02 尋問
「それで、名前をもう一度言ってみろ」
相変わらず凍てつくような空気を纏ったままに、クロードが言う。
誰が見ているか分からないからと場所を離宮内に移し、氷の騎士自ら私に対する尋問が開始された。
おかしいなと思ったのは、明らかに不審人物である私の尋問にカミーユ殿下を同席させていること。
発光体が私のドレスにしがみついて離れないからかもしれないが、それを無理やり引き剥がそうとしないクロードも、ある意味で甘い部分があるのかもしれない。
とはいえ、悪心を起こさないようにと氷の鎖で後ろでに戒められているのだが。
無茶苦茶冷たいので、後でしもやけになることは覚悟しなければならないだろう。
「改めましてサリーシュ・アルティア・テストンと申します。この度は寛大なご処置をいただき、深く感謝申し上げます」
事前に叩き込んであった王宮マナーを思い出しつつ、ボロが出ないよう必死で取り繕う。
一応貴族の端くれなのでマナーを学んではいるものの、普段は田舎暮らしなので所詮は知識レベルである。
「まだ見逃すと決まったわけではない」
クロードが不機嫌そうに言う。
その手は油断なく剣の柄に触れていた。
いつでも切り捨てられるのだという意思表示だろう。
それにしてもこのクロードという男、光の下で見ると一介の騎士ではないことが知れた。騎士団が揃いであつらえた甲冑ではなく、一見夜会服にも似た特殊な防具を纏っている。緻密な細工が彫り込まれたそれらはおそらく一級の職人があつらえたとてつもない値段の代物に違いない。
「だいじょうぶ? 冷たくない?」
一方で、発光体ことカミーユ王子は心配そうに私の手首を気にしている。
室内に入ったことで、彼のまぶしさはかなり緩和された。これは大変ありがたい。
おかげでようやく、王子がどんな姿かたちをしているのか視認することができたのだ。
柔らかそうな淡い金髪に、優し気な新緑の瞳。鼻頭にそばかすが散っていて、大層愛らしい。
いかにも怪しい私を心配してくださる慈悲には感謝だが、同時にその警戒心の低さに、心配にもなる。
王子のすがるような視線に耐えかねたのか、クロードは小さくため息をつくと、即席の氷の鎖を消して私の手を縄で縛り直した。
これでしもやけの危機は脱したが、今度はシンプルに痛い。
だが贅沢も言っていられないだろう。今の私は、どこに出しても恥ずかしくない不審者なのだから。
それにしてもと、私は周囲を見渡した。
さすがに部屋の中が汚れているということはないが、尋問に王子を同席させているところから見ても、この離宮にはこの二人以外の人の気配が感じられない。
本来ならば、クロードは王子を人に任せて尋問を行いたいはずだ。
それをしないということは、王子を託せるだけの信頼に足る人間が今この場にはいないということなのだろう。
そして人手不足ということならば、私にも活路はある。
「それで、どうして突然やってきてカミーユ様に仕えたいなどと言い出したのだ。もしそのつもりならば、父親を介するなどいくらでも方法があっただろう」
クロードは涼しい顔をして、私の一番痛いところを突いてきた。
そりゃあ最初から仕えるためにきたわけじゃありませんから。そんなことこの期に及んで言えるはずもないが。
私はそれらのことをあやふやにするため、早速切り札を切ることにした。
勿体ぶっていて命を失っては目も当てられないからだ。
「それは……このことはご内密に願いたいのですが」
「なんだ」
「わたくしにはある能力がございます」
「能力?」
クロードが形のいい眉を上げる。一体何を言い出すつもりだとその訝し気な表情が語っていた。
王子も不思議そうな顔で私を見上げている。
「はい。それは見ただけで他者の魔法属性を見抜く能力です」
そう口にした途端、クロードの眉は一層跳ね上がる。
「なにをばかなことを」
「確かにばかげた能力ではございますが、嘘偽りではございません。そのため出仕することも婚約することもなく、世を騒がせないようにと今日まで隠れるように暮らしてきたのです」
嘘はついていない。
父は私の能力に気付くと、すぐさま私を田舎へやった。
それは私を厭ったからではなく、王都にいてはどんな災難が降りかかるか分からないと分かっていたからだ。
このリッツン王国で信仰される魔法正教は、所有する聖水晶で魔法属性を保証し、人々の結婚や就職に大きな影響力を持っている。そのため魔法正教のトップである大魔法使いと国王では、どちらが国主か分からないと言われるほどなのだ。
そんな情勢下にあって、私の能力は使い方によっては王家と魔法正教の力関係すら乱すものである。同時に時の王から見れば喉から手が出るほど欲しい能力でもあるだろう。
そんな能力を己の出世に利用するでもなく、すぐさま田舎に避難させてくれた父を私は尊敬し、感謝している。
クロードが対応を決めかねている間に、私は言葉を続けた。
ここまできたら、もう勢いで押し切るしかない。
「必要であれば、いくらでも試していただいて構いません。ですがこのことだけは、どうしてもお伝えしなければなりません。それは、カミーユ殿下の事です」
「僕のこと?」
王子は不思議そうに首を傾げている。
光に包まれてその表情はぼんやりして見えるが、人間であることが把握できるだけでも今はありがたり。
私はそんな稚い子供に向かって頷いた。
「カミーユ様は、決して魔法の適性がないわけではございません。むしろ逆なのです」
「どういうことだ?」
さすがに看過することはできなかったのだろう。
すぐさま氷の騎士が噛みついてくる。
「言葉の通りでございます。詳しく精査してみなければわかりませんが、おそらく殿下にはすべての属性魔法の素養がおありです。もし全く魔法が使えないのであれば、それは全ての才能を持つことで逆にそれらが反発し無効化し合っている可能性がございます」
「じゃあ、僕にも魔法が使えるの?」
王子がはしゃいだ声を出す。
だがその瞬間、今までにない冷気が部屋の中に溢れた。
音もないままに、クロードが剣を抜いている。
剣と言っても、柄の先には芯となる棒が有るだけで、刃の部分を形作るのはクロードが作り出す氷だ。その不規則な刃先が、ひたりと私の首元にあてられる。
「命欲しさにおかしなことを言うな」
その声にはぞっとするような迫力があった。淡い水色の瞳には深い怒りの炎が宿っている。どうして溶けてしまわないのか不思議なほどだ。
私はあまりの恐ろしさに、身動きすらできずにいた。
「ペテンは沢山だ。今までにどれほどの学者を呼び、文献を漁り、遠方から幾人の治療師を呼び寄せたと思う? それらに一喜一憂し、最後にはいつも絶望に打ちひしがれてきた姉上の苦悩など、貴様には分かるまい。これ以上妄言をまき散らすならば、今すぐこの喉笛を切り裂いて――」
「嘘ではございません!」
私は叫んだ。
死にたくないというのもあったが、そんな悲しい言葉を王子に聞かせないでほしかった。