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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第十三話 出発、シトの流儀

 夏至より三日後、ファルソ村出発の朝。

 空を見上げたクロイツは呟いた。


「これはすごいな……」


 そこには、今までクロイツが見たことの無い光景が広がっていた。


 まだ薄暗い空の中を、マシュマロのような形をした、丸っこくずっしりとした塊の雲が、低い空にぶら下がる様に静止して並び、それがどこまでも見渡す限り広がっていた。目に見えて雲が低いこともあり、灰色と黒の濃淡を描き出している空からは、耳をすませばゴゥゴゥという音が雲から聴こえてくるようにも感じられるほどだ。

 そして、今にも落ちてきそうな雲の塊とは裏腹に、今日の空は雨を降らせることなくギリギリのところで保ち続けている。

 自然の中で生まれる、絶妙なバランスの上に成り立った光景。そんな景色が何よりも好きなクロイツは、異世界で触れたその光景を、胸を躍らせながら見つめ、目に焼き付けていた。


 そんなぼんやりとした気分に浸っていたクロイツに、凛としたルシャの声がかかる。


「何を眺めてるんだ?」

「あぁ、雲を見てただけ」


 不思議そうに自分を覗き込んでくる少女。

 少女の大きな碧い瞳と、さらりとした銀色の髪がクロイツの視界に入り、少し恥ずかしくなって笑う。


「今日は、うん、雲が少し威圧的に感じるな」

「こういった空模様は俺の国ではなかなかないからな。出発の日にいい物が見れて良かった」

 

 ルシャもクロイツの脇で空を見上げる。


「なら今回の旅はなかなか良いかもしれない。スーセキノークを見たクロイツの顔が楽しみだ」

「スーセキノークはすごいとこなのか?」


 屈託の無い笑顔で笑うルシャは何やら新鮮だ。

 ルシャに聞き返そうと視線を下げると、そこにはルシャの姿はなかった。


「もう出発の時間だぞ」


 少し後ろから自分を呼ぶルシャの声が響いた。


「ちょっ、ちょっと!」


 クロイツは急いでルシャの追って小走りにかけていった。







○●○●○●







 ファルソ村の正門前には、今は多くの村人が集まっていた。


「むぅ。もう出発の時間か」

「ルシャ、決して無理をしてはダメですからね」


 少し寂しそうなルドキュ村長と少し落ち着きのないルスイ。

 共に娘を送り出す親の複雑な心境をたたえた顔をしている。


「無理はしてきません。良き修行と思い、精一杯戦ってきます」


 ルシャはそれに笑顔で返し、それを聞いたルスイがルシャを抱きしめていた。


 たぶん精一杯戦ってくるってところを心配しているんだと思うぞ!

 少し遠目にその光景を眺めながら心ツッコミを入れておいた。



 クロイツの脇で、同じくその光景を見たクルクが申し訳なさそうに口を開く。


「僕がわがままを言ったせいで皆さんに迷惑をかけてしまったようですね」


 深く反省した面持ちのクルクは、今にも瞳から涙が零れそうな顔をしていた。


「いや、んーと?」


 なにやらクルクは自分のせいでルシャと両親が離れ離れになるきっかけを作ってしまったと反省しているようなのだ。ついでにケイト達の出発が自分たちに合わせてさらに遅れたことも気に病んでいるらしい。


