第十二話 雨の中の酒飲み達
夏至の前日。
夕方に南から現れた雲の塊は、空を覆い隠すように暗い影を落としながら村に近づいてきた。雲の影が村に届き辺りを薄闇に沈めると、まるでバケツをひっくり返したような雨が突如として村を襲う。
雨水を逃がす為の村の小水路を開放し、急いで村へ帰ろうとしていたクロイツとルシャは、ちょうど家まで10m程といったところで雨の滝に呑まれる羽目になり、家にたどり着いた頃にはずぶぬれになっていた。
「はっはっ、いきなり来たな、すごい雨だ」
「すこし間に合わなかったな」
そんな会話をのんびりと交わす、雨に濡れた二人の若い男女は異世界からきた黒髪黒眼を持つクロイツと、銀髪碧眼のルシャだ。
「風邪引くわよ」
それをを笑顔で迎え入れてくれた家の主であるルスイは癒しの魔法を発動した。
二人の体を包んだ水は、床に浸み消えるように消え失せていき、二人の服は太陽の日で干したように乾く。魔法とは本当に便利なものだ。
お礼を言うと、ルスイはそれに頷いて台所へと戻っていった。
屋根に当たる雨音は途切れることなく、断続的に鳴り響き、まるで家全体が滝の下に移ったかのようだった。
少し開けた窓から雨の様子を見ながらクロイツは感慨にふける。
「雨季の雨って……こんな大雨の日がずっと続くものなのか?」
何処へともなくした質問の答えが返ってくる。
「今日みたいな大雨は最初だけだな。これが落ち着くと、後はシトシトとした雨が続くんだ。これから3週間ほどは雨が降らない日のほうが珍しくなる」
「ふーむ、結構長いんだなぁ」
「雨が降るとケコノクスドを吹き付ける作業も意味がないからな、戦士以外の村人は、この時期には家で暇を持て余すんだ」
「だから、ほら」
ルシャが指差す先には集会場があった。
集会場にはいつも正門の前にテントを張って商売をしているガンデスの旅商人の一団やら、数人の村人達が集まっていた。
「たぶん……もう酒を飲むつもりだろうな」
「そうか」
呆れ顔でいうルシャを差し置いて、クロイツは真剣な面持ちになる。
「それは俺も行かねばならないな」
雨季万歳である。
滝のように降り続いた雨がひと段落して、雨脚が弱まった頃。
クロイツは集会場へ向かうことにした。手にはルスイが作った酒の肴を携えて。
しかし、それにはなぜかルシャも付いてきていた。
「ルシャも行くのか?」
「何か不満でもあるのか?」
クロイツが不安げに問うと、ツンとすましたルシャの返事が返ってきた。
不満というわけじゃないが……と考えたところで、どうせまた……と思い直したクロイツはあまり深く考えないように歩き出した。
小雨をすり抜けるように集会場に到着すると
「よっ。お二人はん今日も仲がよろすぃころで!」
褐色の肌で渋めのオレンジの髪をした金目の若い男。シトの一員である“サムズ”がはやし立ててきた。
それにつられるように、集まっていた村人から笑いが起きる。
どうやらもう既に、みんなかなり出来上がっているらしい。
まぁ何だかんだとクロイツとルシャの関係は祭り以降少し変わっていた。
村人には二人が《夫婦》ということで、その認識が広がっているようだ。
ルシャの下僕から思えば随分と出世したものだと思う。永続的な下僕ともいえるのかもしれないが……。
最初はクロイツがそのしきたりを知らなかったという事で無効になるかと思われたが、予想以上に村人はこれ幸いと二人をくっつけたがった。
村人。特に年上の人たち全員が、愛のキューピッドみたく世話を焼こうとするので二人は諦めて抗うことをやめた。
その程度の野次はもう慣れてしまっていた二人。それを軽くそれを受け流して持ってきた食事を渡しながら輪の中に加わった。
「いはぁ、まさか壊れるなんて思いもしなかったれすよねぇ」
だいぶ飲んでいるサムズがグチをこぼす。
それに対して、苦笑いを浮かべながらケイトが答えた。
「ほんとにね~だけど旅の途中で壊れるよりはよかったのかねぇ」
「あぁ、荷車ですか」
「そうそう、ちょっと物を載せようとしたらバキっとねぇ。車輪の根元から綺麗に折れちまったよ。おかげで三日ほど出発が遅れそうだねぇ」
いつもとは違う控えめな笑いを見せたケイト。
