第十話 精霊とクルクの告白
村の居住区には手の空いた人々が次々と集まり、俄かに活気付いていた。
その中央には村人に指示をだすルドキュ村長の姿。
ルドキュ村長は何やら五人程の男達を集めて指示を出し忙しそうにしているのが見える。
村の収穫祭が本日行われることになったとルスイから聞いてはいたが、自分の働きで村のみんながバタバタと動くはめになったのではないかと考えると、胸のうちになんだか苦い思いがこみ上げてくるような気がしていた。
そんな気持ちをしながら、ふとその脇に目を移すと、クロイツが会いたいと願っていた二人の顔ぶれが立っていた。
「ワゾク長老、クルクさんおひさしぶりです!」
「ぉークロイツ殿。ひさしぶりじゃの~」
「クロイツさん。お久しぶりです」
右手を軽く上げながらまったりとした声で返すワゾク長老と、律儀にペコリと頭を下げるクルク。本当に久しぶりに会えた気がする。
いつ村に? と聞くと、おぬしが子供たちと何やらはしゃいでおった頃じゃよとワゾク長老は優しげな笑みを浮かべながらそう言った。
つい今しがた到着したといったところらしい。
「立ち話もなんじゃし、少し場所を移そうかの。ここにおっても邪魔になるだけじゃ」
ワゾク長老は場所を移すことを提案してきた。
三人は忙しく動き回る村人の邪魔にならないよう、集会場の裏手に回り腰をおろした。
「――論文の進み具合は順調ですか?クルクさん」
「ええ、ここ数日で随分良くなりました、良くなりすぎて、自分で書いたとは思えない出来になってしまいましたが……」
クルクは茜色をした髪を撫でながら恥ずかしそうにうつむいた。
「いやいや、あれは紛れもなくクルクの努力の成果じゃ。端的に分かり易く、事実を基にした説得力を有しておるよ」
ワゾク長老に褒められたクルクの顔が、今にも湯気を出しそうなほど上気していく。
それを見たクロイツは、ぜひ完成したら読ませてください、楽しみにしていますからとクルクに追い討ちをかけておいた。
星読みの席で、この愛らしい子供が、実は自分よりも年上で、しかも、こちらの世界でも有名な魔法学校の生徒であると聞いた時は新鮮な驚きを抱いたものだ。
試しに見せてもらったクルク作の論文は十二ページにおよび、この世界の天文学について詳細に書かれているものであった。大変興味深いとその論文を読ませてもらったクロイツは、その内容に感心で舌を巻いた。
ワゾク長老とクルクが研究で忙しかったのは、その論文の為のデータを出して編集しなければいけなかったからだったのだが。どうやらうまくいったようでよかった。
遠目に、村人が世話しなく動き回る姿が見える中、まったりと話し込むのも悪い気がしていたが、博識の二人と会話できる機会を不意にする気にはなれなかった。
魔法のこと。精霊のこと。これまでの世界の歴史。
風の精霊であるキュアラから簡単な説明はしてもらってはいるが、クロイツはあえて詳細な説明をしないでもらっていた。
旅の初めから全てを知ってのスタートなんてありえない。
地道に人に聞きながら解明していくほうが美徳があると、クロイツにはクロイツなりの独自の美学があるのだ。
「そういえば、何やらすごい働きをしたようじゃの? 本来ならば明日行うはずの収穫祭を、前倒しにして行うと、ルドキュから急きょ使者があったのじゃ。昼頃にその連絡があったからゆっくり準備してこれたがの」
ふぉっふぉという笑顔のワゾク長老。キラキラした瞳で遠くにある荷車を指差した。
中には五個ほどの、大きく重そうな瓶が載っていた。
「あれは?」
「あれは酒じゃ。わしゃ、酒が好きでのぅ。この村の穀物やら森の果実から自前で酒をつくっておるのじゃ」
なるほど。ルドキュ村長が言っていた、良い酒、とはワゾク長老がこしらえたものだったのか。とクロイツは心の中で思いながら、もしかしたら、毎晩のようにルドキュ村長と飲んでいた、あの紫色の果実酒もワゾク長老が作ったものだったのかもしれない? と思考を巡らせた。
