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僕と一緒に踊ってくれませんか?



 ◆ ◆ ◆



 それから、一週間くらいでしょうか。


「姉さん、たまには僕とも一緒に寝ようよ?」

「い……いけません! これからが私のお仕事なんですからっ!」


 今日もクロが寝る前に甘えてきます。近頃は学校から帰ってくるのも遅く、なかなかお話しする時間がありません。朝に三食分食事を作り、帰ってきてからも片付けや雑用等とても忙しそうです。だから私も何かお手伝いしたいのですが……「僕は姉さんにラクをしてもらえる方が嬉しいんだ」と笑顔で言われてしまえば、何もできません……お姉ちゃんはとても寂しいです。


 ともあれ私もクロも湯殿を済ませて、あとは寝るだけ。いつもお互いの一日を報告し合って「おやすみ」するだけだったのに……なんで今日は後ろから羽交い締めにしてくるんですかっ⁉


「え~、行かせたくないなぁ」

「ク、クロはもう大きいんですから! 我慢してください!」


 そうです、クロはもう大きいんです! 身長だって私より高いからクロの息が耳にかかってくすぐったいし、肩幅だって私より広いからすっぽり腕の中に収まってしまいます。そうなんです……可愛い私の弟のはずなのに、とても恥ずかしいじゃないですか……。


「クロぉ~……」


 わ、私はどうしたらいいのでしょう……視線を上げると、クロは慌てて私を離します。隠したいようですが、どうやら顔が赤くなってるようです。


「もう……そんな顔ずるいや」

「え? ずるい?」

「ううん、何でもない――それじゃあ、おやすみ。何かあったらすぐに呼んでね」


 相変わらず心配性のクロです。そんな所がまた可愛いのですが……どうしましょう。最近なぜか別人のようにカッコよく見えてしまうのです……。


 だけど、弟のことでオロオロしている場合ではありません! これからお仕事なのです。クロのためにも、しっかりと務めを果たさなければならないのです!


 頬をペシペシと叩いて喝を入れてから、私は「失礼します」とカミュ様のお部屋に入ります。さぁ、今日も気合を入れて寝かしつけますよ――と思っていたのですが……相変わらずガリガリと飴を食べながら机仕事をしているカミュさまが、私の顔をじっと見つめて言いました。


「急で申し訳ないんだが……明日、夜会の共をしてくれないか?」

「はい?」


 



「わぁっ!」


 何を見ても、私は感嘆符しか出ません!

 パーティなんて、私には無縁の世界だったのに。夢の世界が目の前に広がっています。


 大広間の天井には大きなシャンデリア。端の机には数々のご馳走が並び、この場にいる人みんながお人形さんのように華やかです。どこを見てもキラキラしています。私もその場に合うように菫色の綺麗なドレスをお貸し頂いております。そして振り返れば、月夜が綺麗な夜の庭園。耳を澄ませば噴水の音や虫のさえずり。明暗ハッキリしたコントラストに私はクラクラしてしまいそうです……!


「おい、大丈夫か?」

「はい! とっても素敵です! 夢みたいです!」

「……楽しそうで何よりだ」


 そんな場違いの場所で浮かれていられるには、理由があります。


 カミュさまが私に飲み物を差し出してくれているのですが――カミュさまのお顔にも、目の周りを隠す仮面がつけられているのです。


 そう、これは仮面舞踏会! 


 私を含め、全員のお顔には仮面がつけられているのです。不思議ですね。顔が隠れていると、なんだか私が私じゃないみたいでワクワクします。


 私は「ありがとうございます」とグラスを受け取ってから言いました。


「その仮面とてもお似合いですね! まるで貴公子様みたいです!」

「……あんたの貴公子イメージが俺にはよくわからんな」


 紫色で、端に羽が付いている素敵な仮面です。いつもの騎士の御姿とは違うタキシード姿といい、とてもカミュ様にお似合いだと思ったのですが……どうやらカミュさまはお気に召さないみたいです。顔が見えなくとも皆さん楽しそうにしているのに、カミュさまだけ居心地が悪く見えるのは気のせいですか?