雨季の前には出かけたいと話していたのをクロイツは思い出していた。
「そういえばケイトさん達の行き先は……」
「クエイス公国の中枢都市スーセキノークだよ。途中で“スドキトス伯爵”の治める“シセノフク領”を通っていくけどね」
だよねぇ? と同意を求められた明るめのオレンジ髪をした大柄の男性は、「そうだな」とその隣で相槌を打った。
「あー俺と一緒ですね。俺も近々クルクと共に、スーセキノークへ行って武舞大会を見る予定なんですよ」
「お、そうなのかい? 私達もその大会に合わせて商売するためにいくのさ」
「えっ、クロイツ。村を出るのか?」
酒を飲みながら軽く会話をしていたクロイツとケイト。
隣に座るルシャは一人驚いた声を上げた。
やれやれという面持ちをしながらクロイツは言った。
「祭りの時にも言っただろ? ……………………ってあの状態じゃ忘れても仕方ないかもしれないが」
クロイツは頬をかきながら、ルシャにクルクとの会話をもう一度話し聞かせた。
「そうか。ちゃんと戻ってくるのか」
話を聞き終えたルシャの声は普段と変わらないようだったが、その顔には少し切なさを帯びているようだった。
確かにこの異世界にきて、特にファルソ村にきてからはルシャと一緒にいる時間が多かった。離れると思えば自分もそれなりに寂しい。そう互いに思えるくらい心を許していた。そういう友達がこの世界でできた事がうれしく思う。
「むぅ、しかしじゃ。妻を置いて旅に出るというのは……どうしたもんかのぅ」
その様子を見て訝しげに言葉を発したのは、誰であろうルドキュ村長であった。
「ぶはっ」
酒を吹きこぼして、鼻に入った酒の痛さに涙目になりながら、クロイツがルドキュ村長を見つめると、ルドキュ村長もまっすぐとクロイツを見つめていた。酔っていてもその視線はどこか突き刺し貫くような真剣なものがあった。
助けを求めて視線をルシャに向けると、当のルシャは私は知らんといった澄ました表情で酒をすすり、視線を合わせようともしなかった。
このぅ。と心の中で舌打ちしながら、どう対応したら穏便に済ませられるかと考え込んだクロイツに、助け舟を出したのはなんと酔いどれんの若者、サムズだった。
「だったらぁ、ルチャんもですね。いけはいいんぢゃないでしょうーか? ノークへぇ」
「ぼくら思うところにはですねぇ、ルシャさんにも良いきかいだとおもうんれすよ。だっれ、森に入ってるキノコを採ってくるっていう戦士のあれはことしはむりなんれそ? だったらですねぇ。ルシャさんも一緒にまちにいって、そんでぶぶたいかいに出ちゃえばいいんれす。そんでーゆうりょうしたら戦士としてみとめるとかどうれす?」
酔っ払いは、どうですおもしろいでしょ~? といわんばかりにとんでもないこと提案してきた。
よく分からなかった人のためにもう一度復唱しよう。
酔いどれんの彼はルシャもスーセキノークへ行って武舞大会を見てきたらどうか? と言っている。さらに言えば、戦士としての試練として大会に《参加》したらどうだろうか? と提案しているのだ。
優勝すれば戦士として認めてあげましょう。と言っていたのだ。
呂律の回っていない言葉の意味を、何とか理解したクロイツはとりあえずルドキュ村長の様子を見ることにした。
ほぅ。と感心したような声をあげたルドキュ村長。
なにやら前向きに検討しそうな兆しだ。
「それも面白いのぅ。ルシャが一人になってしまうよりよっぽど……良いかもしれんな」
その顔に深い思慮の色を浮かべながら、しばらく考えたのちに切り出した。
「ルシャよ? どうだ? クロイツ殿についていって大会に出てみるか? むろん、無理に優勝をせずともよい。優勝したとしても戦士として認めるつもりはないからな……。ただ、戦士として必要な強さを磨くという点では、良い機会であるのは確かじゃからのぅ」
その話を聞きながら、いつの間にか早々と、四合ほどのお酒を飲みほしていたルシャは、白い頬をピンク色に染めてほー然とその話を聞いていた。
そして、少し反応が遅れながらもしっかりした声で
「はい。行って来ます」
妙に明るい笑顔浮かべてそれに答えた。人はそれを笑い上戸という。
