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とある子爵令嬢の魔術事故

美しい毛並みの猫がクッションの上に座っている。


「にゃーっ!」

皆さん今晩は、ハルトメル子爵家が長女パトリシアです。

「にゃにゃにゃーにゃーっ」

我が家は古くから続く魔術師の名門であり、なにを隠そうわたくしは初代の大魔術師に匹敵する大天才である。

だがそれも先日までの話

わたくしはついに初代様でも成しえなかった変身魔術を完成させたのだ。

つまりわたくしは初代様を超えた大魔術師、大大魔術師又は超魔術師と呼ばれる存在になったのだ!

ひれ伏せ愚民共!!

「はいネコちゃん、ご飯ですよ」

「にゃーっ」

私は食事を用意してくれた伯爵夫人に対して、感謝の気持ちを態度で表した。

「きゃっ、くすぐったいわよ」

伯爵夫人は笑顔になり、しばらく私の頭を撫でた後去って行った。

目の前に残された大皿に盛られた料理が私の今日の朝食である。

心して聞け愚民共

これは決して残飯では無い。

庶民には縁が無いかもしれぬが高貴なる者の朝食は食べきれないほどの料理が並ぶ。

それを食べきれるはずは無いが、決して捨てるためでは無い。

高貴なる者は庶民には味わえないような良いものを食べている。

食べなかった朝食は従者や侍女に下げ渡す為の物だ。

先ほどのご婦人はコレビド伯爵の妻であり、子爵家の令嬢であるわたくしより上位の存在だ。

つまりなにが言いたいかというと、ネコ扱いされて朝食に残飯を出されたのでは無く、これは伯爵家の朝食を伯爵夫人自らわたくしに下げ渡されたと言う事だ。

この事実は決して間違えてはならない。



さて、愚民共にわたくしの今の状況を説明して差し上げましょう。

変身魔術に成功してネコになった。

そしてネコの魔力量が小さすぎて元に戻る魔術が使えません・・・

なぜだ、なぜ大天才であるはずのわたくしが、このような失敗をしてしまったのか。

答えは魔術の深淵の彼方に存在するかもしれないが、さすがにわたくしにも魔術の深淵はまだ理解できていない。

まあそれはこの際置いておこう。

わたくしが元の姿に戻るには誰かがわたくしに変身魔術を解除する魔術をかけるか、私が魔石などの外部魔力を使って魔術を使うしか無い。

前者は絶望的だ。

まずこの世にわたくしほどの大天才はいないからだ。

当然変身魔術を使える者などいない。

選択肢は後者である外部魔力に頼る方法しか無い。

かなり厳しい状況だが、大天才のわたくしは天に愛されている。

そう、子爵家の庭で猫に変身して元の姿に戻れず困っていたところを番犬に追われ、傷だらけで街に飛び出したわたくしをお母様の友人であるコレビド伯爵夫人が拾ってくれたのだ。

いや待て、訂正する。

コレビド伯爵夫人が助けてくださったのだ。

しかしあの番犬、いつも目をかけてやっていたというのにわたくしに襲いかかるとはけしからん。

帰ったら三日ほど朝食抜きの刑にしてくれる!



「にゃーっ」

「あ、はいはいお水ですねネコちゃん」

井戸の側で洗濯をしているメイドに声をかけるとすぐに水が用意された。

私は水を飲んだ後、先ほどのメイドに体をすり寄せる。

するとメイドはいったん洗濯を中止して私を抱き上げた。

洗濯より子爵令嬢であるわたくしの用事を優先させるとは、道理をよく理解した立派なメイドではないか。

いずれわたくしから直接言葉をかけて差し上げますわ。

「ネコちゃん、私仕事中だからネコちゃんと遊んであげられないの」

メイドは私の顔を間近で見ながらそう言った。

・・・

まあいい、メイドの顔が目前にある今がチャンスだ。

私は首をぐいっと精一杯伸ばして喋っている途中のメイドの口の中の粘膜をなめた。

「きゃっ!」

驚いたメイドが私を乱暴に放り投げる。

シュタッ!

