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ゆめゆめお忘れなきよう



 ◆ ◆ ◆ 



 腕が……痛いです。目を開ければ、ギギが私を引っ掻いてます。


「みゃあ!」

「みゃあ、じゃないですよぉ」


 腕を見やれば、うっすらと爪のあと。一応手加減してくれていたみたいです。それでも私がボンヤリしていると、ギギは私のお腹の上に乗って手を出してきます。


「もうギギ、ダメですよ。この服薄いんだからすぐに破けちゃう……」


 その時、外からゴーンッと鐘の音が聞こえました。お日様が高いからお昼の鐘ですね。


 クロが出かけて私はまた寝てしまっていたようです。頭が痛いのは少し治まってきました。何も食べていないからお腹が空いて――


「あああああああああっ⁉」


 慌てて跳ね起きます。ギギが落っこちますが、ちゃんと着地してくれました。さすが猫です。でもごめんなさい、大変なんです!


「ギギ! すぐにカミュさまの所に行きますよっ!」


 そうです! お昼の鐘が鳴ったらお昼ご飯です。早く行かねば、一生懸命働いているカミュさまがお腹を空かせてしまいます!


 だけど着替えもしなければカミュさまに恥をかかせちゃう。


 大変です、椅子に躓いてとても痛いですが、それどころではありません! 大急ぎで準備をしなくちゃです!





「あ、サナさんお疲れ――」

「お疲れ様ですっ!」


 門兵さんおざなりな挨拶でごめんなさい! カミュさまが待っているんです!


 駆け足で門を潜り抜け、大きな紙袋を抱えた私はカミュさまの元へ向かいます。何とか着替えだけしてきました。髪はボサボサですが、きっと正解でしたね。こんな走ってはすぐに乱れてしまったでしょう。ドタドタとした足元にはしっかりギギも付いてきています。踏まれない程度に着いてくるのですよ、ギギ!


「遅くなりまし――」


 いつもの執務室の扉をバーンッと開けました。だけど、空気が異様に重い……?


 学生服を来た少年が振り向きました。


「あれ、姉さん。ゆっくり休んでてって言ったのに」

「クロ……?」

「あはは、頭ぐちゃぐちゃ」


 クロは朗らかに笑うと、私のそばに来ては手で髪を梳かしてくれます。


 えーと……なんでここにクロがいるのでしょうか? 今は学校の時間では? 


 レスターさんたちいつもの皆様も固まっておられです。私が首を傾けると、クロの向こう側の机にカミュさまが座っていました。お顔がいつもより険しいようです。


 はっ! これはもしや、お腹を空かせて待っていてくれたのでは⁉


「カミュさま、遅くなり大変申し訳ございませんでした! 今日のお昼ごはんですが、たまにはお店のパンも美味しいか……と?」


 私はカミュさまの机に、パン屋さんで買った紙袋をドサッと置きました。そうです。いつもの所にお弁当が置いてなかったのです。だからてっきりクロが忘れてしまったのかと、来る途中で用意してきたのですが……どういうことでしょう? カミュさまの机には定食のようなお食事が乗っています。彩りはあまり良くないですが、ほかほか温かそうです。


「あれ……これは?」

「お弁当がなくても屯所で食事、出るんだって」

「そうだったの……ですね」


 これはなんと! 無駄足を踏んでしまいました。


 ですがカミュさまは「はぁ」といつになく深い溜め息を吐いて、私の持ってきたパンの袋に手を伸ばします。


「ご苦労……いくらだった?」

「いえいえ! 私が勝手にしたことですから……」


 慌てて否定しますが、カミュさまは私の買ってきたパンをムシャムシャと食べ始めました。あ、やっぱりクリームいっぱいの甘いパンを選んでいます。ふふっ、そうだと思ったのですよ。いつも飴を食べているカミュさまだから、やはり甘いパンがいいかと思って多めに買っておいたのです。 


 ふふふっ、思惑通りで思わずニヤけてしまいますね。伊達に私も数ヶ月添い寝役を務めていませんよ! 


 ですが、その定食は食べなくてよろしいんですか……?


 しかもカミュさまは咀嚼しながらお財布の中から硬貨を出し、私に渡してきます。ダメです! 本当に不必要なことをしたのですから、受け取るわけにはいきません!


