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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

<呪い>=真夏の生温い麦茶=

作者: 山路 蓮

 ライトホラーな不思議体験。

作者の体験を元に創作加筆したものを、最後はハッピーエンドに仕上げました。

 


挿絵(By みてみん) (印刷素材net様)


 ゴキュ

  ゴキュ

カラコロ

 くぅ~

 真夏には冷えた麦茶がうまい。安月給のボクには強い味方だ。

中学時代の野球部の部活で、でかいヤカンの麦茶をガブ飲みした事は、今では懐かしい思い出になっている。

日本人の生活は、敗戦から飛躍的に豊かになった。

そんな科学が発達した令和の現代に、ボクは信じられない怪奇な体験をしたのだ_____それは今から三年前の2021年の出来事。


◇ある老人の死◇

______岡山県恩寿村にあるボクが住んでいるボロアパートから見て、裏手に住んでいた一人の老人が亡くなった。

百歳を目前にした高齢だったけれど、頭はしっかりしていた。

老人は戦後、結婚はしていたが、老人の妻は既に他界していて子供も居なかった。それ以降、老人は再婚もせず今まで一人で暮らしていて、ボクはその手助けを担当してきた。


菅原隼人(すがわらはやと)◇ 

 ボクは、恩寿村役場の福祉課に勤務し、老人の担当をしている関係と、老人が近所という事もあって、仕事以外でもその老人宅を何度か訪問していたのだ。


「しゅまないな、また来てくれたのか? 今日は天気もええし、しぇっかくの休みなのに逢引しなくていいのかえ?」

老人はボクに彼女がいない事を知っていて、わざと揶揄(からかって)くるのだ。


「嫌だなぁ、知ってる癖に止めてくださいよぉ」

 ふひゃっはは

 前歯がないので、言葉はスカスカだ。


「しょうかえ? 村役場の秘書室に、えらいべっぴんしゃんがおるやろう? 確か浅倉さんだったか? ええ子がおるじゃないか。若いんだからダメもとでアタックしてみろ! なんならこの俺が」

 ふへっ ふへっ

「なんですか、嫌らしいその含み笑いは! でも見る所はちゃんと見てるんですね」

「ほりゃぁ男だからよ」


 その話に出た浅倉さんは、美人でスタイルが良くて、たぶん性格もいい。お陰で男生職員の人気がダントツな女性なのだ。

話をした事がないので、性格は見た目でたぶんなのだけど。


「もう、あんなアイドルみたいな浅倉さんとボクがですか? 勝負はする前から終わってますから。ボクなんて即玉砕ですよ」

「玉砕か......あのな、安西(あんじゃい)先生も言ってたろ? 最初からもう駄目だと思ったら、そこで終わりよ。若いうちにやるだけやって何ぁにが悪い。人生の達人の俺が言うんだから信用しぃ」

 はぁ


 その老人とは______


______1944年第二次世界大戦末期。

老人は、全滅確定の南方の激戦地で、利き足の右足と右目を失い、そこで米軍の捕虜となってから、終戦と共に本土の土を踏む事が出来たのだと言う。

右目は義眼なので、いつも黒いサングラスをし、義足を装着して松葉杖の生活をしている。


「当時はな、生きて帰ぇると、<この非国民と言われたものよ>」

「えっ、国民ではないと?」

ボクが訪れると、自分の不自由な体を指しながら、たまにそんな事を言う老人だった。


 大怪我は米軍の艦砲砲撃によるものだったが、老人はまさか生きて戻れるとは思ってもいなかったそうだ。

「その体で生きて帰ったのに、それで非国民ですか! 酷い話ですね」

「そんな狂った呪われた時代だったのよ」


◇老人が亡くなる数か月前の八月◇

______老人宅のちゃぶ台に出された少し温い麦茶......陶器製の湯呑がちょっと薄汚れていても、福祉課のボクなら慣れているので平気だ。年金だけの節約生活で茶菓子はない。

 コクっ


 ボクはいつもなら老人の体の具合を訊き、他愛のない世間話をして帰るのだが、この日は珍しく老人の方から話題が出た。


隼人(はやと)君よ、ちょうど八月だから、俺の戦争体験の話でも訊いてくれるか? 終戦の日も過ぎた事だし迷惑か?」

「とんでもないですよ。その体験談、是非訊かせて貰いましょう」


 盆が明けたくらいでは、流石にまだ暑いので、古いエアコンがブィ~ブィ~と音を出している。

「エアコンも頑張ってるが、コイツもそろそろか?」

今から思えば、老人は自分の寿命が残り少ないと感じていたのかもしれない。


 それは兎も角として、ボクは若いけれど戦争体験者の話には興味があった。お年寄りは、どうしても戦後の苦しかった話題が多くなるのけれど、村役場の福祉課に勤務するボクは、そう言ったいろいろな戦争体験談を訊いておきたかったのだ。

