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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第十五話 厄介の種!!?

 突如として現れた火柱にアフとニクルは驚愕し、言葉も無く尻餅をついた。

 自分達を追ってきていた敵が間近に迫ってきているのだろうか、はたまた別の事柄なのだろうか。二人にはそれを推察することなど出来なかった。


 いつも頼りにしてきたヤブンスは、今は浅い息を繰り返しながら木にもたれかかり、死んだように動かない。

 頼るべきものを失ったアフとニクルは、互いに恐怖に歪んだ顔を見合わせて、その場で思考を停止させた。


 ザサッ


 次に現実に戻ってきた二人が見たものは、座り込んだ自分達を見下ろす灰色のフードを被った二人組みと、赤色の衣に鮮やかな緑の獣鎧を着た男であった。


「シ、シトっ」


 鶏が締め上げられるような、妙に甲高い声をあげたアフは尻餅をついたままもがく様に後ずさり、青ざめた顔のニクルはその額に汗をかきながら必死に恐怖に耐えていた。


 自身に力が無いと自負している二人は、より危険なものに敏感だった。

 クエイス公国にてまで轟いている噂も信じていた。


 シトを襲ったものは皆殺しにされると。


 恐怖で固まった二人の哀れな盗賊と死にかけの男を見下ろしながら、サムズはやれやれといった表情をしてフードを被った二人組みに目配せした。どうする? と。





 クロイツはフードの下から男達を見ていた。怯え震える二人の男達は、正直、まともに話をすることなど出来なさそうだ。奥にいる男。おそらくリーダーと思われる男は、焦点の合わない瞳でこちらを見据えていた。体に纏わりついた服が薄黒く染まっていくにつれ、男の生気が急速に失われていくのが分かっていた。長くはなさそうだ。


 サムズと同じくどうしたものかと逡巡していたクロイツの脇で、ルシャが口を開いた。


「クロイツ。フードを脱ごう。このままでは話をすることすら出来ん」


 クロイツはルシャに同意すると、男達が怯えぬように出来るだけゆっくりとフードを取った。


 薄闇に沈んだ森の中、ルシャの絹のように白い銀髪と、そしてそれに相対するように、クロイツの闇を吸い込んだような漆黒の髪が、魔鉱石の赤い光に照らし出される。


 男達の目にはその姿がどう映ったのだろうか………………。



 クロイツが気がついたときには、先ほどまで怯え、縮こまっていた男達は、自分達に震えながら深く頭を垂れていた。

 自分とルシャをどこかの貴族と勘違いしたのだろうか?

