、この気持ち悪さも軽減されると学んだ。それでもこの奇妙な感覚はあまり好ましくは無い。


「むぅ。この装置ではこれが限界か……クロイツさん。大体でいいので、今のまま放出が続けばどれくらいで魔力が枯渇するか分かりませんか?」


 なんともいい加減な測定だなぁと思いながらもクロイツは献身的に協力した。


「大体でいいなら、二日くらいかなと思います」


 実際はもっといけるのだが、クロイツ自身が魔力が枯渇するラインというものを良く分かっていなかった。


「二日!!!? ふむふむなるほど、そうなると、睡眠時の…………」


 それでもそれなりの数値が観測できたようでクルクさんは満足したようだ。


 体に取り付けられた装置がはずされ、ポルが心配そうに覗きこんできた。

 クロイツは大丈夫だよと笑ってポルに微笑むと、ポルはほっとした様子を見せた。


 もたれ掛かったポルをあやしながら、クルクの解説を待つ。


「簡単に言えば、クロイツさんの魔力総量はこの装置では完全に測定は出来ませんでした。おそらく概算にすれば魔鉱石一つを60eNとしますと500万eN以上。これはかつて存在したといわれる魔力の結晶石に近い数値です。次に、魔力回復速度については8.5eN/sと装置の限界点に当たりました。これも少なくとも通常の魔法師の400倍以上の速度となります。適合属性は風と土が高いようです。身体能力は兵士と比べると、平均値よりやや下といったところですね」


「総合するならば、僕の研究にも十分生かせる結果が出たというところでしょうか」

「はぁ」


 嬉しそうなクルクを見ていると、まぁ喜んでくれて何よりと思ってしまうクロイツであった。それにしても適合属性が風と土か。精霊と適合属性には少なからず関係があったということか? もしれない。土か……今度ゴーレムでも作れないか試してみるかとクロイツは一人ほくそ笑んだ。







○●○●○●  







 暖かな日差しが空を折り返していく。

 青く、大きく広がる空の中にぽつりぽつりと浮かぶ白い雲は、夏の日差しをその背に浴びていっそう白く膨らみ漂い、そんな空と、地平線を隔てて広がっている緑の大地は、まだらな雲の影を映しながら、のんびりと風に吹かれていた。


 そんな代わり映えのない景色に少しばかり飽きてきた頃、ようやく道の先に白と茶色が混じって見える。



 ロムヤークの手綱を握っていたクロイツは、片手で被っているフードを軽く持ち上げ、目を懲らした。


 あれがオシル大陸東方、交易の街アソル。


 隣に座る眼鏡をかけた金髪金瞳の優男、スクテレスは感慨深げに呟いた。


「あれがスドキトス伯爵の治める交易の街アソルかぁ……」

「スクテレスさんもアソルは初めてなんですか?」


 クロイツの問いにスクテレスは朗らかに笑いながら答えた。


「そうだね。書物の記述なら知ってるんだけど、実際に訪れるのは初めてなんだよ」

「なるほど」

「やはり、初めて訪れる街というのはわくわくするね。旅の醍醐味の一つと私は思うんだ」


 クロイツはそれに苦笑して答えた。


「俺もすごい楽しみにしています」






 クロイツにとって異世界の街は初体験だ。

 RPGに当てはめるならば、街は装備強化やお金集め、その他もろもろの重要な拠点であろう。

 やはり、こうして目の当たりにするとわくわくしてしまう。



「それで、書物の記述にアソルはなんと書かれていたんですか?」


 眼下に見える遠い街並みを見ながらクロイツは尋ねた。


「アソルはオシル大陸中央にある大湖、“ラディノ湖”の東に位置する交易の要所で、北東のクエイス公国、中央のルーティア王国、そして南東のガンデス地方を結んでいるんだ。街は幾多の戦いを経ながら、現在はクエイス公国の領地として発展をしてきているわけだけど、伯爵が置かれるようになってからは小さな独立国家と称していい街になったらしい」


 スクテレスは街並みを指差しながら言った。


「ほら、街並みが木の年輪みたいに見えないかい?」


 スクテレスの言ったように、アソルの街並みは、いびつな木の年輪のように見えた。


「あれがアソルの歴史そのものなんだけど、あの年輪のように見えるのは、実は全部城壁なんだよ。」

「城壁? 街の中にも幾重にもありますけど」


 一つ二つの城壁が内部にあってもなんら不思議ではないが、アソルの街中には数多くの線が見える。あれが全部城壁だとしたらそれは少しばかり多すぎるものだった。 


「アソルの街は交易の街であると同時に、戦乱に巻き込まれる町でもあった。ということなんだよ。クエイス公国、ルーティア王国。長い歴史の中では幾度となく戦争が起ったんだ。その度に、二つの大国に挟まれるようにあるあの街は被害をこうむった。城壁はその名残なんだよ」

「でも今はクエイク公国領なんですよね。平和な今なら城壁を壊してもっと住みやすい街に出来るんじゃないですか?」


 あれほど街中に城壁があっては、中央に行くだけでも一苦労だろう。それか城壁の至るところに門が作られているのかもしれないが。


「確かに今は平和だね。でも100年200年後も必ず平和というわけじゃないだろう?」

「……」


 スクテレスが指摘した内容に、クロイツは自身が平和な世界で生きてきてしまったことを吐露してしまった気分になった。


 



 アソルの街が年輪のように見えるのは、年輪の瘤のようなものがいくつか見えるからかもしれない。アソルの街中には広場のような大きく開けた場所がいくつかあり、そんな広場の中には屋台のようなものが3列ほど並んで見えおそらくあそこは商店街のような場所になっているのだろう。

 

 所々に点在する居住区と思われる場所には、石積みと思われるエントツが見えたり、白みを帯びた建物があったりと統一性はあまり無いように思えた。 

 丘を下っていくほど街は高い石塀に阻まれて、その内部を見ることはかなわなくなっていった。

 それを少し残念に思いながら進んでいくと、クロイツの予想よりも大きな街。


 交易の街アソルに到着した。




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