表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

史的な夜話 その5

作者: 戸倉谷一活

私:あのぉ。

友:はいはい。

私:去年とか一昨年とか、静岡県の船明言う土地、温度が無茶苦茶高くて40度超えとったやないですか。

友:40度って、想像付かんよな。

私:わしなんか、毎年夏は30度以上の所で仕事しとるけど、さすがに40度は想像付かんよ。

友:なんでもええけど、気ぃ付けや。ぶっ倒れてからやと遅いで。

私:それは勤務先に言うてくれよ。

友:それはそうやな。

私:職場の話は兎も角、なんでな、船明って、「船」と「明」で「ふなぎら」って読ませるんやろうなって、気になるんやけど、知っとるけ?

友:あぁ、そうくるやろうなって思ってはいたけど、先に言うと、船明の対岸に「日明」って書いて「ひあり」って読ませる土地があるんやで。

私:ますます謎が深まるなぁ。

友:随分と前の話やけどさ、気になって調べたことは有るんよ。

私:ほぉ~

友:でも、答えは出てこんやったよ。

私:ありゃまぁ・・・

友:先に答えを言うてまうと、いつもお世話になっとる角川の地名大辞典にも載ってへんかったんよ。

私:ふぅ~ん。

友:船明って今は浜松市の天竜区やけど、その前は天竜市で、そのまた前は光明村やったんやな。例えば天竜市史とか、光明村誌とかに船明や日明の由来が載っとったら当然、角川の地名辞典にも反映されるやろうし、何よりも地元の人が船明や日明の由来をネットに書き込んで、うちらもそれを読んで、今頃答えを知っとる頃やんか。それが無いってことは、答えが無いんかもしれへんよなぁ、って思うんや。

私:ほな、この話はここでおしまいかいな。

友:まぁ、そうなるかなぁ。

私:短っ!

友:そない言うかと思うて、余談を1つ2つ・・・

私:余談?

友:さっきも言うたけど、以前、気になってさ、調べようと思ったんよ。

私:うんうん。

友:いつもお世話になっとる角川の地名大辞典読んで、答えが無かったやん。

私:うんうん。

友:そいで、いくつか本を買ってみたんですよ。

私:そいでも、答えは無かったんやろ。

友:結果を先に言うと、そうなんや。静岡新聞社さんから出とった「遠州歴史散歩」「天竜川百話」「遠州の史話」「遠州の民話」と読んでみたんやけど、答えに繋がりそうな話は載ってへんかったよ。

私:わざわざ揃えはってんから、大したもんやで。

友:支払いは全てあんたやけどな。

私:ヱ?

友:なんも言うてへんよ。

私:なんや、ただならぬ一言を聞いたような・・・

友:そいでさ、もしかすると方言やもしれへんと思てやな、「静岡方言誌えーらしぞーか」「静岡県の方言」「遠州の方言」「靜岡縣方言辭典」の4冊を読んでみたんやけど、どうにも方言は関係なさそうやったよ。

私:ちょい待てや!

友:なに?

私:この年季の入った辞典はなんやねん!

友:見ての通り「靜岡縣方言辭典」やけど、なにか?

私:どこの古本屋から引っ張って来てん!

友:忘れたよ。明治時代に編集された本を、昭和に復刻したという逸品やで。

私:価値がわからん・・・

友:枕元に置いといてな、寝る前に1ページ読む努力してみ。なんと一行で眠れるし、不眠に悩まされることは無いで!

私:誰が不眠やねん。毎日ぐっすり寝とるし!

友:手垢も無いし、ほんまの美品や。掘り出しもんやで。

私:こっちの「遠州の方言」言う本も古そうやな。

友:これは昭和40年代に出版された本やな。こっちもまともに読もう思たら、一行読んだら眠って、一行読んだら眠っての繰り返しや。全部読み終える前にこっちの寿命が尽きるやもしれへんな。

私:単なるアホやんけ。

友:まぁ、そない言いなや。方言の奥深さを学ぶには丁度いい本やで。

私:やっぱりアホや・・・

友:眠れへんことあったらいつでも言うてくれ。わしが枕元でな、「遠州の方言」読んだるから。

私:あんたの声で堅苦しい本読まれても、イラッとして却って寝れへんで。

友:そないかぁ・・・

私:そもそも方言辞典読まれても、寝るとか寝れへんとか、それ以前の問題の気ぃするけど、あんた、方言辞典読んで寝れるんかいな。

友:寝れるわけあらへんやんけ。ワクワクして!

私:駄目だこりゃ・・・

友:そない言いないや。

私:それはそうと、一点気になったことがあるんですよ。

友:はいはい、なんでしょう?

私:ネットでさ、「船明」って調べたら、苗字でもあるようですね。確か「明治新姓」とか、書いてあったよ。

友:あれやな。明治時代になるまで、庶民には苗字が無かったり、持ってたとしても、使たらあかんとか、そないな時代やったからさ。政府から「苗字、どうぞ!」って言われた時、船明に地縁とか血縁とかが有る人が、船明を苗字に使たんちゃうけ。

私:磐田市にある守増寺の僧による、とか書いてあってんけど。

友:船明には同じく曹洞宗の長養寺言うお寺もあるし、長養寺で修行して磐田市の守増寺へ転勤したかもしれへんやんか。

私:お坊さんって、転勤とか言う言葉使うんけ?

