第45話 私は悪くない
「レポートを前に持って来い」
相変わらず分厚い黒いコートを身にまとった霜辰先生が、折りたたみの椅子に足を組んで偉そうに言っている。
いや、先生だから別にいいのだけど。
そして今回担当した中等科の生徒に関するレポートを出すように言ってきた。これが彼らの評価の一つになる。
私もあれから帰って、ささっとレポートを書いたよ。
それを霜辰先生のところに持っていく。きちんと表紙を付けてだ。
先生に手渡したところで、その表紙をめくって中身を確認しているが、直ぐに私に視線を向けてレポートを突き返してきた。
「やり直しだ」
「え? 問題ありませんよね?」
「なぜ、斎木紫雨様に報告済で終わらせようとしているんだ。きちんと書け!」
仕方がないので、後ろに隠していた別のレポートを渡す。それはさっきのものと違い。数十枚にも及ぶレポートだ。
そのレポートを流し読みする霜辰先生。
そして頭が痛いと言わんばかりに手を額に当てている。
「鬼頭真白。君が解決してどうする!」
「どうみても二人には無理な案件でしたが?」
「その妥協点を探すのが今回の依頼の内容だ。なに、人様の敷地に霊門を作っているんだ」
「それだと、家中に札を貼って、依頼主が『なにこの気味が悪い御札』と言って剥がしてしまったら、元通りになるだけですよね?」
「それでいいんだ。今回は実地訓練だ。そもそも解決など無理な話だ。調べれば昔その土地がどうだったかはわかる。調べずに買った方が悪い」
「無理な案件は第一線で働いている人にいうべきでは?」
「そんなことは上に言え。若しくは陰陽庁の職員に言え」
「だからその担当者に問題があったと書いていますよね」
「その担当者に補助がついていたと聞いたが?」
「大津白緑ですが?」
霜辰先生と言い合いをしていたが、別の担当者の名を上げると口を閉じてしまった。
「大津家のはみ出し者か……わかった。次、もってこい」
何か面倒になった霜辰先生は、私に席に戻るように手を振って、次の人を呼んだ。
大津家。彼らも古くから陰陽師を生業としてきた家柄だ。
ただ、そんな中でも陰陽師として立てない者がいる。それが大津家で異端視されていた大津白緑だ。
彼の口の悪さはそんな大津家で生きるために自分を守る言葉だったのではないのだろうか。
だから私は彼に己の才を活かせる部署に行って欲しいと思って、解呪の術を教えたのに、未だに補佐職員をやっていたことに私は驚いていたのだ。
きっと陰陽庁の内のことで何かあるのだろうと思って、口出しはしていないが、とても残念だと思ったのも事実。
「それじゃ、次の担当する者のくじを引け、鬼頭真白は引きにこなくていいからな」
わかっているよ。
全員分のレポートを回収した先生は次の担当する生徒をくじで引かそうとしている。でも私は全て決まっていることを知ってしまったので、誰になっても文句はない。
「全員引いたか? あ……高裏雀が戻ってきたから、鬼頭真白の分がないな。まぁいいか」
相変わらずの適当さだ。
確かに、今日はおどおどとした雀と朝の挨拶をした。ここ三日ほど外の仕事に行っていたのだろう。
イタコの雀だけど、それなりにイタコの需要があるのか時々いなくなる。
担当する生徒が、いないならそれでいいよ。
今、外に出ると面倒くさそうだもの。
「それじゃ。授業がない間サボっていいと?」
皆が居なければ授業もなく、学校にくる必要もないはず。
「何を言っているんだ? そんなことが許されると思っているのか?」
「思っている」
適当な霜辰先生なら、それでいいというと思っていたのだけど。
「俺の雑用を手伝え」
「それは霜辰先生の仕事であって、私のやることではないです」
「あ? 暇なやつは使うだろうが? それから今から石蕗紗理奈がダメダメだから、使えそうな式神を捕まえて来い。全員でだ」
どうやら、この二日間で式神となる異形を捕まえられなかったのだろう。それは仕方がない。だって彼女は異形を食らうことしかできないから。
そう言って、レポートの束を持った霜辰先生は校舎のほうに消えていった。
これ授業じゃないよね。
「式神ってそのへんにいっぱいいるじゃないか」
「何を捕まえてくればいいの?」
「この二日間何をしてたんだ?」
「十六夜さんもわからないのに、どうしたらいいのかわからないよ」
この二日間で何も成果を得られない石蕗さんに皆困惑の色を示している。
その石蕗さんは『式神なんていないのに』と三日前と同じことを言っている。
これはどうしたものかなぁ。調伏していないモノの方がいいのかな? でもそれだと石蕗さんが食べちゃうからね。
食べられないほど強いヤツか。
「桔梗。西の池の主って調伏してあった?」
「真白さん。誰が龍神を調伏できるのですか?」
「鬼頭が昔ボコったって言っていたからどうだっただろうなって」
「それ調伏とは違いますわ」
ということは、龍神に石蕗さんの中にある呪具を喰ってもらえばいいのではないのだろうか。




