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もう弟じゃない





 私はその後、一人屋敷に帰されることになりました。


 教えてもらえたのは、あの騒動はミュラー皇国の再建派とよばれる反帝国勢力の方々によるものだったこと。ミュラー皇国はアルクハンドル大戦の敗戦からスタイナー帝国の属国となっているのですが、それに反発する勢力と、スタイナー帝国に従う勢力とに分かれて内乱が起きているそうです。


 そして今回、スタイナー帝国内にも現在のアルベール陛下の統制に納得されていない貴族様がいるそうで、ミュラーの反帝国側の人たちと内通し、今回の事件を企てたのだとか。


 そんな説明を、事前に情報を仕入れて避難していたアルベール陛下直々にお話しくださいました。


「今回は巻き込んでしまい、すまなかった。君の同伴はカミュからの提案だったんだが……結果的に、君がいてくれてよかったと思っている」

「……どういうことでしょう?」

「クロード君が、正式に名乗りをあげてくれたからね。これで安心して和平会議に望むことができる」


 この時、カミュさまは現場の後始末とやらで席を外していました。

 だから見送りに来てくれたのは、陛下とクロのお二人。陛下の後ろで、クロは視線を下げていました。


「彼がミュラー皇国の捨てられた皇太子だってことは、君たちと面談する前からわかっていたんだ。信憑性に欠けてはいたんだが、炎の魔女に拾われたって情報があったからね。あの面談の後、首から背中にかけた焼印を確認させてもらっていたし」

「クロは昔からわかっていたのですか?」


 私が尋ねると、クロは複雑そうな微笑みながら頷きます。


「自分の背中に、あれだけ大きな印があれば……ね。母さんたちにも、そうだって言われてた」

「そう……ですか……」


 だったら、私だけ内緒だったんですね。私は、クロのお姉ちゃんのはずなのに。ずっと一生懸命、内緒にしていたのですね……。


 頭が働きません。言葉でわかるように説明されても、ふわふわして信じられません。それでも、私は聞かざるえません。


「クロは……もう私の弟じゃないんですか……?」


 それに、クロは再び頷いて。


「サナちゃんのことも知っている。騙しているような形になってしまい申し訳なかった。だけどクロード君が帝国を支持してくれる限り、スタイナー帝国としても魔女の君を丁重にもてなすと――」


 陛下が大事なお話をしてくれていたと思うのですが、それ以上私の頭には何にも入ってきませんでした。


 ――クロは、私の弟じゃない。


 ぐるぐると、ぐるぐると。そのことだけが頭の中を駆け巡ります。





 用意していただいた馬車に乗って、カミュさまの屋敷に戻ってきました。広いお屋敷に私だけ。いつもよりお屋敷の空気が冷たい気がします。


「失礼します……」


 カミュさまのお部屋を叩いても、当たり前ですが返ってくる声はありません。執務机の明かりも灯っておらず、暗い部屋。


 机の上には、いつもカミュさまが食べていらっしゃる飴の瓶がありました。彩り豊かな宝石のような……綺麗で、可愛らしい飴。こっそり一つ取り出して、口に入れます。その甘さに、思わず涙が出そうになって。


「えへへ……勝手に食べるなんて、本当に私はダメな子ですね」


 こんなダメだから……大事な弟もいなくなってしまいました。


 ひとりで笑って、目を拭います。

 そして着替える元気もない私はドレスのまま、ベッドに腰掛けました。


「今日は慣れないことばかりで疲れました……」


 とても冷たいベッドに身を倒しても、目を閉じても。


「カミュさま……私、家族が誰もいなくなってしまいました……」


 私は、ひとりぼっちです。


 身体はとても疲れています。だけど身体を横たえても、睡魔は一向に訪れてくれそうにありません。


 こんなに朝が遠いのは初めてでした。





 今日は珍しく曇っています。ふと時計を見やれば、いつもカミュさまがお仕事に向かう時間です。キッチンからはもういい匂いがして、クロがお庭で洗濯物を干していて。早く起きてもやることがない私は、ギギの毛並みをとかそうとブラシを探して――そのはずなのに。


 今日は誰もいません。広いお屋敷に、私だけ。


 ふと気が付けば。扉の方からギーギーと音がします。ギーギーと。ギーギーと。ずっと扉を引っ掻く音。


 ゆっくりと扉を開けると、「みゃあ!」と黒い猫が飛びついてきます。


「ギギ!」


 みゃあ、みゃあ、と私の胸に頭を擦り付けてきます。そして前足で菫色のドレスの飾りに戯れてきそうになるので、


「ダメですよ、ギギ。せっかくのドレスが破れて……」


 やんわりとその足を抑えると、ふと涙が溢れてきました。ギギはとてもふわふわで、温かくて。私は泣きながら、小さく笑いました。


「ふふ。そうですよね、私にはギギがいてくれますよね」


 ギギをギューッと抱きしめると、やっぱりギギは私の腕から逃げてしまいます。が、扉から出ていこうとした所で「みゃあ!」と私に一声。それに、私は涙を拭ってから答えました。


「そうですね。お腹、空きましたね! 何食べましょうか?」

「みゃあ!」


 なんだか、ギギの返事が満足げに聞こえます。





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