第8話 斎木桔梗はプライドの塊だ
こうして、私はばぁと一緒に暮らすことになった。
「水まんじゅうと草餅と迷う〜」
店の中には、いくつもの四角い木箱の中の物を見て迷っていた。透明のガラスの蓋の奥に各種類の和菓子が綺麗に並べられて置かれている。
そして現代に戻り私は里で一件しかない饅頭屋で決めかねていた。
え? 鬼頭が私を甘やかす理由がないと。一言でいうなら見鬼ということだからだね。
因みにあんこ好きなのは、私の人生を変えた、ばぁのぜんざいが美味しかったからだ。しかしこの里に洋菓子店があるかと言えば、残念ながらない。それは里の外に行く者におみやげとして買って帰ってもらうしかないのが現状だ。
「どうせ、ただなのだから、全部食べればいい」
「鬼頭。私はそんなに食べれない。それに支払いは鬼頭家にツケであって、後で食べ過ぎだと怒られるのは私だからね」
基本的に私は現金は持っていない。私の立場は鬼頭家の中でも優遇されているとも言える。私の役目は異質であるため、里の中での買い物は鬼頭家支払いとなっている。が、一度ここの商品を一日で一通り食べたら大祖父様から呼び出されて怒られたことがある。
鬼頭家として恥ずかしくない行動をしないさいと。これは人目があるところで食べすぎだと怒られたのだろう。噂なんて一気に広まってしまうからね。
しかし、ツルルンとした食感と水まんじゅうと、よもぎの香りとあんこの甘さが調和した草餅。どちらか迷う。
隣り合う箱の中には半透明のまんじゅうと、緑色のまんじゅうで占められている。
昔ながらの和菓子屋さんなので、大きなガラスのショーケースなんてなく、種類別に違う木の箱に並べられているのだ。
「真白様。炭火で焼きめをつけましょうか?」
「おばちゃん。草餅で!」
八坂の饅頭屋の女将さんの一声で今日食べるまんじゅうが決まった。
草餅に香ばしさが追加されるなんて、もう草餅の一択しかない。
「はいよ。焼けるまで座敷に上がって待っていてね」
店の中には食べられるスペースがあり、今は火が入っていないけど、囲炉裏がある畳の間がある。
一本の木材で作られた上がり框に腰掛け、草餅が出てくるのを待つ。
「他にお客さんもいないから、座敷に上がっていいのよ?」
「ここでいいよ」
「そうなの? はい、水まんじゅうね」
「え? 頼んでないよ」
私の前にぷるるんと光沢感のある半透明の物がある。こしあんが中に鎮座していることが透けて見えた。
目の前の水まんじゅうが私に食べるように訴えている。
「鬼頭様がね……」
私は店の入り口の横に立っている鬼頭を見る。しかし外が気になるのか私とは視線が合わない。
女将さんに置いていかれた水まんじゅうが訴えてくるので、仕方がない。菓子切りを右手に水まんじゅうを半分に切る。一切れを突き刺して、大きな口を開けた。
「真白さん。おサボりとは鬼頭家の者として如何なものなのでしょう?」
近くから声が聞こえ視線を上げると、黒く濃い紫の滅紫の着物が視界に入ってきた。この着物を好んで着るのは
「ひひょう」
「物を食べながら人の名前を呼ばないでくださいませ!」
斎木桔梗。紫がかった長い黒髪が気に入っているのか。よく紫の着物を着ている。
私は桔梗だと確認したので、もう片割れになった水まんじゅうを口の中に頬張った。
「私の質問より、まんじゅうですの! 貴女の血肉はあんこでできているのではないの?」
「あはあのはんじゅふは……」
「だから食べながら喋らないと言っているのです!」
話せと言ったり話すなと言ったり、相変わらず桔梗の言いたいことがわからないな。
「桔梗も、八坂の饅頭が好きだから買いにきたんだよね。美味しいよね。八坂のおまんじゅう」
「こ……子供の頃から食べていれば、そんなものでしょ!」
「そうだよね。二ヶ月ぶりに帰ってきたんだものね」
「貴女は外に行くことはないでしょうが、私ほどできが良いと、引っ張りだこですもの」
桔梗は斎木家の期待を背負っているから、余計に頑張っているのだろう。
斎木家。それは不死の鬼を調伏できなかった陰陽師の末裔だ。そして国家機関である陰陽庁を仕切っているのが斎木家となっている。
「そうだね。桔梗は頑張り屋さんだものね」
「それ褒めていないですわ」
「そうかな?」
「それで授業をサボってここにいる理由はなんですの?」
「え? 鬼頭が教室を半壊させて、今日の授業はもうないと思ったから」
すると桔梗はガタガタと震えだして背後に視線を向けた。そして私にぐぐっと詰め寄って耳元で話しかける。
「誰ですの? 初等科の時の二の舞いにした者は?」
初等科のとき。それは陰陽師養成学校が設立されて以来の大事件が起こったときの話だった。
(補足)あがり框:土間や玄関の上がり口にある横木や板のこと。式台があり上がり框があるのが普通ですが、店ではそのまま座敷に上がる構造です。
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裏話
「はぁ、何でクラス委員を1年のときに引き受けてしまったのだろう」
「そうよね。まさか3年間も副委員長をさせられるって知っていたら、断っていたわ」
「え?それは無理じゃないかなぁ?高等科なってクラスの全員が揃ったのってそんなに無いよぅ」
「どうせ、酒蔵の息子だから外の仕事なんて受けないだろうってやつだろう?」
「混ぜものをした時、斎木家と鬼頭家から凄く怒られたんだって?」
「それ聞いたよぅ。斎木家のご当主様が直接乗り込んできたって」
「馬鹿。違うって!原材料を外から取り寄せて作った酒を間違えて斎木家に奉納してしまっただけだ」
「それはご当主様も怒るわ」
「ご当主様の呪は恐ろしいって聞くよぅ。くわばらくわばら」
「ちょっと!どれぐらい走るつもり!もう折り返していいよね!」
「ああ。俺が委員長でなければ、置いて走るのに」
「結局、そこに戻るのね」
「仕方がないよぅ」
「だ・か・ら!いつまで走るのよ!」
「「「はぁ……」」」