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頼むから泣かないでくれ



 


「サナさん、だいぶ化粧上手くなったっすねー。今日のスカートも凄く可愛いっす!」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 あれから一月くらい経ちました。怒涛の始まりでしたが、慣れてみれば騎士団の皆さんもとても優しい方ばかり。今日もお弁当を届けに行けば、門の所でたまたま会ったカミュさまの部下、レスターさんが声を掛けてくれます。ギギも首元を撫でてもらえて気持ちよさそうです。


「でも相変わらず髪はグチャグチャですね。おれが直していいですか?」

「お願いしてもいいですか?」


 そして今日もちゃちゃっと簪を刺し直して下さいます。


「ほい、出来た」

「ありがとうございます!」


 あぁ、いつも本当に申し訳ないです……毎日練習しているのですが、未だ上手くなりません。だからか、お屋敷でもカミュさまは一向に火を使わせてくれないまま。はぁ、情けない限りです。


「そんな凹まなくてもいいんじゃない? 化粧だって出来るようになったんだから、簪だってじきに出来るようになるっすよ」

「だといいんですけど……」


 初日の時、真っ先に下女と言ったのがレスターさんです。ですが毎日顔を合わせていると、すごく陽気な方だとわかりました。茶色の髪をさっぱり切りそろえた、クロと同い年くらいの少年です。ご本人曰く、いつもカミュさまには怒られているそうで、初日の後もこってり絞られたとのこと。しかし後日、本当に何度も何度も謝ってくださったので、とても素直な人なんだと思います。


 そんなレスターさんが急に笑い出します。


「いやぁ、ほんと化粧し始めはひどかったっすもんねー。化け物が出たのかと」

「その節は、お騒がせしてすみません……」

「まぁ面白かったっすけどね。まさか、みんなで女の化粧をするとは思わなかったっすよ」


 そうです――素直なレスターさんは、謝っている最中に私の顔を見て吹き出してしまい、カミュさまにまた怒られてしまったのです。だけどあまりの私の顔のひどさにカミュさまも責めきれなかったようで、急遽皆さんお昼ごはんを中断して、私のお化粧直しに尽力してくださいました。レスターさんは足の速さが自慢のようで、あっという間に化粧道具を買ってきてくださったのです。感謝してもしきれません。


「そして女性当人より化粧が上手くなるとは思わなかったっす! こないだ罰ゲームで女装させた奴がいたんすけど、もう顔だけ綺麗になりすぎて凄かったんすよ。今度サナさんにも見せてやりてぇなぁ」

「それはどなただったんですか?」

「それはなぁ――」


 そんな他愛のないお話をしていると、あっという間にカミュさまの執務室です。だけどお部屋の中からはいつになく真剣な話し声が聞こえます。なんかとても入りにくい雰囲気に、レスターさんが顔をしかめました。


「ありゃ、まだ立て込んでいるのかな。どうする? 突入する? それとも落ち着いたらおれから渡しておきましょうか?」

「うーん……出来たら直接お渡ししたいんですけども……」


 お弁当を運ぶのは、昼間私に与えられた唯一の仕事です。それすらも他の人の手を煩わせるのはとても忍びなく……私が困っていると、レスターさんがニヤリと笑いました。


「じゃあ、中の様子覗いて待ってましょうか!」

「え?」

「こっちこっち!」


 私は手を引かれるがまま走らざる得ませんでした。ギギも慌てて付いてきます。連れて行かれた先は中庭らしき場所。レスターさんに促されるまま、私も茂みに身を屈めます。ここからも十分中の声が聞こえました。


「ミュラーの後継者の件はどうなっている?」

「はっ、我が帝国にそれらしき乳母を見たという報告はありましたが、何せ十年以上前の出来事ゆえ、信憑性に欠ける情報しか出てきません。皇太子の件には炎の魔女も関与しているという話もあり、災いを恐れ話したがらない者も多くいるそうです」