「いえいえいえいえいえ! 本当に結構ですから!」

「ははっ、本当に結構ですよ。もう姉にはお金で苦労させませんから」


 クロはいつも以上にニコニコ笑っていました。やんわりと私に離れるように促しながら、カミュさまから押し付けられた硬貨を返します。


 すると、カミュさまの目がますます鋭くなりました。


「ほう……先の申し出は冗談じゃないんだな?」

「当たり前でしょう? でなければ、なんで僕が短い休み時間の合間に、あなたの所に来なきゃならないんですか?」


 ダ、ダメですクロ! カミュさまは騎士です。私たちの雇い主です。そんな嫌味みたいなことを言ってはなりません!


 だけど私がクロの背中を掴むよりも早く、カミュさまが鼻で笑われました。


「上等だ。それで、どれで決闘すればいいんだ? 剣か? チェスか? それとも釣りでもすればいいのか?」

「そうですねぇ。まぁ、どんな形でも構わないんですけど……ひとまず本当に授業が始まってしまうので、今日は戻ります。内容はおいおいということで……今日は宣戦布告です」

「いいだろう。その気になったらいつでも来い。約束は守ってやる」

「その言葉、ゆめゆめお忘れなきよう」


 えーと……二人は何の会話をしているのでしょう?

 決闘? 宣戦布告? 物騒な気配がするのは私だけですか? 


 だけど、去り際のクロはいつも通り可愛い笑みを向けてくれます。


「それじゃ、姉さんも早く帰るんだよ? 僕も授業が終わったらすぐに帰るから」

「え? はい……クロも授業、頑張ってくださいね」

「うん。ありがとう」


 私の頬にチュッとクロの唇が当たります。

 そして、クロは手を振りながらニコニコと帰っていきました。


 え? いま、クロは何をしましたか?


 レスターさんがヒューッと口笛を吹いてます。だけどカミュさまに睨まれて、すぐに萎縮なさってます。


 頬に触れると、少し濡れていて。


 えーと……どうしたのでしょう? クロは甘えたさんになってしまったのでしょうか? でも甘えたさんというより今のはまるで――


「すげー。本当に恋人みたいっすね!」


 レスターさんの言う通りです。今までこんなことされた記憶はありません。私が固まっていると、レスターさんが近寄ってきます。


「なぁなぁ、サナさん。さっきのが義理の弟っていうのは本当?」

「え……えぇ。そうですよ?」

「へぇ、かなりの美少年っすね! しかもおれの調査によると、学校での成績もかなり優秀と――」

「そうなんですか⁉」


 クロはあまり学校での話をしてくれません。だから色々と心配していたのですが……勉強にはちゃんとついていけてるんですね! しかも優秀とか、さすがクロです! すごいです! あまりの嬉しさに飛び上がってしまいます。


 だけど、そんな気分もレスターさんの次の一言で吹き飛んでしまいました。


「で? 将来有望な美少年と庶民と皇帝陛下に愛される騎士様、サナさんはどっち取るんすか?」

「……どういうことですか?」

「まぁ決闘の勝敗によるんだろうけど……サナさんはどっちに勝ってほしい?」


 レスターさんはウキウキしています。カミュさまもポロッと食べかけのパンを落とします。私もまばたきしかできません。


「レスターさん……それじゃあまるで、カミュさまとクロが私を取り合っているみたいじゃないですか?」

「だからその通りなんじゃないすか~! で、サナさんは――」

「レスター‼」


 その怒号と共に、いつの間にかレスターさんはカミュさまに摘み上げられていました。


「今日もまだまだ元気が有り余っているみたいだなぁ。どうだ? このまま明日までに例の件、調べてくるか?」

「それって徹夜しろってことっすか……?」

「別に早く終わるならそのまま宿舎に帰っていいぞ」

「わぁ、なんてオヤサシイ!」


 カタコトのレスターさんを下ろしてから、カミュさまは私にも言います。


「あんたも早く帰れ。顔色が悪い」

「え、ですが……」

「頼む。別にあんたが悪いわけじゃないが……今、どんな顔であんたと話せばいいかわからないんだ」


 カミュさまの顔はとてもしかめられています。だけど、お耳が赤い?

 そのお顔、ずるいです。私も照れちゃうじゃないですか……。


「わかりました……」


 俯いたら、いつの間にかギギが落ちたパンを食べていました。





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