メイドは尻餅をつき、私は華麗に一回転して

「ブニャー!!(痛っ)」

背中から着地した。

まあネコも木から落ちるというやつだ。

「わ、ごめんネコちゃん、怪我はない?」

メイドが私を心配そうに見ている。

「にゃーっ」

私は何事もなかったかのように優雅に立ち上がった。

ネコなので四つん這いだけど・・・

それはともかく着地は失敗したが目的は達成した。

このメイドの魔力量では変身魔術を発動するにはとても足りない。

他人の魔力を使うには、その者と粘膜接触をする必要がある。

貴族である伯爵夫人に接触できればこんな苦労をする必要はないのだけれど、夫人は「だめよネコちゃん、わたくしの唇は夫だけのものなの」とか砂糖を吐いているのだ。

とてもガードが堅くて今まで成功していない。

どこかに魔力が多くてガードの緩い貴族女性はいないだろうか・・・



あれから数日が過ぎた。

お父様やお母様、猫嫌いの弟はどうしているだろうか?

とても心配している・・・だろうか?

それとも転移魔術を少し失敗して半月後にやっと子爵邸に帰り着いた時のように、「やっと帰ってきたか」とか「出かけるなら手紙くらい置いてから行きなさい」とか「姉ちゃん、出かけるときは調合室を片づけるという約束を破りましたね」とか言われるのだろうか。

今回は子爵邸の庭に私の服だけが残されているし、少しくらい心配してくれているはずだ。

だがお母様とコレビド伯爵夫人は友人であり、わたくしとも面識がある。

更にその息子はわたくしの同級生で万年二位の男だ。

ちなみに断トツ一位はわたくしだ。

捜索しているなら伯爵家にもなんだかの問い合わせをするはずなのに、伯爵夫人にそんなそぶりはなかった。

まあ捜索していないならその方がいいかもしれない。

とにかく今日も伯爵夫人の唇を奪うために、夫人に愛をささやきにいこう。



「にゃーっ」

私は未だに元の姿に戻れていないが四つ足歩行にも慣れ、メイドに投げ出されてもきれいに着地できるようになった。

わたくしの順応能力の高さに恐れおののくが良い愚民共

それはさておき今日も伯爵夫人の側で隙をうかがっていると、見慣れた男が部屋に入ってきた。

女性の部屋にノックも無しに入ってくるとは無作法な男だ。

だから学園で万年二位なのですよ。

いや、それは関係ないか、わたくしが天才過ぎるのがいけないのね。

「あら、帰ってきたのねダグラス」

「だだ今戻りました母上」

「うかない顔ね、先日の試験で学年一位を取ったのでしょう」

「それは・・・いつも満点を取るパトリシア嬢がいなかったからで、満点ではなかった僕は二位と言う評価が正しいと思っています」

あら、わたくしのいない学園で一位になって驕っているかもしれないと思っていたけれど、分をわきまえた殊勝な心がけね。

わたくしはもう試験では殿堂入りと言うことで、あなたが一位で得に問題ありませんわよ。

オーッホッホッホ!

「ダグラス、立ってないでこちらに来て座りなさい」

伯爵夫人の向いの席に座ったダグラスと、テーブルの上で丸まっている私の目が合った。

相変わらず顔だけは良いわね。

わたくしには劣るけれど。

「母上?このネコはどうしたのですか」

「街で拾ったのよ。あなたその色が好きでしょ」

そうなのか?薄い桃色が好きなんて珍しい男ね。

「嫌いではありませんけど、そこまで好きというわけでは・・・」

「あらそうなの、あの子に似ている色だと思ったのだけれど、違ったかしら?」

「ご、誤解です母上・・・」

ふむ、今の会話の流れから察するに、この男の思い人は髪色が薄い桃色なのだろう。

珍しい髪色だが学園にはわたくしのほかに二人ほど桃色系統の髪色の令嬢がいる。

侯爵令嬢のビアンカ様か男爵令嬢のシルビアのどちらかにこの男は懸想しているのか。

これは良いことを聞いた。

今度突っかかってきたらからかってやろう。

「誤解ですよ母上」

ダグラスはそう言いながらネコの私を抱き上げた。

「そう、彼女は・・・僕の永遠のライバルですよ」

そう言ってダグラスは私の瞳をのぞき込んだ。

「目の色も一緒なのですね・・・」

ダグラスの顔が近づいてくる。

おい待て!