 特に趣味がないボクは、未だ独身なので自由な時間がある。

「戦争の記憶は、誰かが語り続けていかないといけないと思います」

 ボクの返事に老人は微笑で返した。歯がないので、ちょっと不気味。


◇生々しい記憶◇

______「俺が戦った地では、もう食べる物がなかった。それに弾薬が底をついてなお、作戦本部から<大和魂で死守せよ>と命令を受けた。敵に降伏するなら自決せよってことさ。こんな話は、隼人君には理解できんだろうなぁ」


「戦争を知らないボクには......正直言って理解し難い話です」

「当然そうだろう。だけどな、人間ってのは生か死に直面した時に、本性が出るもんだ」


 そう言った老人の顔に刻まれた深い皺は、何かの体験でより深くなったかのようだった。

老人は語り掛ける前に、少し息を吸い込んだ。

 すぅ

これから訊く体験談に、ボクの背中に悪寒が走った。



______「もう駄目だと言う状況で、洞窟の中は手投げ弾で爆死を選んだ仲間と、余りの壮絶さに自決し切れない者とに分かれたんだ。映画の<硫黄島からの手紙>にもあった」


 げぇげぇっとな。 

「俺は吐いた。腹に食い物が無くて出るのは胃液だけさ。その時の胃の痛みは忘れていねぇ」

老人は胃の痛みが無くても、今でも腹を摩する癖が付いたと言う。


「俺は自決なんぞせん! 最後まで戦って死ぬ。そう誓って俺は洞窟を出て戦った。しかし運命ってのは分からんもんだ。なぁ隼人君よ」


 自決せずに戦って負傷したお陰で生き延び、幸いにも年金の<軍人恩給>を受ける事が出来た。それから岡山県内を転々としながら二十年程前に、今の古い村営住宅に移り住んだのだ。

「あ、その申請書類はボクも読みましたよ」


「......隼人君、あんたには、俺の戦争の話を訊いて貰いたい。老い先短い俺の遺言だと思ってくれよ」


 その老人には、どうしても誰かに知っておいてもらいたい事、何か懺悔のような雰囲気が漂っていたと思った。


「長い話だが訊いて欲しい。でねぇと俺はこのまま死んではいけない気がするんだ」

一体、老人は何を言おうとしているのだろう。


◇呪い◇

「俺は、呪われとる......と言ったら隼人君は信じるか?」

 えっ?

 ボクは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「すいません、ボクは呪いとかは信じていません」

そう言うと、老人は口角を少し上げてカラっと笑うのだった。

「俺だって、そんなもん信じちゃいねぇ。アレを体験するまではな」

なんとなく老人が、何を懺悔しようとしているのか、ボクは感じていた。


______それ程昔ではないが、世間を騒がせた事件があった。アメリカンフットボールの選手達が乗ったヘル航空四二四便。それが南海に墜落、全員の生存が絶望視されていたのに、生存者がいたという有名な話を思い出したのだ。


『どうやって生き延びたのか......老人が言いたいのは、きっとそう言う話なのだろう』

食糧が無ければ、選択肢は一つしかない。人としてのモラルが問われる話だ。 しかし生きる為の選択を、誰が非難できるのか。


<生か死の土壇場で、本性が出るもんだ>

老人は最初にそんな事を言ったのは、この話につなげる為だったのだろう。


 実際、老人は自爆死した仲間を......想像した通りの話だった。

そういった話は、実はボクは何人かの出兵した老人から訊いて知っていたのだ。

「おんや? 隼人君は......あまり驚かないみてぇだな」


「いえ、そんな事はありませんよ。でもボクが同じ立場だったら、ボクはどうしたのか。答えは出せません」

「だろうよ。それが普通だ」


「俺はよ、内地(おかやま)に戻ってから祝言を上げた。こんな体では不憫だと、旧帝国病院の看護婦だった人だがね。片目と片足で松葉杖を可哀そうだと思ってくれて。俺には過ぎた女房だったさ。そしてこの義足は、当時腕のいい岡山県の凄い職人さんが作ってくれたものだ」