 とりあえず、黒髪をみた男達が妙な行動を起こさなかったことに安堵しながらも、クロイツは内心複雑な面持ちでそれを眺めていた。


 ルシャが再び口をひらく。


「お前達の境遇は大体理解している。つい先ほど、私達の仲間がお前達を追ってきた追っ手を始末した」


 男達の体が共にびくっと震えた。


「お前達が盗賊だということも知っている」


 男達は体を小刻みに震わせながらその場で耐えていた。






「……殺すのか」


 低い、男の声がかすかに響いた。それは死にかけている男であった。

 ルシャの瞳が少し揺れる。


「まだ殺すと決めたわけじゃない」


 淡泊な声でそう答えた。



 死にかけた男は肺からもれ聴こえるような、寂れた声をもらした。


「クックッ、ハトス盗賊団――頭領ヤブンスだ。――最後の願いを――――聞き届けていただきたい」

「聞こう」


 半分目を閉じかけながらの途切れ途切れに話すヤブンスに、ルシャは敬意を持ってそれに答えた。


「俺達の最後の盗品――――――“ポル”と“バル”。亜人種の女の子と魔獣だ――――それを――目的地に届けて欲しい」

「目的地?」


 聞き返すルシャの声は幾分低いものだった。



 それにかまわずヤブンスは続けた。


「そう、――――――――ポルとバルが――望む場所ま……」


 最後まで言い切ることなくヤブンスの体が崩れ落ちる。それをアフとニクルは目に涙を湛えながら支えた。


「「ヤブンス親分!!!! っ」」


 男達は泣いていた。目に涙を湛え、流し、力の限り叫んでいる。






 それを傍観していたサムズが口を開いた。


「……どうしたものか」


 その声は酷く困惑しているものだった。






 真剣な瞳でそれを眺めているルシャは玲瓏な声で言った。


「男の最後の願いだ。無碍には出来ないだろう? クロイツはどう思う」


 心の底では彼らを助けたいと思っていたクロイツではあったが、少し思うところもあった。


「確かに、ヤブンスの願いは聞き届けたいところだが…………情報が少ない」

「情報?」

「仮にだが、その少女と魔獣が危険なものだったらどうする? それに、商人が再び追っ手を雇うことも考えられる。今後キャラバンの危険が増えることになるだろう。キャラバンの全員に危険がかかることになるからな。少なくとも全員の承諾が必要だと俺は思う」


 憂いた瞳を向けるルシャにクロイツは続けた。


「そうだな、みんなに承諾を得るにも時間がかかる。……話を聞く相手は一人でも多いほうがいいだろう」

「そいつを助けるってことかい?」


 サムズは信じられないといった表情をした。


「サムズさん。俺はルシャのお願いには逆らえないんですよ」


 クロイツはそうサムズに微笑んだ。








○●○●○●






 

 薄暗い森の中でヤブンスが横たわっている。その表情は先ほどまでの死にかけていた青白い顔とは違い、赤みを帯びて和らいだ面持ちだ。


 その横で治療を続けるクロイツは、まるで、穴の開いた風船に空気を送り込むようだと感じていた。

 自らに内包する魔力が流れ出るように無くなっていく。空間把握能力を限界まで広げている時と同じような感覚だった。

 今まで、キュアラが魔法を使う際にはこんな魔力が流れ出ることはなかった。それだけ男の傷が深かったのか。はたまた癒しの術にはそれ相応の魔力が必要だったのか。朝から魔力を消費しているせいで感覚が鋭敏になっているのかもしれないな、とクロイツは小さく息をもらした。 



 キュアラ曰く、風の精霊であるキュアラの魔法は全て風系統であり、癒しの魔法も例外でないそうだ。

 風系統の治癒では、相手の自己治癒力を強化することで傷をふさいでいるらしい。

 なので、よく小説などにあるような一瞬での治療は出来なかった。しかし、魔法であるがゆえというべきか、治癒速度は目に見えて進んでいくほど早い上に、自己治癒力を強化するだけではどうにも為らないような、深い傷なども元通りに直すことが出来てしまっていた。


 刀で裂かれた皮膚や、その下の赤い肉、脂肪、骨や内臓。そして、硬く握りしめられた拳の中に、ひそかに隠されていた完全に炭化した指先。

 予想以上にヤブンスが深手を負っていたことと、その生命力にクロイツは驚きながらも、それらがまるで何事も無かったかのように、ゆっくりと元のあるべき姿へ戻っていくのを見て、ほとほと思った。


「チートすぎる………………」


 しばらくして、辺りが暗闇に覆われ始めたからか、はたまた目が慣れてきたのだろうか。

 クロイツには治療しているヤブンスの傷口から、まるで線香花火のように小さく舞い散る淡く白い光の粒が見え始めていた。

 治療の光というやつだろうか、はたまた流れ出た魔力か…… とてもきれいだと思えた。




 一方、ヤブンスの治療を見守っていたアフとニクルの顔には、驚きと喜びの顔が広がっていた。

 あぁ、と声を漏らしながら、目を見開き大粒の涙を流している二人。治療が終わったのちにクロイツを崇め奉りそうな勢いを秘めていた。



「やっぱりすげぇや」

「助かりそうだな」


 サムズはしげしげと見つめながら感心し、ルシャほっと息を吐いた。






 時間にして四分。治療は完了した。


「体がもやもやするな」


 クロイツは胸をさすった。

 四分間という比較的長い時間、流れ出るような魔力の消費はこの世界に来てから初めての経験だった。


 キュアラ曰く、今回の治療に使用した魔力量は80程度(通常の魔法師の魔力量=1とすれば)の消費だったそうだ。クルクに聞いた話から推察すれば、大魔法と呼ばれるものが大体30~と言っていたので、今回はそれに匹敵していたことになる。ちなみに、昼間の荷車強化等に使われた魔力が20程度であるので、ちょうど今日は100程度使った計算だ。