 それを見たクロイツは急いでフォローにまわろうとしたが言葉が出なかった。

 そうなのだ。よくよく考えればクルクの提案が引き金だったのは事実である。

 ただし、その提案に自分がのり、酒の席でルドキュが+αして、まぁいろいろ人のいろいろな思惑や要因があいまって今日に至るわけだから…………。

 正直クルクひとりのせいであるはずはない。しかしそれはクルクも理解しているだろう。となれば、かける言葉はシンプルなほうがいいかもしれないと思い至った。



「それぞれ自分達で選んだ道です。誰かに迷惑をかけられたなんて思っている人は、少なくともこの村には一人もいませんよ」



 クロイツはクルクにそういって微笑んだ。小さな子供をあやすかのように。

 少し逡巡するように思考をめぐらしたクルク。


「はいぃ」


 かすかに微笑む顔はうっかり抱きしめてしまいそうなほどかわいらしかった。




「ワゾク長老は?」


 話を明るくすべく話題をかえる。


「この空を層積雲を観察するんだーといって観測所に行ってしまいました。“コパラ雲”といって嵐の前兆として現れる雲なんですよぉ」

「えっ……嵐ですか」

「あぁ、大丈夫です。嵐が来るのはこの雲が現れて通常三日後以降ですからね。その前にはおそらく嵐の空域を越えるでしょう」

「そうですか、なら安心ですね。でも……どうしてあんなに丸っこくなるんですかね~不思議ですよ」


 空を見ながら不安に思い始めていたクロイツに、クルクは先ほどまでの泣き出しそうな表情がウソのように嬉々として説明を始めた。


「コパラ雲はですね、雲底で下降気流や渦流が発生しているとき発生する雲なんです。積乱雲の場合、雲の中に大量の雨粒や雪・氷の粒が蓄えられているようなときに、乱流を伴った下降気流が生じることがあります。その雲の中の気流は多数の乱流(渦)を持った下降気流が起こっており、またその雲の下の気流は上昇気流または雲の中よりも弱い下降気流となっています。その為、雲の底面付近で気流の衝突が起こると、雲の中の乱流がこぶ状の雲となって現れるんです。積乱雲やそれに付随する雲で見られることが多いですが、それ以外の雲でも、乱流のあるときには現れることがあるんですよぉ」


 クロイツは半ば感心しつつ、半ば呆れながら怒涛の説明を何とか飲み込む。


「クルクさん詳しいですね」

「そりゃぁもちろん。ワゾク長老の下で気象学も学びました。あの方ほど詳しい人は、この世界にはいませんよぉ」


 惚けながら語るクルクは実に幸せそうだ。


「何者なんですかね? ワゾク長老は?」

「いえ、僕も詳しくは………………どこかの先生をしていたとは聞きましたがそれ以上は……」


 少しの間クルクと話を咲かせたクロイツは、今後村に戻ってきたら、ワゾク長老の正体を暴くのも悪くないな。と一人ほくそ笑んだ。




 クロイツはルドキュとルスイの元へと向かった。

 ルドキュはやはりどこか寂しそうな表情をしていたが、ルスイは幾分気持ちが落ち着いていたのだろう。今は堂々とした風をしている。


「少しの間、村を空けます」


 頭を軽く下げて、感謝の気持ちをこめてクロイツは二人にそう告げた。


「クロイツ殿。ルシャをよろしく頼みましたぞ」

「クロイツさん。ルシャが無理をしようとしたら力ずくで止めてやってくださいね」


 妙な力のこもった、二つの真剣な視線が、クロイツに突き刺さった。

 ルドキュ。ルスイ。その瞳がそれぞれに語るものはあまりに多かったが、クロイツは要点だけかいつまんで抽出し、


「何があってもルシャを守ります」


 そう笑顔で二人に返した。



「むっ? お前が私を守るのか?」

  

 突然名前を呼ばれたルシャが反応した。

 ルシャは最近お気に入りのジトっした瞳でクロイツを睨む。

 蔑みと呆れとを混ぜたような、それでいて親しげなそれだ。


 何か不満でも? といった視線でクロイツは睨み返し、


「お前は頑張り屋だからな。両親が不安になるのも分かる気がする」


 少しあきれた調子で冗談交じりにそう言った。


「……なんだか複雑な心境なんだがな」


 そう言ってルシャは少しうつむいた。



 ルシャは自らのことを思う。

 以前ならば、自分が守られるということが子ども扱いされているように感じて、極めて不愉快だと思っていた。

 しかし、あの夜の話を聞いてからは、結局誰かに守られて自分は成り立っているんだと素直に認めるようになっていた。その心境の変化が、自身の成長であったと自覚している。

 ルシャとしては、そのきっかけをくれたクロイツに対して、どちらかというと自分が守りたいと思っていた。まぁ、それと同時に守ってくれるという言葉が妙にうれしくすらあり、なんとも微妙な感情が芽生えているのは分かっていた。