それにしても、酒を自前で造るなんて、さすがワゾク長老といったところか。同じく酒好きの自分にとって、ワゾク長老の呼び名は師匠か大先生と呼ぶに昇格しそうな勢いだった。
「今日は大盤振る舞いじゃ」
楽しそうに笑うワゾク長老。祭りが好きで好きでたまらないといった様子だ。
そんな中、クルクがうずうずとしながら聞いてきた。
「先ほどクロイツさんの肉体強化魔法を見させていただきました。風系統の高等魔法。クロイツさんはすごい優秀な魔法師なんですね~感動しました。でも、子供たちにもあれだけの強化魔法をかけて体は大丈夫なんですか?」
嬉々としながらも、不安げに問うクルク。
「はは、問題ないですよ。自分は少々人より魔力が多いようなので」
ぶっちゃけあと100人くらいいても大丈夫です。1000人になるとちょっと分からないけど。
そんなくらいの余裕があった。チート万歳である。
「それにしても、強化魔法を全身に? ですよね」
「そうですね。風の鎧と自分はそう呼んでいますが」
事も無げに答えたクロイツに対して、
「通常、風系統の高等魔法に分類されている肉体強化魔法は、魔力の消費量が非常に激しいので、一般の魔法師であれば体の一部分を強化させる使い方が一般的なんですが……」
クルクは感心しながら、ですよね? とワゾク長老に同意を求める。
「そうじゃの。一国の戦略級魔法師レベルとなんら遜色ないようにもおもえるの」
ニヤっと笑うワゾク長老。
瞳の奥のイタズラな思惑がクロイツには透けて見えた。
何かを投下したようだ。
「すっごいすっごいすっごいですぅ」
そのとたん立ち上がり、はしゃぎ始めるクルク。
それをクロイツはどうしたものかと見る事しかできなかった。戦略級魔法師? なんか聞いただけでもすごそうだけどそれかな?
冷静なクロイツの様子を見たクルクは我に返る。
「すいません。取り乱してしまいました。イセカイから来たクロイツさんにはそのすごさが、なかなかわかりませんよね」
笑って説明を始めてくれた。
「僕の……住んでいるクエイス公国での軍の階級なんですが、魔法師は様々な階級に分けられています。一番上から、大公爵直属魔法元帥とその部下にはじまり、その下に、各魔法系統に分かれた、火、水、風、土に対して天将(大将)が一人ずつ置かれています。そこから更に細分化して近距離攻撃や遠距離離攻撃、治癒系統など様々に分けられますが、大まかには部隊を少しずつ小さく束ねる役目となっていきまして、竜将(中将)、天騎長(少将)、竜騎長(准将)、万騎長(大佐)、千騎長(少佐・中佐)、百騎長(大尉)、十騎長(少尉・中尉)、士長(曹長・軍曹)、従長(伍長)といった階級になっています」
なにやら突然いっぱい難しい言葉が出てきて分からない。
「んと、戦略級魔法師レベルというのはつまり?」
「戦略級魔法師レベル。というのは、簡単にいえば一個人で数百の魔法師を相手に互角の戦いが出来て、戦局を左右してしまう可能性があるという魔法師レベルです。そういう魔法師は各国から非常に重宝されまして、クエイス公国ならば、天騎長(少将)以上の階級に必ず任命されます。さらに、国内でも有力権力者達の目に留まれば、特別に引き抜かれて専属魔法師となることもあります!!!」
とにかくすごいんですよぉ! と言わんばかりのクルクは人差し指を立てながらクロイツに言い聞かせるように話し続ける。
クルクの熱く語るその姿に、余程の魔法師クラスなんだなぁと半ば圧倒されながら聞いていた。
自分がそのクラスの魔法師だといわれてもあまりピンと来るものがなかったわけだが……。
正直、脇に座るワゾク長老の瞳が輝いているのをみると、クルクをたきつけるために少々誇張して表現したと思えていた。
「そういえば……」
クロイツは二人にここ数日の出来事を二人に話すことにした。村での生活や、ルシャに教えてもらった魔法のことについて。
クロイツの世界に魔法というものがなかったことについてはワゾク長老もクルクも了承済みだ。