 まぁ、魔力量が軽く1万を超えるといわれた自分ならば大体100人ちょいの瀕死の人を救える計算となる訳だが………………思っていたよりも案外少ない数なんだなとそんなことをぼんやりと思いなおしていた。







 クロイツの前には治療が完了したヤブンスがすやすやと寝息を立てて横たわっていた。

 それが信じられないという風に見つめている子分二人は落ち着きを取り戻し、ヤブンスに寄り添いながらうれしそうな顔を浮かべていた。

 

「悪いがたたき起こしてくれないか?」


 ルシャが淡々とした声をかけると、二人は嬉々としてそれに従った。


 ドバチッ×2


 治療されたばかりのヤブンスの頬と腹にもみじが咲いた。

 文字通り叩き起こすという、子分二人の行動に驚きつつも、のっそりと起き上がるヤブンス。


 

「俺は……生きてるのか」


 胡坐をかきながら、自身の体をまじまじと見つめたヤブンスは驚きの声を上げた。

 せわしなく自分の体をさわりまくり、黒く染まり切り裂かれたところがある服をみて夢でなかったとようやく確認したようだ。



 ルシャが単刀直入に話をきりだす。


「早速で悪いが、少し話がしたい。いいか?」

「あぁ、何でも聞いてくれ」


 男の憮然とした表情に気がついたルシャが訊ねた。


「なんだ、具合でも悪いのか?」

「いや、そうじゃない。調子も悪くないし、気分も良好だ。だが…………」

「だが?」

「その、なんだ……」

「?」

「なんだか照れくさくてな」

 

 自らの死地を悟り、残した言葉が照れくさくなったようだ。



「そうか」


 ルシャはそれにクールに答える。暗にそんなことを気にするなといわんばかりだ。


「聞こえていたかは知らないが、お前達の盗品について聞きたいことがある」

「だから俺を治療してくれたんだろ? 聞こえてたよ」

「そうか、ならば話が早い」


「俺達はハトス盗賊団。俺と、右にいるアホそうな顔をしたやつがアフ。そして、力の弱そうな右のちびがニクルだ。三人の少数盗賊団だ」

「親分、その紹介はあんまりってもんですぜ」

「そうですよ、せめて肉体労働が苦手な頭脳派とでもいってください」


 なんだかんだと叩き起こされたことを根に持っていたのだろうか、はたまたいつもの調子なのだろう。ヤブンスは完全に二人を無視して話を進めた。


「俺達は盗賊と名乗ってはいるが、やっていることはコソ泥だな。アソルの街を中心に仕事をしている。ポルとバルはガンデス地方から来た旅商人から盗んだもので、スドキトス伯爵の治める交易の街“アソル”を迂回するように抜けようとしていたやつらから奪ったものなんだ。奴はクエイス公国の“ルクンス公爵”にも一目置かれる実直な奴でな、屈強な独自の私兵を育成し、盗賊の粛清や不正な取引を厳しく取り締まっている。だからこそ、それを迂回するのは訳ありの品も多いわけで、うまく盗めば大金が手に入るんだ。まぁ、今回は品が品だけに警備に通報するわけにもいかねーからな。たぶんそんなわけで俺達やポル、バルを追ってきたのが盗賊だったわけだな」


「なるほど」


 ルシャは男の説明に頷いて答えた。


「ポルとバル……を盗んだのは…………まぁ偶然だ。たまたま盗んだものがそうだっただけだ」


 ヤブンスの声色が少し高くなった。


「親分~うそいっちゃいけねーよ」

「そうそう、女の子がかわいそうだから助けるぞ! って無理して乗り込んだんじゃないですか」

「てめぇらは黙ってろ!!!」


 アフとニクルの薄笑いを浮かべた声を、吼えるように制したヤブンスは顔を少し赤くしていた。


「いや、なんだ。嘘言って悪かった。かわいそうだから盗みました。それだけ聞けば十分だろう!!?」


 ヤブンスは半分泣きそうになりながら、情けない顔を地面に向けてシュンとうな垂れた。 


 それを気にする風なくルシャはふむふむと納得しながら続きを促す。


「それで、魔獣については?」

「ああ、魔獣は女の子のペットのようなものでな。30cmくらいの丸い生物だ。亜人種なんだから魔獣を連れているのは珍しくないだろ。なに、危険はまったくないしかわいいやつらだ」