なにをするつもりだ。

まさかネコに欲情でもしたのか、それとも薄い桃色に欲情する変態だったのか。

どっちにせよ変態だ。

「にゃーなゃーにゃー!!」

ジタバタする私にダグラスがハァーと息を吐きながら頬ずりしてくる。

そして事故が起こった。

私の口がダグラスの唇の中に触れた。

これは決してキスではない。

それはともかく粘膜接触により私はダグラスの魔力と接続した。

男と粘膜接触など汚らわしい事だ。

だからガードの緩いコレビド伯爵は無視して伯爵夫人を狙っていたのだ。

だが事故で接触してしまったのだ。

起こってしまった事象を巻き戻す魔術は存在しない。

ならば諦めてこのチャンスを生かすべきではないか。

私は変身魔術を解除する魔術を発動した。


わたくしは大天才ではあるが、森羅万象を見通す力があるわけではない。


「うわっ!!」

「え、え?」

「どうされましたか奥様」

「だめよ!入ってこないで!!」


わたくしの服は子爵邸の庭に置き去りになっている。



翌日、わたくしは無事に転移魔術で我が家へと帰ってきた。

「子爵邸よ、わたくしは帰ってきた!」

「姉ちゃん、又調合室を片付けずに出かけたでしょう。本当にだらしがないんだから。そんなんじゃお嫁のもらい手が見つからないよ」

わたくしがいなくなってから一月ほど経っているというのに、子爵邸と家族は平常運転だった。

少し悲しい気もするが、心配をかけたのでなければまあ良い。

「弟よ、わたくしは求婚され条件付きで受け入れた。だからそのような心配は不要ぞ」

「姉ちゃん、熱があるの?魔術の実験だからって服も着ずに出かけるからそんなことになるんだよ」

弟よ、なぜわたくしが求婚されたと言ったらそんな解釈をするのだ。

それにおまえは姉のことを変態だとでも思っているのか?

「嘘ではない。わたくしはコレビド伯爵家のダグラスに求婚された。まあわたくしと同じ魔術を自力で完成させられたらと条件をつけたが、まあダグラスならわたくしに次ぐ存在だ。条件を満たせば受け入れてやっても良いだろう。まあそんな感じで、これからお父様とお母様にも報告するつもりだ」

「え、あの甲斐性無し、じゃなくてダグラス様やっと言ったんだ。おめでとう姉ちゃん」

「ありがとう、ではまた後でな」

私は弟の脇を抜けて屋敷に入った。

ん?さっき弟が何か妙なことを言っていたような気もするが、今はそんなことよりお父様とお母様への報告が先だろう。

ガチャリと扉を開けてお父様の執務室に入った。

「やっと帰ってきたのか。出かけるときはせめて服は着て行きなさい」

お父様とは報告とは別に話し合いが必要なようだ。



そして一年が過ぎ、私は野良犬に追いかけられていた。

「ワン、ワンワン!」

魔術を使えば簡単に撃退できるのだが、射線上に無関係な人が多すぎて使えない。

大は小を兼ねる。

わたくしが使う攻撃魔術は広域殲滅か長射程の魔術だ。

都市部では危なすぎて使用できない。

今度下級の魔術師が使うような木っ葉な魔術を覚えよう。


パトリシアはダグラスが学園の実習室に服を残したまま行方不明になっている事実を未だ知らない。

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