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笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~  作者: 虹湖
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
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第25話 いざ開幕!パンと熱気のカーニバル!

 王都大博覧会、初日の朝。

 夜明けの空が白み始める頃には、「アトリエ・フィオナ」の小さな工房は、既にパンの焼ける香ばしい香りと、フィオナたちの熱気で満ちていた。最後の焼き上げ、ブースへの搬入、そして心の準備。誰もがいつもより口数が多く、それでいてどこか上の空。エリィは「フィオナ様、見てください!私、この日のために新しいリボンを買ったんです!」と興奮気味に髪を揺らし、ルーカスは「よし、今日の俺は百人力だぜ!パンの運搬から客寄せまで、何でもこいだ!」と空回り気味に腕をぶんと振り、マルセルは「お嬢様、こちらが本日のタイムスケジュールと、想定される来場者数に応じたパンの補充計画、並びに緊急時連絡網でございます」と、もはや何かの作戦司令書のような分厚い資料をフィオナに手渡していた。


 やがて、巨大な博覧会場の開場を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。待ちわびた来場者たちが、まるで堰を切ったようにどっと押し寄せる。色とりどりの旗がはためき、大道芸人のパフォーマンスが歓声を呼び、様々な店の威勢の良い呼び込みの声と、世界各国の料理や香辛料、そして甘いお菓子の匂いが混ざり合い、会場全体が巨大なカーニバルのような熱気に包まれていた。

 フィオナは、その圧倒的なエネルギーに一瞬息をのんだが、隣で目を輝かせているエリィと、頼もしげに頷くルーカス、そして冷静に周囲を観察するマルセルの姿を見て、きゅっとエプロンの紐を結び直した。

「さあ、始めましょう!アトリエ・フィオナ、開店です!」


 ルーカスの「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!路地裏からやってきた奇跡のパンだよ!一口食ったら笑顔がこぼれる、魔法のパンだよ!」という、いささか胡散臭いが威勢の良い口上と、エリィの「焼きたての『月の雫のカンパーニュ』はいかがですかー!『七色の果実のデニッシュタワー』も今が一番美味しいですよー!」という太陽のような笑顔に誘われ、ぽつりぽつりと客が足を止め始めた。

 最初にブースを訪れたのは、パンが大好きな男の子を連れた若い夫婦だった。男の子は、色とりどりのフルーツが宝石のように輝く「七色の果実のデニッシュタワー」に釘付けだ。

「これ、ください!」

 母親にねだって買ってもらったデニッシュを、男の子は大きな口でパクリ。その瞬間、ぱあっと顔が輝いた。

「おいしい!お母さん、これ、今まで食べたパンで一番おいしい!」

 その無邪気な歓声が、フィオナたちにとって何よりの力となった。

 それを皮切りに、客足は途切れることなく続いた。素朴ながらも深い味わいの「月の雫のカンパーニュ」は年配の夫婦に、見た目も華やかな「七色の果実のデニッシュタワー」は若い女性や子供たちに、そして国王陛下も絶賛した「太陽の恵みブレッド」は健康志向の貴婦人にと、それぞれのパンが様々な人々の心を掴んでいく。ブースの前には、いつの間にか小さな人だかりができていた。


 ふと周りを見渡せば、王都一の呼び声高い老舗ベーカリー「金獅子のパン」の豪華絢爛なブースや、地方から鳴り物入りでやってきたという天才(自称)パン職人、ジャン・ピエール・デュポンの前衛的すぎるパン(ルーカス曰く「あれはパンなのか?現代アートか?」)には、既に長蛇の列ができている。その光景に、フィオナは一瞬プレッシャーを感じたが、マルセルが冷静に囁いた。

「お嬢様、あちらにはあちらの、そして我々には我々の戦い方というものがございます。我々の強みは、パン一つひとつに込められた温もりと、お客様一人ひとりへの真心のこもったおもてなしです」

 その言葉に、フィオナは力強く頷いた。


 チーム・フィオナは、それぞれの持ち場で大奮闘だ。

 エリィは、どんな気難しい顔をした貴族の奥方にも「まあ、奥様!こちらのカンパーニュは、奥様の美しいお肌にも良いと言われている古代小麦を使っているのでございますのよ!」などと、持ち前の愛嬌とどこで覚えてきたのか分からないセールストークで、いつの間にかパンを数種類買わせてしまう敏腕ぶりを発揮。

 ルーカスは、力仕事の合間に「この『月の雫のカンパーニュ』はな、一口食えば夜空に浮かぶ美しい月が見えるぜ!(まあ、俺には見えたことねえけどな!気分だ、気分!)」などと、相変わらず大げさな口上で客を笑わせ、場を和ませる。

 そしてマルセルは、売り切れそうなパンの種類と次の焼き上がり時間を完璧に把握し、フィオナに的確な指示を出し続ける。時折、ふらりとブースを離れては、ライバル店の状況を(あくまで情報収集の一環として)偵察し、その分析結果をフィオナに報告することも忘れない。その姿は、もはやパン屋の執事ではなく、百戦錬磨の参謀だ。


 昼過ぎ、人混みの中に、見慣れた(しかし、こんな場所では見慣れない)人影を見つけた。麦わら帽子を目深に被り、大きなマスクで顔の半分を隠しているが、その鋭い眼光と、仁王立ちのような威圧感は、どう見てもレオン親方である。彼は客に紛れて「月の雫のカンパーニュ」と「七色の果実のデニッシュタワー」を無言で購入すると、一口ずつ齧り、「…ふん、まあ、食えなくはねえな。だが、カンパーニュのクープ(切れ込み)がまだ甘え。デニッシュは…ちと焼きすぎで、フルーツの瑞々しさが飛んどる」と、誰に言うでもなく小声で的確すぎるダメ出しを呟き、あっという間に人混みの中に消えていった。

 その後ろから、マリーさんが可愛らしいバスケットを手に現れた。

「フィオナちゃん、頑張ってるわね!親方、さっきね、『あの馬鹿弟子、人前に出せるパンくらいは焼けるようになったじゃねえか』って、顔を真っ赤にしてボソッと言ってたわよ!これ、差し入れのレモネード。みんなで飲んでね!」

 マリーさんの言葉に、フィオナの胸は熱くなった。


 夕方、閉場の時間が近づく頃には、「アトリエ・フィオナ」の棚からパンはほとんど姿を消していた。予想を遥かに上回る売れ行きに、フィオナ、エリィ、ルーカス、そしてマルセルは、喜びと安堵、そして心地よい疲労感に包まれる。

「やったわ…みんな、本当にありがとう…!」

 フィオナの声は、感極まって震えていた。


 片付けを終え、ぐったりとブースの椅子に座り込むフィオナたちの前に、一人の胸に審査員バッジをつけた壮年の紳士が、静かに近づいてきた。

「素晴らしいパンでしたな。特に、あの『月の雫のカンパーニュ』…素朴でありながら、深い滋味と物語性を感じさせる逸品だ。いくつか、そのパンについて質問させて頂いてもよろしいかな?」

 フィオナたちの新たな挑戦が、思わぬ形で評価されようとしていた。その紳士の真剣な眼差しに、フィオナは背筋を伸ばし、静かに頷いた。

 大博覧会初日は、大成功のうちに幕を閉じようとしていたが、アトリエ・フィオナの物語は、まだ始まったばかりだった。

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