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朝日よ、早く昇ってくれ(クロ視点)





 僕の姉――サナは魔女だ。そしてそれは、秘密にしなければならないこと。

 なぜなら魔法使いは希少で、戦争の大事な戦力となるから。抱える魔法使いの数が多いければ多いほど、国の力となるから。

 たとえ使う魔法がぽんこつでも、彼女の唯一得意な魔法は、使い方によって簡単に国一つ落とせるものだから。


 あの優しくて間抜けなサナが、戦争なんて残虐非道なものに耐えられるはずがない!

 だから僕が守らなくては。


 どうもそのことを理解していないぽんこつな姉だけど。

 僕とは血が繋がっていない義理の関係だけど。


 それでも、だからこそ大切な相手だから。

 僕の命よりも大切な人だから。


 だから僕が守らなくてはならない。

 だから僕が幸せにしなくてはならない。


 馬鹿な子ほど可愛いという。

 馬鹿なくらいに僕を溺愛する彼女は、僕のものだ。


 ずっと。何があっても。

 ずっと。ずっと――



 

 さて、サナの不手際でいきなり家を失くすとは思ってもいなかった。

 だけど燃えてしまったものは仕方ない。あんな森の奥で建て直すより、新たな生活拠点を見つける方が早いだろう。正直、あの森も僕らを狙うやからが増えてたからね。サナに内緒で追い払うのも、そろそろ限界だったんだ。


 生活資金もろくになく、仕方なしに給金の多い帝都にやってきた。


 だけど一つの誤算があった。

 まさか、追手にあとを付けられているとは思わなかったんだ。僕も長年暮らした家を突然失くして、気がどうかしていたんだろう。


 追手がサナを狙う者か、『僕』を狙った者か、わからない。

 だけど下手に宿をとっても、奇襲を受けたらただでは済まないだろう。


 だから、僕は勝負に出た。

 サナには全部内緒で。追手に追われていると気付かれる、その前に。

 仕事を貰うと見せかけて――僕は自分の身分を明かし、皇帝に保護してもらうことにしたんだ。


 なんたってサナには秘密の、僕の素性は――


「これでいいですかね?」

「あぁ……協力感謝する。しかし見事な焼印だな」

「生まれたばかりの赤子にいきなり焼印付けるとか、拷問でしかないと思いますが」


 僕の裸体を上から下まで確認したアルベール==デイル=スタイナー皇帝陛下は、大きく頷いた。


 今は深夜だ。サナと『仕事の面談』という表向きで陛下と対面したのち、僕だけ城の一室に閉じ込められた。


 話に聞いたところでは、サナは陛下の信頼おける騎士の元へ送られたらしい。

 サナと分断されたのは痛い。

 彼女は、無事でいるのだろうか……?


 すると、陛下が小さく笑う。


「そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。君のお姉さんなら無事だ」

「……口ではどうとでも言えますよね?」

「さっき、俺の騎士が彼女を連れてやってきてな。『こんないたいけな女に野蛮な仕事をさせるな』と怒鳴られたよ」

「添い寝役なんてとんちんかんな仕事を与えるからでしょう」

「だって普通のメイドじゃ夜は騎士と別室で寝るのが当然だからな。王子の望みは、彼女に四六時中護衛をつけておきたいんだろう? 彼女に内緒で」


 我ながら、無理難題を頼んだとは思っている。

 それでも、日中は尾行や隠密行動が得意な騎士をこっそり手配してくれているらしく、彼が休む間に例の騎士に守らせようという魂胆らしい。


 僕らの素性を、一切隠したまま。

 『添い寝役』ということで彼女の貞操の危機だけが、どうしても気がかりだが……あまり無理を通しすぎて、陛下の憤激に触れるのも困る。


 ため息を吐きながら、僕は上げていた髪を下ろした。

 本当はこの長い髪が嫌いだ。だけど仕方ない。嫌でも消せない身分の証が、うなじから腰にかけて刻まれているんだから。


 そう――僕は王子だ。

 正式な名前はクロード=アイネ=ミュラー。

 スタイナー帝国の隣、ミュラー皇国の捨てられた王子である。


 捨てられた理由は粗末なもの。

 十八年前に勃発したミュラー皇国とスタイナー帝国との戦争で、ミュラー皇国の首都が焼き討ちされた。その際、せめて命だけでもと、生まれたばかりだった僕が侍女の手によって逃されたという。


 その時に国境に捨てられていた僕を拾ったのが、なんと首都を焼いた魔女――サナの母親だった。


 その話を聞いたのは、僕が十歳になった時。僕が王族なのは、背中の焼印で一目瞭然だ。


 なぜ敵国の王子を拾って育てたのか?