そして、話のついでに、風の精霊であるキュアラのこともその場で打ち明けることにした。
ルシャの時には反応が薄かったが、この二人は精霊という存在に対してどうなるんだろうと楽しみにしていたわけだが。
告白を終えると……
「ドウッッ」「ウッッ」
クロイツの腹に茜色をした塊が突進して来ると同時に、伸びてきた腕がクロイツに抱きつくと、力の限り抱きしめられた。
「ちょ!!? クルぐざっ」
うぇっとしながらクロイツは少々予想を超えたの過剰反応であるクルクの熱い抱擁を受け入れながら呻いた。
それに対して「ふぉふぉふぉっ」と声を上げて笑うワゾク長老。嬉しそうにその様子をしげしげ眺めているだけに留めていたが、その様子は、この年にもなって研究対象が尽きぬとは、まこと喜ぶべきことじゃの。というように見える。
熱い抱擁が少し緩まり、ひと段落しても、尚もしがみつくクルクをさくっと無視して、クロイツはワゾク長老に質問した。
「ぅ。ワゾク長老。精霊という存在は人の世界ではどういう解釈になっているのでしょう?」
息苦しそうに問う。息苦しいのはクルクのせいだ。
「ふむ。そうじゃの。それにはまず、魔法というものから説明しなければならないようじゃ」
良いか? と聞くワゾク長老にクロイツはお願いしますと答えた。
「この世界ではあらゆる生物がその身の内に魔力を有しておる。魔力量は各個体ごとに異なり、有する量は潜在的なものがほとんどじゃ。じゃが、魔力が多いということが優れた魔法師というわけではない。というのが面白いところでの。まぁ、魔力量が多いものほどその幅が広いのも確かとなるわけじゃが……」
「魔法を行使する為には、魔力を魔法に変換するというプロセスが重要とされておっての。ルシャが魔法を行使する時にときおり呪文を唱えておったじゃろう?」
クロイツは頷きながら答えた。
「ええ、しかし水の玉や刃の時には呪文を唱えなくても使用できるようでしたし、逆に自分は唱えても出来なかったのですが……」
ワゾク長老は深く頷きながら説明を始めた。
「魔力を魔法に変換する。その時に必要なものはその者の“意思”の力なのじゃ」
「意思?」
あいまいな返答に驚く。もう少し明確なものを期待していた。
「簡単に言えば、限りなく明確なイメージじゃ。思いは力になるということじゃな」
漂々と言い切ったワゾク長老をまじまじと見ながら、
「えっ、ではイメージするだけでいいんですか? 呪文には意味があったのでは」
「うむ。呪文は己がイメージを洗練する為に必要な、集中する為のものじゃ。じゃが、なんとなく呪文があったほうが強い気がせんか?」
「ええ、そのほうが強くなる印象を受けますが……」
「とするとじゃ、クロイツ殿は魔法を使う際に、呪文を唱えたほうがより強い魔法が使えると心の底ですでにイメージをしとるわけじゃ。それはそのまま魔法の効果として現れるものとなる」
むぅと唸るクロイツ。なるほどそういうことか。
「では自分が魔法を使うことが出来なかったのは、イメージ不足だった。ということですか?」
「うむ。おそらく心の底でそんなことは出来ない。ありえない。と思うておるところがあるのじゃろ。それを克服せん限り、魔法を使うことはかなわぬな」
それを聞いたクロイツは魔法習得への壁を心の中で感じてうなだれた。
難しいものである。
「でな、たとえ話で分かり易くいうとじゃ、魔力10を魔法10として変換できれば変換効率は100%となるわけじゃが、意思の力が弱い場合は魔力10を魔法7にしか変換できないということになっての。そしてそれらを補う為に呪文……あるいは動き、はたまたそれ専用の道具などを使い、その意思の力をより強くすることで、魔法師は限りなく100%に近い変換効率で魔法を発動できるようにしているわけじゃ」
ほーう。と聞いていたクロイツ。
魔力=意思の力(呪文+ジェスチャー)で変換≧魔法として発動
この公式がクロイツの頭の中で完成した。
