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幅屋圭太郎は悪鬼を追い出せない2

“やめろ!”


“やめて!”


“わたしは味方!”


“アンタは今まで通りでいいんだ!”


 定丸が焦っている。


“そのままの自分を受け入れろ!”


“わたしを受け入れろ!”


 腕が伸びてきた。


「やめろ放せッ!」


 腕を払った。払う感覚があった。


 払ったのは加賀の腕だった。ハンカチを持っていた加賀の腕だった。ハンカチがはらはらと落ちていって、あっと拾おうとしたが間に合わなかった。


 慌てて拾った。砂埃を払った。


「ご、ごごごごごごごご。ご、ご、ごごごごごご」


 ハンカチを加賀の胸に押しつけた。そんなに強くしたつもりはなかったのに、加賀は後ろにふらついた。倒れる! と、とっさに両腕を伸ばした。つもりだった。肩が委縮して、手は空を切る。


 加賀は自力でもつれた足を整えて、ハンカチを差し出してきた。


 眼球が溶けだしているらしい。このままじゃ目が見えなくなる。急いで顔を水で冷やした。どんなに顔を冷やしても、頭を冷やしても、まだ内臓が煮え立っている。猛毒に侵され続けている。どうしたらいいんだ。どうすれば……。


「……ごめんなさい……」

「……なにが?」


 蛇口をもっとひねる。


「ごめんなざい……! ごめんなざい、ごめんなざい……!」


 誰に謝っているのだろうか。ここには増岡も野々村も三好もいない。千堂もいない。そばにいるのは加賀だけだ。加賀に謝っているのか。無理やり伝言を頼んだこと。待たせたこと。腕を引っ張ったこと。腕をはたいたこと。ハンカチを落としたこと。押したこと。このすべてに謝っているのか。


 水が流れ跳ねる音を聞き続けた。加賀の純度の高い“疑問”と“思考”と“回想”が頬をやわらかに突いてくる。


 他校の生徒が水を無駄づかいしているのが見つかれば叱られる。冷やすのを諦めなければ……。


「よぉし!」


 冷やすのを諦めた。

 悪鬼を飼っていることを咎められ、内臓がマグマになって噴出することになっても、もはや、仕方がない。それは罰なのだ。当然の報いなのだ。


 腹から声を振り絞った。もう悪鬼が出てくる気配がない。びしょびしょになった顔を袖で拭った。


「俺がなんとかじてやるぞ!」


 加賀の手を取り強く握った。


「……なんとかって?」

「俺がそいつらをやっつけでやる!」

「…………どうして?」

「どうしても! だってそいつらは悪い奴らなんだぜ? だから懲らしめてやるんだ!」

「どうやって?」

「どうやってって、こう」


 殴るアクションをしてみせた。目には目を、歯には歯を。しかし相手は多数。七人のクズに一人では到底太刀打ちできない。


「よし! コーチを呼ぼう! 俺が土下座してでも頼んでみるからな! 俺に任せろ!」


 幸いにも明日からゴールデンウィークだ。


 正門を出ると「おい!」としゃがれた声に呼び止められた。帽子に季節外れのロングコートそして傘と、黒に統一された長身の老人が大股で近づく。口から顎にかけて白い髭をたくわえ、帽子のつばから見え隠れする眼光は険しい。


「遅いからここまで来てやったぞ」

「お、お前のおじいさん?」


 うなずく加賀の顔を老人は見ると、隣の見知らぬ少年を露骨ににらむ。


「誰だ? ここの児童じゃないな。新たなクソガキか! お前が(しげる)をこうしたのか!」


 加賀老人は傘を振り上げ威嚇し、幅屋はたじろいだ。


「お、おお、お、そうだ! 俺はクソガキだっ。でも俺は変わるんじゃ!」


 唾を飲み込めないほど怖かったのに、言い返すことができた。それは彼の眼差しに“敵意”だけでなく“心配”と“焦り”が色濃く映し出されていたからだろう。

 こんな大きな怖いおじいさんがいるのに、春日井らはよくも加賀をいじめることができる。スリルでも楽しんでいるのか。幅屋はいよいよ理解できなくなってきた。


 加賀は祖父を見上げ教える。


「やっつけてやるんだって」

「何?」

「富田さんと村木さんと春日井さんと大本さんと春日井さんと岩本さんと藤堂さん。悪いやつらだからこらしめるんだって」


 加賀老人は見知らぬ少年を見下ろし、鼻を強く鳴らす。


「お前ひとりで?」

「一人じゃ無理だから友だち呼ぶ」

「く、はっはっは! お前、どこの学び舎だ?」

「菜の花」

「菜の花と半の一大戦争でもするのか! はーっはっはっは!」


 加賀老人は馬鹿笑いした。


「よく聞けクソガキ。俺が茂に振るわれている犯罪を知った時この半に突入した。教員共に事実を訴え、ガキ共に謝罪を要求した」


 笑みが消え、真顔で目を射抜いてくる。


「ところがどうだ、俺はほんの指先すら出入りすることを禁じられた。だから次はガキ共を育てた親を責め慰謝料を要求した。すると今度は気分を害した、賠償せよと逆に訴えられた。俺は奴らに手も足も出せなくなった。転校させてやることもできん。不登校にしようにも、今度は俺が虐待していると疑われてしまうのだ。茂を安心して任せられる奴はいない。いるにはいるが、そっちにはそっちの問題があるのだ。これ以上負担はかけられん」


 加賀老人は自嘲の鼻息を鳴らす。


「どうしてこんなことになったかお前にはわかるか?」


 幅屋は圧倒され、首を横に振るしかできない。


「俺が根っからの奇人だと評されているからだ」


 加賀老人は自身の頭を人差指で突く。


「ココが、おかしいと思われている。そう昔からな。クソガキは皆、俺を妖怪じじいと(ののし)り笑う。俺は人付き合いなんぞ御免であるからしてそれで一向に構わんが、それが一因で茂が虐待され続けることだけが無念の極みだ。この俺に殺人の権利があるとすれば、俺の外套(がいとう)は返り血を吸い続けるだろう!」


 幅屋は呆然と話を聞いている。


「いいかクソガキ。蛙の子は蛙だ。お前らが報復した時、やがて菜の花に風評が立つだろう。それでもいいというなら、精々やってみろ」


 警告にも聞こえた。実際に“心配”の色が消えずにいる。「ふうひょう」とはどういう意味なのか頭の中の辞書にはなかったが、自分の学校に悪影響が及ぶのだと見当がついた。それはそうだ、学校を越えた大喧嘩ともなれば噂は立つ。それもやられた側が親に泣きついて。


 菜の花の教員は差し出がましい真似をしてくれたものだと咎めてくるだろうか。だがそれは、まだ未来の話だ。優先するべきはすぐにでもクソガキ共を退治することなのだ。クソガキを退治して、自分もクソガキとして扱われて共倒れになったとしても、結果クソガキが残らず成敗されればいいのだ。


「やってやる」


 幅屋は鼻息を荒くして、答えてみせた。そいつらさえ倒せば、自分の中の悪鬼も鳴りを潜めるはずだ。当分の間はおとなしくしていようと思うはずだ。


 すると、加賀が袖を引っ張る。


「名前おしえて」

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