 その感情をそのまま素直に出してしまうのは、何処となく恥ずかしいし、少し悔しい。かといって押し込めておくのは息苦しいものだとそう感じていた。

 結局どうしたらいいか分からないこの感情はそっと蓋をして寝かせておこうと思い立ち、一人、精神統一を始めた。





 うつむいて黙り込んでしまったルシャと、何か気に障ったことでも言ったか? と逡巡していたクロイツの耳には、集まっていた村人達の会話は届かなかった。



「いやぁ、あのルシャちゃんがあんなにしおらしくなるとは」

「いきなりの結婚の申し込みもびっくりしたけど、案外うまくいきそうだね。あの二人は」

「随分前に来たあの身の程知らずよりよっぽどマシさ」

「それにしても、新婚旅行がクエイス公国のスーセキノークかぁ。私は断然、神聖ルーティア王国なんだけどなぁ」

「ルシャは武舞大会に出ると意気込んでいたぞ? ルシャの性格上そっちのほうが的を得ていると俺は思う」

「だが、少々物騒じゃないかね?」

「いやぁ、いざとなったらクロイツ殿ならどうとでもなるだろうさ。あのルシャを押さえ込んでしまうのだからな」

「あはは。確かにそうだな」

「でも、毎回あんだけ派手にとばされるなんて、一言ルシャに言っておいたほうがいいのかもしれないな?」

「いや、あれはクロイツさんはわざと怒らせていると俺は思っていたんだがな?」

「「「そうなの?」」なんで?」

「そりゃぁあれだよ………………」 




 盛り上がる村人達を尻目に、


「おーぃ。そろそろ出たいんだけどねぇ? 準備は出来たかい?」


 褐色の肌と黒みがかったオレンジ色の髪。金色の瞳の中年女性がクロイツに声をかけた。


「すいませんケイトさん。今行きます」

「ルシャ。早く行くぞ!!!」


 クロイツは尚も静かにうつむいていたルシャの手をとって、ケイトの待つ荷車へと向かった。


「こんなに盛大に見送られるのは初めてだよ」


 笑顔のケイトさんは豪快に笑った。

 クロイツは旅の期待も相まってそれにつられて笑う。


「道中お世話になります」



 そこへケイトと同じく、褐色の肌。明るめのオレンジの髪をした大柄の男、ケイハから言葉少なめに声がかけられた。

 緑色の鎧をつけているせいかいつもより妙な気配をたたえているように見える。


「ルシャ、クロイツ、クルク。最初はケイトと一緒の荷車に乗ってくれ。しばらく進んだら少し話がある。それまでくつろいでいてくれ」


 そういうとケイハは返事も聞かず、スタスタと荷車の前方へといってしまった。

 何か気に触ることでもしてしまったかな? と困惑した三人に明るい声がかけられる。


「大丈夫ですよ。ケイハさんは言葉少なめだから誤解されてしまいますが、お三方に何か思うところがあるわけじゃありません。少しシトについてお話させていただきたいな? といったところだと思いますよ」


 褐色の肌で渋めのオレンジの髪をした金目の若い男。サムズだ。

 クロイツは、えっと……誰ですか? といいそうになるのを必死でこらえた。

 酒の席とはまったくの別人である好青年がそこにはいたのだ。


「そうですか、では荷車で大人しくしています」


 三人はほっとしながら荷車へ乗っかった。



 旅商人の一団は、見送りに出てきてくれた村人達に精一杯手を振りながらファルソ村を旅立った。







○●○●○●







 キャラバンのの構成人数は全部で八名。

 クロイツ、ルシャ、クルク、ケイト、ケイハ、サムズ。そして、村ではクロイツとあまり接点が無かったが、ケイト達とガンデス地方から共に旅をしているというスクテレスとロトザーニ。この二人は夫婦で30歳前半の旅人だ。