「しかしじゃ、いかなる呪文や道具をつかったとしても変換効率100%というものは未だ人は達成できてはおらん。この世界で唯一変換効率100%で魔法が行使できる存在それが」
分かるかの? とクロイツを見つめるワゾク長老
クロイツはおずおずとそれに答えた
「せ、精霊ですか?」
「正解じゃ」
満面の笑みのワゾク長老。クロイツはホッとして胸を撫で下ろした。
「精霊は大自然の中に存在する意思と考えられておっての。この世界の頂点にたち、世界を動かしておる存在と認識されておる。しかしじゃ、元が意思の存在であるだけにそれを知覚できる者はそうそう世界にはおらんでの。わしが知っておる限りじゃと、公式に精霊と交信できるといわれておるのは“レイレトスツゥル王国”におる姫巫女だけじゃ」
ふむふむとワゾク長老の話を聞くクロイツ。
どうやら精霊という存在はこの世界の人々にとってすごい存在のようだ。
「で? このクルクさんはどうしたんでしょうか?」
先ほどからぴったりと抱きしめてくるクルクは熱を帯び始めて暑苦しい。
「それはじゃな」
クルクはがばっと顔を上げながら、これまでに見たことがない真剣な表情で
「僕の生涯の研究テーマは精霊の存在証明と精霊による魔力変換メカニズム解析にともなう魔工機械の性能向上を目指しているんです」
いつにも増して、熱い言葉で言い切った。
いきなり話しかけられて、クロイツはびっくりして目を白黒させたが、続いて言われた言葉に完全に目を白くした。
「クロイツさん僕の“モノ”になってください」
クルクの突然の告白にクロイツの頭は完全に灰と化した。
何言ってるんだこのこ? 訳が分からない。
モノってえー……クロイツの思考が停止した。
遠くを見つめるように、うつろな目になってしまったクロイツを哀れに見やりながらワゾク長老が事情の説明にはいる。
「クルクよ? クロイツ殿は異世界からきた方じゃ。そうじゃなくとも一般人にその物言いは通じはせん。通じたとしても別の意味になってしまうものじゃ」
「え!!? はぁう!」
愛らしい声を上げて赤くなるクルク。
誰か助けてくれ……クロイツは頭の奥へ奥へと現実逃避しながら第三者的な視点でそれを眺めていた。
「えと。その僕達科学者にとってはですね、モノというのは研究対象という意味で使われていまして」
話し出したクルクの声を聞きながら、クロイツの虚ろな目は未だ生気を失っていた。
「クロイツさんを研究対象にさせて欲しいのです」
真剣なまなざしを向けながらクルクは言い切った。
いや、研究対象にさせてくださいってどう考えても、いいですよ! と気軽に返事が出来るものじゃないだろう。
空を漂う意識となったクロイツはツッコミを入れた。
意識を失った本体は、虚ろな目をして微笑を浮かべているかぎりである。
しばらくして、意識が体に戻ったクロイツは、目の前ですまなそうにして泣いているクルクとそれを慰めているワゾク長老をその目で見た。
「ごめんなざいクロイツさぁん」
いいながら泣きじゃくるお子様は、本当に年上とは思えない。赤みを帯びた瞳をほんのり涙ではらした姿がなんともいえない愛くるしさを増強させている。
どうしたものかと思案し始めていたところに、先に動いたのは意外にもキュアラだった。
『クロイツさん。こんな小さな子供を泣かせるのは可愛そうです』
『いや、しかし研究対象としてキュアが扱われることになるんだぞ? 俺はそういうのは好きじゃない』
『私はかまいません』
スッと言い切るキュアラ。
『この子からはとても真っ直ぐな真剣さが伝わってきます。私とクロイツさんに害意を及ぼす危険があるならばいざ知らず、この子はそこまで愚かであるとは思えません』
『しかし』
思い淀むクロイツ。
『では、お昼の貸しを今ここで返していただきます。この子供の研究対象になってください』
妙に自我が濃くなった? キュアラもとい風の精霊。
