03 封具
クロードは口を閉じると、いらだたし気に舌を鳴らした。
余計なことを言ったと後悔している顔だ。
「……封具をお持ちではありませんか?」
私はタイミングを見計らって、話を切り出した。
封具というのは、魔法の特定の属性を封じるものだ。
というより、すべての属性を封じる道具というのは構造上作れないらしい。
よって、封具といえば特定の属性を封じる物を指す。
王宮に出入りする人間は、例えば国王に面会する際などに封具を身に着けるよう命じられるので、ほとんどの人間が己の属性を封じる封具を持ち歩いている。
クロードは怪訝な顔をしつつ、胸ポケットから水色の宝石がはまった指輪を取り出した。
その目には今も、色濃く疑いの色がある。
「これのことか?」
クロードは首元からネックレスのチェーンを引っ張り出すと、そこにぶら下がった指輪を私に見せた。
「それを殿下にはめてみてください」
「なにを馬鹿なことを……」
氷の騎士は呆れた様子だった。
それはそうだろう。
魔力を持たない相手に封具を着けたところで、効果などあるはずがない。
だからこそ、今日までだれもカミーユ殿下に封具を着けさせたことがなかったのだ。
クロードの態度から、私はそうだろうなと己の予想が正しいことを知った。
「僕、はめてみたい!」
光を纏った子供は、すぐさまクロードに駆け寄る。
眩しくてよくは分からないが、声の様子はとても弾んでいる。
出会ってからの時間は短いが、私は本気でこの王子の力になりたいと思い始めていた。
最初は痛いくらいにまぶしいと思っていたそのオーラも、今は柔らかくて優しい光に思えた。
己の足にまとわりつくカミーユに、クロードは困った様子だ。普段のカミーユはわがままなど言わないのかもしれない。
「クロードその指輪を貸して!」
クロードはしばらく迷っている様子だったが、やがて根負けしてしゃがみ込むと、チェーンから外した指輪をカミーユの細い指にはめた。
私の目には、その封具が己の職務を忠実に果たしたことが分かった。
なぜならカミーユの体を覆う光が、赤く変化したからだ。
カミーユ自身が持つ氷の魔法によって打ち消されていた炎の属性が、活性化しだしたのだ。
「殿下、指の先に力を集中させてみてください。自分の呼吸に集中して、ゆっくりと……」
私は静かな声で、王子に指示を出した。
私自身、緊張のせいで背筋に冷たい汗をかいていた。声を押し殺し、カミーユが集中できるように細心の注意を払う。
カミーユは己の人差し指を目の前に突き出し、その指先をじっと見つめていた。
私の言葉通りにしてくれることに、ほっとする。
「おい、なにを……」
「黙って!」
口を挟もうとするクロードを怒鳴りつける。
今が一番肝心なのだ。
力の使い方さえつかめれば、この王子は魔法を使える。間違いなく。
「殿下いいですか? 息を吸ってー……吐いて。もう一度。吸ってー……吐いて」
私の声に従って、カミーユは指先に力を集中させていく。
「あつい……」
カミーユがか細く呟く。
「そうです。その熱が魔法の力ですよ。その熱を指先に集めてください」
「大丈夫。怖がらないで。その力はずっとあなたの中にあったものです。殿下を助けてくれる力ですよ」
王子は目を閉じ、一定のリズムで呼吸を繰り返した。
そして目を開けたかと思うと、その指先から巨大な炎が立ち上る。
「う、うわぁ」
驚いたのか、カミーユはそのまま尻もちをついた。その衝撃で、ぶかぶかの指輪が床に転がる。
驚いたのはその場に居合わせた大人も同じだ。私はカミーユが魔法を使えると確信してはいたものの、まさか最初からこんなに強く力が発露するとは思っていなかった。
魔法とは、素質を持っていても使うのが難しいものなのだ。
一瞬クロードと目が合う。彼もまた、目の前の出来事が信じられないようだった。それでもすぐに気を取り直し、カミーユに駆け寄り体に異変がないか気を配る。
「殿下、お体に異常はございませんか?」
クロードの問いかけに、カミーユは答えない。
「殿下? 殿下!」
何度も呼びかけると、カミーユの視線がようやくクロードに向いた。
しばらく黙って見つめ合うと、事態を理解したらしいカミーユは跳ねるように起き上がった。
「クロード! 今の見た? 僕魔法が使えたんだ! いらない子なんかじゃなかったんだっ」
その喜びようは、見ていて痛々しいほどだった。
今までどんなひどいことを言われてきたのだろう。
王子という尊ばれるべき身分でありながら、力を使うことのできない自分を歯がゆく思ってきたことだろう。
カミーユは何度も飛び跳ねた。
嬉しくてうれしくて堪らないと全身で表現するその様子を、私も微笑ましく見守った。
一方、カミーユに怪我がないことを確認したクロードは、硬い表情で私に近づいてくる。
その表情に、私は緊張した。
そう言えば非常事態とはいえ彼を怒鳴りつけてしまったのだ。
カミーユの母を姉と呼んだことから見ても、彼は騎士でありながら同時にやんごとなき身分なのだろう。
その事実に気付いて、私はさっと血の気が引くのを感じた。
クロードは私の前で立ち止まると、何も言わず私を見下ろしていた。
氷のようだと噂されるその眼光の冷たさに、刃先を向けられた記憶がよみがえる。
ほんの一瞬のことかもしれないが、私には永遠の事のように感じられた。
「お前は……」
クロードがなにかを言いかける。
だが、それよりも先に再び白い光の塊となったカミーユが私に飛びついてきた。
「ありがとうサリーシュ! ねえ僕の先生になって。僕はこの魔法でみんなを見返してやるんだ!」
王子の決意表明が、暗い部屋の中に木霊した。
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