老人はそう言って、長年愛用している義足をポンポンと叩いた。


「その奥様とは、お子さんは居なかったのですか?」

ボクの何気ない質問に、老人の体が一瞬ビクっと揺れた。

「......ボウズが一人いた」

「その子はどうしたんですか?」

「死んじまった」


 戦後間もない頃は食料事情が悪く、栄養失調で病気になって亡くなるケースは、決して珍しくはなかった。

「それはなんとも残念でした」


 「違うさ。俺が......俺が手に掛けてしまった」

 信じられない告白だった。

恐らく何かの事情があったのだろう。昔は口減らしと言う名目で、子供を減らすなんて事が実際にあったのだ。


 そんな重い話を訊かされても、ボクにはどうする事も出来ない。

「それを懺悔する為に、ボクに話したのですか?」

「んにゃ」


 またしても老人は否定した。

「俺は洞窟で自爆死を選んだ仲間、山田だったモノを食った」

 その話はさっき訊いた。


「あの時の俺と山田は、自決か戦うかで口論をした。お互いに主張を曲げる事が無かった。山田は一人、手投げ弾を胸に抱えて死んだ。俺は、その元山田だったモノを口にして、暫くしてから洞窟を飛び出したんだ。米軍が待ち構えていた決死の戦場さ。そこで艦砲砲撃を食らって、このざまよ」

老人は、そのままでは戦う事も出来ず、ただ餓死する寸前だった事が、俺を狂わせたと言う。


◇怪奇の始まり◇

______「アレは俺が結婚して、息子が二か月たった頃よ。

まだ手足をバタつかせるだけの愛らしい幼児の筈だった。

やはし八月の蒸し暑い夜中、俺は水を飲みたくて井戸水を汲みに出た。

生水の入った湯呑を持って、息子の寝ている横を通り過ぎようとした時だ」


 息子が笑った。それも薄気味悪いドス黒い顔をしてだ。

「くった な」


 それを訊いた時、俺の残った左目に、あの山田の顔が映った。

「その時だよ。俺が息子に手を掛けてしまったのはよ」


 あっという間の事だったと言う。

「気が付いた時、バラックの小屋に火を付けて、俺はぼーっと佇んでいたらしい。駆けつけた消防団員がそう言ってた」

「奥様、それで奥様は?」


「一緒に死んださ」

 そんな!

「誰かの火の不始末火事だろうと言われ、焼け跡から二人の......」

「どうだよ、これでも俺が呪われていねぇと思うか?」


 恐ろしい話を訊いてしまった。

しかし、もう何十年も前の出来事を、ボクは誰かに話す気はなかった。村役場の公務員として、それは非難されるのだろうか。


 考えてみれば、戦争では敵を殺す為に戦うのだ。それは敵も同じで、何が正義なのかを誰も説明できない。


「辛い思い出でしたね。これで気が少しでも楽になりましたか?」

 ボクはそう言うのがやっとだった。

「分からん。ところでよ、隼人君はこの村の本当の名前 知ってたか?」

「恩寿村ですよね」

「それは明治時代の権力者が、無理やり改変した呼び名よ。本当は<呪怨村>だ」

 ゾク


◇老人が亡くなった日◇

______あの話を訊いても、ボクは老人宅を何度か訪問していた。

言いたかった事を話したからか、老人の表情はいつもより雰囲気が良かった。


 朝日が昇る少し前、ボクはなんとなく起き出して、老人宅の方を眺めていた。

 すると______


 老人の村営住宅から、青白い光が昇っていこうと......しかし紫のような別の光の靄が纏わりついて、遂には青白い光を引きずり戻すと、紫の靄だけが天に昇っていったのだ。

「なんだ今のは!?」

 ボクは慌ててパジャマのまま、老人宅に向かって走った。

 カチャ


 玄関の鍵はいつものように開いていた。

    老人は玄関の鍵を閉めた事はない。


 そっと老人宅の六畳間を覗き込む。

    居た。


 呼吸が止まっていた。

ボクは震える手で携帯を取り出し、救急車を呼んだ。


______それは十一月のある日の事。

 老人は無縁仏として埋葬される。

葬儀の際、ボクは担当職員として参列していたが、そこへ秘書室の浅倉さんも村長と共に列席していた。


 お別れの献花______

「菅原さんが担当していた方ですね。今までお疲れ様でした」

「あ、浅倉さん!」

「お化けを見たみたいに何を驚いてるんです? 私達同じ村役場の一階フロアですよ、誰でも知っているのに変な人」

 ぷっ


 こんな時くらいしか、アイドル浅倉さんと話す機会がなかったボクだが、ボクの存在を覚えてくれたようで嬉しかった。


浅倉麗美(あさくらうるみ)

