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05 新しい部下


「殿下、魔法を扱うにはいつでも平常心でいることが肝要です。慣れない人間が感情を爆発させると、その人間の持つ魔力が暴走して大惨事になることがあります。特に殿下の魔力は非常に大きいです」


「そうなの?」


「そうです。他では見たことのないほどの力です。ですから猶更、よくよく力の使い方を学ばねばなりません。ですから専門の先生が決まるまで、決して不用意に力を使ってはなりませんよ」


「サリーがそう言うならそうなんだね。分かったよ」


 カミーユ殿下は本当に聞き分けいい。

 本当なら新しい力を試したくて仕方ないだろうに、それを押し留めようとする私の言葉をよく聞いてくれている。

 最近ではそのまぶしさもかなり和らいで、ぼんやりとした大きな光こそ見えるものの、はっきりとその姿を視認できるようになってきた。

 王子はその小さな手で、私のスカートをきゅっと掴みながら言った。


「あのね、ぼく本当に嬉しいんだ」


「何がですか?」


「自分に魔力があるって分かって。今まで誰も、そんなこと言ってくれなかったから」


 遠い目をする子供を見下ろしながら、私は何とも言えない気持ちになった。


「僕が魔法を使えないせいで、お母様はとても悲しんだんだ。そのせいで死んだんだって、お爺様は言ってた」


 こんな子供に、なんてひどいことを言うのだろう。

 お爺様というのはおそらく母方の祖父であるグリンダル公爵の事だろう。

 父方の祖父である前王は、カミーユ王子の物心がつく前に亡くなっている。


「だからね、全部仕方ないって思ってた。誰も優しくしてくれないのも、あっち行けってされるのも、全部僕に魔法の力がないからなんだって」


「殿下……」


 私は思わず、その場にしゃがみ込んで王子の体を抱きしめてしまった。

 こんな小さな体で、今まで一体どれだけの悲しみに耐えてきたのだろうか。


「でもね。クロードが来て、お爺様を叱ってくれたの。それでね、忙しいのに、僕のことは全部クロードがしてくれるって言ったんだ。僕嬉しかった。騎士をしているクロードは、僕のあこがれだったから」


 私には恐ろしいだけの相手だが、王子にはたった一人掛け替えのない叔父であるらしい。


「それにね、クロードが他の使用人を追い払った日に、サリーが来てくれた。今は毎日夢の中にいるみたい。ふわふわして、すごくしあわせ」


 王子の柔らかい声に、私は腕に篭る力を強くした。

 そして絶対に、この優しい子供の力になろうと思いを新たにした。

 しばらくして、ゆっくりと体を離す。

 王子は目じりをうっすらと赤くしながら、にっこりとほほ笑んだ。


「邪魔するぞ」


 そこに先触れもなく、クロードがやってくる。

 先ほどいい話を聞いたばかりだが、その低い声を聞くと自然と体が固くなってしまう。

 まるで森の中で猛獣に遭遇した気分だ。

 だが顔を上げた私は、クロードの横に見知らぬ人物の姿を認めた。


「初めまして! ニーナといいます。よろしくお願いしますっ」


 それはピンク色の髪をした、ツインテールの元気な女の子だった。


「彼女には、殿下の護衛兼君の補佐をしてもらう」


「護衛……でございますか?」


 私は改めてニーナを見つめた。

 身長は私と同じぐらいで、腕と足などはむしろ細いくらいだ。纏っているメイド服は、なぜかスカート丈が普通より短くなっている。

 護衛と呼ぶには頼りないのではないかと、思わずまじまじと見つめてしまった。


「こう見えても力仕事は得意なんです。よろしくお願いします先輩」


 眩しい笑顔を見せられてしまった。

 オーラは見えないので、とりあえず魔力持ちではないようだ。

 本人は仕事内容に異存ないようだが、流石にうら若き乙女に力仕事は頼みづらい。


「信頼できる相手だ。何かあれば彼女に頼むように」


「はあ……」


 私は王子と顔を見合わせた。

 別にクロードの言葉を疑うわけではないが、あまり身近にはいなかったタイプなので、ニーナにどう対応していいのか分からなかった。



  ***



「先輩! これはどこへ運べばいいですか?」


「ニ、ニーナ! そんなに一気に持たないでっ」


 私は思わず悲鳴を上げた。

 それはニーナが、重そうな木箱を三つも重ねて持ち上げていたからだ。


「大丈夫なんで、どこに置けばいいか指示お願いします」


 なにが大丈夫なのかと思いつつ、私はその木箱を厨房まで運んでもらった。

 ちなみに、木箱の中には使用人の分も含めてイモがいっぱいに詰まっていた。私では一つ持ち上げることすら難しそうだ。

 私は思わず、ニーナの腕をまじまじと見てしまった。

 こんなに細い腕なのに、一体どこからそんな力が湧いてくるのだろう。

 私の視線に気づいたのか、ニーナは腰に手を当てて自分の力持ち具合をアピールしていた。


「サリーシュさんって、クロード様が殿下を任せているからどんな人かと思えば、意外に普通の人なんですね」


「意外もなにも、私は普通の人間よ」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 むしろ、小さな頃から特殊な能力なんていらないから、普通になりたいと願っていた。

 そうすれば田舎に引きこもることなどなく、両親と一緒に暮せるのにと。

 今ではもう慣れたものだが、ここで暮らし始めると改めて、祖父との生活は厳しいものだったと思う。


「ははっ」


 そんな物思いに浸っていたら、突然ニーナが笑い声をあげた。

 今の会話のどこに、笑うような要素があっただろうか。


「クロード様が戸惑う意味が分かりました。先輩って王宮にはいないタイプですね」


「……一応、馴染もうと努力しているのだけれど」


 私がそう返すと、ニーナは一層高い笑い声をあげた。


「それよりも、クロード様が戸惑うってどういうこと? 警戒はされていると思うけれど」


 出会いがあれだったのだ。

 警戒されるのも無理はないし、我ながら怪しい登場の仕方をしたと思う。

 しかしここまでくればもう間違って迷い込んだとは言いづらいし、今更訂正してこの離宮を出るつもりもない。

 なにせ、私はいまやすっかりカミーユ王子推しだからだ。


「戸惑ってましたよ~。女性に関してはいつも切って捨てるあの方が、あなたのことに関しては言葉を濁していましたからね」


 それはおそらく、私の能力について説明すべきか悩んだからではと思われる。

 それにしても女性を切って捨てるなんて、どれだけ危険人物なんだ。なんで処罰されないでいるのだろう。次期公爵だからなのだろうか。



 



 



 



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