「そうか……直接関与することは出来ないが、隣国のこれ以上の治安悪化は看過出来んという陛下のお考えだ。引き続き調査に励め」

「畏まりました!」

「では次の報告は――」


 どうやらカミュさまは次から次に報告を聞きつつ、書類の確認をしているようです。待機している方々はまだ四人います。話題もてんでバラバラでどれも難しいお話ばかりです。


「お……お忙しそうですね……」

「そうっすねぇ。隣のミュラー皇国で内戦が頻発してますからねぇ。いつ余波を食らってもいいように、こちらも内政を盤石にしないといけないっすから」

「あの……難しいことはわからないんですけど……」


 お部屋の中では農作物のお話が始まりました。日照りが続いているため枯れてしまう作物が多く、治水問題がどうの、流通問題がどうの悩んでいるようです。


「内政? ていうのを整えるのも、騎士さまのお仕事なんですか? なんかもっと荒っぽいことがお仕事の人たちなんだと……」

「あー。いざって時に剣を振るうのが本業ではあるんすけど、おれらアルベール陛下直属ですからね」

「えーと……どういうことなんでしょう?」


 騎士さまと言えば、農作物がどうのというより、蛮族を駆逐するとか荒ごとを解決するイメージが強いです。それと農作物は全く無縁の気がしますが……


「陛下の小間使にされてるんすよ」


 ニカッと笑うレスターさんのお顔は、とても誇らしげでした。


「確かに本当はそういうの大臣職等の政務官の仕事ですけどね。でもそっちの方はお貴族様が多いっすから。陛下も苦労しているみたいっす。その分、アルベール陛下は元々騎士学校出てますからこっち方面の人脈は厚いし、小隊長は忠義の塊みたいなもんですし、雑用が回ってきやすいんすよ」

「陛下は……貴族の方たちと仲が悪いんですか?」


 素朴な疑問のつもりでした。だって、王様って貴族の代表みたいな存在じゃないんですか?


 だけど、レスターさんは驚いた表情を返してきます。


「ありゃ? サナさん、バルバートンの逆罪知らないんすか?」

「バルバートン……?」


 それはカミュさまの家名です。逆罪ってことは、陛下に歯向かったということ。大罪です。


 私が田舎育ちだからでしょうか。それとも勤勉なクロなら知っているのでしょうか? そんな歴史上の事件のような名称、私は聞いたことがありません……。


 その時、部屋の中からひときわ大きな怒号が響きました。


「わからないじゃないだろう⁉ どれだけ被害が広がっていると思っているんだ!」


 お部屋の中で、今度は人身売買のお話が進んでいるようです。私も危ない目に遭いました。あのような事件が頻発しているらしく、警戒体制を強めるお話が進んでいます。


「なんかカミュさま、機嫌悪そうですね……」

「そうっすか? 最近はこれでもご機嫌で優しい方っすよ?」


 レスターさんは何を思い出したかわかりませんが、両腕を押さえて身震いしました。


「本当、先月までの小隊長怖かったんすから~。何度チビリそうになったことか……。やっぱり睡眠不足はダメっすよねー。ピリピリしちゃって。本当、おれらサナさんにすげー感謝してるんすよ」

「わ、私に、ですか……?」


 自分自身を指差すと、レスターさんが肯定してくださいます。


「そうっすよ! だって毎日サナさんが無理やり小隊長寝かしつけてくれてるんでしょ? サナさんが持ってくるから、お昼もちゃんと食べるようになったし。前までは本当に不眠不休で働いて、メシすらろくに食べなかったんすから」


 それはきっとクロの作ったお弁当が美味しいから……と私は思うのですが、それを口にするよりも早くレスターさんが言いました。


「サナさんが持ってきてくれたのに、食べずに返したら悪いから――だそうっすよ?」


 そして肘で小突かれてしまいます。なんてことでしょう。まさか冷やかされてしまいました。大変です、私なんかが相手では、カミュさまに申し訳ありません! 訂正しなくては……訂正しなくてはと思うのですが、胸がいっぱいすぎて何も言葉が出てきません。