______彼女の事は何も知らないボクだ。

簡単な葬儀中の短い会話で、彼女も戦争の事、福祉に興味があると知った。知覧にある特攻平和会館記念館も訪ねた事があるそうだ。


 村役場に入った当時、彼女は福祉課を希望していたが、美貌と接客対応の良さで、秘書室に配属されたらしい。

「私は福祉課が良かったんです」


そう言うと少しだけ唇を尖らせていた。

ボクにとって、これは共通点があった訳で、ワンチャンあるかもと期待が膨らんでしまう。


 数日後、ボクは戦争体験者の老人の話を纏めて、村が書籍化して来年の八月に刊行出来ないか。そんな企画が持ち上がった。

村の福祉政策の一環だと言う事で、丁度ボクも書籍として残せればと思っていたのだ。


=戦争の記憶は、誰かが語り続けていかないといけないと思います=

 あの時、ボクが老人に言った言葉だ。

 そして

=ほら、村役場の秘書室に、えらいべっぴんさんがおるじゃろ。同じ一階だろ? 確か浅倉さんだったかの? ええ子がおるじゃないか。若けぇんだからアタッキせんのか。なんなら俺が=

 ふぉぇ ふぉぇ

いくつになっても、男はそっち方面は凄い。



 老人が言った浅倉さんが、ボクの目の前にぶら下がっているような気がして来た。

そうなると浅倉さんが、馬の前にぶら下がっている人参に思えた。そう、ボクは馬になったのだ。駄馬だけど。


______それから編集委員には、ボクと浅倉さんが担当になった。

ボクの話をタイピングの得意な浅倉さんが、パソコンで文字起こしをしてくれるのだ。

今は簡単に音声変換が出来るけれど、浅倉さんが福祉の仕事をしたいからと反対したのである。


◇編集と言う名目デート◇

______基本、編集作業はボクのアパートで行った。これは村役場内の男性職員から異議が出た。ま、気持ちは分かるよ。月とスッポンだし。


 時間外勤務の編集デート。スッポンのボクは舞い上がってしまうが、これは重要な仕事なのだ。手当は出ないけれどボクにはご褒美だ。


 編集の合間、ボクは老人が亡くなった時に見た青い光の事、纏わり付いていた紫の靄の事を話した。

老人の辛く悲しい話は、当然ボクの胸の中にしまい込んである。


「へぇ~、それは不思議な話ね。あっそうだ、何か飲む?」

突然、浅倉さんがそう言って席を立った。

『コーヒーを淹れてくれるんだろうな』


 浅倉さんが現れた時、盆には湯呑が載っていた。

 とん

 無言で湯呑が置かれた。

 色からすると......麦茶?

 十一月に麦茶とは。普通ならもうホットコーヒーでは? とボクは思うのだが。

 差し出された湯呑には見覚えがあった。ボクの家には無い筈のモノだ。

 どこから出した? それに麦茶なんぞ、ボクのアパートには無いのだ。


 コク

 生ぬるかった。

浅倉さんは右目を閉じて、ぼんやりと左足だけで立っていた。


<今までの事、感謝するでよ。その子と仲良くすろ。俺の心残りはこれで消えた。じゃあ俺はそろそろ逝く>

浅倉さんから出た声は、あの老人のしわがれた声だった。


すると我に返った浅倉さんが、目をパチクリしてガクっと座り込んでしまった。

「あれ? 私は何をしてたの? それ、なんで麦茶?」

「な、なんでもないよ」

 不思議と恐怖が無かった。

 そ、そう? 

   ええっ??