まるで人間のような思考をするようになってきたなと薄々気が付いていたクロイツだったが、ここまでいってくるのも大変珍しい事であった。
まぁ、キュアラにそこまで言われては反論することは出来ない。
『分かった。ただし、少しだけだぞ』
クロイツはしぶしぶ了承した。
「クルクさん。風の精霊の話ですと研究対象になっても良いそうです」
尚も少し泣いて謝っているクルクにキュアラの意思をそのまま告げた。
その声に、泣いていたクルクは泣き止んでふぃっとこちらを見上げた。
「ただし、精霊にも、俺に対しても危険が伴うような実験には一切協力できかねます」
とりあえず、付け足しておいた。
瞳を少しはらしながら、クルクはその顔で笑みを浮かべて言った。
「近くにいさせていただくだけてかまいません。ありがとうございます」
クルクが泣き止んだことでキュアラも満足したようだった。
しばらくして、再び元のような元気さを取り戻したクルクがクロイツに提案してきた。
「僕は夏至が過ぎた頃に、ギィミドパシィ魔法学校へ一度戻って論文の提出を行おうと考えています。ちょうどその頃になるのですが、クエイス公国の中枢都市“スーセキノーク”で年に一度の武舞大会が行われるんです。ぜひ一緒に見に行きませんか?」
クルクは、その愛くるしい瞳をクロイツにのぞかせた。
なし崩しに、大会へ強制参加してしまいそうなイベントだなと思ったクロイツは思考を逡巡させる。
「魔工機械によるダイナミックな戦闘も行われますので、機械好きなクロイツさんなら絶対見たほうがいいですよぉ」
ささやくクルクの悪魔のような声にクロイツは食いついてしまった。
「そういえば……クルクさんの研究テーマにもありましたね。魔工機械とはなんなのですか?」
クロイツの瞳に光が灯りはじめる。バイク好き=無類の乗り物好きだ。まさか人が乗れるロボットがとか想像してしまう。
「魔工機械は鉱石を採取する際に用いられる機械です。鉱石の輸出産業で潤っているクエイス公国は特にこの技術が発達していまして、近隣諸国に比べて卓越した技術を有しています。主に、人を乗せて動く人型魔工機械が主流となっていますが、魔鉱石を搭載した大柄なものも存在しています。大会に出るのは…………」
「――えっ! 続きは」
いい止めたクルクに驚き、続きを懇願する。
「実際に目で見たほうが感動するってもんです」
胸を張るようにクルクはクロイツに言い放った。
負けた……。
「大会見に行きます」
クルクの思惑通りにことが運ばれているような不安はあったが、クロイツは行くことにした。そこまで好奇心を刺激されて、自制することはできなかった。
「それは良い案じゃ。実際に見てまわるというのは多くのことを知る良い機会となるものじゃ」
そんなクロイツに対してと賛成を示すワゾク長老。
「あれ? ワゾク長老は一緒にいかないのですか?」
「老いぼれに長旅はきついからの」
ワゾク長老は笑って答えた。
夏至が終わった頃に行きますので準備をしておいてくださいね。というクルクに対して分かりましたと答えたクロイツ。結構忙しそうな日程となりそうだ。
ルシャにはなんと言ったらよいかな? と考えていると、だいぶ話し込んでしまっていたのだろう辺りは薄闇に包まれていた。
村の居住区の中には、今は多くの村人が集まり、思いの場所で休憩してる者や、尚も動いている者たちが見て取れる。
辺りの家々からなんともいえない料理の香りが漂い始めており、装飾された色鮮やかな花々は祭りのムードを盛り上げる。
中央には、一メートル程度の長さの木を、四角形になるように積み上げられた組み木があり、その組み木へと村の戦士が火をつけると、火は次第に明るさを増し、村の内部を暖かな明かりで照らし始めた。
「ふむ。祭りが始まるようじゃの」
「行きましょうクロイツさん」
楽しそうに笑うワゾク長老と、興奮しながら手を引っ張ってくるクルク。
「ですね」
言葉を弾ませながら答えたクロイツは、火を囲むように集まった人々の中へと入っていった。