あーと思いながらそのやり取りを聞いていたクロイツは、とりあえず自分の武舞大会見学が不意にならなかったことに安堵し、覚悟を決めて酒をおとなしく飲むことにした。
大会に参加? 予選とかあるのかな? 大会の日程を聞いていなかったが忙しくなりそうである。などと思っていると……
すると、やはり、予想していたよりも少々早く声がかかった。
「クーロー! クロイツ」
誰だお前は! とツッコミを入れてしまうくらい幼稚っぽく楽しそうに笑いながら自分の名を呼ぶその声の主は、ルシャであった。
ルシャは酒にはそこそこ強かったが、ある程度を超えて酔い始めてしばらくすると、何かが決壊するように調子が変わるのだった。
そう、先日あった収穫祭で、《火に殴り飛ばされるようりもはるかに酷い仕打ちにあった》クロイツはそう学んでいた。
その攻撃力をあらわすならば、風の鎧で強化したとしても、骨にヒビを入れてくるくらいとここでは言っておく。何があったかはおぞましくて今は忘れていたい。
まぁ、そのようにルシャがなるには本来かなりの時間がかかるはずなのだが。
特にワゾク長老特性の米から造った酒(日本酒のような物)は、この状態なるのが早いらしい。
クロイツとしては、正直酒をルシャに飲ませたくなかったというのが本音だった。
そのルシャは急に妙に真剣な眼差しをしながら、クロイツを覗き込むように宣言した。
「私も行くことになった」
隣にいたんだから知ってるよ。という言葉を飲み込み
「ああ、そうか」
笑いながら返事を返して、危険を感じたクロイツはその場をそそくさと離れようとする。
「何処へ行く」
クロイツの手首をルシャが引っつかみながら、ジトっとした虚ろな瞳をこちらに向けてルシャは低い声で呟いた。
むぅ。かなりトランスモードに入ってるな。と察したクロイツは、収穫祭での反省も踏まえて、極力相手に逆らわないことにした。
再びその場におとなしく座りなおす。爆弾ゲームの開幕だ。
「枕欲しい」
ポツリと言い出すルシャ。今のルシャは本能に忠実だ。要求がいちいち子供っぽいのは彼女が普段大人の振る舞いを求めて頑張っている反動だろう。
「枕なんぞここにはない。家に帰るか?」
出来るだけ優しく訊く。今宵の爆弾はおとなしい予感。
「枕ここにある」
どこにあるんだ。と問い返すまもなく、ルシャはクロイツの膝を枕代わりにコテンと寝入り始めてしまった。
あっという間の熟睡であった。
そのいちゃいちゃな様子を見守りながら、楽しそうに盛り上がる大人たち。
明らかにわざと飲ませているな。と横目に見ながら気がついていたクロイツは、あえてそれを止めなかった。しかし、これ以上酔った相手方を喜ばせるのがしゃくというのもあり、何も言わずおとなしくルシャの枕になった。こうなれば彼女は起きない。朝までぐっすりだ。
少女に膝枕というちょっとこっぱずかしい図だが、意外にも恥ずかしいと思わない。
彼女と一緒にいすぎたからだろう。兄妹? とも少し違うが、親友に近い? ようは美少女に慣れたのだと思う。
一息ついて問う。
「で、早々にルシャをつぶして俺に何の用ですか?」
「ふむ。そうじゃのぅ。用というほどではないが、礼といったほうがいいかもしれのぅ」
酒を含みながらも真剣な声で村人に訊いた。
するりとそれに答えたルドキュ村長、村人達からもそうそうといった同意があがる。
「礼?」
「ルシャを見守ってくれた礼じゃよ」
不思議がるクロイツに、ルドキュ村長がそう告げた。
クロイツは目を少し丸くしながら黙ってルドキュ村長の話を聞きはじめた。
「クロイツ殿が来る前のルシャはな、本当に何かに追われるように、立派な戦士になろうと焦っておったのじゃ。わしが何か言うたびに、言ったことが全て裏目にでてのぅ………………より追い詰める結果になってしまっていたのじゃよ。そして、いつ、その気持ちが爆発して、森へ分け入ってしまうかもしれないと危惧しておったわけじゃ」
「実はな、ここにいるケイト達は本来ならばもっとずっと早い段階で、都市へ向かう予定だったのじゃ。しかし、そんな思いつめたルシャを見かねてな、しばらく村に留まり、森へ入ってしまうのを押しとどめる。その協力をしてくれておったのじゃよ」