 

 そこまで聞いて、ルシャは視線をヤブンスから外した。


「話は分かった。さてどうするクロイツ?」

「俺に聞くんだ?」


 再び選択を迫られたクロイツは苦笑いを浮かべた。


「サムズに聞けばいいのか?」


 ルシャがサムズに顔を向けると、サムズは顔を大きく横に振りながら言う。


「俺ならば面倒ごとはごめんだ、さっさとこいつらを始末して、少女はほかって置いて行くという選択しか出来ない」


 優しそうな笑顔を浮かべながら、非情に物騒なことを言い切った。




 クロイツは穏便な解決案を模索し始める。


「…………ヤブンス、さん。一つ訊きますが、襲った盗賊団に見覚えは?」

「ああ、ガインツ盗賊団だ。金さえもらえれば何でもやる奴らだ。シトに手を出すほど愚かな奴らじゃなかったはずだが…………おそらく依頼人に事情を知る奴らを全て始末するようにと言われていたんだろうな。それか、余程お前達が弱く見えたのか。いずれにしても、意地汚い連中だから、おそらく報酬を受け取るときに依頼人も殺すつもりだっただろうな」


 今は亡きガインツ盗賊団は、盗賊らしい盗賊団だったようだ。


「他に旅商人の手ごまになりそうな盗賊は?」

「そうだな、この周辺ではガインツ盗賊団以外には思い当たらない。もし他にいたとしても、ガインツ盗賊団を瞬殺するほどの腕を有してるならば、どんな盗賊も手の出しようも無いと思うがな」


 ヤブンスは自重気味に笑いながらそういった。


「ふむ」


 クロイツは頷きながら話をまとめてみる。

 正直、ヤブンスと話している限り、クロイツは彼らが根っからの悪人ではないと思い始めていた。女の子がかわいそうだから助けたというかわいらしい動機は、彼らの純粋さからきているものだろうし、彼らが自分達を襲ってくるという心配は皆無であると結論が出せた。そもそも、女の子云々についてもヤブンスの手傷が治った今、任せておいていい事柄なのではないかと思い始めていた。



「あー、俺の傷。礼を言ってなかったな。感謝する」


 先を制したヤブンスが、そういってクロイツに軽く会釈をした。


「で、最後の頼み。聞き届けてくれたんだよな? 盗賊の情報網を使って、お前達を襲うのがいかに危険か吹聴しておくからよ。ポルとバルを一緒に旅に連れてって欲しいんだ」

「怪我は治ったんだからお前が面倒みればいいだろう」


 まくし立てるように話し出したヤブンスをクロイツは睨み付けた。

 明らかに厄介の種を押し付けようとしているように感じたからだ。


「いやいや、俺達は腐っても盗賊だ。そんな奴らに女の子が一人……とペット一匹。とてもじゃないがいい環境とはいえねーだろ?」


 ヤブンスは最もな意見を述べてそれに応戦してきた。非常に悔しいが反論ができない!

