表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/47

あまりに悲しく笑うから(クロ視点)



 ◆ ◆ ◆



「父……さん……?」


 僕はおぼろげながら呼ぶ。

 何が起こっているのか理解ができなかった。


 僕が告白したら、サナが発狂した。


 発狂したとしか言いようがない。泣きそうな顔をしたかと思えば、急に笑いだして。そうしたら周りの人達がバタバタと倒れだして。


 これが、魔女か。


 そう思わざるえなかった。魔法はなんども見たことがある。母さんの器用な魔法。サナの不器用な魔法。すごいな、便利な力だな。自分も使えたら良かったな。他人の特技のように思っていた、その力。


 だけど目の前の状況に、僕は初めて畏怖を覚えた。


 柔らかな風が通り過ぎるたびに、誰かが音もなく倒れていく。

 バタバタと。悲鳴もなく。泣き叫ぶこともなく。ただ静かに、ねむりに落ちていく。


 怖い。

 ひたすら笑っている彼女が。その力を行使している彼女が怖い。


 ただ僕には叫ぶことしかできなかった。


 サナと呼んだ。姉さんとも呼んだ。本当は彼女を揺さぶって、抱きしめたかったけど、見えない力に阻まれて、触れることすらできなかった。


 そんな時、猫の鳴く声が聞こえた。

 始めは靄か蜃気楼かと思った。

 だけど気がつけば、ゆらりとギギが人のかたちになり、僕の代わりにサナを抱きしめていた。


 大丈夫、そう告げる声が懐かしくて。何もできない自分が不甲斐なくて。


 僕の目から、涙が落ちる。その雫は、雨に呑まれてすぐにかたちを失くしていくけれど。そんな涙も、父さんはベンチにサナを寝かしつけてから拭ってくれた。


 背が高く、黒い服に身を包んだ父さんは、昔と何も変わらない。長い黒髪をひとつに結いて、穏やかな目で僕を見下ろす。


「クロ、大丈夫ですか?」

「え、あ……うん」

「しかし、クロもまだまだですね。女性を口説くのは、もっとスマートにやらないと。急に事を運びすぎです」

「それは僕も思ってたんだけど……て、今はそれどころじゃ――!」


 我に返ってサナの安否を確認しようとすると、父さんに頭をこづかれる。


「今しかないんですよ。私はすぐに猫に戻ってしまいますから」

「どういうこと?」


 僕に疑問に、父さんは苦笑する。


「私は母さんの使い魔です。母さんの魔法により、人間の姿で君たちの『父親』をしていました。今はサナの魔力を借りて無理やり姿を変えてますが……あ、もちろんサナは私の血を分けた娘ではありませんよ。さすがに人間と猫ではこどもは作れませんしね」

「それじゃあ、サナの本当の父親は?」

「戦争の最前線で亡くなったと聞いています」


 そっか、それしか感想がでない。


 何を聞けばいいんだ。僕は何をするべきなんだ。

 頭が混乱する中、今度は額を指先で弾かれる。


「いった!」

「だから焦りすぎだと言っているでしょう? ひとまずサナは大丈夫です。ただこれだけの魔法を使ったあとは虚弱状態となりますから、すぐに休息させないとお母さんの二の舞になります」

「そ、そんな――」


 お母さんは、魔法の使いすぎで死んだ。サナはどう見ても優れた魔法使いじゃないだろう。もしや、サナも……。


 体中の血の気が引く。だけど、弾かれた額だけがジンジン熱かった。

 父さんは、僕の目から視線を逸らさない。


「クロはもう人の上に立つと決めたのでしょう? だったら、他国とはいえあなたの為すべきことはなんですか? 当然、見えない場所に人を置いていたのでは? 誰に救護を呼ばせにいきますか? 倒れている人の安否を誰に確認させますか? 決めることはたくさんありますよ」

「ちょっと待って……」


 僕は弾かれた額に手を当て、仰ぎ見る。


 空は曇天。大粒の雨が降っている。身体が冷たくなってきた。このままじゃ風邪を引いてしまうだろう。足場もだんだん悪くなってきた。そのままでいて、良いことは何もない。


「……うん。ありがとう、落ち着いてきた。でも一番驚かせてくれたのは父さんだからね?」

「おやおや。手厳しいですね」


 手厳しいじゃないよ、まったくもう。


「ねぇ、父さん」

「なんですか?」

「僕、そんなに脈なしかなぁ?」


 その疑問に、父さんは肩をすくめて。


「私はサナも、当然クロにも、幸せになってもらいたいと思っています」

「……父さんから見て、あの騎士のこと何とも思わないわけ?」


 いつも寝室での情事も見ているんだろう?