ルドキュ村長は妙にかしこまって恐縮して見えた。
なるほど、村に来たときに根が思ったよりも深いと思ったのは間違いではなかったようだ。
あの時点のルシャはかなり思いつめていたのだろう。鈍感なクロイツがすぐに出会ったそう感じるほどに……。
「そんな、たいしたもんじゃないよ。毎日顔合わせて、適当にお手伝いをお願い事してただけじゃないか。それに、しばらくここに居たかったから居ただけさ」
「本当に。世話になったと思うておる」
笑うケイトにルドキュ村長は微笑み返した。
確かに、雨季が始まれば道がぬかるむだろう。倒木やらも多くなるかもしれない。その前に抜けるほうが旅人としては懸命な判断のはずだ。
しかし、それを辞して、ルシャを。旅の途中で出会った、村の少女を心配して、あえてここに留まっていたとしたら……確かにそれはお人よし以上の何者でもない。いい人であるのは服を売ってくれたときにもう気がついていたけど、これはなかなかレベルが高い。
「じゃが、しかし、それもかなり限界が来ておったようでの。これ以上思い悩む娘のつらい姿を見るくらいならばと。そう思いはじめた頃に、都合よくクロイツ殿があらわれてのぅ。これは半分賭けじゃったんだが……、ルシャを任せてみることにしたのじゃよ」
笑うルドキュ村長になるほどと気がついた。
最初の違和感はそれだったのだ、と。
そもそも怪しいクロイツに対して少女を見張りにつけるのが少しだけ疑問に思っていた。
村の屈強な戦士を一人、見張りにさせたほうが彼らの安全という観点からはもっとも有効だったはずだ。
それをあえてルシャにやらせたのにはそういう理由もあったのだ。まぁ村長の娘ということもありその時は妙に納得していたわけだけど……
クロイツという足枷があれば、ルシャは一人で行動しないだろう。
仮に、クロイツがルシャにそそのかされて緋猿と退治することがあったとしても……
それでも娘を守る力を持っていると。少しでも可能性が高いようにと。
あの出会いでのクロイツに対するルドキュ村長の攻撃はおそらくそういった意味も含まれた、ルドキュ村長なりの娘への愛がゆえだったのかもしれない。
まぁルドキュ村長の見立てはおおむね正しい。規格外の魔力を有した異世界人。ついでに風の精霊による精霊術が扱えるクロイツはこの世界ではオーバースペックな強さを持っている。
異世界にきてすぐならばともかく、今ならば緋猿にあってもルシャを抱えて逃げるくらい訳ないと思えた。ついでにルシャにも風の鎧をかけることが出来るし……。
俺がイケイケな性格だったらたぶん特攻していたと思うけど!
穏やかな自分の性格を見抜いていたんだろうか? ビビリとも言うけど。
ルドキュ村長にとってはそれがありがたかったらしいから、今はそれをよしとしよう。
「教育係としてルシャはよく自分の面倒みてくれました。感謝しています。最初の出会った頃にあった、ルシャのどこか逸る気持ちも……今は、どこかに置き忘れたようになりましたし……」
「予想以上にルシャはクロイツ殿を気に入ってくれたようじゃ。ルシャにとって、良い毒抜きが出来たと感謝しておる。まぁ、まさかクロイツ殿から求婚をされるとはおもっておらなんだがな。ルシャが良いというならわしは何もいうつもりはない」
それにゆっくりと頷きながら、
ルドキュ村長は不敵なギラリとした笑みを浮かべ、父親の顔でクロイツを睨み付けた。
あれそういう話の流れでしたっけ?
ルドキュ村長は視線を酒に再び戻すと零すように言葉をつなげた。
「ここ数日、村に住んでいたから分かると思うのじゃが、ルシャはな、本当は村で一番強い戦士なんじゃよ。親のわしが言うのも憚られるのじゃが……………………。わしの剣術とルスイの魔力。両方を備えて生まれてきおった。それに加えて、自分の強さをひけらかさぬ謙虚さを持ち、逆に相手も侮り驕るこころも持っておらん。真面目なよい子じゃ」
ルドキュ村長は愛娘を優しい瞳でしげしげと見ながら微笑んだ。
酔いどれんの村人全員がそれに頷いた。
「しかし……もう今は、わしのいらん心配は必要なさそうじゃ……」
あ、あれ……………………?