「そんなこと――」


 代わりに溢れたのは、涙でした。


 どうしましょう。どうしましょう……レスターさんがビックリしています。そりゃいきなり泣かれたら困ってしまいますよね。私が悪いんです。早く泣き止まなくては……だけどいくら目を擦っても、涙は止まってくれません。


 その時です。


「レスターっ‼」


 窓が開かれると同時に、大きな叱責が飛んできました。見上げれば、カミュさまがいつになく険しい顔をしています。そんなカミュさまよりも早く、後ずさったレスターさんが懸命に弁明しました。


「お、おれは何もしてないっすよ⁉ そりゃ覗き見してたのは申し訳ないっすけど……でもサナさんを泣かせるようなことは決して! この命に懸けてしていませんっ!」

「貴様の命の重さについてぜひ一度議論を交わしたい所だが――本当だろうな?」


 ギロリと見下されて、思わず肩が上がってしまいました。大変です。本当にレスターさんを殺してしまいそうな鋭さです。私が何度も頷くと、カミュさまの顔は余計に渋いものになります。


「なら、どうしてあんたは泣いているんだ?」

「それは……」


 言えません。もしかしたら独りよがりかもしれないのです。私の勘違いでカミュさまを困らせてしまうかもしれません。だけど、横目で見たレスターさんは顔面蒼白。あからさまに助けを求められています。


 だから、私は意を決してお尋ねしました。


「わ、私はカミュさまのお役に立ててますか⁉」

「……は?」

「レスターさんに聞いたのです。私が来てから、カミュさまの体調や機嫌が良くなったと……私はもちろん頑張っているつもりなのですが、いつも失敗ばかりで、何も出来ないから、だから――」

「――俺はずっと不眠を患っていてな」


 そう話し始めたカミュさまは、静かに私を見下ろしていました。


「仕事で徹夜を続けていたら、いつの間にか寝れなくなっていた。これ幸いと仕事を続けていたのだが……確かに、最近は身体が軽い。それに仕事の効率も上がった。変な夢もみなくなったし、何より寝るのが毎晩楽しみ――」


 咳払いをしたカミュさまが、前を向かれます。


「ともかく、俺は役に立たない人間をいつまでも側に置いておく趣味はない――だからレスター! サボる前に俺に報告することがあるんじゃないのか⁉」

「はいっ! ただちに書類をまとめてきますっ!」


 そして、レスターさんは急いで元の道を走っていきました。中庭に私だけ取り残されます。鼻を啜っていると、カミュさまが嘆息しました。あわわ、呆れちゃいますよね? 覗き見なんてするはしたない娘に幻滅してしまいますよね⁉


 しかし、カミュさまが言います。


「以前は、あんたにも酷いことを言っていた気がする。言い訳にすぎんが、頭が働いていなかったし、常に気が立っていたと思う。本当にすまなかった」

「い、いえ⁉ そんなことは」


 どうしましょう、どうしましょう⁉ そんな酷いこと言われましたっけ? 気遣ってもらったことしか覚えていないですよ⁉ 私、そんな頭良くないんです。昔の些末なことなんか覚えていませんよ?


 それなのに、涙を引っ込めるどころか狼狽える情けない私を――カミュさまは、窓越しに御自身のマントで隠して下さいました。


「頼むから泣かないでくれ。対応に困る」

「す、すみません」

「……今日の弁当は何だ?」

「あ、はい――グリムベーコンのサンドイッチとリコリスのマリネだそうです。厚切りベーコンがとても美味しそうでした!」

「そうか、それは楽しみだ」


 そんな雑談が、しばらく続きます。


 今日も天気が良く、青空が綺麗です。普段はお稽古にも使われる花壇もないお庭なのですが、たまたま見つけた小さな黄色い花が、とても綺麗に見えました。





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