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僕がいるでしょ?





 と言っても、私に作れるものなんてありません。お皿にミルクを出してあげましたが、物足りないのかギギはみゃあみゃあと鳴いてばかりです。


「よし、ギギ! 出掛けましょう!」

「みゃっ!」


 もうすぐお昼の時間です。カミュ様もお仕事が一段落しているかどうかわかりませんが、私にはお昼ご飯を届けるというお仕事があります。いつものワンピースに着替えて、出発です。当然お弁当は作れないので、パン屋さんで買っていくことにしました。ついでに飴屋さんに寄ります。どの飴にしましょう……水色のが綺麗です。今日は今にも雨が降りそうですし、気分だけでも晴れてくれたなら――


「すいません、この水色のやつを――」

「嫉妬しちゃうな。仕事で忙しくても、私を思い出してくださいって?」


 後ろから誰かに覗き込まれて、振り向けば。


「クロ⁉」

「それ、姉さんが今日も着ている服の色だよね? まったく、二人とも同じことしてくれちゃうんだから……」


 そこには微笑むクロの顔がありました。私は驚きを隠せません。


「ど、どうしてこんな所に⁉」

「酷いなぁ、そんな言い方。ギギもそう思わない?」


 足元のギギを撫でるクロは、パーティの時の服でもなければ、制服でもありません。でもどこか気品のある格好は、やはり一緒に暮らしていた弟は別人のようで……正直、私は寂しくて。


 俯いていると、クロが上目遣いで覗き込んできました。


「やっぱり、僕が皇子じゃ嫌……?」


 嫌……とは違うと思います。だって、クロは本当に昔から何でも出来る凄い子だったんです。ぽんこつの私とは何もかも大違いの、賢くて、出来の良い、私の可愛い大好きな弟だったんです。元から、本当の姉弟じゃないことは知っていましたし、高貴な生まれだったとわかって「なるほど」と思うことも多いんです。


 それでも、


「あの……聞きたいことが……」


 恐る恐る声を出すと、クロはいつもの優しい顔で私の手を引きます。


「そうだね。とりあえず少し場所を移動しようか。ギギもおいで」

「みゃあ」


 連れて行かれる先は、近くの広場でした。噴水のまわりのベンチでは、チラホラとお昼を食べている人が見受けられます。


 カミュ様ごめんなさい。このままではお昼の時間に大遅刻です。それでも……今日だけは、クロとしっかりお話がしたいんです……。


 私たちも、近くのベンチに座りました。ザァザァと湧き上がる噴水の音が存外大きいので、他の人には話を聞かれないで済みそうです。


 さすがクロです。パッと的確な場所を選んでくれます。さすが、私の――――


「ねぇ、クロ?」

「なあに、姉さん」


 今日は「姉さん」と、優しくクロは呼んでくれます。それでも昨日は――そのことが聞きたくても、怖くて手が震えてしまいます。怖くて、クロの顔もろくに見れません。


 だから、これはその場凌ぎ。


「……さっきの、どういうことですか?」

「さっきのって?」

「私が、カミュ様と同じことって……」

「あー、それ」


 途端、クロの声がふてくされたものになりました。


「昨日のドレス、見立てたのどうせカミュさんでしょう? ベタすぎるでしょ。自分の瞳と同じ色のドレスなんてさ」

「え……?」


 言われてみれば、確かにあのドレスもカミュ様の目の色も薄紫……菫色です。あぁ、どうしましょう。そう言われてしまうと、急に恥ずかしくなってきてしまいました!


「そ、そんなの……たまたまかもしれませんよ⁉ たまたま安かったのがアレだったとか」

「そんなことないと思うよ。あの人、独占欲凄そうだもん」

「どど、独占って……別に私なんかに声かける人なんて……」

「僕がいるでしょ?」


 ジッとクロが私を見つめてきます。たまに、クロはこんな甘えるような顔をしてきます。何か私にお願いしてくる時です。ですが大抵、用事を頼んだりおねだりしてくるのではなく、大人しくしていて、と言われてしまうのですが……。


 でもこの顔をされてしまうと、私はいつも言うことを聞いてしまいます。だって可愛いんです! 大きな青い瞳で上目遣いされて、唇を少し尖らせて。とってもとっても可愛い私の弟にこんな顔をされたら、お姉ちゃんは言うこと聞いてあげるしかないじゃないですか!


「でも……」


 だけど昨日、クロはもう私の弟じゃないと言いました。もう私たちは姉弟じゃないと言われてしまいました……。


 いつのまにか俯いていましたが、私は鼻を啜って顔をあげます。頑張って、笑顔を作ります。


「えーと! ところで、こんな所にどうしたんですか? お仕事は終わったんですか?」

「……うん。大方の話し合いはね。どのみちもうすぐ定期的な会談があるから、細かいことはそこで……てことになったんだけど」


 そんな私に、クロもいつもみたいに話してくれてましたが、


「本題、入っていい?」


 和やかな会話は、もうお終いのようです。


「姉さんは、僕がミュラーの王様になるのは嫌?」

「嫌では……ないですよ?」

「でも、昨日から歓迎してくれてる感じではないよね?」


 姉としては、弟の躍進は嬉しいです。いきなり皇子様はビックリでしたが、弟が元気で幸せになってくれることは、姉としては最上の喜びです。


 それを伝えてあげたいのに……困りました。唇が震えて、違うことを言ってしまいます。


「だって、もう弟じゃないって……」

「え?」


 目を丸くしないでください! クロが言ったんですよ⁉


「もう……クロは私の弟じゃないって……私たちは姉弟じゃないって……」

「……まったく、本当に姉さんは仕方ないなあ」


 嘆息したクロは頭を掻いてから、私が膝の上に置いていた手を握りました。


「僕はね、姉さんのことが好きなんだ」

「私も……クロのこと大好きだったのに……」

「知ってる。でも僕はサナ=ウィスタリアという一人の女性として、姉さんのことが好きなんだよ。だから、もう姉弟ではいられないと言ったんだ。一人の男と女として、向き合ってもらいたかったんだ」


 ……何でしょう。クロの言っていることが難しくてわかりません。私がクロを見やると、クロは眉尻を下げていました。


「別におかしいことじゃないでしょう? 僕と姉さんは血が繋がっているわけじゃないんだから」

「でも、ずっと一緒に暮らしているのですよ?」

「うん。だからずっと好きだったんだよ。何事にも一生懸命で、いつも二言目にはクロ、クロ、と僕のことを呼んでくれる――そんな可愛い貴女のことが、僕はずっと好きだったんだ」


 クロから「貴女」なんて呼ばれるとドキドキしてしまいます……私が驚いている間に、クロはベンチから腰を上げました。


 そして私の手を握ったまま、私の前で石畳の地面に片膝をつきます。


「僕と結婚しよう」

 

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