「クロイツ殿。娘をよろしく頼みますぞ」
ルドキュ村長は力強くそういうと、クロイツの黒い瞳をじっと見据えてきた。
なにか決定的なノリの流れになっている。仮にやんわりと勘違いで……す なんていえる雰囲気はもはや存在していない。
見据えられたクロイツは、自分の膝で寝入るこの少女を見下ろした。
今は軽い寝息を立てながら、気持ち良さそうにしている。
君を思う人たちは、君に似て真面目な人ばかりだ。
曖昧な返事が出来ず、その代わりに質問をしてみる。
「……村に入るときに攻撃してきたのは、ルシャを任せられるかどうかも試したんですか?」
「ふむ。それもある。怪しかったのもある。村を守る為でもあったし、避けられぬ場合は寸止めするつもりじゃったよ? あれは」
酔っ払った調子で漂々と言い返してくるルドキュ村長に半ばあきれる。
一撃二撃は確実に仕留めるための攻撃だったと思うが、とりあえず我慢する。
「収穫祭で見せられたあのルシャの魔法も大変でしたからねぇ」
クロイツはそれを思い出して苦笑いを返しつつ笑った。
ルドキュ村長の攻撃程度……といっては威力が霞んでしまうのだが、それを余裕で受け流せるくらいじゃないとおそらく死んでいた、と思う。
それだけ酔っ払ったルシャが繰り出す魔法はそれだけ執拗でひどいものだったのだ。
ルシャにお酒を飲ませてはならない。
それが15歳で成人式を迎えたルシャに対してつくられた村の暗黙のルールらしい。
しかし、クロイツがルシャに求婚した(とされている)収穫祭以後はその暗黙のルールも撤回されて、全ての責はクロイツが負うこととなっていた。
全ての責はクロイツが負うこととなった。
とても大切なことなので二回言いました。
つまりは、わしの心配は必要としないといったルドキュ村長の言葉の意味には、そういったものも込みこみで含まれているのだ!
巫女の舞の余興以上に村人があれだけ盛り上がることとなった収穫祭はそうはないだろう。
被害をこうむったクロイツ以外は……だが。
「いやぁホント。丈夫な体してるよねぇ」
何度目だろう、そのほめ言葉を聞くのは。
笑うケイトはいつものことだが、その隣でいかにも武人といった感じの強そうなケイハさんが黙ってうなずいている。ケイハさんが素直に同意していてくれるのは、実はちょっとすごいことだったり。いつもは寡黙で、あまり感情を外に表さない人なのだから。
「今日は大人しくて助かりました」
クロイツは心からそう言った。
逆らわないということも人生で大切だと学んだ成果かもしれない。
「少し話が戻るんだけど、スーセキノークへ行くのよねぇ? いつ頃いくんだい?」
「んーと夏至が過ぎて三日後に出発にするとクルクさんは言ってましたが……」
「いやぁ、こっちも荷車の修理でどーせ数日遅れるからね、せっかくだから、うちらと一緒に都市に行かないかい? なんだったら途中の護衛として二人を雇ってもいいし。クルク君も一緒に乗せてさ」
「あーそりゃぁいいですれ。あれだけ強いなら俺達のたびもよりあんぜんってものれす」
ケイトとサムズの二人から提案がされた。
「俺もかまわない。ほかの二人も特に異論はないだろう」
それに対して、珍しく長い言葉を発したケイハ。
「どうだい?」
それを聞いたケイトは頷くと期待をこめた眼差しでこちらを見てきた。
別段断る理由もなかった。
「では、お言葉に甘えてよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げてそれに答えた。
宴は深夜まで続き、ほどよい酔いと眠気に襲われ始めたクロイツは、大人たちを置いて早々に退散することにした。
集会場からルシャの家まで十数メートル。
シトシトと雨が降り続く中を、眠っているルシャをお姫様のように抱えて歩き出す。
少し歩いたところでルシャを抱いた左手に力をこめると、遠目には分からないほど微かに、ピクっと体が震えた。
歩きながら誰にもきこえない声で囁く。
「眠った振りをしてまで聞きたかったのか?」
瞳を閉じたまま消え入りそうな声が耳に響く。
「私は……いつもみんなに守られてばかりだ。それが……」
その声に感情はなく、無機質的な声だった。
この少女は自分が何かを返せていないと、もらってばかりだと思っているだろうか?
雨に濡れた銀色の髪から一筋の雨粒が伝って落ちる。
クロイツはルシャを抱く腕に力をこめた。
「ルシャ。人は誰しも誰かに支えられているものだと俺は思うよ。ルシャが元気で近くにいてくれる。それだけでもルドキュ村長やケイトさん達は与えられるものがあるものなんだ。あせらなくていい。人生はまだまだ長いだろ。ゆっくり自分に出来ることを考えて、成長して返していけばいいじゃないか。少なくとも俺は、村人やルシャに対してそう思ってここにいる」
どこえともなくそういうと、クロイツは前を向いたまま微笑んだ。
シトシトと降る雨が世界を包む。
その中を、幾筋もの雨粒が伝って落ち、消えていった……………………。