 大陸の南東端にあるアルノード共和国からきたらしい。

 今は大陸を左回りに一周している最中だそうで、スクテレスは眼鏡をかけた金髪金瞳の優男、見た目どおりのやさしい性格で、この上なく誠実な人であり、一方、ロトザーニは鮮やかな紫の髪と強い光を宿した同じく紫の瞳をしており、どちらかというと活発な武闘派の女性という風に見えた。しかし、それとは違い言葉は慎ましい大人の女性らしい話し方で、そのギャップにクロイツは少し惹かれるものを感じていた。




 荷車はケイト達と、スクテレス夫妻の二つ。

 前方の少し大きな荷車がケイト達で、ここ数日で壊れた車輪はしっかり修復され、今は大きな幌がアーチ上にかかっている。そして、その後方には同じような形をした、少し小さな荷車が続く。

 ゴトゴトと、人が歩くよりも少し早いペースで動く荷車は、こちらの世界では馬という認識に近い奇妙な生物が引いていた。


 その生物は“ロムヤーク”と呼ばれているもので、白い毛並みをした四速歩行の馬のような生物なのだが、その背中からは太くたくましい翼が左右に出ている。そこから伸びる太い首には羽毛のようなものが生えており、羽の先端に行くにしたがって、薄い紫色を帯びているのが特徴だ。

 ロムヤークの顔は、馬というよりも鳥に近く、大きな嘴があった。嘴は焦茶色に丸みを帯びた大きなもので、ちょうどカモノハシとオウムを足して割ったくらい。そして、その大きな嘴とは対照的に、瞳は小さく黒い丸がちょんちょんとのっている。そのコミカルな顔は見ているだけで平和だなぁと和んでしまう。

 その顔からうける印象どおり、ロムヤークの性格は温厚。雑食でもあるので、旅には重宝するそうだが、ロムヤークは少しばかり足が遅いという欠点があった。


 しかしその欠点を補う為ロムヤークは進化した。凶暴な生物に出会ってしまえば終わりなのだから、出会わなければ良い。というように、周囲の異変をいち早く察知する能力が特化されていったのだ。ロムヤークの頭の上にはピョンと立った2本の耳の様な、羽毛が生えており、それを用いることで昼夜問わず、周囲を見渡すことが出来るといわれている。

 ある学者はロムヤークほど周囲の異変に敏感な生物はいないというほどであるそうだ。


 また、一部の頭のよいロムヤークは、自らの身を守ってくれると認めた生物にその身をゆだねに来る場合もあり、その代わりとして自身に出来ることをしてくれるという習性を持っている。なので、ロムヤークが安心して旅をしているということは、すなわち、周りに危険が無いか、その危険を克服できるような頼れる存在が近くにいることを示しており、キャラバンを選ぶ上で目安の一つとされることもあるそうだ。




 ちなみに、クロイツとロムヤークの出会いは芳しくなかった。


「すごい可愛い生き物だな。なんて名前なんだ?」

「ロムヤークだ。見たことが無いのか?」

「無いな、俺の国では馬というのが定番だったのだが……」

「この世界にも馬はいるぞ。ただし、旅商人達に人気なのはこのロムヤークだな」

「へぇ」といいながらロムヤークを撫でるクロイツ。

「おーっしわしゃわしゃわしゃ」


 ――ゴンッ


「いったっ」


 それを見たルシャは呆れるように言った。


「そんなに乱暴に撫でるからそうなるんだぞ」

「これは俺の国が代表する動物マスターの愛情表現。熊にも通じるスキンシップだったんだぞ」


 硬い嘴で小突かれた頭を抑えて涙ぐみながら必死に訴えるクロイツ。


 ――ガッ、ゴッ、ガッ


 尚も怒るロムヤーク。どうやらクロイツごときの腕前では通じなかったらしい……。


「痛い痛い、もうやらないからその嘴でつつかないでくれ。まじで痛い」

「やさしく撫でればいいんだ。こういう風にな」


 先ほどとは一転してうっとりしたロムヤークに、現実は難しいものだなと学んだクロイツだった。







○●○●○●

 





