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笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~  作者: 虹湖
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
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第23話 国王陛下の笑顔と、古のレシピと、新たな挑戦

 ライアス王太子からの「国王陛下が直接会って礼を言いたい」という参内要請。その一報は、アトリエ・フィオナに衝撃と興奮の嵐を巻き起こした。

「こ、国王陛下にフィオナ様が!? きゃー!どうしましょう、何をお召しになっていかれますか? 私、お祝いに特別なリボンでも編みましょうか!?」

 エリィは自分のことのように目を輝かせ、今にも踊りだしそうな勢いだ。

「王宮なんて魔窟に、フィオナを一人で行かせるわけにはいかん! 俺も護衛として…いや、毒味役として同行する!」

 ルーカスは使命感に燃えているが、その提案はフィオナとマルセルによって速攻で却下された。彼が王宮で騒ぎを起こす未来しか見えない。

「お嬢様、ご安心ください。こちらに王宮での立ち居振る舞いに関する最新のマニュアル(全三百ページ、図解入り)と、想定問答集、さらには陛下がお好みになるであろう会話のトピック集(マルセル調べ)をご用意いたしました。一夜漬けでも間に合います」

 マルセルは、いつものように表情一つ変えずに、どこからどう見ても一夜では読み切れそうにない分厚い資料の束をフィオナに差し出す。その完璧すぎる準備に、フィオナはもはや感嘆のため息しか出ない。


 そして参内当日。マルセルが「控えめでありながら、お嬢様の気品とパン職人としての実直さを表現した」という絶妙な色合いのドレス(もちろん彼の手配だ)に身を包んだフィオナは、ライアス王太子にエスコートされ、緊張の面持ちで国王陛下の待つ謁見の間へと向かった。久しぶりに足を踏み入れた王宮の空気は、やはりどこか息苦しい。しかし、かつてのような絶望感はなかった。今の彼女には、パン職人としての確かな誇りがあるのだから。


 謁見の間に通されると、そこには玉座に座る国王陛下――思ったよりもずっと温和で、しかし深い叡智を湛えた瞳を持つ初老の紳士――が、穏やかな笑みを浮かべてフィオナを待っていた。

「おお、君がフィオナ・ヴィルヘルムか。遠路、よくぞ参ってくれた」

 国王陛下は、フィオナの緊張を解きほぐすかのように、優しい声で語りかけた。

「君の焼いた『太陽の恵みブレッド』…実に素晴らしかった。あのパンは、儂に長いこと忘れかけていた食の喜びと、そして、何というか…生きる力のようなものを思い出させてくれたのだ。心から礼を言う」

 その言葉は、どんな賛辞よりもフィオナの胸に深く染み渡った。

「もったいないお言葉でございます、陛下。私のパンが、少しでもお力になれたのでしたら、パン職人としてこれ以上の喜びはございません」

 フィオナは深々と頭を下げた。

 国王は、フィオナのパン作りへの情熱や、王都の片隅で小さな店を営む彼女の日常について、興味深そうに尋ねた。フィオナが正直に、時にはエリィやルーカス、マルセルとのユーモラスな日常を交えながら語ると、陛下は何度も楽しそうに声を上げて笑った。その様子を、ライアス王太子は、どこか安堵したような、そしてフィオナに対して新たな尊敬の念を抱いたような、複雑な、しかし温かい眼差しで見守っていた。


 王宮から戻ったフィオナは、大きな安堵感と達成感に包まれていた。そして、彼女はすぐに、あの謎の老紳士から託された古いレシピ帳の解読に本格的に取り組むことにした。

 古い独特の言い回しや、今では使われなくなった単位の記述に頭を悩ませるフィオナ。

「うーん、『太陽が乙女座を過ぎる頃に収穫した小麦を、月の満ち欠けに合わせて三日三晩石臼で挽き…』これは一体どういう意味かしら…?」

「フィオナ様、もしかしてこれ、星占いの本じゃないですか?」

 エリィが、真顔で首を傾げる。

「いや、これは間違いなくパンのレシピだ…と思うぞ、多分。だが、この『ドラゴンの涙を一滴』ってのは、さすがに比喩表現だよな…?なあ、マルセル」

 ルーカスが、顎に手を当てて真剣な顔でマルセルに同意を求める。マルセルは…既にその「ドラゴンの涙」の正体が、特定の地域で採れる希少な岩塩の一種であることを特定し、入手ルートの確保に動き出していたかもしれない。


 そんなフィオナたちの元へ、レオン親方がふらりと顔を出した。国王に謁見したという噂は、当然彼の耳にも届いていた。

「…ふん。ついに陛下のお口まで、てめえの半端なパンで汚しおったか、この大馬鹿弟子が」

 開口一番、相変わらずの毒舌だ。しかし、その目には、ほんの僅かだが誇らしげな色が浮かんでいるのを、フィオナは見逃さなかった。

「だがな、それで有頂天になってるようじゃ、パン職人として先はねえぞ。本当の勝負はこれからだ。王宮だかどこだか知らんが、そんな狭い世界で満足するようなタマじゃねえだろう、お前は」

 それは、レオン親方なりの、最大限の激励だった。そして、彼の言葉は、フィオナの心に新たな火を灯した。


 国王陛下からの称賛、古のレシピ帳に秘められたパン職人の魂、そしてレオン親方の発破。それら全てが、フィオナの中で一つの大きな決意へと繋がっていく。

(私のパンで、もっとたくさんの人を笑顔にしたい。そして、この素晴らしいパンの文化を、もっと多くの人に知ってもらいたい。そのためには――)

 フィオナは、ルーカスが以前興奮気味に話していた「王都大博覧会」のチラシを、作業台の引き出しから取り出した。


「私、決めました」

 フィオナは、いつになく真剣な表情で、ルーカス、マルセル、そしてエリィに向かって宣言した。

「このアトリエ・フィオナで、王都大博覧会に出店いたします!」

 その言葉に、三人は一瞬顔を見合わせ、そして、次の瞬間、満場一致の笑顔で力強く頷いた。

 フィオナの、そして「アトリエ・フィオナ」の、次なる大きな舞台への挑戦が、今、静かに、しかし熱く始まろうとしていた。

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