1.父、息子の同人誌を奪う
初投稿です。お手柔らかにお願いします。
構想は随分前からありましたが、書かないと当方の脳内で物語が続かないため先を読みたいので書き始めました。
これより第13回家出作戦を開始する。
今回の装備は異世界製のパジャマと下着、タオル、昼食に出されたサンドイッチとスコーン、愛用のリュック。準備万端。今日はまだ吐いていない。体調も万全。
薄暗い"病室"の扉を開けると目が眩むほど光に満ち溢れた廊下が見える。
「どこ行くにゃ?」
背後で黒猫が喋った。
(いやいやいや、猫が喋るわけないから。やっぱり私、頭オカシクなってるわ。こんなとこ早く出ないと)
こっちに来てからの私の世界は何もない病室と喋る黒猫と言葉の通じないメイド、そして自称息子だけだ。因みに私に性交渉の経験もなければ、子供を産んだ覚えもない。
この世界で私と喋れるのはこの黒猫と自称息子だけだ。しかし、産んだ覚えもない息子と楽しくお話する気になんてなれない。自称息子とは顔を会わせれば喧嘩になる。その上、猫が話せるなんて冗談じゃない。
慣れない異世界に突然飛ばされて、この3週間薄暗い病室でじっとしていた。人は何もない部屋に長く閉じ込められると精神が崩壊すると聞いたことがあったような。本当に気が滅入りそうだった。
とにかく娯楽が欲しかった。病室のベットに縛り付けられていても退屈しないものが欲しかった。子供用のオモチャでも、読めない本でも何でも良かった。神様、私に娯楽を!
「どうせ遠出は出来にゃいぞ。あんたすぐ倒れるからにゃ。まぁ、オレサマがついててやるから安心しろ」
私の知る"猫"より少し骨格の大きなこの黒猫は、自分の寝床でふんぞり返っていた。
こいつはいつも上から目線だ。いつだって下から見上げている癖に。
光溢れる廊下を窓際を避けながら通る。第1~3回の家出作戦で窓際を歩くと吐くことが分かったからだ。
私の病室は邸の端にあるらしく、長い廊下を歩かなければ他の部屋の扉に辿り着けない。最初の扉まで約20m。そこまで歩けば何かあるだろう。遊べるものが。
今の私にとってはキツイ距離だ。元々運動は苦手だが、流石にたった20mも歩けない程ではなかった。これも異世界転移の影響かもしれない。
「ほ~ら頑張れ頑張れ。あとちょっとだぞ~」
黒猫が扉の前で鳴いている。鳴き声がにゃーじゃないのは私が疲れているからだ。
「はぁ、はぁ……。あと、ちょっ……と」
壁に手を付きながら汗だくで歩いていく。扉まであと数m。昨日はここで倒れたが、今日は何とか辿り着けそうだ。
「ゴーーーール!よくやったにゃ」
黒猫が褒めてくれた。前足で私の足をてしてしと叩いている。
「……ありがと」
初めて扉の前まで辿り着けた感動でオカシクなってるんだ、そうに違いない。
目当ては扉の奥だ。何があるのか。私は久々にワクワクしながら扉を開けた。
「……ん?父さん?……どうしたんだ?」
目の前には眼鏡をかけた自称息子が仰々しい机に座って何やら読んでいた。
「なんでお前がここに……?」
「そりゃ、ここは俺の書斎だからな」
「……その、読んでいるものは?」
「これか?これは父さんがこっちに来たとき持ってた絵本だ。あー、いや、コミック……漫画……同人誌って言うんだっけ?」
そういって見せてきた表紙に、私は青ざめた。
そう、それは紛れもない同人誌。それもBLのR-18。息子にどころか非オタには絶対に見せてはいけない代物。しかもこいつはたしか15才。
私の中で何かがキレた。
先程の疲れも吹っ飛び、体が軽くなった。嘘のように机までズカズカ歩き、私は奴の持っている本を取り上げた。
「18才未満がR-18を読むな!」
「……は?」
「18才未満がR-18読んで責任取らされるのは読者じゃない!作家様だ!神々に迷惑をかけるな!」
「……父さん、ちょっと落ち着け。神?R-18?何のことだ?」
「R-18は18才未満は読んではいけないもののこと!ここに表示があるだろ!」
私は表紙の一点を指差す。
「あー、なるほど?」
「分かったら、ここの同人誌全部回収するからな!」
呆然としていた息子がたじろいだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。全部?これは父さんの世界の言語を知るための貴重な資料で……」
「問答無用」
「おい、そんなに持ったら倒れ」
ガタンッ。ガッ。ドサッ。
私は机に積まれていた同人誌を抱え上げようとして、大量の同人誌ごと倒れ、机に頭をぶつけて意識を失った。