友:そんなんもん知るかいや。

私:あと、千葉県にも船明さんが居るとか居無いとか。

友:そこまでは調べきらんけど、なんかの都合で引っ越さはったんやろうな。

私:千葉県で別個に船明さんが出てきたとか、そう言う可能性は無いんかいな。

友:まぁ、あるやもしれへんよな。地名辞典なんかが出来る前、明治とか大正時代に船明言う地名がどこかにあってさ、合併やら地名変更とかで消えた可能性もあるよな。静岡新聞社さんの「静岡県名字の由来」と「静岡県名字の雑学」の2冊は読んだけど、答えは見付からんやったよ。

私:結局、何冊買うたんよ?

友:さぁ・・・

私:投資の非道いことよ・・・

友:最後に1つ、かまわんですか?

私:なんでっしゃろ?

友:例えば、奈良県奈良市の「なら」って言葉、ハングル語では「ナラ」は「国」を意味するらしいし、「ぎら」もハングル語とか、またはアイヌ語とかを調べたら語源がわかるやもしれへんで。

私:図書館にアイヌ語辞典とか、ハングル語辞典とか、無かったんかいな。

友:さすがにそこまで調べる気力というか、つらつら読む気力は湧かんかったよ。そもそも分厚いし、自分がハングル語さっぱりやもん。

私:それこそ、専門家が「ぎら」の由来は、とか言うて説明してくれそうやけど、それがネット上で無いってことは、そこにも答えは無いってことやろうな。

友:そうなんやろうな。

私:長々と話して、答えが無いままに終わるんやな。

友:まぁ、そない言わんと最後にも1つ、語らせてくれや。

私:なんや、まだあるんかいな。

友:図書館でさ、「地名用語語源辞典」と言う辞典を見付けたんですよ。

私:ふぅ~ん。

友:興味無い?

私:なんか、疲れてきたよ。

友:もうちょいで終わるから、我慢して聞いて!

私:はぁ~い。

友:まず「ぎら」なんやけど、「きららの産出する土地」「ひらの転で傾斜地」「キ(割)ラ(接尾語)で割れ目、刻み目、谷間」「ラ(接尾語)で鋭く尖った地」他に隔絶地、崖などの崩壊地形とか、意味はあるらしいねんけど、傾斜地が一番近いんかな、と。

私:なんでよ。

友:今は船明ダムが出来てもうて、地形も随分と変わったみたいやけど、江戸時代なんかは対岸の日明との間に大綱を引っ張って、上流から流した材木をここで止めて、船明で引き上げて各地に運んだとか、そないな話やから、天龍川に対して傾斜地があったんや無いか。

私:なるほど。

友:角川の地名辞典に寄るんやけど、船明って言う地名、承久元年には記録に残っとるらしい。

私:承久元年って西暦で言うといつやねん。

友:西暦で言うと1219年やな。

私:今が2022年やから、ざっと800年も前やな。

友:そやから、それ以前から船明って言う地名はあったんやろうな。いつ、誰が船明って言い出したんかはわからんけど。

私:ところで、日明はどないなんねん?

友:船明ダムが造られた時、日明の住民は全員退去した言うから、住宅地は多分、ダムの底に沈んだんやろうな。そやからダムが出来る前と後では風景も随分と変わっとると思うんよ。だから、何とも言えへんけど、「地名用語語源辞典」に寄ると「あり」には「存在する」とか「斜面」とかの意味があるらしい。

私:船明の「ぎら」が「傾斜地」とか言うとったから、対岸の日明にも「斜面」があって、そこで上流から流れてきた材木を引き上げとった、そないな感じか?

友:それでいいんちゃうかなぁ。

私:ほな、「あり」にも「ぎら」にも「明」という字を当てるのはなんでや?

友:おそらく間に合わせの当て字やとは思うんや。漢和辞典見たって「明」という字、どない頑張っても「あり」や「ぎら」とは読まへんもんな。

私:ところで船明の「船」は?

友:木材の集積地でもあったんやろうけど、同時に川を行き交う船の停泊地としても適しとったんやろうな。どこでも「船」が付く地名言うんは海運や水運にまつわるんやな。ついでに言うとくと「日明」の「日」は説明でけへん。

私:さっきから名前が出てくる辞典にも載ってへんかったんか?

友:あぁ、「地名用語語源辞典」な。「日当たり」「水路、溝、河川」「干潟」など書いてあってんけど、なんか絞り込めへんと言うか、ここまでで疲れたよ。

私:お疲れさんやったなぁ。

友:ほんま、疲れたよ。

私:でも、地名の専門家なんかがさっくり調べて、船明はこういう意味でっせって、言うてくれたら一番早いねんけどなぁ。

友:ほんま、そない思うよ。まぁ、でも、この辺りには「伊砂」と書いて「いすか」と読んだり、「米沢」を「みなざわ」と読んだり、有名な「月」「熊」言う地名もあるし、時間があったらまた調べてみたいよ。

私:あんた、永遠に楽しめそうやな。

友:さぁ、明日もまた早いんやろ。そろそろ寝た方がええで。

私:それこそ、方言辞典を延々枕元で読まれそうや。

友:それが嫌なら早よ寝ぇや。

私:ほな、お休み。

友:はい、お休みなさい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