「カミュさまは……パーティ楽しくないんですか?」

「こういう場には嫌な思い出しかないが……」


 聞いたところによれば、このパーティは定期的なお貴族様の交流会らしいです。毎回同じ催しだと飽きるとのことで、今回は仮面舞踏会になったとか。


 特に今回は特別なお客様がいらっしゃるらしく、その方直々にカミュさまにも挨拶したいとお話があったとのこと。そして妙齢の出席者の場合、パートナーが同伴でなければ色々と面倒がある――という慣しがあるそうです。そのためカミュ様は同伴者に私を選んでくださいました。


 ともあれ、その御命令を私が断る道理はありません! しっかりとお役目を果たすまでです!


 それに、こんな素敵な機会、きっと二度とないでしょうから。カミュ様と一緒に楽しい思い出を……と願うのはわがままですか?


「でも、仮面舞踏会ですよ?」

「いや、この悪趣味のどこに楽しめる要素があるんだ?」

「それはですね――」


 私はここぞとばかりに力説します。羽がふわふわで可愛いだとか。キラキラしていて素敵だとか。そんなことを話していると、カミュさまが口元に手を当てて吹き出しました。


「カミュさま?」

「いや、失敬……そうだな。やっぱり、存外仮面舞踏会も楽しいかもしれんな」


 カミュさまが笑ってくださいました! やった!

 私はついついカミュさまの手を引きます。


「でしょう! それでは、あちらの料理を食べにいきませんか? せっかく仮面を付けているのだから、好きなもの食べたい放題しても大丈夫ですよ!」

「何がどう大丈夫――」

「あっ」


 大変です、つい近くの人のドレスを踏んでしまいました!

 ですが、その人が転ぶよりも前に――ぱっと私の手を振りほどいたカミュさまが、そっとその人を支えてくださいます。


「俺の連れが大変申し訳ございません。お怪我はございませんか?」

「は、はい。大丈夫です……」


 おや……何やら見つめ合っていますね。カミュ様はいつもどおりの仏頂面ですが、女性はウットリしているようです。


 わ、わかりますよ? 仮面の奥に綺麗な菫色の瞳が見えると、なんかドキドキしてしまいますよね。だから私はあえて仮面を見るようにしていたのですが……その光景があまりに絵になっています。


 なんでしょう……御二人を見ていると、ムカムカしてきます。先程カミュ様に貰った飲み物もお酒だったのでしょうか。そういうことに……しておいて下さい。


「カミュさま……少し気分が悪くなりましたので、隅で休ませてください」

「お、おい――!」


 カミュ様の制止を聞かず、私は逃げてしまいました。不躾な付き添いで申し訳ございません。でも……しかとお仕事を全うするためにも、少しだけ冷静になる時間をください。


 だって……私なんかが嫉妬しては、ご迷惑になってしまうでしょう?





「困りました……」


 私は会場の隅っこで壁に向かって溜息を吐きます。仮面でお顔の半分が隠れているとはいえ、とても素敵な女性でした。私みたいな元はおんぼろの『添い寝役』ではなく、カミュさまもあのような魅力的な女性とベッドを共にしたいはず。


 いわば、私の仕事はそのお相手が出来るまでの代役。お仕事が忙しくて、そんな相手を作る時間がないだけでしょう。作ろうと思えば、きっとすぐにでも正式な伴侶ができるはずです。だってカミュさまはあんなにも素敵なんですから。


「当たり前ですけど……私は場違いですね」


 どんなに着飾ったところで、私は田舎育ちの貧乏人です。優雅にお喋りをすることも出来ませんし、踊ることなんて以ての外。仮面で誤魔化しているとはいえ、歩き方も立ち方ですら、他の人達とは違う。カミュさまは昔色々あったとはいえ、元はしっかりとした爵位をお継ぎになる御方。その隣に私なんかがいることこそ、間違いなのです。


 改めて現実を目の当たりにすると、嫌でも落ち込んでしまいます……。だけど、早く立ち直らなければ。この場だけでいい。しっかりとお給金分のお勤めは果たさないと。それなのに……私の背中は、どうしても壁から離れてくれません……。


 ずっと俯いていた私の前に影が出来ました。私が顔を上げると、逆に目の前の人は片膝をつきます。


「宜しければ、僕と一緒に踊ってくれませんか?」


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