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第9話 今直ぐに、外から来たものを追い出しなさい!

「さぁ? 知らない子」

「その……相手は生きてますの? 死んでますの?」

「生きているけど?」


 すると桔梗は引きつった顔をして、一歩二歩と下がっていく。何故にそこで、この世の終わりのような顔をしているのだろう?


「山寺!」

「はい。桔梗お嬢様」


 桔梗は背後に控えていた黒スーツの男性の名を呼んだ。


「今直ぐに、外から来たものを追い出しなさい!」

「桔梗お嬢様。この里で受けいれられているということは、お父君が決められたということでしょう。お嬢様の意見は通らないと思われます」


 正論だ。斎木の当主である桔梗の父親は陰陽庁長官だ。その陰陽庁のトップが決めたのであれば、桔梗の意見など通ることはない。


「こうしてはいられません。女将さん。斎木家に八坂餅を十個配達してくださいませ!」

「はいよ」


 桔梗は慌ただしく店から出ていった。

 八坂餅。この店の看板商品である柔らかい餅の生地に包まれたこしあんのお餅。そのまま食べてもいいし、焼いてもいい。


 草餅を注文しているのに、よだれが出てくる。


「女将。八坂餅も」

「はいよ」

「鬼頭! これ以上は食べたら怒られるよ!」

「でも食べたいのだろう?」

「うっ……」


 食べたいのかと問われたら食べたい。だけど、鬼頭家のツケで食べているから、あとで請求がいって怒られるのは私だ。


「お待ちどおさま」


 赤い漆塗りの皿に八坂印の焼印が施された白いお餅と焦げ目がついた緑色の草餅が並んでいる。


 だ……出されたものを食べないのは失礼だよね。


 そう言い訳をして私は、緑色のよもぎの香りと香ばしい匂いをまとわせた草餅を手にとって齧り付くのだった。





 お腹も心も満たされた私は痛いほどの夏の日差しの中を歩いていた。蝉の鳴く声しか音がないように、辺りに響いている。昨日までいた都会の雑音の多さに比べたら、蝉の鳴き声など可愛らしいものだ。

 すれ違う者もおらず、車がとおることもない。

 実は八坂の饅頭屋は里の南の端にある。山を下ってきたところにある和菓子屋で、里に出入りする殆どのものが、この和菓子屋の側の道をとおることになる。


 だから先程の桔梗も依頼を終わらせて帰ってきたところで、饅頭屋に寄ったのだろう。しかし、里に出入りする者の方が稀なのだ。


 今日も夏の青い空が眩しいと空を見上げる。そして私はその足を止めた。


「真白。どうした?」


 鬼頭が話しかけるのを手を上げて止めて、空を凝視する。


「結界が緩んでいる?」


 私の目にはたわんだ透明な膜が見える。

 里全体を覆っている結界だ。これにより里と外との境界には常時霧が発生しており、許可がない者はいつの間にか元いたところに戻っている現象を引き起こすものだ。


「鬼頭。結界がおかしいから、里を一周しよう」


 14kmほどの距離になるけど夕方までには終わるだろう。


「結界が? どうおかしいのだ?」

「なんていうか。たるんでる感じ」


 いつもはピーンと半球状に里を覆っている結界にシワが寄っているように見える。


 結界は、ばぁから引き継いだため、私が管理をしている。いや、鬼頭の嫁と呼ばれる者の役目の一つとも言えた。だけど、ばぁから引き継いでからこのようなことになったことは一度もない。

 それに今朝、空を見上げたときはそんなものは見えなかった。


「触媒が壊れたのか?」


 鬼頭には覚えがあるようだ。流石、長生きしていることはある。


「そっかぁ。それじゃ家に寄ってからの方がいいね」

「いや、近くに加茂家がある。そこから調達すればいい」


 加茂家。歴史に名を残すほど古くから陰陽師を生業としている家だ。だけど、その鬼頭の言葉に私は眉を潜める。


「加茂家って苦手。プライドの塊って感じだし。いちいちマウントを取らないと気がすまないって感じだし」

「真白。これは直ぐに対処しないと駄目だ」

「はいはい。外の人が迷い込んだら大変だものね。はぁ、幸せのおまんじゅう時間の後に加茂家の門を叩くことになるなんて……憂鬱」


 そうして私は足取り重く、東側に向かうのだった。




「笹が欲しいのですか?」


 門を叩き、でてきた白髪の女性に頼んだこと。それは庭に生えている笹を分けて欲しいということだ。


「まぁ。我が加茂家に頼らなくとも、鬼頭家にそれぐらいございますでしょう?」


 あるよ。あるけど鬼頭家があるのは里の北側だ。南側のこの場所とは全く正反対の場所にある。

 鬼頭曰く、今朝見た時は問題なかったのであれば、南側のどこかに不具合があるのかもしれないと。


 だから北側にある鬼頭家に戻って取ってくるよりも近くにある加茂家から頂いたほうが、効率がいいのだ。


「そこを何卒お願い致します。珠子様」


 加茂珠子。現在の加茂家の当主である。


「まぁまぁ! 鬼頭家の真白様が加茂家に頭を下げることはありませんよ。この新参者が! と言って命じてくださればいいのです」


 誰がそのようなことを面と向かって言えるのだろう。


「珠子様からすれば、私など若輩者。どうしてそのようなことが言えましょうか。何卒、お分けくださいませ」

「まぁ! そこまで頭を下げられるのであれば、お好きなだけ持って行かれるといいでしょう」


 そう言って。満足そうな笑みを浮かべた加茂家当主は、私に庭に入っていい許可をだした。


 本当に面倒くさい。



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