第40話 灼熱火山の冒険と、ほかほか火山パン!
鉄鋼の街ヴォルカンに響き渡る師弟のハンマーの音を背に、フィオナたちの馬車は、いよいよ次なる試練の地、灼熱火山へと向かった。ボルガン親方から授かった最高の登山道具と、テオが「これ、腹が減った時にでも食ってくれ!」と照れくさそうに渡してくれた、不格好だが心のこもった黒パンが、一行の心強いお供だ。
「パンは、本当に世界を幸せにしますわね」
馬車に揺られながら、フィオオナはしみじみと呟いた。
「だな! 俺も、あの親父さんたちの顔を見たら、そう思わずにはいられなかったぜ!」
ルーカスがニカッと笑う。
「ええ! パンは魔法です! 食べたみんなが、にっこり笑顔になるんですから!」
エリィも、自分のことのように嬉しそうだ。
「…ふむ。パンがもたらす社会的・経済的波及効果と、それによる地域コミュニティの活性化に関する考察…これは、新たなレポートのテーマになりそうですな」
マルセルは、いつも通り冷静に、しかしその目には確かな誇りの色が浮かんでいた。
灼熱火山への道は、これまでの旅とは比べ物にならないほど過酷だった。緑豊かな森は姿を消し、ごつごつとした黒い岩肌が剥き出しになった大地が広がる。地面からは、硫黄の匂いを伴う熱い蒸気が立ち上り、空気は絶えず揺らめいていた。
「うへえ…暑い…。フィオナー、どこかにキンキンに冷えたパンはねえのかー?」
先頭に立ち、周囲を警戒していたルーカスが、早くも弱音を吐く。
「ルーカス様、しっかりしてください! 貴方がへばってどうするんですか!」
エリィに叱咤され、ルーカスは「わ、分かってるよ!」と強がるが、その額には大粒の汗が光っていた。
そんな一行の前に、突如として岩陰から何かが飛び出してきた。赤い鱗に覆われた、大きなトカゲのような魔物。その口からは、ゴウッと音を立てて灼熱の炎が吐き出された!
「ファイアサラマンダーだ!みんな、下がってろ!」
ルーカスが、瞬時に剣を抜き、フィオナとエリィの前に立ちはだかる。
「マルセル! 親父さんの地図には、何か書いてなかったか!?」
「はい! 弱点は喉元にある柔らかい鱗!動きは直線的ですが、群れで行動する習性があります! おそらく、近くにまだ数匹…!」
マルセルの冷静な声が響くのと同時に、左右の岩陰から、さらに二匹のサラマンダーが姿を現した。
「ちっ、三匹か!」
ルーカスが一体と斬り結んでいる隙に、残りの二匹がフィオナとエリィに迫る。
「きゃっ!」
「フィオナ様!」
その時、フィオナは叫んだ。
「エリィ! 例のハーブを!」
「はいっ!」
二人は、ヴォルカンの街で「魔物除けになるかもしれない」と教わって摘んでおいた、鼻を突くような強烈な匂いのするハーブの束を、迫りくるサラマンダーの顔めがけて投げつけた。
「ギィッ!?」
サラマンダーは、その強烈な匂いに怯んだように一瞬動きを止める。その隙を、ルーカスは見逃さなかった。閃光のような剣筋が走り、サラマンダーたちの喉元を正確に切り裂く。三体の魔物は、断末魔の叫びと共に、黒い煙となって消え去った。
「…はあ、はあ…。やったか…」
剣を杖代わりに肩で息をするルーカス。フィオナとエリィが駆け寄る。
「ルーカス! すごいですわ!」
「ルーカス様、かっこよかったですー!」
二人の称賛に、ルーカスは「へっ、まあな!このくらい、朝飯前のパン、だぜ!」と、疲労を隠して得意げに笑った。
しかし、安堵したのも束の間、今度は別の脅威が姿を現した。
「ほう、大したものだ。魔物を倒すとはな」
岩の上から、数人の屈強な傭兵たちが、嘲るような笑みを浮かべて一行を見下ろしていた。その胸には、美食家同盟「グラットンズ」の紋章である「金のフォークとナイフ」が鈍く光っている。
「我々は、ただその先にある『太陽草』をいただきに来ただけだ。お前さんたちが今ここで引き返すというなら、命までは取らんが?」
傭兵のリーダー格の男が、鞘から剣を抜きながら言う。
「ふざけるな! フィオナのパンは、お前らみたいな食を弄ぶ連中のためにあるんじゃねえんだ!」
ルーカスが再び剣を構える。一触即発の空気。
その時、マルセルが静かに前に出た。
「…皆様。そちらの足元、よくご覧になられた方がよろしいかと存じますぞ。その岩肌に生えている滑り苔は、火山の熱で特殊な油分を分泌します。不用意に体重をかければ…おっと」
マルセルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、傭兵の一人が足を滑らせ、派手な音を立てて転倒。それをきっかけに、彼らは次々とバランスを崩し、無様に折り重なるように転げ落ちていった。それは、マルセルが道中に、彼らの足跡を予測して巧妙に仕掛けておいた、ささやかな罠だった。
「さて、皆様。お話の続きをいたしますか?」
マルセルの冷たい微笑みに、傭兵たちはほうほうの体で逃げ去っていった。
数々の危機を乗り越え、一行はついに山頂付近へとたどり着いた。そして、灼熱の蒸気が立ち上るクレーターの縁に、凛と咲く一輪の黄金色の植物を発見する。
「まあ…なんて美しい…」
それが、幻の食材「太陽草」だった。その神々しいまでの美しさに、一行はしばし言葉を失う。
しかし、その太陽草を守るかのように、ひときわ巨大なファイアサラマンダーの親玉が、地響きと共に姿を現した。
「くそっ、ラスボスのお出ましか!」
ルーカスが親玉を引きつけている間に、フィオナとエリィは、ボルガン親方から授かった、先端に特殊なフックがついた採取道具を手に、慎重に崖を降りていく。
「フィオナ様、もう少しです!」
「ええ、エリィ、しっかりと掴まっていて!」
二人は協力し、ついに太陽草をその手に収めた。その瞬間、太陽草は、まるで命の輝きのように、温かい光を放った。
無事に太陽草を手に入れ、急いで下山する一行。フィオナは、火山の地熱が残る岩の上で、即席のパンを焼いた。手に入れたばかりの太陽草の葉を一枚だけ、こっそりと生地に練り込んで。
「うめえ!なんだこれ! 疲れが全部吹っ飛ぶみてえだ!」
ルーカスが、その「火山焼き・元気ハーブパン」を頬張り、目を丸くする。エリィもマルセルも、その生命力に満ちた味わいに感嘆の声を上げた。
「さあ、急ぎましょう。休んでいる暇はありませんわ」
フィオナは、手に入れた太陽草を大切にしまいながら、仲間たちに微笑みかけた。その顔には、パン職人として、そして一人の冒険者としての、確かな自信とたくましさが宿っていた。
次なる目的地、古代都市は、もうすぐそこだ。