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お姉ちゃんの特権ですから





「……姉さん」


 門出は、カミュさまと陛下だけではありません。


「クロ」

「やっぱり、この呼び方の方がしっくり来るね」


 首の後ろを押さえたクロが苦笑します。そうですよぉ……と泣きそうになりますが、グッと我慢です。泣きながらのお別れは、やっぱり寂しいですからね。


 だから……だから……お姉ちゃんとして、弟の旅立ちは笑顔で見送りたいのですが……私はやっぱり、ダメなお姉ちゃんみたいです。


「クロぉ……クロぉ……」

「はいはい。もう、仕方ない姉さんだなぁ」


 おいで、と広げられた胸に私は飛び込みました。もう、本当にどっちがお姉ちゃんなのかわかりませんね。


 それでも、私はワンワンと子供のように泣くことしか出来ません。そんな私の頭を、クロはゆっくりと撫でてくれました。足元では、いつの間にかドレスから出ていたギギがクロの脚に頬擦りしています。


「いっぱい困らせちゃってごめんね」

「そんなこと……ないです。クロの気持ち、すごく嬉しかった……ですよ?」

「ははっ。いいよ、そんな嘘吐かないで。時期尚早なのは、僕もわかっていたんだ。姉さんにとって、僕は可愛い弟以外の何でもないってこともね」


 本当に……クロには何でもお見通しです。いっぱい困りました。可愛い弟から求婚されて、本当にいっぱいいっぱい困ったんです!


 それでも……私はお姉ちゃんですから。


「……弟に振り回されるのも、お姉ちゃんの特権ですよ?」


 私が鼻を啜って何とか笑うと、クロが私の涙を拭ってくれます。クロだって、目にたくさんの涙を浮かべているのに。それでも私を安心させようと、ずっと笑顔を作ってくれています。本当に優しいです。どこに出しても恥ずかしくない……自慢の弟です!


「私は、ずっとずっとクロが大好きですよ」

「うわぁ、残酷。今、それ言う?」


 はっ、失言でした。そうです、私は今容赦なくクロを振ったばかりなのです! もちろん弟として大好きという意味なのですが……そうですよね。今それを言うには傷口に塩を塗るようなものですよね……。


 だけど私が謝罪を口にするよりも前に、クロは眉根を寄せました。


「でもさ、本当に心配なんだ……姉さん、あの男で大丈夫なの? 貞操売ったからって、その相手に人生全て捧げる必要はないんだよ?」

「へ……ていそう……?」


 前もこんなことがありました。私が汚されたとか……。

 え? クロは本当、何を言っているんですか?


「あのー、クロ。こないだからたまに、何を言っているのかわからないのですが?」

「うん。姉弟だからこそ話したくないこともあるよね。でもね、姉さん。初めての人と添い遂げる必要もないってことは、覚えておいてほしいんだ。姉さんがカミュさんのこと好きだって気持ちは、すっごく理解しているよ。でも自分は愛人でいいとか、身体だけの関係だけでいいから側にいたいっていうのはやっぱり違うと――」

「本当クロは何を言っているんですかっ⁉」


 わーわーわー! この子はいきなり何を言い出すんですか⁉ まだ朝です! しかも他に人もいっぱいいます! お仕事中の人ばかりです! 男の子がそういう話題が好きなことはお姉ちゃんだって知っていますよ。だけどこんな時に話すことでは――まぁ、いつなら話していいってものでもないような気もしますが――とりあえず、ダメなものはダメなのですよ!


 私が絶叫すると、カミュさまがクロの肩を叩きました。


「俺はやってない」

「でも、連日『添い寝』していたんですよね? 姉に魅力がないなんてことは……」

「そんなことはない。だけど、俺はやってない」

「またまた~。妙齢の男女が二人でベッドを共にして何もないわけが――」

「本当に、やってないんだ」


 カミュさまの瞳がいつになく暗いお色です。それに釣られて、今まで嘲るような顔をしていたクロも真顔になりました。


「本当ですか?」

「あぁ」

「カミュさん、不能?」

「んなわけあるか! 俺がどれだけ我慢を――!」


 なんかよくわかりませんが、カミュさまが怒り出しました。陛下が本当に言葉通り、腹を抱えて笑っていらっしゃいます。私は何のことだかわかりません……わからない方が、いいんですよね……?


 顔を真っ赤にするカミュさまを見て、クロも吹き出してました。


「そっか……ふふ。僕、ずっと勘違いしてたんだ……何だそれ。カミュさんヘタレかよ」

「……紳士と言え」

「お断りします」


 そしてクロも堪えきれなくなったのか、大笑いし始めました。ギギを抱き上げて「もうギギ、どうしよ」と笑っているその姿を、私は目に焼き付けます。


 可愛い可愛い、私のクロ。だけど今日でお別れです。

 たとえ離れ離れになっても、私たちはずっと家族です。


 ふと、クロの奥にいる方々に目が行きます。クロの学校でできたお友達です。微笑んでいるような、何かを我慢しているような、そんな優しい顔をなさっています。


 私が、どうかクロをお願いします、という気持ちを込めて頭を下げると、その方々も丁寧にお辞儀をしてくれました。きっと、あの方々はクロのことを大切にしてくださいます。そう思うのです。


「どうした?」


 頭の上から、カミュさまが声を掛けてくださいます。私は答えました。


「私、幸せになりますね」


 お母さんの気持ちに応えるため。

 クロの気持ちに応えるため。

 カミュさまの気持ちに応えるため。


「だから、これから宜しくお願いします」


 私がカミュさまに頭を下げると、カミュさまは私の頭に手を置かれました。


「そんなこと、命令されなくても」






「何かあったら、いつでも僕を頼っていいんだからね! 今生の別れにするつもりはないんだから。何があっても、僕は姉さんの味方だから!」


 そう言い残して、クロはミュラー皇国に旅立ちました。


 きっかけがクロの勘違いだったとはいえ、皇子と公表してしまった以上、撤回するわけにはいかないようです。後悔があるのかと心配にはなりましたが、それでも旅立つクロの顔はとても清々しいものでした。


 それなら、クロはどこに行っても大丈夫です。なんたって、私の自慢の弟ですから!


 これから国の立て直しに尽力しなければならないようですが、クロなら絶対に素敵な国に出来ると、お姉ちゃんは信じています!


 ただひとつ、気になっていることがあります。


 別れ際、クロがカミュさまに何か耳打ちしていたんです。カミュさまに聞いても「なんでもない」と言ってギギのことを見ていたのですが……何を話していたのでしょう?





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