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クロイツと風の精霊  作者: 志染
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第一話 序章

 黒沢樹(くろさわいつき)は、とある大学の二学生。


 特技は原付ウイリー。趣味は温泉地巡り。


 大学の講義の時間が空けば、お気に入りのバイクで峠道を攻めにいくのを日課としていた。


 夏の短期アルバイトで体重を5kg落としながら手に入れた愛車、ZZR400に乗り今日も峠を攻めに行く。


――ブォン……


 エンジンの調子も絶好調だ。




 その峠は、樹が大学入学後に偶然見つけた場所で、道自体はツーリングマップルにも辛うじて載っているようなものであった。

 国道や県道などの説明書きはなく、言うなれば忘れさられようとしている廃道、もしくはアスファルト整備を頑張った林道と呼ぶに近いものだ。

 

 道は、北北西の街側から植林された杉森の中を縫うように蛇行して登り、南東の山々へと抜けていた。

 街側に近い北側は、伐採された木材を運ぶ為か普通乗用車ニ台がすれ違えるほど道幅が広く設計されているが、頂上から折り返した先は一気に狭くなり、車一台がやっと通れる程度になる。道は南側にある窪んだ盆地へと細々と続き、盆地の中にある小さな沼まで続いていた。


 沼の先は砂利道となってさらに森の奥へと続く。森の奥まではさすがに行ったことはないが、おそらく途中で道はなくなるだろうと樹は考えていた。



 その峠を樹は『石碑峠』と呼んだ。



 文字通り、峠を登った先の頂上近くに石碑が一つ建っていたのでそう名付けた。

 石碑は風化が激しく、文字は疾うの昔に読めなくなっていて、今はただの岩のようにも見える。

 石碑に比べれば真新しい道の感じからすると、おそらくアスファルトの舗装が始まるずっと昔から、石碑はあったものだろう。



 ただの岩の塊となっていた石碑だったが、樹は気に入っていた。



 遠い昔に思いを馳せる……。



 この場所でどんな人たちが、どんな思いをこめて作ったものなのか。わざわざこの場所に残したからには、それ相応の人達の思いが宿っているに違いない。

 石碑は途方もない時間をそこに佇み、その人々の思いをその場所に残そうとしているようにしているのだ。



 樹は石碑に対して、敬意に近い気持ちを抱いていた。



 自分が見つけ出したベストスポット……。

 樹はそんな峠を嬉々としてバイク仲間に紹介してみたが、思いのほか不評であり少し凹んだ。


 仲間曰く、バイクで峠を攻める際に落石などの障害物は危険極まりないとのことだった。樹もその危険さを重々承知している。

 整備された道ならば路面清掃車も来るだろうが、こんな名もない峠までは来ない。だからといって自分で掃除をするにも面倒だった。

 それよりも、一人でこの峠を満喫出来るならば……人に知られない方が良いのかも知れないなと思うことにした。




 毎日のように峠に通うたびに、樹はある違和感を感じ始める。

 なんとなくだが、まだ見えていないコーナー先の景色が分かるようになってきた気が……してきたのだ。

 これは当初、走りこんで道を覚えてきたからだと考えていたが、それならば、前日までなかった落石や倒木を、事前に察知し最短ルートで避けることが出来る訳がない。

 昔から知っていたような感覚でそれが分かるのだ。


 見えない場所を把握出来る能力!


 その力は峠を走るたびにどんどん鮮明に、そして範囲が広くなっていくのが分かった。

 樹はその不思議な力が面白くなり、のめりこむように峠に訪れるようになっていった。峠をバイクで駆け上がり、石碑の近くで持ち込んだ缶コーヒーを飲んで下ってくる。




 そんな日が二ヶ月ほど続いていった…………。




 六月上旬。初夏にもかかわらず気温は29℃を記録し、なかなか地球も本気を出し始めているなと思いつつ、いつものように峠へ向かった。

 この頃になると空間把握能力はなかなかのものになっており、峠の入り口からならば頂上くらいまでを把握できるようになっていた。距離にして1kmといったところだろうか?


 便利なこの能力は街中でも使えるかといわれれば、使うことが出来た。しかし、距離の制限としては5mほどが限界であり、かなりおぼろげになった。

 そこに物がある、ない程度でしか識別できず、肝心のテストにはまったく役に立たなかった。



 能力は峠に近づくにつれて飛躍的に強く、鮮明になること。



 このことから、樹はこの能力が石碑一帯の特殊な環境が必要なのではないかと思い始めていた。

 つまり、その中心たる石碑が何かしらの要であるのではと考えるようになっていた。

 早々に峠を駆け上がり、頂上付近にある石碑へと赴く。



 蒸し暑く感じた街に比べて、石碑のある場所は心地が良い風が南から涼しく吹き抜けていた。石碑の周りには、現在きれいな花が満開となっている。

 石碑を中心とするように、広がり繁るその植物は、芝のような植物でその少し尖った葉っぱの間からピンク色や白色の桜のような花を咲かせていた。

 まるでそこがメルヘンの空間のようになったようだ。


『天空の花回廊』


 きっと極楽とはこのような場所なのかもしれない。と樹は思いながら、コーヒーを飲みつつ贅沢な自然を満喫した。


 コーヒーを飲み終わると立ち上がり、樹は石碑に近づいた。


 この能力は案の定、石碑に触れることでその能力が最大限のポテンシャルを発揮するのだ。

 石碑に手を置き目をつぶり精神を集中させ、周囲の空間把握範囲を最大まで広げていった。




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