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笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~  作者: 虹湖
陽だまりのアトリエと、小さな麦の穂 〜守り神と育む、家族のレシピ〜
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第87話 陽だまりのアトリエと、粉雪の祝宴

王宮での「試食対決」という名の嵐が過ぎ去った。

フィオナがマルセルとルーカスに護衛されながら、王城の冷たく威圧的な回廊を後にしたとき、背後で巨大な扉が閉まる音が、まるで過去の重い記憶に蓋をするように響いた。


馬車に揺られ、きらびやかなシャンデリアの光が届かない、慣れ親しんだ路地裏へと帰還する。

フィオナの心臓は、王宮の空気に触れるたびに締め付けられたコルセットのような緊張から解放され、温かい安堵感で満たされていく。


そして、古びた木の扉を開けた瞬間だった。


パンッ!


軽快な破裂音と共に、天井からはルーカスお手製の、少々歪んだ「祝☆優勝(仮)」と書かれたくす玉が、勢い余ってフィオナの頭上に花吹雪(主にパンくずと小麦粉)を降らせた。


「「「フィオナ(様)!おめでとう(ございます)っっっ!!」」」


飛び込んできたのは、満面の笑みを浮かべたエリィ、ルーカス、そしてマルセルだった。


「も、もう、ルーカスったら!フィオナ様が粉まみれじゃないですかー!」


エリィがきゃっきゃと笑いながらフィオナの髪についたパンくずを払い、ルーカスは「いやー、めでたい席にはハプニングがつきものだからな!がはは!」と豪快に笑い飛ばす。


マルセルは、既に店の小さなテーブルに、豪華な手料理(なぜか高級食材が使われている)と、庶民的ながらも評判の良い葡萄酒を並べ終えていた。


「お嬢様。ささやかではございますが、祝勝の宴の準備を整えさせていただきました。まずは、この度の快挙を祝し、乾杯とまいりましょう!」


マルセルの厳かな(しかし、その声は明らかに弾んでいる)音頭で、四人は小さなグラスを掲げた。


「フィオナ様ーっ! 本当に、本当に、おめでとうございますっっっ!!」


エリィは、そう言ってまたしても目を潤ませた。「あの、王宮の方々が、フィオナ様のパンを食べて、みんな笑顔になって…!私、感動して涙が止まりませんでした!」

彼女の屈託のない笑顔と純粋な信頼こそが、フィオナにとって何よりの鎮静剤だった。


「よーし、フィオナ!今夜はパーっと飲んで食って騒ぐぞ!」


ルーカスは、葡萄酒を勢いよく呷り、自分の手柄のように胸を張った。


「俺様が最初っからフィオナの才能を見抜いて、この路地裏のオンボロ物件(失礼!)を紹介したおかげだからな! もっと俺を敬え!がはは!」


フィオナは、そんなルーカスの豪快さに微笑みながらも、マルセルを一瞥した。

マルセルは、待ってましたとばかりに、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。


「…ルーカス様。お忘れかもしれませんが、当初、お嬢様のパンを『石ころ』『凶器』などと評し、その前途を最も危惧しておられたのは、貴方様だったかと記憶しておりますが?」


「う、うるさいぞマルセル!昔のことはいいんだよ、昔のことは!」

ルーカスは、図星を突かれて顔を真っ赤にした。


その時、店のドアが再び開き、マリーさんが顔を出した。


「あらあら、みんな、もう宴会かい? おめでとう、フィオナちゃん!」


マリーさんは笑いながら、一つの包みをフィオナに手渡した。「ほら、おじいさんからよ」


フィオナが包みを開けると、中には、レオン親方の店で焼かれる、素朴で力強いライ麦パンが入っていた。

そのパンには、一通の手紙が添えられていた。


フィオナは、そっとその手紙を開いた。そこには、レオンらしいぶっきらぼうな筆跡で、こう書かれていた。


「親方からよ。『…ったく、あいつ、少しは見どころのあるパンを焼けるようになったじゃねえか。だがな!勘違いするんじゃねえぞ! まだまだひよっこだ!次に王宮だかどこだか知らんが、そこで不味いパンでも焼いてみやがれ、ただじゃおかねえからな!』…ですって。もう、いつまで経っても素直じゃないんだから、あのおじいさんは!」


マリーさんはカラカラと笑った。それは、レオン親方なりの、最大限の祝福だった。


フィオナの胸に、達成感と温かい安堵感が広がる。

彼女はもう、誰かの顔色を窺うだけの公爵令嬢ではない。

パン職人としての誇りをかけて、あの息苦しい王宮で勝利を収めたのだ。


「みんな……本当に、ありがとう」


フィオナは、言葉に詰まりながら、仲間たちの顔を見渡した。

パンは一人では焼けない。

ルーカスの力、マルセルの知恵、エリィの太陽のような笑顔、そしてホズネの命。

パズルのピースが一つでも欠けていたら、この勝利はなかった。


王宮での「試食対決」を終えた今、彼女の心は、次にライアス王太子との「お話」が待っているという予感で満たされていた。

過去を清算する時が、刻一刻と近づいていた。

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