 


 この上なく面倒ごとになりそうだと悩んだクロイツではあったが、確かにここで自分たちが彼女達を連れて行ったほうが彼女達にとっては安全には違いなかった。

 そして、それを知らぬ存ぜぬで通すほど、冷徹に徹しきれなかった。


 ふとルシャの顔をみれば真っ直ぐな顔でクロイツを見つめていた。こういうときのルシャは戦士としてどうあるべきかをクロイツに問いかけている。この場合、どうあるべきかは既に答えは出ていた。



 

 だが、最後の難関が残っている。それはケイハ達を説得することだ。

 安全面はクロイツが頑張るといいはればなんとかなるが、少しばかり手土産を持っていくのが筋というものだろう。

 クロイツは考えた結果、あることを思いつく。


「ヤブンスさん? 商人は利益が無ければ動かない生き物なんです」

「む?」

「彼女たちのことは確かに最後まで面倒をみましょう。だから頼みたいことがあります」


 クロイツの言葉を聞いてヤブンスはニヤリと笑って告げた。


「お前達を襲わせた旅商人を見つけ出して来い……だろ?」

「さすが!」


 予想以上に頭の切れるヤブンスにクロイツは感嘆の声を上げた。



 シトは自分達を襲ったものを許さない。それは間接的にしろ狙った旅商人にも及ぶだろうとクロイツは考えた。ゆえに、その旅商人の情報を調べてくる手伝いをしてもらうということで、預かったとすれば心情的に共感を得られると思ったのだ。それでもダメだといわれたら、ケイハ達とは別れて、ルシャとクルクには悪いが歩いて向かうという選択をしてもらおうと考えていた。最悪そうなることもあると、ルシャもそれを承知しているだろう。



「ヤブンスさん、分かっている思いますが……」

「俺達は手をださねぇ、やっこさんの情報を渡すだけ。そうだろ?」

「ご明察」


 クロイツは笑顔で微笑んだ。あくまで相手を誅するのはシトでなくてはいけない。でなければ、シトに対する畏怖の捻を周囲に抱かせることが出来ず、醜悪で極悪な旅商人の死が無駄になってしまうのだ。





 ヤブンスはアフとニクルに指示を出す。


「おぃ、おまえら、ポルとバルを起こして来れるか?」

「「へぃ」」


 二人は返事をして、薄暗い森の中へと消えていった。





 二人が戻ってきたときには、その後ろに一人の少女がついてきていた。


「…………眠いよぉ」


 軽く欠伸をしながら、軽く目じりの涙を拭う少女。

 亜人種といわれていた少女の姿を見てもクロイツは別段驚きはしなかった。

 空間把握能力で感じていたから驚きが少なくすんだようだ。そして連れている魔獣についてもそれは同様だった。

 しかしよく見ると、少女の手足には縄でついたと思われる茶色を帯びた跡がうっすらと見えて、クロイツは表情を曇らせた。


 ――嫌なものだ。



「起こして悪かったな。ポル。バル。悪いがここでお別れだ」


 優しくも、はっきりとした口調でヤブンスはそう告げた。


「……」


 少女は無表情にヤブンスを凝視した。


「ルシャにクロイツ。あの赤い服がサムズだ。これからお前達を行きたい場所へ連れて行ってくれる」


 ヤブンスは一人ずつゆっくりと指を差しながらポルとバルに説明を始めた。



「……親分さんは?」

「俺は行かない。他にやることがあるからな」

「……私はこの人たちの奴隷になるの?」


 少女は表情を変えることなく、おっとりしたような、眠そうな、生気に欠けたような瞳をヤブンスに向けながら抑揚無い声を発した。

 少女が放った 奴隷 という響きに、クロイツの心が曇る。

 この世界にも……そういったことが残念ながらあるのだ。



 それを聞いたヤブンスはやりきれない表情を浮かべた。しかし、すぐに笑顔をとりもどして少女を元気つけるように語りかけた。


「奴隷なんて言葉忘れていいんだ。……………………これからはこの人たちのことは仲間と呼べばいい。もちろん俺達もポル、バルの仲間だぞ」

「……」


 少女は表情を変えることなく、こくんとそれに頷いた。


「俺達はこれから離れ離れになっちまうが、いつでも。お前達のことを思っている」

「ルシャさん、クロイツさん、サムズさん。ポルとバルをよろしく頼みました」


 クロイツ達に深く深く頭を下げたヤブンス。子分二人もそれにならった。三人の下げた顔からは大粒の涙が落ちていた。

 そして最後に一言。


「ポルに……笑顔をもどしてやってくれ」


 ヤブンスのかすかにつぶやいた言葉がいつまでも頭を離れなかった――。


 




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