 それから何だかんだで編集デートを重ね、ボクにも明るい未来が持てそうだった。

思えば、あの時見た紫色の靄は、亡くなった奥さんや息子さんが老人を引き留めたのだろうか。

せめて世話になった青年を、幸せにしてやってから成仏しなさいと。


『じゃ、老人の周りには......あの奥さんと息子さんがずっと憑いていた? 老人は山田の恨みで妻子を......しかしそれを奥さんと息子は恨みに思っていなかったのだろうか』


「憑依された浅倉さんが言った言葉を思い出せば、老人は仲良くすろと言った。自分が叶わなかった夢を、ボクに託したとしたら」

 そ、それなら!


「私がどうかしたの? さっきから」

キョトンとする浅倉さんを、ボクは勇気を出して、グイっと細い腰を引き寄せた。

 あん

「結婚してくれる?」


 <ほう、いきなりか>

 天に昇る前に、老人は二人の成り行きを見ていたのだ。

<隼人君よ、最後まで諦めなければぇぇ事もあるだろ? 玉砕でなくて良かったな>

 今度はボクの耳に聞こえた。


「あ、ありがとうございます。でも意地悪な所は相変わらずですね」

 ??

「ちょっと菅原さん、わ、私は まだ 返事なんてしてないんですけど。なにがありがとうございますで意地が悪いの?」


「あの老人の分まで、ボクは君と幸せになりたい」

「な、なによ、訳が......もういいわよOK、OKですぅ! もう強引なんだから!」

 浅倉麗美の瞳は、突然の事で驚きながらも優しく潤んでいた。


                    取り合えずEnd



◇山田の呪い◇

______ボクが浅倉麗美さんと付き合っている事がバレた。


それからと言うもの、男性職員からだけではなく、女子職員からの嫉妬の黒い怨念の視線が痛かった。

「なんで?」

ある女子職員が、恨めしそうに教えくれた。


「福祉課隣の環境課の山田菊子がね、菅原君に熱を上げてて告白寸前だったのよ。他の女子職員からも恨みが相当あるから、夜道や携帯の着信音には注意する事ね。もう呪われてるのよ菅原君は」

 な、なんだよ。


「山田菊子......平成生まれにしては名前が昭和過ぎるし、や、山田って!」

もちろん、彼女の名前を知らないボクではない。しかし老人の死後、山田と言う響きが、どうしてもトラウマになってしまったようだ。


 そんな話はすぐ浅倉さんの耳にも入った。狭い村役場の中では、この手の情報は電光石化で駆け巡るのだ。



______編集作業をする浅倉さんの目が怖い。

「ふ~ん、山田さんがねぇ、へぇ~、そうなんだぁ。へぇ~山田さんかぁ、意外にモテるんだぁ~ へぇ~ 」

「意外は余計だと思うけど? これでも身長は180cmあるし。しかしボクってモテモテ期だったのかなぁ?」

 なによ!


「へぇ~ へぇ~ これは想定外よねぇ、青天の霹靂とはこの事よねぇ~、きっとこれは呪いよ! もう山田さんと付き合えば!」

 プン!

「また呪いかい。あのね、ボクは麗美だけだよ」

「嘘!」

「嘘なもんか」

「そ、それなら今すぐ証明してよ」

 ボクはまた麗美の細い腰を引き寄せた。

 グイ

 あん♡


 ぷにゅぅ


 あの優しい......そうな浅倉麗美が、こんなに嫉妬深いとは思わなかった。

「これはきっと山田と言う男の......やはり呪い! 亡くなった老人も、呪いはあると言っていたし」


 三年後、結婚して生まれた子供は男の子だった。

 げぇ

「あなた! どうして げぇだなんて! 胃が痛むの? 私が入院している間、ちゃんと た べ た......な」

 ひぃ~


 ボクは麗美の<たべてたのかな?>を、ちゃんと訊き取れなかっただけだった。

もし<呪い>が存在していたとしても、その呪いはあの老人が全て抱えていったのだろう。今は幸せなのだから。


______不可思議な体験。これは爆死した山田の<呪い>だったのではない。

戦争を引き起こした当時の軍事政権が、その<呪い>そのものだったのだ。


「なぁ麗美」

「なぁに?」

「人間の恨みが怨念とか呪いなら、世界中が平和なら呪いなんて存在しないよね」

「まだそんな事を考えてるの? みんなが幸せなら、それは<愛>だと思うわ。呪いと愛は表裏一体の光と影で、人間はどちらでも選ぶ事が出来るとか?」


 なるほどとボクは思った。麗美がそんな事を言ったのは、今が幸せに満ちているからだろう。

しかし世界中で今も尚、<呪い>は次の出番を探している。


                End





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