 ファルソ村を出てからしばらくたつと、どんよりした空は少しだけ明るさを増して、細い筋をした雨を落とし始めていた。

 クロイツ達は左右に木々が広がる森の中を、細い道を伝うように蛇行しながら西へと向かっている。


 ゴトゴトとゆれる荷台が予想以上に退屈でしんどい……と思い始めていた頃に、荷車は止まった。


 灰色っぽいフードをかぶったケイハが荷車に入ってきて「このあたりで小休止する」と告げると、後ろからついてきていたスクテレスとロトザーニにもその意を伝えにいった。そんなケイハの手には、その大柄の身長よりも少しばかり長い槍を携えていた。



 しばらくして戻ってきたケイハは、その槍がクロイツ達に当たらないように慎重に荷車内に置いた。


「お疲れ様。何か飲むかい?」

「いや、今はまだいい。少し話をしたい」


 ケイハは言葉少なめに話し始めた。



「クロイツ、ルシャ、クルク。まずは共に旅を出来ることを嬉しく思う。旅は過酷だ。ゆえに、互いの信頼関係が無ければ成しえない。だから、俺達はお前達を信頼し、この身を預けよう」


 そう切り出したケイハに、クロイツ達は少々面食らって沈黙した。ケイハがこれほど長く言葉を発するのは初めてのことであった。

 ケイハは言葉を続ける。


「そして、かなうのならば俺を信頼してその身を預けて欲しい。よろしく頼む」


 そういってケイハは深く頭を下げた。

 突然の出来事にオロオロしたクロイツとクルク、それに対してルシャは非常に落ち着いていた。


「私も共に旅が出来ることを嬉しく思います。あなたを信頼し、この身を預けましょう。クロイツもクルクも共に同じです。道中よろしくお願いします」


 戦士には戦士か、ルシャはあらかじめ知っていたかの口上で、ケイハに深く頭を下げた。


 それをみているだけのクロイツとクルクが尚もおろおろしていたのでケイトが笑って教えてくれる。


「これはね、シトが共に旅をすると決めた者へする挨拶なんだよ」

 

 なるほど。ならば挨拶で返せばいいのだろう!


「「よろしくお願いします」」


 クロイツとクルクは声を合わせて、ルシャを真似て深く頭を下げそう言った。



 それを聞いたケイハが顔を上げる。幾分優しい顔つきになったとクロイツは感じた。

 どうやらうまくいったらしい。


 クルクもルシャも、そのケイハの変化を感じ取ったのであろう、安堵した様子だ。




「初めに、これからの日程を話そう。まずは、ここより西へ、七日かけて森を抜けていく。最初の目的地はスドキトス伯爵が治めるシセノフク領だ。そしてそこから更に二十五日ほどかけてスーセキノークへと向かう。しかし、スーセキノークで行われる武舞大会は二十七日後に開催される」

「とすると……?」


 ケイハの言うとおりならば、日程的に間に合わないことになってしまう。

 あれ? それではルシャが大会に出られないのではないか?


「商人の俺達は大会が半ばに到着しても問題は無かった。しかし、ルシャが大会に出るとなれば少々無理をしてでも早く着く必要が出てくる」


 ケイハの顔は少し険しい表情になった。

 やはり強行スケジュールな旅になりそうな予感が当たったようだ。



「本来ならば、急いで旅をするのは俺の流儀には反するが、仲間の為ならば話は別だと考えている。そしてその案も考えた」


 ケイハはクロイツを見つめた。まさか……


「クロイツ、お前の魔法をロムヤークと荷車にかけることは可能か?」


 ケイハの案に、クロイツは目を丸くする。


『キュア? ロムヤークと荷車に風の鎧かけることできる??? たぶん二匹と二台分なんだけど』

『十分に可能です。それですと、おそらく一日もかからずシセノフク領についてしまうと思いますが』


 どうやら可能らしい。



「可能です」



 そして、ケイハは唐突にこう切り出した。


「では、お前達に俺達シトについて少し説明しようと思う。良いか?」


 三人は突然のことにびっくりしながらも説明を聞くことにした。

 シトって護衛の職業ってとこまでは聞いていたけど……なんだろう?




