特別な泥
好き同士にしかわからない不思議な空気ってありませんか?
この2人はなんだかダークな雰囲気を纏いつつ、互いに幸せを見出して心を満たしているのだと思います。
ぼくの不思議な世界へようこそ。
幸せが見つかるといいですね。
今日は記念日。付き合い始めた日なんてどっちも覚えてないから、2人で話し合って決めた記念日。だからお気に入りのレストランで肉料理を食べながら、ワインを楽しむことにした。
「ねえ、特別って、ワインと泥、どっちだと思う?」
君はいつも突拍子のないことを聞く。せっかくの記念日で、最高のレストランで、最高のラムチョップを食べている時でさえ。
「お肉とワインが口の中で奏でるハーモニーを無視して、そんなことないを聞くのは、この世界で君くらいだよ。」
わざと口を尖らせて私が言うと、
「こんな時だからこそだよ。特別な日に、美味しいワインを味わう時でないと、こんな質問も思い浮かばないだろう?」
ワインについて全然詳しくない君がグラスを揺らし、香りを確かめるような仕草をした。なんだかおかしくて、「いとをかし」という言葉が脳裏に浮かぶ。
「特別って、スペシャルのこと?」私も同じように、グラスを揺らして、きれいに回るワインを眺めながら、君の質問の答えに思考を巡らせた。
「うん、今日のようなスペシャルのことだよ。」今度は口にほんの少しだけワインを含ませた後、難しそうな顔をして、やっぱ味わかんないやと君は小さく呟いた。
「ワインを左に回すのと、右に回すのって、香りが違うのよ。」と言うと、君はさっきと反対向きにワインを回し出した。
ややあって、私が口を開いた。
「ワインと泥ねえ。特別、スペシャル、今日のような、とくれば、やっぱりワイン感が強いね。記念日に泥団子を嗜む人はそうそういないよ」と私もワインを一口飲んで、小さく笑って付け加えた。「あまり回し過ぎると、ワインが機嫌を損なうらしいよ。」
はっとして君が手を止め、寂しそうにまだ慣性で回り続けるワインから目を離さずに言う。
「やっぱりワインだよね。ともちゃんでもそう思うよね。」
またいつものことだ。この答えでは君は満足しない。「ノーマル」じゃない「スペシャル」しか、君はあの満たされた顔をみせてくれない。君は私に裏をかいた回答を求め、私は君が答えに満足した時のあの顔を求める。供給と需要の均衡が取れて、最高な相性。だから今日も君の求め回答を私は紡ぎ出す。
「私の答えは、泥。特別は泥だよ、りつき。」君をまっすぐ見据えて、私はできるだけはっきりとした口調で言った。君の求める答えを、迷いなく届ける。
君は両方の口角を上げ、私を見つめ返して「それはなんで?」と期待たっぷりで、それでいて優しい声で続きを促した。
「こんな言葉を知っているか?「泥の樽にワインを一滴混ぜてもそれは泥のままだが、ワインの樽に泥を一滴混ぜるとそれは泥になる」
「もちろん、有名だよね。それが、なんで特別は泥になるの?」待ちきれない子供のように君は身を前に乗り出し、目を輝かせた。
「特別な日にでも、日常はいくらでもある、顔を洗ったり、他愛のない会話をしたりとね。でも平凡な日に特別を混ぜると、それは紛れもなく特別になる。だから、特別は泥だよ。」
「特別の樽に普通を一滴混ぜてもそれは特別のままだが、普通の樽に特別を一滴混ぜるとそれは特別になる…か」味わうように小さくそう言う君の顔は見る見るうちに変わっていく。さっきの期待と興奮が入り交じった表情が、どんどん幸せに満ちていく。
この顔がたまらない。私の回答が気に入ると必ずこの表情になるのに、いつまでも私にとってそれは特別で、スペシャルで、きっと泥まみれでも美しいと思わせるような顔だった。
ぼんやりとそんな君を眺めていたら、不意にさっきまでのそれと打って変わって、いたずらっ子のように君はニヤッと笑った。
「来年の今日は、泥団子をご馳走するよ。」
「・・・い」
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
あの2人の世界は、暗かったでしょうか?それとも幸せに満ちていましたか?
ともちゃんが出したスペシャルな答えに、みなさんは納得したのでしょうか。
何にしろ2人しかいない世界へ、ぼくたちが迷い込んだのだから、彼女たちにとやかくいうことはできません。
しかしぼくは大好きな人を思い浮かべながらこの作品を作りました。独特な雰囲気を纏って、チリだらけのこの世界で、何度もぼくを見つけては世界の底から掬い上げてくれた人を思い浮かべながらです。
2人の互いへの「好き」が伝わっていたら幸いです。
そして今、たくさんの作品からぼくの「特別な泥」を読み、後書きまで目を通してあなたも、ぼくにとってはかけがえのない光です。あなたの目にとまることができて、幸せです。特別な感謝をあなたに。
これからもぼくの不思議な世界をよろしくお願いいたします。