 育ての親として、男に娘の身体が触れられている所をみて、何も思わないの?


 暗に匂わせてみても、父さんは笑みを崩さない。

 そして、消えていく。まるで今までの姿が幻だったかのように。雨の中に溶けていって。


「みゃあ!」


 僕の足元で、毛足の長い黒猫が鳴いていた。

 その猫に、僕は苦笑を向ける。


「そういや父さん、父さんのことはサナになんて説明したらいいの?」

「みゃあ」

「猫語なんてわからないよ」


 そう文句を言っても、ギギは再び「みゃあ」と鳴くだけ。

 そしてギギはサナのそばに寄り添うから。


「ジョナサン、いるかい?」


 僕は、反対を向いて声を張る。


「はっ、ここに」


 勇よく出てきた褐色髪の同級生は、異国の服を着ていた。詰め襟でミュラーの刺繍がふんだんに施された従者の青い正装は、雨の中でも色鮮やかだった。その後ろにも、控えているのが二人。


「良かった。無事だったんだね」


 安堵しても、すぐに頭を切り替える。

 彼らは道具だ。今の僕が使える三人の手足だ。


「ただちにアルベール殿下に伝令を。そしてキトンは倒れた者たちの救護に当たれ。屋根のある場所へ運ぶんだ。レインは近隣の店に当たり、救護者を運ぶ場所を確保して」

「は、はい……!」


 僕の指示に、返事は良いものの頭を下げたままジョナサンが動かない。


 どうしよう、何か不備があったかな?

 一抹の不安に眉間に力を入れつつ「ジョナサン」と呼ぶと、彼は我に返ったように顔を上げる。



「どうした? 一番に君に動いてもらわないと困るんだけど」

「す、すいません。ただ……」

「ただ?」

「わ、私たちの名前、全員覚えてくださっているのですか?」

「は?」


 こんな緊急時に何を言ってるんだ?

 本当なら説教でもするべきかもしれないが、その時間も惜しいし、正直気力がない。


「なに、君は僕の名前覚えてくれていないの?」

「そんなことありません! クロード様!」

「うん。だったら僕が君らの名前を覚えていても、なんもおかしくないでしょう?」


 別に、普通のことを言っているだけ。しかも、たったの三人だ。三つの名前を覚えられないほど、僕は馬鹿だと思われていたのかな?


 それなのに、彼らは新しいおもちゃを見る子供のように、目が輝いて。


 まったく……仕方ないなぁ。


 僕はパンパンと両手を打つ。


「はい、それじゃあ早く動いて。君らからしたら他国かもしれないけど、僕からしたら大切な故郷の国なんだからね! 手を抜いたら許さないよ!」

『はい!』


 そして、僕の配下たちが動き出す。

 数少ない、僕の配下。ミュラーにいけば、同じように命令をきいてくれる人が山程いるらしい。まぁ、まだ見ぬ人たちのことなんて、どうでもいいけど。


 それでも、僕に名前を呼ばれただけで、あんなに慕ってくれる人たち。


「面倒なものが増えちゃったなぁ」


 ため息を吐いて、僕は振り返る。

 雨の下で眠る彼女の傍らには、しっかりと黒猫がそばにいて。


「それじゃあ、サナは僕が運ぶね」


 僕はサナの膝と背中に腕を通し、持ち上げた。その時、ふと視線に気がついて顔を向ける。


「なに? 早く動けってさっき言ったばかりだと思うんだけど」

「はっ、申し訳ございません」


 僕とサナを交互に見ていたジョナサンが、気まずそうに言った。


「あまりにクロード様のお顔が……」

「は?」

「それでは、城に行ってきます!」

「……うん。急いでね」

「はっ!」


 そして、ようやくジョナサンは行動を始める。


「さて」


 その背中を見送って、僕は視線を落とした。


「ごめんね、サナ。寒いよね」


 サナの顔に、彼女自身の髪が張り付いてしまっている。払ってあげたくても、持ち上げたままではそれすら敵わない。


 ふと、足元の水たまりに目が行った。僕の顔。別に怪我をしているわけでもないし、特別いつもと変わらないはずなんだけど……。


「クロード様! こちらの商店が場所を提供してくれると!」


 さっそく仕事をこなした臣下に、僕は「今行く」と手短に言葉を返す。


 早く、サナの身体を拭いてあげないと。


 雨は、まだ当分止みそうにない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