「俺達シトは、ガンデス地方を中心とした護衛集団だ。他の護衛とは違い、人以外の野生動物の相手をすることも多い。その為、シトは総じて動物や毒類に長けた知識を有し、武器にはこのような毒を塗った長槍を用いている」


 重そうな槍を軽く持ち上げながら、ケイハ。

 その姿は実践型の兵士と形容しても相応しいほどの貫禄を有していた。


「お前達に問おう、護衛で一番大切なことは何か」


 いきなり問答が始まる。

 おずおずとしながら最初に答えたのはクルク。


「強いことでしょうか? 襲われたらそれを撃退できなければいけませんし……」

「いや、あらゆる危険を想定し、迅速な行動を起こせる機敏さだと私は思います。強い敵であれば戦うことをあきらめ安全に逃げることも必要でしょう」


 ルシャは強い口調でそう答えた。

 一人残されたクロイツは少し考え込んだ上で答えた。


「二人とは少し違いますが敵と戦わない。つまり、相手が襲おうとするその手前で、相手の気概を殺ぐことが大切だと思います。戦わないことが一番消費が無いわけですし」


 それぞれの答えを聞いたケイハは少し感心したように頷き答えた。


「三人の中ではクロイツの答えが一番シトの流儀に即している。襲われないこと。もしくは襲われるような行動をしないことがシトの行動理念だ。ゆえに、動物に対して警戒色という意味をこめて、一目で分かるように服装を目立つ赤い衣とこの緑の鎧を着るようにしている」 


「だがしかし、それでも野生動物に襲われることがある。そういう場合はルシャが言ったような的確な判断も必要となるし、クルクのいう強さも必須だ」


 いったん言葉を切って、ケイハは続けた。


「俺の経験から言えば、ファルソ村からスーセキノークの道中には獰猛な野生動物は少ない。が、逆に人間相手、盗賊などの襲撃が格段に増える。野生動物であれば、警戒色だけでも十分効果はあるのだが、人間相手ではそうはいかないことが多い」


「――だから、俺達シトは服装とは別の衣をまとうようにしている」



 クロイツはケイハが話の流れから自分達に言おうとしていることをなんとなく察した。

 ケイハは声に深い悲しみを含めてはき捨てるように言った。


「お前達にとっては理解しがたいとは思うが、俺達シトは襲ってきた人間は全て殺すようにしている。それがいかなる理由であろうともだ」


 やっぱりなと思うクロイツ。ルシャも真剣な表情でそれを聞いていた。 

 そして、それを聞いたクルクは少し怯えながら言った。


「全て殺すという話は本当だったんですね」


 ケイハは頷き、答えた。


「そうだ、全て殺す。…………俺達も殺しが好きなわけじゃない。ただ、その評判が俺達を守ることになるんだ。おそらくお前達は人を殺した経験など無いだろうからな。だから、そういう事態があるということを知っておいて欲しかった。だから、もしそういう事態になってしまったらお前達に協力は求めるつもりはない。大人しく荷車に入って待っていてほしい」 


 そしてさらにケイハはクロイツとルシャを見比べながら言った。


「それと、お前達二人には少し悪いが、少々目立ちすぎる。クロイツの漆黒の瞳と髪に、ルシャのような若い娘が旅をしているとあれば、盗賊にとっては無理をしてでも襲う価値がで出てしまうだろう。だから、襲われそうな場所では指示をだす。暑いとは思うがこれと同じフードをして顔を隠してもらいたい」



 そういってケイハは灰色のフードを持ち上げながら言った。


 クロイツとルシャは互いの顔を見合わせた。

 そんなにお互いの様相が目立つのだろうか? と首をかしげたのだ。

 しかし、ケイハがいうならばそれは事実なのだろう。


「「分かりました」」



「感謝する。しばらく休んだら出発する」


 ケイハ最後にそういって去っていってしまった。



 残された三人に、ケイトが付け足す。


「物騒な話をしてすまないねぇ。でも、ケイハにもケイハなりの思いがあってそうしてるんだ。非情と思うかもしれないが、シトというものをそういうものだと覚えておいておくれ」


 いつもとは違う乾いた笑いのケイトを見たクロイツは、旅をするということが、命を懸けたものであることをようやく理解することが出来た気がした。





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