 僕の質問に、魔女は笑って答えた。


『首都は焼けって言われたけど、捨てられた王子を拾うなとは言われてないしね』


 魔女は、あくまで戦争の道具として言われるがまま、街を、人を焼き尽くしたという。

 だけど、その代わりに魔女は手に入れたのだ。

 戦争の道具となる代わりに、勝ったあかつきには以後の生活の自由を貰う、と。


 そして自由になった魔女の気まぐれによって、僕は魔女の娘――サナと共に育てられた。

 魔女が眠りについた、その時まで――


 僕は服を着ながら尋ねる。


「もう一度確認させていただきますけど、僕らを追っていたやからは陛下が手を回した者ではないんですよね?」

「あぁ。君らの住んでいた森へは何度か調査に行かせたが……火事の報告を受けてから、俺は何も命令を下してないな。だから、君らを追っていた奴らは、ミュラーの手の者だろう。正式に王位を継げる者がいないと、だいぶ荒れているようだからな」

「……まぁ、僕には関係ありませんよ」


 ミュラー皇国は敗戦したのち、スタイナー帝国の属国となった。

 スタイナー帝国はミュラーの復興にだいぶ協力していたようだが、やはり戦時中の非道を忘れられるものではない。


 戦後引き継いだ皇帝――僕の実の兄にあたる人物だが――がそれまた無理な作戦を立て、直々にスタイナー陛下の首を取ろうとしたらしい。その時、陛下の騎士に返り討ちにされ……ミュラー皇国の王族の血を引くものは、僕以外にいなくなった。


 スタイナー帝国は王族不要の新しい国の形を提案しているようだけど、やっぱり考えを変えられない人々は多い。そのため、ミュラー皇国は創建派と再建派に分かれて、内乱が起きているのだという。


「おかしな話だね。君は俺に正体を明かして助けを求めたというのに、王位に返り咲く気はないのか?」

「別に。ただ保身のために使えるものを使っただけですから」

「ふーん……俺としては、君がミュラーの王位に返り咲いて、これからも俺と仲良くしてくれると助かるんだけど。もうじき平和条約改定の会議もあることだしね」

「王位には興味ありません。できれば僕は末端の事務官にでもなって、帝都の隅っこで姉と二人で暮らしていきたいです」

「事務官ね……」


 意味深に笑った陛下が肩をすくめる。


「それじゃあ、君の大切な姉も切望していたことだし、明日から学校に通おうか」


 思い出しても、頭を抱えてしまう。


 面接の時のサナの様子。

 どうして彼女は、自分のことをさしおいて僕の学校通いを頼むんだ……? 

 私は馬車馬のように朝から晩まで働いて寝る場所も外でいいので……? 

 どこの奴隷だよ? 奴隷制度なんて、今じゃどこの国も廃止されているはずだろ?


 面接官が陛下だとはわからなかったらしい。だけどそれがお偉いさんだとわかったら、急に彼女は僕の押し売りを始めた。


 下手くそで。一生懸命で。何度も何度も頭を下げて。

 弟は頭がいいのだと。なんでもできるのだと。とても良い子なのだと。

 何度も、何度も……。


「まったく……」


 僕が服の下から馬の尻尾のような髪を引き抜くと、陛下が言う。


「俺からも一ついいかな……彼女、サナ嬢は魔女ではないんだよね?」


 その質問を聞きながら、僕はズボンのベルトを締めた。


「魔女が仲間にいるんだったら、追手の一組や二組、どうとでもなるかと」

「まあ、そうだよなぁ……しかし残念だ。あの『炎の魔女』の娘が魔法使いじゃなかったとは」

「よくあることなんですよね? 親が魔法使いでも子供が違うってことも」

「あぁ。だけど、魔法の素養がない子供のまた子供が、魔法使いになることあるらしい」

「……やめてくださいよ? 姉を無理矢理どうこうするのは」


 僕の視線に、陛下は声をあげて笑った。


「ははっ! だから言っただろう。『女をあてがったら罵倒つきで返品を申し出た騎士に預けた』と」


 たとえ表向きそう言ったとて、相手は成人男性だぞ?

 しかもサナの表向きの役目は添い寝役。

 ベッドを共にして、何もない保証がどこにある?


「朝一で学校の手続きを終えたら、すぐに姉の元へ向かわせてください」


 早くサナに会いたい。

 会って彼女の無事を確認したい。

 そしてあの間抜けで可愛い笑顔を見たい。

 クロ、と可愛い声で呼ばれたい。


「あと僕がミュラーの王子だということ、姉を含めてくれぐれも他言しないよう」


 僕の言葉に、陛下は「あぁ」と言うものの笑っていて。


 朝日よ、早く昇ってくれ。

 僕は陛下の返事を待たずに、まだ暗い窓の外を睨み付けた。





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